覚醒
「読者の皆様へ:
“"で囲まれた部分はアルフレッドの心の中のモノローグです。
《》で囲まれた部分は、彼と彼の頭の中に存在する者との対話です。
よろしくお願いいたします。;)」
深夜、ベッドの上。
《魂工知能の製造プロセスが完了しました。先々世の魂工知能を喚起しますか?》
“いいよ”
《許可を確認》
《喚起完了。周波数を同期中…》
《おぉ~~魂工知能って、こんな感じなんだな…よお、俺の今世、アルフレッド》
俺と似たような男の声が、頭の中に響いた。
“えっと…まず、自己紹介をお願いします。俺、あんたが誰だかさっぱり分からないんだけど?”
《うん~? 俺ってこの世界ではめちゃくちゃ有名だと思ってたんだけどな? ああ、サラ、君は俺のそばにいなくていいから、向こうで休んでてくれ》
“サラ?”
《あれ〜? 俺の妻が、自分の名前を教えてくれなかったか? サラは、最初からお前にインストールされてた魂工知能だよ》
“え、サラって言うんだ…。ちょっと待って、妻…?”
《あいつ、ちょっと恥ずかしがり屋だからな。名前を教えなかったのも普通だろ…。サラ、ぼーっとしてないでくれ》
《…ご主人様の命令がありません》
《ああ、そうか。俺はお前の指揮権を失ってるんだったな。頼むよ、アル》
“お、おう…えっと、分かった。サラ、自由行動を許可する”
“いや、だから、あんたはいったい誰なんだよ?”俺は心の中で叫んだ。
《俺か? 俺はかつて水神ラルスだった者だ。この世界で言えば、八神歴元年に魔導文明を滅ぼして、そのまま姿を消したあの神のことだな》
“えっと…み、水神ラルス? 俺の先々世って、水神ラルスだったの?”
《その通り、水神だ。神罰を下す前に封印を受けていたから、俺の魂は記憶を失った状態で、お前の世界に転生したんだ。本来ならこの人格は残らないはずだった…保険システムが作動して本当に良かった》
“…保険システム?”
《簡単に言えば、俺の魂が無傷のままこの世界に戻り、かつサラという魂工知能が起動できている、この二つの条件が達成された時に、俺の記憶で構成された魂工知能――つまり今の俺が自動でインストールされる仕組みだ》
うっ…なんだか俺にとって、いいことじゃない気がするな…。
“そういえば、あんた、ラルスって言ったよな?”
ラルスという名前は、俺の転生前の記憶を呼び起こした。
《うん? そうだぜ》
“五年前、俺を追いかけてきた黒衣の仮面男が殺そうとしていたのは、あんただったのか?”
《その通り。だが、厳密に言えば、俺という亡霊を追いかけているわけじゃない。お前を追いかけているんだ。なぜなら、お前こそが今この世界にいる水神だからな》
“…聞き捨てならない話が聞こえたぞ。今この世界の水神?”
《さっきアカシックレコードを覗いてみたんだが、どうやらお前は水神の魂を宿しているから、人間でありながら神として登録されているようだ…。それなら、神級魔法“創造”や“神闘武装”、“天使創造”も使えるはずだよな?》
“俺は…神? いや、そんなはずない。俺は…人間だろ? ただ平凡に生きたいだけなのに…”
《神だよ。ただし、ちょっと特殊なだけだ…》
“特殊? 神にならなくてもいい可能性ってあるのか?”
《それは…不可能だ。アカシックレコードは逆転しない。お前はずっと神だ。特殊なのは、お前が人間の体で神になったという点だ。それにしても、なんでそんなに神になることに抵抗があるんだ?》
“だって…なんか、面倒くさそうじゃん?”
俺は黒衣の男に追いかけられたことを思い出しながら、心の中でつぶやいた。
《お前は、ただ…怖いだけなんだろ? 魂の奥底から震えを感じる》
“…………”
“そりゃそうだろ! 転生してから一年近く、毎晩あの黒衣の男の悪夢にうなされたんだぞ! しかも、俺が追われる理由が、あんたというクソッタレな水神のせいだったなんて! 怖くないほうがおかしい!”
《うっ…でも、お前が水神であることは変わらない事実だ。俺を追ってきた虫けらどもは、これからもお前を追い続けるだろうし…お前が神であることを受け入れて、身を守る方法を学ぶ方がいいんじゃないか…?》
“…。えっと…”
《それに、お前、転生してから元の世界の電化製品が恋しいんだろ?》
“う…っ。ちくしょう、その通りだ。
この世界で貴族の待遇を受けているとはいえ、正直生活の質は前世に及ばない…って、待て。それが神になることとどう関係するんだ?》
《神級魔法“創造”を使えば、前世の便利な電化製品を全て再現できるぞ》
“は? そんな万能な魔法、聞いたことないけど…。それに…ちょっと待て”
《当然だ。“創造”は本物の神級魔法だからな。神が使う魔法が、この世界に記録されてるわけがないだろ》
“だから、ちょっと待てって…”
《魔力を消費するだけで、どんなものでも創造できる。これこそが、創世の力だからな〜。ちなみに、お前の魔力は、使い切れないほどに成長してるぞ》
“…だから、ちょっと待てよ!”
《どうした?》
“俺、この世界に転生してから、魔法が全く使えなかったんだけど!”
《使えない…? そんなはずはない。俺の設計では、召喚者でさえ魔法を使えるはずだが…。サラ、彼を調べてくれ》
《…確認完了。ご主人様が以前魔法を使えなかったのは、私のスリープモードがご主人様の魔力経路を妨害していたためです。覚醒後、ご主人様は魔法を使用できるようになりました》
“えっと…”
《だから、もう魔法が使えるようになったんだぜ~》
“そ…そうか…。じゃあ、もしあの黒衣の男がまた襲ってきたとして、俺は対処できるのか?”
《もちろんだ。自動戦闘モードは伊達じゃないんだぜ?…そういや、一つ実験をしたいんだが…》
“な…何の実験だよ?”
どうも、嫌な予感がする。
《とにかく、まずベッドから降りてくれ》
俺の体は俺の制御を離れ、勝手にベッドから降りた。
“待てって、何をするつもりだ?”
《ちょっとした実験だ。お前の今の実力を知ってもらうために》
俺の手が寝室の窓を開けた。涼しい夜風が吹き込み、深夜の庭園は信じられないほど静かだった。
《さあ、行くぞ!》
体は勝手に三階の窓から外に飛び出し、自由落下を始めた。
「ああああああああああーしぬぅぅぅぅぅぅぅー!」
《死なないって。属性魔法、“飛翔”!》
「あ…? う…浮いてる…?」
《さあ! 属性魔法、“風”!》
「うわあああああああーと、飛んでるぅぅぅ!」
俺の体は急上昇し、雲の上まで飛んだ。
月が頭上を照らし、白い雲が銀色の月光を反射して、あっという間に後ろへ流れていく。少しして、俺は広大な砂漠の上空で止まった。
《ここなら実験ができる》
「実験は、今から、なのか?」
《そうだ、実験は今からだ。あの砂漠が見えるか?》
“えっと…まさか…そんなこと…ないよな?”
《今からあそこを、オアシスに変えてやる》
“そんな魔法、いくら何でも無理だろ…”
《創造》
俺の手はラルスに操られ、軽く振られた。
「…何だと!?」
雲一つない空から、無数の雨粒が落ちてきた。
雨粒が砂に落ちると、砂はすぐに茶色い沃土へと変わっていく。
岩に落ちると、岩から緑の木々が生え始める。
死んでいた砂漠は、一瞬にして鬱蒼とした森へと姿を変えた。
“創造…神の力…”
《その通り。これこそが“創造”の中でも最高位の「生命創造」だ。次は…お前、あの黒衣の男の攻撃を怖がってるんだろう? 安心しろ。俺がお前を守れるってことを証明してやる》
そう言って、ラルスは俺の周りを薄い水の膜で包み込んだ。
《水聖結界!》
“な…なんかかっこいい!”
《これは水分子を極限まで凝縮させ、分子レベルでの絶対防御を実現する魔法だ。これなら、他の元素神の全力攻撃でもない限り、並大抵の攻撃ではこの水の膜を貫くことはできない…よし、ちょっと試してみるか…元素魔法、“重力”!》
俺の手が下へ引かれる。
夜空は一瞬にして火に包まれた。
“ラ…ラルス…これは…なんなんだよおおおおおおお!”
《この魔法の力を見せてやりたかったんだ。だから、宇宙から隕石を一つ引っ張ってきて、ぶつけてみたんだ》
“自分でそんな実験する奴がいるかよ! ふ…普通は、まず無害なもので試すもんじゃないのか!?”
《え? でも、水聖結界は準神級魔法だぜ? 人間界じゃ使用に距離制限があって、体の周り1メートル以内にしか張れないんだ》
“だからって、いきなり隕石ぶつけるかよ! それが正当な理由になるのか!?”
《最大の威力を見せてやれば、隕石より弱い攻撃なんて怖くなくなるだろ? どうせ死なないし?》
“お…お前、マジか? い…隕石、どんどん近づいてきてるぞー!”
《安心しろ。大丈夫だから》
巨大な岩が空から降り注ぎ、俺に直撃した…。しかし、俺が予想していた衝撃や痛み、熱さは一切起こらなかった。巨大な岩は、水の膜に触れた瞬間に水蒸気となって、霧散した。
だが、隕石と共に落ちてきた破片は、足元に新しくできた森に大小様々な穴を開け、これが決して幻覚ではないことを、最も直接的な方法で俺に教えてくれた。
《これが、俺の究極の防御手段の一つだ。次は攻撃だ。神闘武装!》
何もない空間から現れた水が、俺の体をあっという間に覆い、凝縮して凍りつき、一つの軽鎧を形成した。身につけていたパジャマは、動きやすい灰色の正装に変わる。元の銀髪は肩までの長さに急速に伸び、その上には氷の王冠が現れた。
背中には、氷の結晶でできた天使の双翼がゆっくりと広がる。腰には俺の身長に合わせた長剣がぶら下がっていた。鍔はオリハルコンの輝きを放ち、腕には緑の幽光を放つ数本のハイミスリル製の飛刀が括り付けられていた。
無数の水滴と細い水流が俺の周りを回り、まるでスーパーヒーロー映画で、金属を操るヴィランがガラスの監獄から脱出する時のような光景だった。
“これ…何だ? 俺の体が…”
俺は生えてきたばかりの髪を触り、体内に奔流する膨大な力を感じていた。
《これは神闘武装だ。お前の神としての実力を完全に解放できる…。言ってみれば、三柱の元素神が同時に相手をしない限り、お前は今、この世界の誰にも負けない》
“こ…こんなに強いのか?”
《それだけじゃない。待ってろよ…聖剣顕現》
俺の手の中で、無数の水流が急速に集まり、形を変え、瞬く間に透明な刀身と純白の柄を持つ両刃の長剣が姿を現した。
“み…水の聖剣…?”
《その通りだ。各剣術流派の核となる聖剣。水剣流の継承物、水の聖剣だ》
“でも、俺が読んだ叙事詩には、水剣流のことなんてどこにも書いてなかったけど?”
《他の元素神にはそれぞれ対応する聖剣と流派がある。五行の神々で最強の俺が、持っていないわけがないだろ? ただ、神罰の後に俺の力が消散し、聖剣も消えたせいで水剣流が失伝しただけだ…。ちなみに、お前の体には水剣流の全套が俺によって注入されている。お前は今、この世界で最強の剣士五人のうちの一人だと言えるだろうな》
“え…は?”
《水剣流が何ができるかって? 俺が実演してやるよ。水魔法、氷ゴーレム生成》
俺の目の前に、俺とそっくりな人形が現れた。
《水影突刺》
ラルスが俺の体に注入した本能の操りによって、俺の持った聖剣が動き出した。何十本もの剣閃となって人形に突き刺さる。その中には虚と実、現と隠が混じり合い、人形は瞬く間に粉々になった。
《どうだ? すごい威力だろ?》
「た…確かに」
俺は自分が斬り刻んだ氷の塊を見つめ、そうつぶやいた。
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翌日、アルフレッドは元の姿に戻っていた。昨日、父親を打ち破った武術は、跡形もなく消え去り、彼はひ弱な学者へと戻っていた。基本的な剣術の動きはできるものの、結局は一般人にも勝てない。ましてや、クラウスやライト公爵には到底及ばない。
…だが、あるいは、武術の達人であるウォルターだけが知っているのかもしれない。アルフレッドが練習中に無意識にとった構えが、頂点を極めた者だけがたどり着ける「初心への回帰」であることを。




