準備
暖炉のそばで、宰相は男の帰還に気づいた。
「成功したか?」
「はい。これで五大貴族のうち、我々と敵対するのはライト家だけとなりました」
「よし。ならば、ライト家と国王を同時に抹消するとしよう」
「では、ライト公爵が統括する西部方面軍はどうされますか? 彼らは王国が誇る、防御に特化した精鋭です。我々が指揮する三つの方面軍と私兵だけでは、彼らが態勢を整える前に領都ライトヴィルを攻略するのは不可能かと。一度彼らが出撃すれば、誰もがこれが包囲戦であると気づくでしょう。そして、西部方面軍に十分な準備時間を与えれば、彼らはライトヴィルを十年以上も守り抜くことができます」
「問題ない。これがあればな」
男の疑問に、宰相は巨大な宝石がはめ込まれた五つの首飾りを取り出した。宝石には複雑な魔導文字が刻まれており、その多くは今やすでに失伝しているものだった。
「これは…国宝『転移の首飾り』!? 複数の標的を瞬時に任意の地点に転送できるという伝説の品ですね…政変のためとはいえ、ずいぶんと思い切ったことを! これがあれば、全員をライトヴィルの城内に一気に転送して、奇襲を仕掛けられます!」
「いや、お前のその発想は、まだあまりにも凡庸だ」
「他に何か良い方法が?」
宰相はにやりと笑った。
「逆だ」
男はハッと気づいた。
「なるほど、国王を郊外に転送する、と? 確かに、これなら成功します」
「その通りだ。内通者に国王、王女、公爵、そしてアルフレッドを一気に郊外へ転送させ、その後、三つの方面軍と私兵も転送させる」
「国王と公爵家は理解できますが、なぜ王女まで? 政変が成功した後、彼女を政治的な道具として残す方が価値があるのでは? 彼女を欲しがる者は多いでしょう」
「まったく、お前の実行能力は優秀なのに、どうしてこんな簡単なことに気づかんのだ」
宰相は首を振った。
「方面軍は国を背負う精兵とはいえ、彼らが対峙するのは、かつて忠誠を誓った対象…聖剣使いの国王と、国内剣術の頂点であるライト公爵だ。お前が前線の兵士だったら、彼らに寝返るか、それとも躊躇なく攻撃を仕掛けるか、どちらを選ぶ?」
「それは…攻撃を選びます」
「それはお前が私に絶対的な忠誠を誓っているからこそだ。だが、あの兵士たちにそんなものはない。彼らにとって、国王と公爵を討つのは上官から下された命令に過ぎない。つまり、死にに行けという命令だ。なぜそのために命を賭けなければならないのか、彼らには分からない。そんな状況で、兵士たちが自ら死地へ向かうと思うか?」
「恐らくは…」
「そうだ。だからこそ、彼らに目の前の脅威を無視させるための誘因が必要となる」
「それが王女を転送することと、どう関係が…ああ、分かりました…これは…とんでもなく下劣ですね」
「『王国一の美少女』であり、第二王女である女性に何をしてもいい…男なら、誰でも突撃するだろう?」
宰相は冷酷な笑みを浮かべた。
「残念ながら、我々が彼女を享楽に耽ることはできないがな。あの娘は恐らく、そこで命を落とすだろう。仮に生きていたとしても、もう触れることはできない」
「何を心配している? 政変が成功すれば、お前は第一の功労者だ。全国の貴族の娘たちを好きなだけ選んで良い。だが、私と取り合う真似だけはするなよ。分かったな?」
「滅相もございません」
「分かれば良い。次の計画を実行しろ」
「御意!」
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《アル》
“なんだよ”
ある日の夜、ラルスが突然俺に話しかけてきた。
《剣を作って、帯剣しろ》
“…普段、剣なんか持たない俺が、か?”
《国王が来訪した時に、何か大きなことが起きる予感がするんだ。今のうちに準備を始めるに越したことはない》
“聖剣があるだろ。わざわざもう一本持つ必要ないだろ”
《聖剣を所持していることは、遅く明かせば明かすほどいい。普段から剣を帯びていれば、いざという時に聖剣を使わずに済む》
“…”
《どうした、俺はそんなに信用ならないか?》
“だって、そういう冗談を言いそうなのがお前だから”
《…反論の余地がないな。だが、今回は本当なんだ》
“神レベルの予感で大事件が起きるのか…。分かった”
俺は手を上げて「創造」を唱えようとした。
《あ、ついでだ。せめてハイミスリルで作れ》
“…ハイミスリルがどれだけ希少で、目立つか知らないのか? 俺が突然ハイミスリルの剣なんか持っていたら、怪しまれるだろ?”
《俺が隠蔽魔法をかけてやるから大丈夫だ。誰もハイミスリルの剣だとは見抜けない》
「創造」
俺が魔法を発動すると、緑色の幽光を放つハイミスリルの片手剣が、何もない空間から現れた。
《隠蔽》
ハイミスリルの緑の光がくすんで、よく見なければただの普通の鉄の剣にしか見えなくなった。
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普段剣を帯びることのないアルフレッド様が突然剣を持ち始めたのを見て、屋敷の人々は皆驚いたが、しばらくするとそれを受け入れた。何しろアルフレッド様は、どんな奇妙なことでもやってのけるのだから。
しかし、ライト家に潜入していた密偵は、背筋に冷たい汗を流し、自分がすでに気づかれているのではないかと疑うのだった。




