国王陛下のおなり~
さすがに直接、会ってはいない。だからチーティン第二王子は現れなかった。
ただ父親は「娘との婚約を考えるならば、まずは求婚状でも送ってくれたまえ」と昨晩の舞踏会で言っていた。それを聞きつけたチーティン第二王子が、「ハリス公爵家の令嬢は美少女だ」という噂だけを頼りに、求婚状を送ることにした……とか!?
応接室へ向かった、王室からの使者と父親が、何を話しているのか。
とても気になった。すぐにでもフロイドを動かし、探りを入れたいが、彼は今、この場にいない。
昨日一日。
何か起きないか、ドキドキしながら過ごした。でも結果的に何も起きていない。そのことにすっかり安堵していた。そして今日、ゲームの進行に従えば、朝一で王家から馬車が来るはずだが、それはなかった。
何せチーティン第二王子とは、顔もあわせていないのだから、会いになどくるはずがないのだ――となった私は、どうせこの後は誕生パーティーで自分自身は身動きがとれなくなる。でもフロイドは動けるからと例の破壊した橋の様子を見に行かせることにしたのだ。ちゃんと修復作業は進んでいるか、やはり橋を破壊した罪悪感があるので、気になっていた。
フロイドに橋の様子を見に行かせるなんて、とんだ過ちをしてしまった。今は突然訪ねてきた王家からの使者が何なのか、見極めたいのに!
誕生日パーティーは天気もいいので、屋敷のテラスで行うことになっていた。王室から使者は来たが、パーティーの準備は着々と進められている。テラスには元々沢山の花壇があり、美しい花が咲いているが、さらにお祝いのバルーンや旗が飾られ、随分と華やかになっていた。用意されたテーブルには真っ白なテーブルクロスが敷かれ、銀食器が並び、フルーツを盛りつけた器も置かれている。
この後、招待客が到着したら、料理が次々と並べられることになるが――。
とてもではないが、王家からの使者の用件が気になり、目の前の誕生日パーティーに集中できない。
「リズお嬢様!」
メイド長と母親が、私の所へ歩み寄って来た。
ラズベリー色のドレスを着た母親は、心配そうな顔で、こう告げる。
「お父様のところに王家から使者が来ていたでしょう。それでね、お父様はこれから、王宮へ出向くことになったの。国王陛下から呼ばれたのよ」
「そ、それはどのような用件で、国王陛下に呼ばれたのでしょうか?」
やはり私との婚約の件では……! 心臓がドキドキし始める。
「詳しい話は、機密事項でもあるから、ここでは話せないそうよ。でも国王陛下は、リズ、あなたにも話が聞きたいと言っているの」
これには驚き、でも “機密事項であり、ここでは話せないこと”となると、どう考えてもチーティン第二王子との婚約の件ではないか――そう思えてくる。
昨日の舞踏会ではチーティン第二王子と出会っていないのに! やはりゲームのシナリオの強制力からは、逃げきれないの!?
ともかく黒のフロックコートを着て、身支度を整えた父親は、私を連れ、王家の使者と共に、王宮に向かうことになった。誕生日パーティーは、今さら止めるわけにはいかないので、本人不在であるが、そのまま母親が対応してくれることになる。
父親が一緒であり、「大丈夫だよ、リズ。父さんがいる。何があってもリズのことは守る」と言ってくれていた。それでもこれがゲームの強制力なら、抗えないと思っていた。どうしたって悪役令嬢リズは、チーティン第二王子と婚約するしかないんだ……。
こうして宮殿に到着し、長い廊下をひたすら使者と共に歩き、王宮にある「拝謁の間」へと通された。
この乙女ゲームの世界では、王宮は王族のプライベート空間で、宮殿は王族や貴族の仕事場だった。宮殿には「謁見の間」があり、多くの諸外国の王侯貴族、使節団はここで国王陛下夫妻と会うことになる。
王宮にある「拝謁の間」は、王族とプライベートで会うための応接室のようなもの。ここに通される貴族は限られている。我が家は筆頭公爵家なので、父親は何度もここに来たことがあるようだ。落ち着いた様子で用意されている椅子に座ったが……。
私は全然落ち着かない!
応接室のようなものだけど、ソファセットがあるわけではない。
「謁見の間」よりうんと狭い部屋であるが、階段状のひな壇があり、そこには赤い絨毯が敷かれている。さらにその上段には、玉座が用意されていた。その対面になる位置に、背もたれの透かし彫りが大変美しい椅子が、横並びで二脚置かれている。そこに父親と私は、着席することになった。
壁は白、床は大理石、天井は鮮やかなフレスコ画が描かれ、絢爛なシャンデリア。暖炉、柱、窓の装飾は黄金で、部屋全体がなんだかキラキラしているように感じる。そこへ侍従長による「国王陛下のおなり~」という声が聞こえた。
扉が開き、ダークブロンドの髪に、はちみつ色の瞳をした国王陛下が、ゆったりと入って来た。王冠を頭上にのせ、毛皮のついた赤いマントをつけたその姿は、実に貫禄がある。
父親は頭を下げ、私はカーテシーで挨拶を行い、椅子に座ることになった。