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彼女と入りたかった! 魔王とお風呂!

 やっほーみこと君! 調子はどうだい⁉


「見りゃ解んだろ! 最悪だよ‼」(命談)

 魔王ヘルグラッジにゲロまみれにされた俺と真琴まことは、風呂に入ることになった。

 まずは真琴を先に入れる。服が身体に張り付いて気持ち悪いが、兄として弟より先に入るワケにはいかない。


「ほう。弟から風呂に入れてやるとはなかなかいい兄だな貴様は」

「そう言うお前は心底性根が腐ってると思うよ……」


 ぱんつ一丁の俺は溜息ためいき交じりにそう言った。

 ヘルグラッジがやってきて二日目。正直俺は音をあげたい。


「ククク……みことよ。もう余と付き合うのはごめんだと思っているであろう」

「……逆にどういう物好きがお前と付き合いたいのかきたいね」


 ヘルグラッジは穏やかな笑みを浮かべて瞑目めいもくする。


「貴様と余は恋人同士なのだから仕方あるまい。それに余は妻帯者だぞ?」

「だからその恋人を辞めたいんだよ……ってお前嫁さんいんの⁉」

「魔王が妻帯していて何が悪い? この国には魔王の妻帯を禁ずる法律があるのか? 否!」


 あーこいつムカつく。俺はそろそろ違う女を探したほうがいいんじゃないか。弥生やよいちゃんの人格は事実上消えちゃってるし。

 ……そりゃあ顔は俺好みの女の子で声もスタイルも申し分ない。

 ただ! 人格。こいつに圧倒的に欠落しているのは人格だ!


「にーちゃんお風呂空いたよー」


 がらりと風呂場の折れ戸が開き、真琴が姿を現す。

 そうか。とっとと入ろ。

 俺はぱんつを脱いで風呂場に入る。魔王の目の前で素っ裸になっても恥ずかしくもなんともなかった。


「余も一緒に入るとしよう」

「……は?」



■ ■ ■



 俺はシャワーを浴びながら考える。

 どうしてこいつが一緒に風呂場に。てか狭いんですけど!

 ヘルグラッジは服を着たまま空の浴槽のなかに突っ立っていた。


「こんな狭い風呂場でいつも垢を流しているのか。やはり人間は理解に苦しむな」

「あのな! うちの経済状況考えろっての! 借金だらけで広い風呂場に入ってたら変だろうが!」


 ヘルグラッジがにっこりと微笑んだ。


「命君」

「……え?」


 思わずシャワーヘッドを取り落とす。


 ——この雰囲気は。

 ——この優しい声音は。


 弥生ちゃん……⁉

 足元ではシャワーヘッドが温水を噴き出し続けている。


「わたし命君のこと見てたよ。ずっと。といってもまだ二日目だけどさ……」

「弥生ちゃん……! 弥生ちゃんっ‼」


 俺は弥生ちゃんを抱きしめていた。

 弥生ちゃんも俺をぎゅっと抱きしめる。


「よかった……てっきり俺、弥生ちゃんは消えちゃったのかと……! 本当によかった!」

「ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ。それはよかったな」


 目が点になった。

 このリアクションは……考えるまでもない。あいつだ。


「余のなかの弥生がどうしても貴様に会いたいとのことで風呂場の密室を利用して会わせてやった。感謝しろ」

「へいへい……」


 俺はシャワーヘッドを拾い上げて顔面に温水を浴びる。

 一刻も早くこの複雑な感情を洗い流したかった。


「弥生から先ほどの激烈な抱き合いの感想が届いておるぞ。『わたしに素っ裸で抱きついてくる変態マジワロス‼』とのことだ」

「それ絶対嘘だろう」


 俺はヘルグラッジの虚言きょげんを見事に見抜いてみせた。



■ ■ ■



 風呂から上がった俺は、牛乳パックから直接牛乳を飲んでいた真琴を発見し、軽く注意した。

 はぁ。今日はもう布団に潜ってゆっくりしたい。でもようやく今から昼メシなんだよなぁ。一日がやたらと長く感じる。


「じゃ~ん! 奮発してお昼はチーズインハンバーグだよっ!」


 スーパーでの臨時収入があったのにレトルト食品とは堅実な母ちゃんらしい。全然奮発してないところがまた。


「腕によりをかけて温めたんだから!」


 満面の笑みで言い放つ母ちゃんはどこか泣けてくる。貧乏なんてもう嫌だ。

 ハンバーグが好きな真琴は一応久しぶりのご馳走ちそうに目を輝かせている。

 母ちゃんは眉尻まゆじりを下げて心配そうに、


「ヘルグラッジちゃん食べられるかなこれ。昨日の夜から何も食べてないでしょ?」


 ヘルグラッジは得意げに胸を叩いた。


「当然だ! 余が下賤げせんな人間の食べ物を食せるか」


 そう言って俺たちをぎろりとにらむ。すっかり気圧けおされた真琴が俺の背後に逃げ隠れた。ヘルグラッジは本当に扱いに困る。


「そっか。魔王でも無理なものがあるのねぇ。無能な魔王はほっといて三船みふね家の皆さんで全部食べちゃいましょう!」


 母ちゃんは腕を伸ばしてヘルグラッジの皿を取り上げようとして——腕が止まった。

 見るとヘルグラッジが皿を持つ母ちゃんの手首を握りしめている。

 ヘルグラッジは清楚な顔に気味の悪い柔和にゅうわな笑みを貼り付けて、


「ふふ。余は魔王ヘルグラッジ。不可能はない。さ。食そうではないか」


 すごい勢いでチーズインハンバーグを食い尽くした。【訂正】こいつ扱いやすいわ。

 俺は母ちゃんとヘルグラッジの一連のやり取りを見ていて肝を冷やしたが、母ちゃんの快勝といったところだろう。


「不可能がないの? ヘルグラッジねーちゃんすごい! じゃあ今度さ、勉強見てよ!」


 俺の背後から出てきた真琴が魔王さまにお願いごと。


「もちろんだ真琴よ。この後すぐに見てやろうではないか!」


 今までに見たことがない清々すがすがしいヘルグラッジ。

 すまん、気味が悪いレベルじゃねえ。急に吐き気が……。

 ところが少し気分が悪いのはヘルグラッジも同じようで、平静を装いながらも少し眉根まゆねを寄せていた。こいつなりに頑張ったらしい。

 俺も貧乏とか言ってないで頑張って・・・・食うとするか。

 俺は皿の上のチーズインハンバーグにフォークを刺した。


 命君えらい! よくぞ試練を乗り越えた!


「そこはヘルグラッジを話題にするべきだろ!」(命談)

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