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もう息切れが……! 魔王と買い出し!

 みこと君、君の供養はしてやるぞ。


「始まったばっかで勝手に殺すんじゃねえ!」(命談)

 髪型をセットし直した俺たちは、夕飯の買い出しに向かった。もちろんヘルグラッジも一緒に。こいつを一人残すと何するか解らん。

 ヘルグラッジの野郎に言われて俺が先頭に立って案内し、車が行きかう大通りを横に見ながら歩く。……ったく、どうして俺がこんなことを。


「安全な道を選べよ。余が怪我けがでもしたら大変だからな」

「誰が怪我するってか。お前だったらトラックが突っ込んできても平気な気がするわ」


 彼女と買い出しなんて普通だったらとんでもなく嬉しいイベントのはずなのに。こうなったのは一体誰のせいだーっ! ちな、俺は悪くない。

 ガラの悪いジャケットを着た奴がけたたましい音を立て、オートバイで俺たちの至近距離を駆け抜けていった。いるんだよなぁ。ああいう迷惑考えない奴。


「……余の近くをあんな猛スピードでまかり通るとは何たる無礼者! 万死に値する! 《俊足移動しゅんそくいどう》‼」

「はぁ? おい! ヘルグラッジ!」


 ヘルグラッジもオートバイを追って猛スピードで駆け出した。


 ——ことの顛末てんまつはこうだ。


 ヘルグラッジがオートバイに追いつき、走りながらマフラーをつかんでひっくり返してしまった。俺と真琴まことは悲鳴を上げて追いかけるも、相手の男も何が起きたのか解らず悲鳴を上げていた。宙で一回転した男はアスファルトに尻から落ちて悶絶もんぜつ

 更に殺気をたぎらせたヘルグラッジが襲いかかり、男のヘルメットはシールドを蹴破られた。この頃には俺たちはだいぶ追いついていた。必死で走ったからな。

 更に更にヘルグラッジが男を血祭ちまつりに上げていたところに追いついた俺が、背後から羽交締はがいじめにして動きを封じて。その後俺は追いついてきた真琴と二人で五体投地し、なんとかヘルグラッジに男を許してもらった。


「いやいや大変だった……」


 俺と真琴はそれぞれヘルグラッジの手を引きながら深い溜息ためいきいた。


「ただ身体的制裁を加えてやっただけだ。余は何も間違ってはいない」


 いえいえあなたは大いに間違っていましたよ。

 少なくとも平和を愛するこの日本国においては。

 ぶつぶつと愚痴るヘルグラッジに、安堵のあまり兄弟揃って大きな猫背になる。

 あとから聞いた話によると男は全治三か月らしい。よく三か月で済んだもんだ。あっぱれ男の生命力!


「ねえヘルグラッジねーちゃん……僕もう疲れた……もっと平和的にいこうよ……」

「余は平和的に行動している。それを見抜けんとは真琴……貴様の目が節穴だということだ間抜けめ!」

「なんで真琴が悪いんだよ。お前の考えかた異常だ」


 ヘルグラッジは腹の立つほど可愛い顔を不気味に歪める。


「余は魔王だ。考えかたが異常であるべき存在。やはり思っていた通りよ。誉め言葉と受け取っておこう……ヒャヒャヒャ!」


 一応考えかたが異常っていう自覚あられたんですね……。

 こいつ賢いのかポンコツなのかよく解らん。

 そうこうしているうちに俺たちはようやくスーパーに到着した。


「やっとだよ。なんでスーパーまで来るのにこんな疲れなきゃならんの……」


 これ以上血を見ることがないのを祈りながら、意を決してスーパーの自動ドアをくぐる。

 いつもと変わらない近所のスーパーだった。店内には「安心をお届け致します♪」などといううたい文句のスーパーのテーマ曲が流れており、至る所にPOP広告が貼り付けてある。俺はポケットから今日のチラシを取り出した。ふむふむ、今日は豚肉がお買い得だったな。


「ヘルグラッジ? 勝手な行動するなよ……ってあれ? ヘルグラッジは?」

「まさしく勝手に歩いてどっか行っちゃったけど……」


 俺の脳裏に先ほどの悪夢が甦る。あの魔王め。どこかに縛り付けておくべきだった。

 真琴と二手に分かれ、俺は精肉コーナーを探す。頼むあっさり見つかってくれ……!


「ない……ないない……!」


 ヘルグラッジが怒り心頭といった感じの表情で豚肉を眺めていた。あっさり見つかったはいいけど、いささか機嫌が悪い。今度は何が起きたんだ。


「おい! 店長を呼べ!」

「ヘルグラッジ! お前どうしたんだよ?」

「む。みことか。いやな? どこにも人肉がないのだ。このスーパーの品揃えは最悪だな!」

「あってたまるか! お前そんなもんが街のスーパーに整然と陳列されててみろ! 国際問題に発展するぞ!」


 ヘルグラッジは腹の立つほど綺麗な前髪をき分けた。


「ふん。国際社会も器量がないな」

「ていうかほら! 真琴もお前のこと捜してるんだから行くぞ?」


 俺たちが真琴を捜してしばらく辺りをさ迷うこと数分。


「これだから最近の子供は!」


 どこかのじいさんのものと思われるしわがれた声が飛んできた。

 俺たちはその声のほうへと急ぐ。

 買い物客をかわしながら進んでいくと、真琴が白髪のじいさんとばあさんに平謝りしていた。ばあさんのほうは床に尻もちをついている。


「ご、ごめんなさい、急いでて……」

「ごめんなさいで済むか! ばあさん、本当に怪我はなかったのか?」

「え、ええ……大丈夫ですよ」


 ヘルグラッジがぷるぷると震えだした。こいつまたブチギレる気だな。

 俺は短気な魔王を制しつつ、じいさんに事情をこうと話しかける。


「あのー……どうしたんですか?」

「に、にーちゃん!」


 真琴が俺に抱きついてきた。

 えんえん泣く真琴をヘルグラッジがなだめる。こいつにこんな情緒があったとは。


「どうしたもこうしたもあるか! この小僧がばあさんに体当たりしていきおって! ばあさんが転んでしまったではないか!」

「ゔゔ……ごめんなさい……!」


 ヘルグラッジの脚に隠れつつ、真琴がなおも謝る。ヘルグラッジの捜索に必死になるあまりに周りが見えていなかったのだろう、ということは容易に想像がつくが。

 じいさんは俺たちから目を逸らし、嘲笑あざわらうかのように冷淡な口調で。


「あーあー、どうせすぐ逃げようとしていたのだろう? まったく卑劣な小僧だな」


 卑劣。その言葉で俺の頭に血が上った。このジジイは真琴のことを何か知っているのか。真琴は自分に向けられた言葉の刃に目を見開き、青い顔をして固まっている。

 俺がジジイに摑みかかろうとしたとき。


「そこまでだ。要はそのババアを治せばいいのだろう」


 今度はヘルグラッジが俺の前に進み出た。


「ババア……⁉ 小娘いまわしのばあさんをババア呼ばわりしおったな!」

「おかしなことを言う。どこからどう見てもババアではないか」


 ヘルグラッジさん、この国には不文律という言葉がありましてねぇ。思っていても言っていいことと悪いことがあるのです。

 これ以上この場に居合わせたらややこしいことに巻き込まれそうだ。他の買い物客は遠巻きになってことの成り行きを見守っている。

 俺はヘルグラッジのそでをちょいちょいと引っ張った。


「おいヘルグラッジ。何をする気だ? もう行こう」


 ヘルグラッジは左手の人差し指と中指を立てた。


「余は万夫を癒す聖者なり。世界樹の露光ろこうよ今こそここに力を示せ。願わくば時の狭間はざまに埋もれし五体の輝きをも取り戻さん……《回生のつゆ》!」


 ババア呼ばわりされたばあさんの頭上30センチほどの高さに、緑色の水滴が出現した。そのままばあさんにしたたり落ち、宙に水紋すいもんが発生する。

 しばらくその場できょとんとしていたばあさんは立ち上がり、


「痛くなくなった! じいさん! 痛くなくなったよ!」


 と叫び出す。


「な、何⁉ 本当か? ばあさん!」


 ジジイも半信半疑の様子だが、ばあさんの変化はそれだけではなかった。

 みるみる肌にうるおいが満ち、顔に深く刻まれていたシワが消えていった。心なしか背筋も伸びたように感じる。

 ばあさん……いや、その女性・・は「ひゃっほう!」と宙返り。おいおい今度は何が起きたんだ……! まさかこれって……。


「おばあちゃん……ひょっとして若返ったの……?」


 真琴が恐る恐る口を開き、状況から判断して最も可能性が高いであろう事象に言及する。

 マジか。

 俺も遠巻きに見ていた買い物客もみんな放心状態……かと思いきや。

 ヘルグラッジの前に長蛇の列ができていた。一番前に並んでいるのはさっきのジジイ。


「お嬢様! どうかこの醜いジジイにも先ほどの魔法のような奇蹟を!」

「しょうがない。一回につき三万円だぞ」


 ヘルグラッジはけらけらとわらいながら次々と若返らせていく。パートのおばちゃんたちも仕事そっちのけで並んでいた。なんと現金な奴ら!


「お嬢様~、電子マネー使えますか~?」

「ヒャヒャヒャ無論だ。この時代に電子決済ができんようでは恥ずかしくて夜も眠れんからな」


 こうして買い物が終わる頃にはみんな劇的に若返ってスーパーから出てきたのであった。

 ヘルグラッジの奴……。

 いい奴なのか悪い奴なのかますます解らなくなってきた。


「あたしゃ若い頃は体操をしていてね。いや~、若いっていいわあ!」(若返ったばあさん談)


 ヘルグラッジの施しは凄まじいですね!

 でもお金を取るところはやはり魔王か……。

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