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『坂道を漕ぐ』(二稿)

作者: ダモン

短編ですが、2~3年かかってしまいました。

 石積みの長い塀の手前でぼくはいつも待っている。

 ここは緩やかな坂道。登ってゆくと勾配はやや厳しくなる。そこが狙い目でばくは全力でペダルを漕ぎ、彼女をあっという間に抜いて行く。校門までおよそ10メートル地点で振り返り、悔しがる表情を眺めては満足し校門を疾走する。この快感が堪らない。10メートル手前で抜き去る、その加減は最早精密な技術だろうと思っている。この習慣が確立してから一度も遅刻をしていない。彼女は家が近く歩いて登校も可能だろうが、ギリギリが好きで自転車通学を選んでいるらしい。噂では優等生の部類に入るそうで、だけど気さくに話しかけられそうな雰囲気を持っている。実際話しかけたことはないし、話しかける予定も今のところはない。しかし朝のぼくのルーティーンであり、登校へのモチベーションにしている。

 学校への通学路を外れ、やや遠廻りだけれど、坂の途中に出る間道からの交差点で、彼女を待つ。通学路からは待っているぼくは絶対に見えない。だから待っていることも知られてはいないだろう。

 一度柔道部員の石田に後ろからどやされたが、彼女を待っていることを悟られはしなかった。

 この秘密は秘密で有る限り楽しみであり生き甲斐と言ってもいいくらいだった。

 朝以外に彼女を追いかけている分けではないからストーカーには入らないだろう。ストーカー認定されたら地獄だろうな。そろそろ彼女を見返ることは止めた方がいいのか。ぼくは次の朝から振り向く変わりに右手でグーチョキパーのどれかを彼女が気付くかどうかの際どいところで出してみることにした。見ていない可能性が高いのだが物凄いスリルを感じた。もし彼女が嫌だったら徒歩通学にすればいいだけのこと。そういう逃げ場があるってのも思いやりではないのか。彼女が何か文句を言ってきたら直ぐに止めるつもりでいる。黒歴史は何としても嫌だった。

 9月の新人戦予選が終わると二年生は部活を事実上卒業する慣習になっていた。他の部員総崩れの中でぼくだけ100m地区予選を通過してしまった。この記録では都道府県単位の本戦を戦えずぼくは棄権するつもりであったし、それで十分だと思った。しかし何か引っかかるモノがあったのだろう、それがたぶん全力の自転車漕ぎだったのだと思う。

 一週間後、キッパリ止め、帰り際同じ部員だった横井と話しつつ校門を出た。自転車は押して歩いた。

「いつも思うんだけど、日本人選手だって世界記録に何十年遅れだとしても記録は追いついて更新されている。つまりもし1964年の東京オリンピックに現在の日本のトップスプリンターが出場したら金メダル取れんじゃねえ」

 目を光らせつつ横井は確信を持って主張した。

「そう簡単にはいかないよ。高速タータントラックとアンツーカーでは記録が違うし、スパイクも練習環境だって雲泥の差だろう」

 ぼくの界隈では何故か言い出しっぺ以外の者は概ね否定的にならざるを得ない立場に立たされてしまう。それも癪だったのでぼくは視点を変えた。

「あのウサイン・ボルトは未来から来た並のスプリンターじゃないの。そう考えた方が納得出来ないか」

 横井はちと驚いたように相槌を打った。

「大谷翔平もそうかもね。百年に一人の選手だから」

 ぼくも大いに賛同した。

「よし、走るぞ」

 徒歩通学の横井は下り坂を全力で走り出した。慌ててぼくは自転車に跨がりペダルを踏み込んだ。

 横井が信号のない交差点を左折し、見えなくなったその瞬間、ぼくの右側を猛スピードで追い抜いてゆく女の子が見えた。陸上競技で鍛えあげた太股から繰り出されるスピードには絶対の自信があった。でもそのぼくを差し置いてあの女子高生はまるでウサイン・ボルトのようにアッと云う間にぼくを引き離していった。見覚えのある横顔がぼくの視界で一瞬微笑んで消えた。

転生は有りや否や、推理していただけたら嬉しいです。

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