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君の愛より深く

作者: 丸太塔

王宮騎士団の訓練場。

王宮騎士リアム・ハーネスは汗を滴らせながら剣を振る。

何度も何度も繰り返し振り続けることで、心を落ち着けようとしていた。

剣術の訓練は、いつも彼にとって唯一無二の心の拠り所だったが、今日はどれほど体を動かしても心に溜まった焦燥感は消えなかった。

幼馴染みのアビゲイル・フォレストのことが頭から離れなかった。


リアムが王宮の訓練場を後にしたとき、同僚の騎士が声をかけてきた。


「リアム、知ってるか?」

その声には、ただ事ではない雰囲気が漂っていた。

リアムは足を止め、振り返った。


「どうした?」


「アビゲイル嬢とヒューゴ・ウィンターの婚約破棄が決まったそうだ」


その言葉がリアムの心に重く響いた。


ヒューゴ・ウィンター。

アビゲイルの婚約者、だった男。

そして、リアムとアビゲイルの幼馴染みでもある。


ヒューゴとアビゲイルは、家同士の結びつきで早くから婚約を結んでいた。


幼少の頃からアビゲイルが好きだったリアムは、その現実を心の中で悔しさを抱えながら受け入れ、彼女を遠くから見守っていた。


ヒューゴは常にリアムに対して嫌味な態度を取り、アビゲイルに対しても本当の愛情など持っていなかった。


ただ、家のしがらみで結婚を決めたに過ぎなかったからで、それがこのような結果となった。


「ああ、本当らしい。詳しくはわからないが」


「どうやらヒューゴが浮気をして、アビゲイル嬢にバレたらしい。それで婚約を解消したんだと」


「浮気?」


リアムの頭は一瞬、真っ白になった。


ヒューゴが浮気?

それは信じられなかった。

彼がそこまで卑劣なことをするなんて。


「それで、アビゲイルは今どうしているか分かるか?」


「引きこもっているらしい。あまりにもショックを受けて、家から出ないって」


その言葉に、リアムの胸が痛んだ。


幼少期から共に過ごしたアビゲイル。

彼女はいつも明るく、誰にでも優しい存在だった。

そんな彼女が今、深く傷ついていると思うと、どうしても放っておけなかった。


リアムは彼女を慰める言葉が浮かばなかった。

幼馴染みとして、今まで何もできなかった自分が悔しくて、たまらなかった。



リアムが急いでアビゲイルの屋敷へ向かうと、アビゲイルの両親が出迎えてくれた。

顔には憔悴の色が浮かんでいた。


「リアム、ありがとう。アビゲイルは今、部屋に閉じこもっています。心配で。どうしたらいいのか分からなくて」


「僕にできることがあれば、何でも言ってください」


リアムはしっかりとアビゲイルの両親を見つめて答えた。

父親は少し息をつき、ゆっくりと話し始めた。


「ヒューゴが、アビゲイルに身体的な関係を求めたのに対して、アビゲイルは結婚までそれを拒み続けた。そこでヒューゴが他の女性、男爵令嬢エイミー・フランクリンと浮気をして、彼女が身ごもったことで、最終的に婚約解消に至った」


リアムはその話を聞き、怒りが込み上げてきた。

ヒューゴがアビゲイルにそんなひどいことをしたのか!

そして、何よりアビゲイルがそのことで傷ついていることが、リアムの胸を締め付けた。


「アビゲイルは今、かなり傷ついています。あの子の気持ちを何とか取り戻したいと思っているの。でも、どうしたらいいのか」


リアムは一瞬、思考を巡らせた。

何かできることがあるはずだ。

無力ではいられない。


「僕がアビゲイルを外に連れ出します。何とかして、少しでも元気づけたい!」


「ああ、リアム!お願いします。本当に頼みます!」


両親の顔には、言葉では言い表せないほどの心配と悲しみが浮かんでいた。


その言葉を受けて、リアムはアビゲイルの部屋へと向かった。


ドアを軽くノックすると、静かな返事が聞こえた。

アビゲイルの声だ。少し震えているような、か細い声だった。


「アビー、俺だよ。少し話をしよう」


ドアを開けると、アビゲイルは薄暗い部屋の中で、ベッドに横たわっていた。

目は赤く腫れ、顔色は悪い。彼女がこんなにも憔悴している姿を見るのは、リアムにとって耐え難いものだった。


「リアム。どうして?」


アビゲイルの目に、涙が浮かんでいた。

彼女は、心の中で何かを吐き出したいのに、うまく言葉にできない様子だった。


「アビー、君は本当に何も悪くない。あんな男に君が傷つけられる理由なんて、どこにもない」


リアムは彼女の手を握りしめた。


「俺が、君を守る。絶対に、君に辛い思いはさせない」


アビゲイルは少し顔を上げ、彼を見つめる。

その目は痛みと戸惑いに満ちていたが、リアムの言葉にわずかながらの希望を感じたようだった。


「でも、私はもう、誰かを信じることができない。ヒューゴに裏切られたのに、どうしてまた誰かを信じていいのか」


その言葉にリアムは深く息を吐き、強く彼女の手を握った。


「アビー。俺がいる。俺は君を守る。俺は、絶対に君を裏切らない」


アビゲイルは驚いたようにリアムを見つめ、その眼差しに心を奪われる。

少しの沈黙の後、彼女は小さく頷いた。


その言葉には、自分でも気づかぬうちに、どれだけ彼女を想っているかが込められていた。


リアムは、アビゲイルの手を強く握った。


アビゲイルは涙を流しながら、しばらくリアムの手を握り返し、


「リアム、ありがとう。あなたがいてくれるなら、少しは安心できるかもしれない」


リアムはその言葉を聞き、心から安堵した。

しかし、彼はこれで終わりではないと思っていた。

アビゲイルが完全に立ち直り、心から笑顔を取り戻すその日まで、彼女を支え続ける決意を固めていた。



それから少しづつ、リアムはアビゲイルを外に連れ出すことに成功した。


最初は少し躊躇していたアビゲイルも、リアムの優しさと確固たる決意を感じ取り、徐々に心を開いていった。


リアムは、彼女が少しでも元気を取り戻すように、何か特別なことをしてあげたいと思ったが、どうやって彼女を喜ばせるかは、リアムにとって難しい選択だった。


そんな時、騎士団の仲間たちが彼にアドバイスをくれた。


「周りがどう思うかは関係なく、アビゲイル嬢に気持ちが伝わることが大事なんだ」


仲間たちは楽しげに言って、リアムを励ました。


リアムはただアビゲイルのために一途に一生懸命だった。



「アビー、今日はスイーツ店に行こう」


リアムは、少し照れくさそうに言った。

アビゲイルはその提案を聞いて、思わず微笑んで言った。


「え!?リアムがスイーツ店?」


「うん。君が好きなチョコレートケーキがある店だよ。城外で人気の、あのスイーツ店さ」


アビゲイルは少し考えた後、静かに頷いた。


「行きたい」


その言葉が、リアムにとってどれほど嬉しかったかは言葉にできなかった。


それからリアムは、アビゲイルを王宮の庭園に連れて行った。

彼女が植物を愛していることを知っていたから、王宮の庭園を一緒に巡りながら、彼女の表情が少しずつ柔らかくなっていくのを感じていた。


庭園には春の花が咲き誇り、柔らかな日差しが降り注いでいる。

その下には笑顔のアビゲイル。


そして、リアムはついに決心する。

自分の想いを、彼女に伝える時が来たのだ。



その日、リアムはアビゲイルのために、真っ赤な薔薇の花束を手に持って彼女の邸宅へ伺った。

108本の薔薇の花が、彼女のために用意された。

リアムの心の中で、彼女を生涯愛し、守り抜くという誓いのこもった花束だった。


アビゲイルが応接間に現れたとき、リアムは深く息を吸い、少し震える手で彼女に薔薇の花束を差し出し、しっかりと彼女の目を見て言った。


「これを、君に」


アビゲイルは目を見開き、驚きながらもその美しい花束を受け取った。


「俺は、君だけを愛している」


リアムは真剣な眼差しで彼女を見つめた。


「君が愛する以上に、俺は深く君を愛す。そして、これからもずっと君だけを愛し続けることを誓います」


アビゲイルは涙を浮かべながら、ゆっくりと頷いた。


「リアム、ありがとう。私はあなたを、信じます」


その瞬間、リアムは胸を張り、深呼吸して彼女の手を取った。


「俺と結婚してくれますか?」


アビゲイルは微笑みながら力強く答えた。


「はい!」


その言葉に、リアムは安堵し、心からアビゲイルを抱きしめたのだった。

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