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小さいおいじさん襲来

作者: おったろう

ほしい、ほしいと思っていた液タブをやっと買った。


お年玉を貯金し、家のお手伝いを積極的にこなし、放課後はハンバーガーチェーン店のバイトにせいをだし、生まれてきてから一番のお金もちになった。


けれども、そのお金はアっというまに飛んでいき液タブにかわった。



いいんだよ。私はずっとこの液タブがほしかったんだ。


後悔は、ひとかけらもない。


これでやっと友人たちの同人誌に参加することができる。


3枚のイラストをのせる予定だ。


その締め切りが、半日後にせまっている。


液タブの設定にてまどり、描きごごちになれず、進行はおくれぎみだ。



気合をいれるぞ、と私は緑の文字が書かれたエナジードリンクを冷蔵庫からもってきた。


冷蔵庫にいれておいた缶は、ひんやりと心地よい冷たさだ。


プルタブをゆっくりとひきおこし倒すと、元気が飛びだしてきたような黄色い香りがわきでてくる。


缶に口をつけると、強炭酸の泡が唇の舞台をしゅわしゅわ飛びはねる。


すこしケミカルな風味があり、はじける情熱のような炭酸の泡が舌のうえを疾走する。


のどを通りすぎても、炭酸のフェスティバルはつづき食道を軽快に駆けぬける。


まるで目薬をさしたように視界がクリアになり、糖分というガソリンで脳を満タンにみたし、カフェインが心のやる気スイッチを連打してくれる。



「ようし、やるぞ」と、私は腕をまくり、ペンを手にとった。


その瞬間、「そんな毒物を飲んで、死にたいのか?」


どこからか辛辣な言葉が聞こえてきた。


よく見るとエナジードリンクの缶のうしろから、小さいおじさんが現れた。


そのおじさんの身長は、缶よりもひくい。


お人形のような身長だけども、大量生産されたヨレヨレの黒いスーツを着て、合皮の革靴をはいている。


白いシャツは、第二ボタンまであけられており、まるで葬式に参加するような黒い細いネクタイをだらしなくむすんでいる。


左手には、まるめた競馬新聞をもち、右耳の上に赤色のペンをさしている。


ふるいヤンキー映画の登場人物のようなオールバックのような髪型で、おじさんの目は、権威をもつバカに噛みついてやるといった気概を感じさせる強い力がやどっている。



そのおじさんが、さっきからずっと私に説教している。


カフェインや人工甘味料、食品添加物のこわさを。


カフェインと添加物に親を殺されたのかと思うほどに、執拗に危険性をうったえている。


私の親でも、ここまでエナジードリンクについて警告しない。


せいぜい「1日2本までにするのよ」と注意するぐらいだ。


なんなんだ、この小さいおじさんは。


私が、うんとも、すんとも言わないもんだから、おじさんの使う言葉は、警告というよりも暴言にちかいものになってきた。


イラストを描くのに邪魔だし、せっかくエナジードリンクを飲んですっきりした気分も憂鬱なものにかわってきた。



ちいさい犬がケンケンと吠えるようなおじさんの声に、だんだん腹がたってきた。


私はペンを机におき、右手でおじさんをつかんだ。まるでガリバーになったような気分になった。


おじさんは手でにぎりしめられても、まだエナジードリンクの危険性をうったえている。


この情熱は、どこからきているのだろう、と私が考えた瞬間。


「いたっ!!」


おじさんは、私の親指をおもいっきり噛んだ。


噛まれたときに、にぎる力をゆるめたようだ。


おじさんは煙のように消えていた。


さいわいなことに、指に傷跡はなく、血も流れていない。


机の上や下、缶の背後を見渡したが、おじさんの姿は見えない。


これでやっとイラストを描くのに集中できる。


私は作業にもどった。



集中力が切れた。


2時間ぐらい一生懸命にイラストを描いた。


私はペンを机におき、右手の親指と人差し指で目がしらをゆっくりと指圧した。


指をはなした瞬間、液タブのうえにピエロがいるのが見えた。


排水溝のなかから外を観察するように、ピエロが私を見ている。


顔だけが見えていたピエロは、「よっこいせ」といい、白い両手を液タブのふちにかけた。


そして、「どっこいせ」といい右足も液タブにかけ、はいあがろうとしている。


私は異様な光景に声をだすことも忘れて驚いている。


液タブのうえにはいあがった15㎝ほどのピエロは、白黒映画の喜劇役者のようにおどけた格好をとった。



「なんで、絵を描いてんの?」


なんやねん、このピエロ。


びっくりしすぎて関西弁がうつってしまった。


「好きだからかな?」と私は答えた。


「承認欲求を満たしたいから絵を描いてるんちゃうの?」


ピエロは半月に口をゆがめがなら、いやらしい質問を投げかけてきた。


「それは、すこしはあるかも」私は素直に答えた。


「AIじゃ?あかんの?あれでええやん、楽やし、一瞬やろ?」


「私は自分の手で描きたいの、ほら、魂ってやつ?」と私は混乱しながら答えた。


「魂なぁ、ワープロが出現したときある文豪がいいはった。


万年筆で書かれていない作品には魂がないといった批評家に、万年筆の先にしかない魂のなんとちっぽけなことかと」


ピエロは、好色なおっさんのように目を細め、赤い丸い鼻と大きなお腹、さらにドヤ顔までこちらにつきだしてきた。


私は、頭のなかで、我慢の線が切れる音が聞こえた。


ゴキブリを叩きつぶすほどの凶暴性と怨念をこめて、ピエロに右ストレートをくりだした。


私の右こぶしが、ピエロにあたると思った瞬間、ピエロは白い煙になり消えた。


私の渾身の右ストレートは、空を切った。



なんなのだ、さっきからほんとに。


集中力が切れただけでなく、両肩にどっしりとした重力をかんじ、脳みそにモヤがかかったように、ぐんにゃりと疲れさせられた。


布団にもぐりこんだら秒で寝れそうな眠気もある。


なので、私は冷蔵庫から、もう1本のエナジードリンクをもってきて、怒りをこめてプルタブをおこしたおし、強炭酸の奔流を一気に飲みほした。


血液にエネルギーをダイレクトに注入し、体のすみずみに運んでいくような充実感にひたる。


目のなかの毛細血管がひろがり、脳みそが音をたてフル回転しだした。


よし、いまなら傑作が描けると思いペンをもった瞬間。



「眠いときは寝ろ」



威厳ある声が聞こえてきた。


まるでオペラ歌手のように荘厳な声だ。


また、なんか、小さいおじさんがでてきたのか、と私はうんざりさせられた。


そして、やはり新しい小さいおじさんがいた。


液タブと私の中間でおじさんは、手を後ろにくみ、胸をはり屹立している。


まるでフランス革命時のような豪華な衣装をきこみ、左胸には勲章がぶらさがっている。


派手な衣装よりも、目立つおじさんのヒゲ。


そのヒゲは整髪料でしっかりとかためられ、重力にさからうように横にのび、口のうえに漢字の一をのせたように見える。


ふちなしのメガネをかけ、そのメガネの奥にある目は、すべてを否定し、拒絶するような冷たい印象をうける。



「体と頭が疲れたときは寝るにかぎる」


「疲れていてはいい作品を産みだせない」


「眠気を我慢するのは美徳ではない」


「長生きした日本の漫画家をみよ、彼を参考にせよ」



小さいおじさんは、まるで大学の教授が授業するように、会話を刻みこむように話す。


小さいおじさんが、大きく見えるほどに、逆らいがたい異様な迫力があり、私はおとなしくおじさんの声に耳をかたむけた。


おじさんは話すのをやめ、猛禽類のような鋭い視線を私にむけた。


「なんじゃ、これだけ睡眠の重要性を説いてやったのに、まだ寝ておらんのか」


おじさんは、目のはしに怒りをこめ「強制執行するしかないの」とつぶやいた。


おじさんの右手に、部屋のなかにある文字と絵が集まりだした。


カレンダーの文字や数字、教科書の文字、漫画のイラストや文字たちがおじさんの右手に密集しだした。


それらは、ひとつの塊になり、ついに私の顔よりも大きくなった。


まるで文字と絵で造られたゴーレムの手のようだ。



おじさんが叫んだ「神は死んだパンチ」


豪と、おおきな音をたて、その拳は私の顔めがけて飛んできた。


私は、ぎゃッとカエルがつぶれたような声をあげながら、視線を拳からそらした。



がたッ、びくッ、私の視線がはねあがる。


部屋のまわりをみわたす。


文字と絵はあつまっておらず、小さいおじさんもいない。


私のまえには液タブとペン、エナジードリンクの空き缶だけがあった。


すこし寝てしまったようだ。


寝たおかげで、頭がすっきりしている。




「さぁ、あとちょっと、がんばってイラストをしあげるぞ」

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