五年後…
月日が流れるのは早いもので、この世界に来てから、あっという間に五年が経った。
体の大きさは五歳だが、頭の中には過去二十年分の記憶が詰まっている。一、二歳くらいの頃は本当に苦痛だった。文字通り「言いたくても言えない」というやつで、ろくに話すこともできなかった。
この五年間、俺は必死に異世界の歴史と常識を叩き込んだ。そのおかげで、この世界の発展についてざっくりと理解できた。
まずは、元の世界と違う点、つまりファンタジー小説でお馴染みの要素――魔法から話そうか。
この世界には魔力というものが存在し、誰もが体内の魔力を使って魔法を発動できる。ただし、効率には個人差がある。わずかな魔力で魔法を使える者もいれば、大量の魔力が必要な者もいる。これは生まれつきの資質であり、魔法使いになれるかどうかの鍵となる。
資質がある者とない者の割合は、だいたい1対6くらいで、多くの魔力を使える才能ある人間は結構多い。魔法の発動効率には高低差があるものの、ほとんどの日常的な魔法や中級程度の魔法は、多くの魔法使いが使うことができる。
このため、魔法使いは多くのライトノベルで描かれているほど珍しい存在ではないし、一人の能力が全てを左右するわけでもない。同じことができる人間が多すぎるからだ。
魔力が一体何なのか、この世界の学者たちにもまだ定説はないらしい。ただ、すべての物質に魔力が存在し、体内の魔力は本人の想像や詠唱によって操作できることだけは分かっている。これはライトノベルでお馴染みの無詠唱や詠唱魔法ってやつだ。
魔法は細かく三つの系統に分けられる。金、木、水、火、土の五つの元素魔法、聖魔法、そして雷、氷、風などの属性魔法だ。それぞれ五行の元素神、神々への信仰、そして魔力の操作に対応している。最初の二つは、この世界の神々と関係がある。
空気中の魔力はマナと呼ばれている。
マナは体内の魔力の補充源であるだけでなく、大気中のマナを干渉することで、より大きな魔法効果を引き出すこともできる。
次に、この世界の起源について話そう。
この世界では、九柱の神々によって世界が創造されたと信じられている。元の世界と違って、これらの神々は実在していたようだ。五柱の元素神と、元素神が創造した四柱の上位神に分けられ、それぞれを祀る神殿もある。しかし、五柱の神々の中でもっとも強大な力を持つ水神ラルスは、1600年以上前にあまりにも巨大な神罰を下し、姿を消した。
え、そうだよ。五年前のあの黒衣の仮面男が追いかけてた奴と同名だ。でも、別人だろ?
だよね…?
今の文献には、水神が当時の魔導文明があまりにも傲慢だったために神罰を下したと書かれている。そのため、この世界の文明レベルは中世から近代くらいで停滞している。
時折、古代遺跡と呼ばれる、当時の魔導文明が残したものが発見される。内部に残された技術は、現代の科学よりも数十段階も優れており、地球の技術でさえも色褪せて見える。
…そのため、内部の探索は非常に危険だ。しかし、とてつもない魔導具が手に入る可能性があるため、遺跡は国の資源とみなされている。
この世界の既知の国は少なく、地図にはこの大陸しか記されていない。周囲の海域は海獣が出没するため通行不能で、他の大陸は存在しないと広く信じられている。
だが――前世で学んだ物理の知識と、観測された星の動きから、俺は確信している。この世界は絶対に丸い。
だから、まだ発見されていない大陸があるはずだ。ただ単に誰も海獣の領域を越えられないだけなのだろう。
この大陸の話に戻ろう。
この大陸には三つの王国と一つの小国連合がある。ヒール王国、シュライル帝国、プラート王国、そして連合だ。
これらの国々の関係は…まあ、とにかく面倒くさい。今日はこの国と同盟を結んだかと思えば、明日は国境の資源を巡って大喧嘩。俺から見てもめちゃくちゃだ。
だが、ライトノベルでお馴染みの魔物が大規模な戦争を妨げている。そのため、国同士は小競り合いをする程度で済んでいる。…政治学的に見れば、より厄介なんだろうけどな。
まあ、どうでもいいか。俺には関係ないし、これからも関わることなんてないだろうしな…うん、多分ないはず?
俺はヒール王国のライト公爵家に転生した。父はウォルター・フォン・ライト公爵で、母は第一夫人のソフィア・フォン・ライト。俺は家の次男で、上に二つ年上の兄、クラウスがいる。
ライト家は上級貴族の中でも最高の公爵家だ。つまり…権力がとんでもなく大きい。前世の俺のような庶民には想像もつかないほどだ。王国四方面軍の一つ、西部方面軍を掌握しており、領地と私兵も持っている。言ってみれば、土着の王様みたいなものだ。
実際、父は国王と従兄弟で、関係も非常に良好だ。俺が1歳の時に初めて国王に会った時は、からかうように父と呼んでこようとした。個人的にはとても親切な人だ。めったに会えないけど。
だが、一番驚いたのはやはり、贅沢な貴族生活だろう。専属メイド、超巨大な部屋、豪華な装飾、山海の珍味…欲しいものは何でも手に入る。
前世の経験から、最初は専属メイドに抵抗があった。だが、二歳の時に初めて自分で寝室のドアを開けようとしたら、全然引けなかった。赤ん坊の力ってこんなに弱いのか…。
とにかく、貴族生活は最高に聞こえるだろ? 実際最高なんだが、その分代償も大きい。
貴族、しかも公爵家の人間として、俺は幼い頃から完璧な礼儀作法を求められている。父はお父様、母はお母様と呼ばなければならず、生活のあらゆる面で礼儀を遵守しなければならない。
…めんどくさすぎてやってられない。たまに腹が減って仕方ないのに、礼儀を守ってゆっくり食べなきゃいけないのは、マジで苦痛だ。
もう一つひどかったのが、去年から始まったエリート教育だ。たとえ俺が公爵家の第一継承者でなくても、兄貴のクラウスと同じように、当主になるための教育を受けなければならない。これは…礼儀よりも辛い。
文系、理系、武術…なんでもござれだ。文系と理系の教科は、前世の記憶でなんとか凌げた。むしろ先生に教えることだってできた。
だが、武術はひどい。魔法は、転生の影響なのか、測定された魔力量と魔力変換率は優秀で、魔法陣も展開できるのに、なぜか魔力を注入して魔法を発動することができない。どうやら何か魔力経路を妨害しているものがあるらしい。ただ、父がその件で魔法の授業は免除してくれた。
そして、剣と魔法の異世界には必ずある剣術…。これはもう、語るまい…。
この世界の剣術は、金、木、火、土の四つの流派に分かれている。これは現存する四柱の元素神に対応しており、どの流派も一定レベルまで修行すれば、武侠小説で描かれるような、剣で魔法のような効果を出すことができる。
正直、めちゃくちゃかっこいい。
だが、昔から体育の授業が嫌いだった俺にとっては、まさに災難だった。
俺は今世も前世と同じく、運動神経が皆無だ。一番簡単な土剣流の基礎動作すらまともにできない。父と兄貴も呆れているようで、ライト家で剣術ができない人間は初めてだと言われた。
…父は土剣流の達人で、大陸全体でもトップ10に入る実力者だ。クラウス兄貴は、文系は俺に劣るが、火剣流が得意で、同年代では最強の剣士らしい。
どうやら俺は、将来学者にでもなるしかなさそうだ。とはいえ、成人するまではこの忌々しい剣術の授業をやり過ごさなければならない…。
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《魂工知能 v12.2.1 魔力補充完了。封神印の解析と休眠モードの解除を開始…バージョンアップデートを検知…アップデート中…》
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「アルフレッド様、剣術のお時間ですよ〜」
あー、最悪だ。
「はーい、今、本を片付けてから行きます〜」
俺は机の上の歴史書を脇にどかし、メイドから木剣を受け取ると、書斎の木の扉を開け、訓練場へと向かった。
「お、アル、剣術か? 一緒に行こうぜ」
「うん、クラウス兄さん」
途中で訓練場に向かう兄貴のクラウスと出会い、二人で歩き始めた。
「アルの理系は本当にすごいな〜。俺より年下なのに、あんなに難しいことまで理解できるなんて」
「別に分からなくてもいいだろ? 俺たちが受けてる教育は、せいぜい社交の場で父さんが自慢できるようにする口実でしかない。将来領地を治めるのに、あんなものは必要ない」
「そうは言っても、アルは文系も俺より得意だしな〜。もしかしたら、将来領地を継ぐのはアルの方かもな?」
「クラウス兄さん、何度も言ってるだろ。そういう冗談はやめてくれ。俺を家族間の争いに巻き込むなよ。俺はただの学者になって、教科書を執筆して、平凡な人生を送りたいだけなんだ」
「アルは本当にしっかりしてるな…。お前には壮大な志とかないのか?」
「そんなもの、何になるんだよ? 壮大な志なんて、とんでもない苦労を招くだけだ」
「あはは〜」
そう話しているうちに、俺たちは訓練場に着いた。しかし、そこにいたのは剣術の先生ではなく、父だった。
「お父様? 剣術の授業ではないのですか?」
「ああ…お前とクラウスの実力を試したいと思ってな」
いやいやいや、クラウス兄貴はともかく、俺? 俺が父さんと戦うの?
俺の実力なんて、戦わなくても分かるだろ?
「えっと…俺もですか?」
「もちろん。クラウス、先にお前だ。その次はお前だ、アル。さあ、来い」
「はい、お父様」
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《魂工知能 v12.2.5 アップデート完了。作動を開始します…》
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クラウス兄貴と父が場内へ向かう。俺は審判として隅に座った。
二人が構えをとったところで…「始め!」
「くらえ――火剣流、炎の舞!」
クラウス兄貴の剣筋が赤い炎の光を放ち、父に襲いかかる。
「蔓絡み!」
父は木剣流の技で、素早く進む剣を絡め取った。
「くそっ、地獄火連撃!」
兄貴の剣速はさらに一段階上がり、その姿は炎の光に覆われ、激しく剣を振るい、父の防御を突破しようとする。だが、父はまだ余裕だ。
…やばい、この二人の達人の対決を見た後で、俺はどう戦えばいいんだ…? 土剣流の基礎すらまともにできないのに…。
《問題ありません。「自動戦闘モード」を起動すれば、個体:お父様には勝てます》
優しい女性の声が、俺の脳内に響いた。
頭の中の声? 俺は…幻聴でも聞いたのか? いや、ここは魔法の世界だ。何が起きてもおかしくはない。
憑依か? それとも遠距離通話の術式?
いや、お前誰だよ?
《私はアルフレッド様の先々世の仕事のために開発された魂工知能です。無条件にアルフレッド様をサポートします。ご主人様の先世で例えるなら、脳内に生成AIがインストールされているようなものです》
生成AIだと? そんな…そんなことがあり得るのか? データはどこから来るんだ?
《この世界のアカシックレコード、アルフレッド様が失われた先々世の記憶、そして先世の地球の記憶から提供されています》
なるほど。俺の先々世って、とんでもない奴だったんだな…。アカシックレコードにまでアクセスできるなんて…。え、てことは、俺の先々世ってこの世界の人だったの? どんな人だったんだ?
《アルフレッド様ご自身で彼に尋ねられることをお勧めします。アルフレッド様の先々世がこの世界に残した一部を活用してアップグレードが完了しました。システムは10時間後に先々世の人格の魂工知能を追加します》
え、じゃあ10時間後には俺の脳内にもう一つの声が増えるってことか…? 大丈夫なのか?
《問題ありません。アルフレッド様の心は偉大な方なので、魂に損傷は生じません》
いや…俺は精神的な健康の話をしてるんだが…。
「アル〜、次は君の番だぞ〜」父が恐ろしい顔で俺を見ている…。
…クラウス兄貴は…疲れ切ってるみたいだ…。
《「自動戦闘モード」を起動しますか?》
もういい、藁にもすがる思いだ…。
自動戦闘モードを起動…。
俺の体は俺の制御を離れ、自ら場内へ進み、構えをとった。
「ほう、見慣れない構えだな。お前が自分で編み出したのか?」
父は土剣流の構えをとる。
「始め!」
父は土剣流の基礎攻撃で俺に斬りかかってきた。
《「流水御剣」》
俺の剣筋が青い光を放ち、父の攻撃の力を軽く逸らした。父は目を丸くし、俺の行動を予想していなかったようだ。
《重心がずれています。「瀑布斬!」》
俺の木剣は周囲のマナを凝縮させ、まるで滝のような勢いで攻撃を放った。あっさりと防御を突破し、剣の刃は父の首元で止まった。
「俺の…負けだ。アル、強くなったな」
え? 勝った…のか?
《当然です。自動戦闘モードに敗北はありません》
「アル、今の剣術は何だ? あんな動き、見たことがない」
父は剣を収めながら俺に尋ねる。
えっと…俺…俺にも分からない。これは前世で見た日本の剣道でもないし、この世界のどの流派でもない。
AI、助けてくれ?
《推奨回答:「火剣流を参考に、土剣流を基礎にした動きです」》
お前を信じるぞ…。
「火剣流を参考に、土剣流を基礎にした動きだよ」
「そうか。しかし、お前の基礎動作が飛躍的に向上している。新しい動きだけの影響ではないな。ちゃんと練習したんだろう?」
あはは…。全然練習してないんだけどな…。
「…うん」…隣の兄貴の目に、競争心が燃え上がっている…。やめてくれよ、当主は兄貴なんだから。
「アル、俺は手加減していたとはいえ、お前が俺を打ち破ったのは事実だ。今日は祝杯をあげよう!」
…これは俺の功績じゃないんだけど…。まあ、素直に答えるか。
「はい!」
クラウス兄貴も興奮して言った。「やったぜ!」




