彼の辞書に失敗の文字はない。
玉座に腰を下ろした国王陛下の左手に近衛騎士隊長、右手に宰相、扉近くに侍従長が控えている。部屋の四隅には近衛騎士が、直利不動で待機していた。
「ハリス公爵、そして可愛らしいリズ公爵令嬢。朝から呼びつけることになり、すまなかった。先日、リズ公爵令嬢は社交界デビューしたばかりだったね。改めておめでとう」
国王陛下の声は優しく、でも王のオーラがあった。見ていると、なんだか背筋が伸びる。ともかく「おめでとう」と言われたのだから、「ありがとうございます」と椅子から立ち上がり、再びのカーテシー。それを終えて、私が着席すると、国王陛下がついに本題を口にした。
「実は、北の森にある隣の街へ行くための第三の橋、正式名称ケルン橋が、破壊されたのじゃ。つい二日前の夜のこと。わしの息子の第二王子のチーティンは、丁度、隣街へ公務で出向いていてな。その足で、舞踏会へ顔を出すつもりだった。だが橋が破壊されており、別の橋を目指すことになり、舞踏会には大幅に遅刻してしまった」
だから私と会えなかったが、私の噂はかねてから聞いている。ぜひチーティン第二王子と婚約してほしい……とでも切り出すのかしら!?
「チーティンが舞踏会に遅れたのは事故のようなものだ。まさか橋が破壊されているなんて、思わないからな。それに橋は、重要なインフラ。そう簡単に破壊されては、困ってしまう。自然災害で壊れたわけではない。爆弾で爆破されていたことが判明している」
橋を瞬時に破壊するとしたら、爆弾しか方法はない。
痕跡を残さないのが無理な話で、爆弾による橋の破壊と国王陛下が断定することは、想定済みだった。よって緊張しているとはいえ、ここまでちゃんと話を聞くことができている。
「一体何者の仕業なのか。王都警備隊に、くまなく捜索をさせたが――」
あのフロイドが動いたのだ。犯人につながる証拠など残されているはずがない。
フロイドは、これまでどんなことをさせても、一度たりとも失敗をしていない。彼の辞書に失敗の文字はない。
「犯人につながるかもしれない証拠が見つかったのだよ」(「えええっ!」)
国王陛下が合図を送ると、侍従長が書類を入れる箱を手に、玉座の方へと歩いて行く。国王陛下が手を伸ばし、箱から何かを摘まみ上げた。
それは……紋章と名前が刺繍されたハンカチ。
その紋章はユリの花にイーグルの羽。そしてLとHのイニシャルは……。
え。
「これはハリス公爵家の紋章。そしてこのイニシャルは、リズ・ハリスを示していると思うのじゃが、どうであろうな」
父親が私を見る。私は瞳を大きく見開き、驚くしかない。
「本当に。橋と森の周辺に、これというものは、このハンカチ以外では見つかっておらん。見ての通り、このハンカチは新品にも近い。もし昔から落ちていたなら、もっと汚れ、ボロボロであろう。となると落としたのはごく最近」
そう言いながら国王陛下はハンカチを、侍従長が手にしている箱に戻し、そのはちみつ色の瞳を私に向ける。
「とはいえ、リズ公爵令嬢は、橋が爆破されたその時、舞踏会に参加するため、既に宮殿にいたことが確認されている。よってこれは犯人がリズ公爵令嬢を罠にはめるため、置いて行った可能性もあるのじゃが……」
そこで国王陛下は肘をつき、首を傾げる。
「金で人を雇い、動かせば、当人はどこにいても、橋を爆破することができる」
「こ、国王陛下、お待ちください。リズは十五歳になったばかりです。そんな橋の爆破などという恐ろしいことを、思いつくわけがありません!」
すると国王陛下は「そうよのう」と頷き、こんなことを言う。
「リズ公爵令嬢では思いつかないだろう。でも例えばハリス公爵。君は大人じゃ。橋の爆破ぐらい、簡単に思いつく」
「へ、陛下! なぜ私が橋を爆破しなければならないのでしょうか!?」
「そうなのじゃ。そこなんじゃよ。もし橋を爆破するなら、あまり利用者もいない森の中の橋ではなく、交易に使っている第一の橋、移動で使われている第二の橋を爆破するべきだと思うのじゃ」
そこで国王陛下が再び私を見た。さっきまで優しく感じた国王陛下が、とんでもなく怖く感じる。
「実害はない橋を爆破する……。それが何を意味するのか。橋は国とって重要なインフラじゃ。これを管理し、整備するは、国にとって大切なこと。その橋が何者かに爆破されたとなれば、敵の暗躍を許したのか。橋の管理が甘かったのではないか。とまあ、非難ごうごうになりかねん。よってニュースペーパーで記事にならないよう、手を回した。チーティンがいち早く橋の爆破に気が付いてくれたおかげじゃな」
国王陛下が何を言いだそうとしているのか、父親も薄々気づいている。私だって気が付いていた。