イケメンでも婚約は無理
爆弾の手配にかかる日数など加味した上で提案している。「それでは時間が足りません」と言われることはないと思ったが、「かしこまりました」と返事をもらえるまでは、少しドキドキだった。でもちゃんと請け負ってもらえた!
よかったわ、フロイドがいてくれて。
これで悪役令嬢リズの、絶対回避不可能案件と言われた、ヒロインの攻略対象の一人、チーティン第二王子の婚約者にならないで済む。
ゲームにおいてリズは、十五歳の誕生日に、チーティン第二王子の正式な婚約者になるよう、申し込みを受ける。求婚状を先に送ることなく、いきなり対面で申し込んでしまうのだ。
そんなことが許されるのは、王族だからこそ。そして王族の婚約の申し込みに対し、ノーの選択肢は当然だが、なし! それがゲームで定められたリズとチーティン第二王子のキャラ設定だ。
そのリズとチーティン第二王子は、初対面だったわけではない。そもそもの二人の出会いのきっかけ、それが、五日後に行われる宮殿の舞踏会だった。社交界デビューのため、美しく着飾ってその舞踏会に参加したリズに、チーティン第二王子が一目惚れするわけだ。
そのチーティン第二王子は、この舞踏会が行われる日、王都の隣の街のオープニングセレモニーに参加することになっていた。新しく完成した劇場の初公演を観劇する。その足で舞踏会へ参加するわけだ。
『ハッピーエンドは君のもの』という乙女ゲームは全年齢版であることを考慮し、悪役令嬢の断罪はソフトに設定されている。だがその中で唯一の死亡ルートとなるのが、第二王子の婚約者となり、チーティンをヒロインが攻略対象に選んだ時だ。王族からの断罪ですからとばかりに下されるのは、絞首刑……!
よって最も回避したい相手が、チーティン第二王子であり、すべての元凶となる彼との婚約は避けたい事案だった。ゆえに前世記憶を取り戻した赤ん坊の頃から、チーティン第二王子の婚約者にならない方法を模索してきた。
チーティン第二王子は金髪碧眼のいわゆるイケメン。自身がイケメンだから、当然のように面食い。だからこそリズのことも一目惚れだった。つまりリズなんて、所詮、顔で選ばれる婚約者なのだ。
ならばとガリ勉眼鏡女子、大食い食べ過ぎ女子、服のセンス最悪女子など、チーティン第二王子が絶対に一目惚れしない令嬢を目指したが……。両親と使用人がそれを許さない。どうしたって悪役令嬢リズは、美少女へと成長してしまう。
美少女リズはチーティン第二王子に一目惚れされ、婚約するしかなくなる。
こうなったらチーティン第二王子に選ばれる前に、婚約者を作ろう!と思ったら、両親がリズを溺愛していた。特に父親!
「まだ社交界デビューもしていないリズを、誰かの嫁に定める!? そんなことはできない。リズはまだまだ子供だ。そんなに急いで婚約などする必要はない」
父親の鉄壁なガードにより、婚約者を作ることなんてできない! というか子供のうちから婚約者の話を持ち出したので、父親は警戒を強めた。つまり令息達は私に近寄ることができなくなる。おかげで友達に令息はゼロ。
他にもいろいろ試したが、ことごとくが失敗。だが八歳の時、フロイドが私の専属バトラーとなり、そこで考え方が変わる。
ここはゲームの世界なのだ。ゲームに定められた流れに逆らうと、それはゲームのシナリオの強制力でうまくはいかない。ならば直接的な形ではなく、遠回しで断罪回避を試みたらどうか――というわけだ。
リズとチーティン第二王子が出会うことになる舞踏会が開催されないようにすることも考えた。宮殿の一室を爆破することも。ただ、宮殿を爆破するのは容易ではない。いくらフロイドでも、その身を危険にさらすことになるだろう。どうしても手段がなければこれを実施するかもしれないが、他の策を検討するべきだと思った。
そこでチーティン第二王子が乗る馬車を壊すとか、馬車の御者に食中毒をおこさせるとか、いろいろ考えた。だがそれはすぐに代わりが用意できてしまう。代わりの馬車、代わりの御者といった具合に。
だが、橋はそうはいかない。
何せ破壊予定の森の中の第三の橋と、その隣の第二の橋までは馬車で二時間かかってしまう。橋が破壊されていることに気づき、移動している間に私はゲームの進行に沿い、屋敷へ戻る。まだ子供なのだから二時間も顔を出したら屋敷へ帰って当然。チーティン第二王子が別の橋を使い、舞踏会へ顔を出す頃、私は既に屋敷で入浴を終え、ナイトティーでも飲んでいることだろう。
チーティン第二王子は、王都を出発し、隣の街へ向かう時、移動用で使われる第二の橋を利用する。なぜならまず、その街の知事と合流するためだ。そこから知事と共に劇場へ移動するが、その劇場から一番近い王都へ向かう橋が、破壊予定の第三の橋だった。
これでチーティン第二王子とは、出会わないで済む。そして私の誕生日は、その舞踏会の二日後だった。出会うことなく、いきなりやってきて本人が婚約を申し込むはずがない。
そもそものゲームの進行においても、求婚状をすっ飛ばし、出会いから婚約の申し込みが二日後というのは、異例のスピードだったと思う。それもこれも、リズが筆頭公爵家の令嬢ということで、身辺調査の必要もないとなかったからだと思う。
筆頭公爵家の財務状況、領地経営、家族構成、そういったことは、さすがに国王が把握していないはずがない。よってチーティン第二王子が私と婚約したい!と自身の父親に言い出しても「ああ、ハリス家のリズ公爵令嬢か。よいのではないか」になったのだと思う。
実際のゲームの進行がそうだったとしても、それもこれも出会いの舞踏会があってからのこと。それがなければ成立しないはず。
ということでフロイドが橋を落とすことを信じ、舞踏会の当日を待った。