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みそびっちょ じょけじょけ  作者: 雨野 鉱
6/31

第一部 公現祭篇 その六

宇宙には限りなく多くの希望がある。

しかし私たちのためではない。

                 フランツ・カフカ

挿絵(By みてみん)


6 姫と魔女「ピルニツ諸島」


「以上が、現在起きているこの国の現状でございます。海賊船の出没も含めて、難儀をしております」

 アーキア大陸北東。ティオティ王国の神聖都市カンパニュラ。気候は大陸南西部のアントピウス聖皇国に比べてやや寒冷。

 そのアントピウス聖皇国から派遣された九人の召喚者はエリメレク大司教主催の晩さん会にようやく招かれ、食事のついでに内政問題のかいつまんだ説明を受けている。

「わかりやすいご説明、ありがとうございます。カディシン教会を排除しようとする王族の存在は看過できません。僕たちの手で何とかいたしましょう」

 召喚者九名のうち、食事以外で口を開くのはリーダーの山野井冬愛(やまのいとあ)のみ。彼の両隣には、彼を尊敬する照沼(てるぬま)()里奈(りな)川戸(かわと)(しょう)太朗(たろう)が座る。その照沼と川戸の隣にはそれぞれ、山野井などどうでもよいと思っている重光結(しげみつゆい)田久保日葵(たくぼひまり)。重光の隣には、山野井にうんざりしている種村(たねむら)(がく)。田久保の隣には食事に夢中になっている小貝相登(こがいあいと)。種村の隣には大司教の話に集中している國本萌(くにもともえ)。要するにリーダーへの好悪でみな席を選んでいる。

「お力添え、本当に助かります」

「いつでも出陣できます。この一週間で必要な準備はすべて整いましたから」

 ウェットな質感のひし形ベリーショートの髪をさりげなく指で掻きあげながら、リーダー山野井は得意げに大司教に答える。

「国難が重なっていたとはいえ、大事な皆様とすぐにこのような場を設けなかった粗相をどうぞお許しください」

 それに返すエリメレク大司教は慇懃な姿勢を崩さず、アントピウス聖皇国からの照会を思い出しながら九人の召喚者の観察を続ける。

(シータル大森林で大規模な魔力反応…………永津(ながつ)真天(まそら)。やっぱり死んでないのね。そうよね。そうだろうと思った)

 スポーツ刈りの小貝の隣。大司教の話を上の空で聞いているのは髪をハーフアップにした(まゆずみ)明日香(あすか)。牛ヒレステーキのブルーチーズソースかけをモニュモニュ食べながら、別のことを考えている。

(これが終わったら探しに行く。どこに隠れようと絶対に逃がさない)

「お口に合うようですね」

 エリメレク大司教はフォークとナイフを動かし続けている小貝と黛の方を見ながらほほ笑む。

「すいません。あいつら、大司教様がお話ししてくださっている最中なのに」

 そう言って、まるで保護者のように山野井は二人を叱る。小貝は「わりぃわりぃ!でもこのカルパッチョ超うめぇぞ!」と言って場を和ませる。

(シータル大森林にあるのはたしかアルビジョワ迷宮。あそこで力を解放するのは予定の内だった?永津真天が図書館で本当に調べていたのは迷宮について?あれだけ読み込んでいるくせに本に残っている指紋と残留思念が少ないから断定はできないけれど、可能性はある。そういえばあの図書館長(グレートウィザード)は本当にシロ?こちらの探りに気づいていた?この異世界で私の変数暗号化した隠蔽魔術(ラテブラス)が微分解析される確率は……)

「おい黛!」

「え?なに?」

「聞いているのか?大司教様が説明してくださっているときに無遠慮に食べるなって言ってるんだ」

「ああ。ごめんごめん」

「まったく」

「ふふふ。お気になさらず。まだたくさんございますのでどうぞお召し上がりください」

 大司教は笑顔を浮かべて九人をあれこれ値踏みする。

(資料によれば平均レベルが19。海賊の方は三人も割けば十分であろう。端に座っているぼんやりとした娘とその隣の、よく飯を食う小僧、それとあと誰か一人。主導権を握りたがる自信家の小僧以外なら誰でもよかろう。そうそう、それならこの小僧に決めさせれば良いか)

「それで、海賊船の調査なのですが、先ほど申し上げました通り、折も折。キュロス山の包囲戦が最優先事項でございます。ですので、皆さま全員で行かれるのではなく、何名か(しぼ)って派遣させていただきたいと考えております。つきましてはどのようにお決めすればよろしいでしょうか?」

 困った顔を作った大司教は一応九人全員へ首を振る。

「お任せください。僕が責任をもって決め……」


「私が行くよ」


 山野井も含めて、八人が黛の方へ顔を向ける。驚いた大司教も表情を忘れて黛を見る。

「牛肉ばかりの食事でちょいと飽きたし、海と魚、好きだから」

(水上戦闘なんてこの中で誰も経験者がいない。時間がかかるものは私が出るしかない。それにうまくやれば、ある程度自由に動けるようになれる)

 誰の顔も見ず、ぼんやりとした表情で食事を続けながら黛は名乗りを上げた。

「そ、そうか。黛。じゃあ」

「私も行く!」

 ポニーテールの田久保が「はい!はい!」と手を上げる。

「えっ!?じゃあ俺も行く!」

 口の周りにソースを付けたまま、慌てて小貝が続く。

「なんでよ?」

「い、いやその……まあ俺も海が好きだからに決まってるだろ!」

「好きなのは海じゃなくてヒマ……」

「シャラップ!黛!!」

「ねえヒマヒマ~実は小貝はね~」

「よしわかった黛!俺のデザートをあげるから黙ろうか!!」

 黛と小貝のやり取りが面白くて國本らが笑う。場を仕切ることができなくて山野井が悔しがる。

「じゃあ決まりだな。黛と田久保と小貝の三人。それくらいでいいんだろ?大司教様」

 山野井のことが嫌いな種村が「ヘヘヘ」と笑いながらまとめる。

「はい。それでは三名の召喚者の皆様はピルニツ諸島方面の海賊船の調査をお願いします」

 こうして九名は、六名と三名からなる二つのパーティーに分かれた。


 船着き場に寄せる波音が、夜の港町を静かに包む。

「私は団長のハマン・ピーテル。こちらは副団長のモルデカイ・ルーペンス」

「「「よろしくお願いします」」」

 晩さん会の次の日の夜、(まゆずみ)ら三名はティオティ王国の北の漁港マッカナリーでティオティ王国の兵士団百五十名と合流する。団長はハマン。副団長はモルデカイ。

「海賊船と戦ったことはあるんですか?」

 黛の問いにハマン団長は浮かない顔をして「ふむ」と一呼吸つく。

「海から上陸した海賊や魔物と戦うことはしばしばありますが、正直なところ、海上で彼らと(ほこ)を交えたことはありません」

「まあ、なるようになるさ!」

 黛とハマン団長の会話に割り込んできたのは、これから乗船する大型船ヘールトン号の船長グスタフ・ドリスコフ。「要は生きのこりゃいい」とグスタフ船長は、腰にカバーを付けて差してある手斧の握り突起に手を当てて言った。

「こっちは重装のガレオン船だ。たとえ三段(さんだん)(かい)(せん)で船の横っ腹に体当たりされようと沈みやしねぇ。安心しな」

「頼りにしてるぜ。おっさん」

 親近感を覚えた小貝が笑いながらグスタフ船長に言う。

「小僧、おめぇも今回の召喚者か?」

「ん?そうだけど」

「この連れの嬢ちゃんたちのどっちが本命だ?」

「なっ!なんでそういう話題になんだよ!!」

 うろたえる小貝をニヤニヤしながら船長は見る。

「そうよ!だいたい船長さんすごくお酒臭いんですけど!」

 田久保の膝の上で毛並みを撫でられていた使い魔のカワウソがビックリして膝から逃げる。

「俺が酒臭いんじゃねぇ。酒が俺臭いだけだ」

「うわぁ、なんか恰好よく聞こえるけど全然意味わかんな~い」

 胡散臭(うさんくさ)そうに船長を見る田久保。そして、

「いいねぇ!酒は海より人を溺死させるってか!」

「船乗りにうまいこと言うじゃねぇか嬢ちゃん。気に入ったぜ!」

「あざッス。自分も召喚者ッス」

 誰が見てもノリノリにしか見えない黛。

「そうだ坊主。大切なことを教えてやる。酒は栓を抜いて、女は栓をして(たの)しむもんだ」

「グスタフ!いい加減にしろ」

 真面目なモルデカイ副団長が船長を叱る。意味が分からず頭に「?」を浮かべる小貝と恥ずかしがる田久保、そして船長と一緒にゲラゲラ笑う黛はその後、久しぶりに魚料理を食べた。

「なんだ、寝られねぇのかおめぇ」

「およ?こりゃ酔っ払い大将」

 真夜中。夜風に当たりにグスタフ船長が宿を出て目の前の桟橋に向かうと、そこには既に先客がいる。召喚者の黛で、海の彼方を見ている。

「あと三時間ぐらいで日が昇る。明日から忙しいんだろうがおめえらは」

「ん~実はお腹すいちゃって」

 腰を下ろしたまま「たはは」と笑う黛を見て赤鼻の船長は「まったく」と鼻で笑い、持ってきた酒瓶を置いたまま桟橋から一度消える。既に店じまいし照明の消えていた酒場の厨房にチラリと明かりが灯り、そして消える。しばらくするとグスタフ船長は戻ってくる。片手には包丁を突き刺した俎板。もう片方は口に指を突っ込んだ魚。ポケットには新たに小さな瓶。

「オブリーシアチョウザメってのを知ってるか?」

 一メートルくらいある魚をまな板の上に置いた船長は手ぬぐいで手を拭きながら黛に尋ねる。

「チョウザメ!?マジッすか!これチョウザメッスか?」

「そうだ。卵がうめぇのは誰でも知ってるが、肉の方がさらにうめぇ。食ったことは?」

「卵は超大昔に食べたことがありやす!しょっぱかったことくらいしか覚えておりやせん!肉はないッス!未知です!アンノウンマテリアルです!」

「んじゃ食わせてやる」

「やった!手洗い用の桶を探してくるね!」

 黛ははしゃぎながら周りをキョロキョロ見渡し、空の桶を見つけると走って取ってくる。

 黛が戻ると、胡坐(あぐら)をかいた船長は潮風で()びた包丁でさっとオブリーシアチョウザメをおろして見せる。その手元を黛は嬉しそうに見つめている。船長の包丁は血にまみれるたび、傍に用意された桶の真水で綺麗になる。

「ほれ、食ってみろ」

 船長が新たに持ってきた瓶の中身は魚醤(ぎょしょう)。魚介の内臓と塩から作ったその調味料をまな板のチョウザメ肉に振りかける。それを黛が手づかみでほおばる。

「なんじゃこりゃあっ!?うんまっ!劇的美味やん!」

 目を大きく見開きながら黛が喜ぶ。

「そりゃよかった。塩漬けキャビアと違って保存の効かねぇ肉の方は、海を生業(なりわい)に生きてる奴じゃねぇとほとんど食えねぇんだ。そんでそれを食って恋するから船乗りは子宝に恵まれる」

「どういうことッスか?」

「チョウザメ肉はここらじゃ誰もが知る精力剤よ。だから「チョウザメ肉を売ってくれ」なんて都会の貴族なんかが来ると、それをネタにみんなで大笑いするんだ」

「なるへそ。じゃあアタシは明日ギンギンッスね!?」

「ギンギンも何も、おめえはそもそもついてねぇだろうが」

「なっはっはっ!大将のツッコミ受ける~!」

「おめぇは変な召喚者だぜ、まったくよ」

 船長はチョウザメ肉には手を付けず相変わらず酒瓶ばかり傾けて黛を寂しそうに見ていた。

「なんスか?もしかしてアタシとシタくなったとか?」

「バカ言え。おめぇみてぇなガキンチョが何いっぱしに色目つかってやがる」

「ニヒヒ」

 そう言って笑う黛のチョウザメをつかむ手は止まらない。

「………俺にもおめぇくらいの娘がいた。……嫁も」

 桶の真水で刃物を洗い、手ぬぐいで拭きながらグスタフは(つぶや)き始めた。

「もぐもぐもぐもぐ」

「海賊なんてろくなもんじゃねぇ。陸に上がったってやることはよそ様の大切なものを奪うだけだ。そのせいで奪われて、慰み者にされて、無惨に殺される奴がいる……いたんだ」

 刃物を握る船長の拳に力が入る。

「もぐもぐもぐもぐ」

「まあ、何もかもなくなっちまったから俺は気楽でいい。残っているのはこの船だけだ」

 船長は刃物を置く。

「もぐもぐもぐもぐ」

「それとおまけに、気の荒いアイツらも、だ」

「もぐもぐもぐもぐ」

「チョウザメでもマグロでもなんでもいい。一か月も二か月もかけて、俺達船乗りは魚を捕りに行く。つまり朝飯も昼飯も晩飯もみんな一緒だ。そしてその場所は海。波風のある船の上じゃ一日三時間くらいしか満足に寝られねぇ。体を洗うっつったって(おか)みてぇに真水は無駄にできねぇから塩水よ。だからずっとベタベタ。こうなりゃ当然誰もがイライラしてくる」

「もぐもぐもぐもぐ」

「毎日ケンカだ。でもよ、それでどんなに(ののし)ろうと口を利かなくなってもよ、お互い船の上じゃ必ず目の端にお互いの姿をいつも(とら)えてる。……そうしねぇと海に落ちて死んじまうからだ」

「………」

「腹は立つんだけどよ、どいつもこいつも放っておけねぇんだ。………どした?」

「ゴチになりました、大将。この世界に来て今日、一番うまいメシを食えました。ガチで感謝します」

「そりゃよかった。ギンギンになって眠れなくても俺のせいにすんじゃねぇぞ」

「オッス!………お酒控えた方がいいよ。お父さん」

「何がお父さんだ。余計なお世話だ。んぐっんぐっんぐっ……プフッ!?」

「うげっ!?きったねぇジジイ!何すんだよ!?」

「おめぇこれ!俺の酒に何しやがった!?」

「何ってチョウザメのお礼じゃん。んじゃお休みエンガチョ」

 召喚者は立ち上がり、桟橋を去る。船長が魚を(さば)いた際に汚れたはずの桶の中の真水は、再び澄んでいる。

「ったくどうなってやがる。あのガキ、酒を水に変えやがった……………ふっ」

 船長は少しして、冷たい真水に変えられた酒瓶の中身を一気に飲み干す。

「ごくっごくっごくっごくっ……ぶはあぁぁ!すぅ~」

 肺の中の空気をできるだけ吐き、今度は夜気をめいっぱい吸う。グスタフの永い酔いが醒めていく。

「こりゃ爽快だ!ギンギンじゃねぇか!わっはっはっはっはっはっ!!」

 空瓶を海に投げ捨てると、男はその場に大の字になる。

「そう言えば、こんな時が昔、あったなぁ」

 船乗りになったばかりの無邪気な少年時代を男は思い出す。そこから今に至るまでの時間がありありと蘇る。けれどそれを塗り潰す負の感情は、夜空の闇に吸い込まれていく。波の音に吸い込まれていく。

「スー、スー、スー……」

 男はいびきをかくことも、憂いも忘れ、久しぶりに深い眠りに落ちた。


 朝日が昇る。

「なあ黛」

「何さ?」

「昨日のグスタフさんの言ってた栓がどうのこうのって、ありゃどういう意味だ?」

 船着き場で、頭をポリポリかきながら無粋な質問をする召喚者の男子がいる。

「なんだまだ分からないの?それはヒマヒマに聞いてごらん」

「ちょっ!どうして私が説明しなくちゃいけないの!?」

 その相手を始める召喚者の女子二人。

「え~、だってアチシはウブなオトメで全然意味わかんないし~」

「嘘つき!あのエロオヤジと一緒に盛り上がってたくせに!」

「田久保は意味、分かるのか?」

「うっ……あーもうっ!そんなこと気にしないでさっさと船に乗れ!!」

「なんだよ、田久保のやつ」

「少年、仕方がないのでこの大賢者マユズミが教えて進ぜよう。……おヌシがヒマヒマと二人きりでヤリたいと思っていることじゃ」

「なっ!?ほぇ!?」

「はよせな。ほんま置いてくで」

「ちょっ!待てって黛!」

 翌日の早朝、三名の召喚者に加えてヘールトン号の船員五十名、王国の兵士百五十名と調査団十名がマッカナリー港を出発する。

 海賊船の調査。

 ことは二か月前にさかのぼる。

 ティオティ王国はその北にピルニツ諸島を領土にもつ。そのピルニツ諸島沖で海賊船が突如として出没し、本土と諸島との交易に支障をもたらした。

 本土内のもめ事に手を焼いていたティオティ王国は仕方なく、アントピウス聖皇国から当時の段階で送られていた総勢九名の召喚者のうち、四名を海賊船の調査に派遣した。なおこのときは船乗りだけが四名に同行し、兵士は一緒ではなかった。

 ところが海賊船の調査に出向いた四名はマッカナリー港を出港した後消息を絶ってしまう。これにより事態を重く見たティオティ王国はすぐさまアントピウス聖皇国に事の次第を報告、その結果としてアントピウス聖皇国から新たに九名もの召喚者が送られてきた。つまり黛たちである。

 ティオティ王国としては新たに送られてきた召喚者すべてをもってピルニツ諸島の海賊調査に充てたいところであったが、南で国境を接する魔王領からの魔物の干渉は今までにないほど強まり、しかも国内のもめ事は悪化の一途をたどっているため断念した。行方不明となった四名とともにアントピウス聖皇国から既に来ていた大草(おおくさ)東條(とうじょう)灰野(はいの)大口(おおぐち)柏田(かしわだ)の五名は王国南の国境線沿いで魔物との戦闘に終始し、新たに聖皇国から派遣されてきた山野井(やまのい)國本(くにもと)川戸(かわと)種村(たねむら)照沼(てるぬま)重光(しげみつ)の六名が内乱の鎮圧に加わる。これがティオティ王国の描いた構図だった。

 そして(まゆずみ)田久保(たくぼ)小貝(こがい)の三名は中隊規模の兵士と船乗りらともにピルニツ諸島に向けて出航する。目的は行方不明の召喚者四名の捜索および海賊船の討伐、あるいはピルニツ諸島における召喚者と海賊船の調査であった。

「行方不明になられた召喚者は樋上(ひがみ)様、森部(もりべ)様、里村(さとむら)様、中路(なかじ)様の計四名です。いずれも修練と経験を積まれた手練(てだ)れの方々」

 調査団の団長エステル・ゼカリアが船室で皆に説明する。

「辛気臭ぇ仕事に()いて、海賊になっちまったんじゃねぇか?」

 船長のグスタフはそう言ってラム酒の瓶をまた傾ける。

「おい!少しは酒を控えろ!」

「嫌なこった。これは船乗りの水だ。水がなきゃ死んじまう」

 若いモルデカイ兵士副団長とグスタフ船長がギャイギャイやりとりするのを無視して、エステル調査団長は黛らに説明を続ける。

「確かに四名の召喚者の素行は(かんば)しいと言えるものではありませんでした。とはいえご存じのように召喚者の皆様はオファニエル聖皇様によって召喚された際、刻印をその身に宿しています。刻印は死なない限り消えず、刻印の所持者はその所在がどこにいようと聖皇様に知れます」

「四名の刻印はまだ消滅していないのか?」

 ハマン兵士団長が尋ねる。

「はい。聖皇様によればピルニツ諸島沖に気配があるとのこと」

「やっぱり海賊をやってるんじゃねぇか。ざまあねぇな」

「捕虜として捉えられている可能性もある」

(刻印。本当に厄介な代物。でもこれがあるということは、死の偽装は難しい。であれば、永津(ながつ)真天(まそら)の死は本物?アントピウスから私たちに訃報(ふほう)の連絡があったということは永津真天の刻印反応が消滅したということで間違いない。でも、シータル大森林のあの魔力反応。永津真天が関わっている可能性は否定できない。そして生きたまま、何らかの方法で体の刻印を消した……アイツなら、できるかもしれない)

「黛さん、大丈夫?」

「ん?大丈夫だよ。ちょっと船酔いしただけ」

「だったらこれを飲め。船酔いなんてすぐ治る」

 船長が酒瓶を黛に見せる。気づいた黛はハッとした表情をわずかに浮かべるが、また元に戻す。

「結局酔っぱらうんじゃダメじゃん」

 娘のように微笑む召喚者。

「そりゃそうだ。ワッハッハッハッ!!」

 父親のように笑う船乗り。


「報告!報告!海上に霧が発生!海上に濃い霧が発生!!」


 そんなやりとりをしている矢先、船室の伝声管が、恐怖をないまぜにした怒鳴り声をあげる。船室に緊張が走る。

「海賊船の目撃情報によれば、海賊船が現れる海域では突如霧が発生するらしい。そうだったな?」

 兜の(あご)(ひも)を締めなおすハマン兵士団長がエステル調査団長に確認する。調査団長はこわばった表情を兵士団長に向けてうなずく。

「モルデカイ。全兵士を甲板に召集せよ」

「了解しました!」

 モルデカイ兵士副団長が船室を飛び出していく。

「どれどれ、召喚者崩れの海賊船でも拝みにいくとするか」

 副団長の後、悠々と船室を出ていくグスタフ船長。その手にはもう、真水の入った酒瓶はない。

「召喚者の皆様、我々も参りましょう」

「「「はい」」」

 黛たち三名もハマン兵士団長とともに甲板に出る。

「!?」

 ハマン兵士団長と田久保、小貝が絶句する。

 一面の白。

 既に、何も見えない。コンデンスミルクのように濃厚で白い霧が辺り一帯を覆っていて、数十メートル先も見えない。

「召喚者はこんな霧も作れるのか!?」

 自ら操舵を始めたグスタフ船長は伝声管を使い、船室に残っているエステル調査団長に尋ねる。

「霧を操る魔法を使える召喚者がいたという報告は受けていません!」

「じゃあ誰がやってるっつうんだよ!」

 言いながら小貝がウォーハンマーを構える。

「おい!船の影が……嘘だろ」

 霧の中に、黒い(むら)が生じ始める。それらは複数あって、徐々に形を取り始める。船影の形を。

「か、囲まれてる!」

 霧が薄まる。数百メートルまで視界が効くようになった白い世界に、十数隻の帆船(はんせん)が兵士と船員たちの前に現れる。いずれも自分たちの乗る船に匹敵する大型のカラック船ばかり。波の音が消える。クジラの歌のような重低音が響く。甲板の上、戦慄がすぐさま周囲に伝染していく。恐怖で固まる者が増えていく。

「全兵士に告ぐ!抜剣!戦闘に備えよ!!」

 歴戦の強者であるハマン兵士団長が百五十名の兵に向かって怒鳴る。正気を取り戻した兵士たちが急ぎ剣を抜き、震えをこらえながら盾を構える。船員たちも各々腰にさしてある手斧(ハンドアックス)やサーベルを引き抜く。その腕には、かつてないほどの鳥肌が立つ。

「小貝君!」

「うおビビった!どうした田久保!?」

「黛さんがいないよ!」

「えっ!?」

 田久保に話しかけられた小貝が慌ててキョロキョロする。

 デッキの上に、黛明日香は既にいない。

(力を使うところを見られると、後々面倒なことになりそう)

 そう考えた黛の今回の特等席はマストの一番高い場所、つまりフライングブリッジデッキだった。

「あ、あの……」

 フライングブリッジデッキに初めから立っていた船員が困惑気味に黛に声をかける。

「お名前はなんていうんですか?」

 その黛は、髪をお団子にまとめながら質問で遮る。

「え?俺の名前はラニーニョです」

「じゃあラニーニョさん。後ろの見張り、お願いします。あと私今、喉が痛いんで大きな声が出せないんです。なので私が言ったことを伝声管に向かって大声で喋ってもらっていいですか?」

「はいっ!わかりました!」

 フライングブリッジデッキのラニーニョ船員はそう言うと黛に背を向けて後方を注意深く見始める。霧の怪異と海賊船に囲まれた恐怖は甲板の上の船員と同じくラニーニョ船員も持っていたが、噂に聞く召喚者が自分の傍にいる安心感のおかげで、かろうじて冷静さを保っていられた。

 その、ラニーニャ船員の後ろにいる召喚者。

(見えないから恐怖する。なら見えるようにすればいい)

 黛が魔法を発動する。水属性の魔法使いにより、濃霧が徐々に薄れていく。

「船が!?船がいないぞ!!」

 霧が、消えていく。霧に浮かぶ船影も消えていく。

「前方に三隻の船のみを確認!あれは幻ではありません!!」

 甲板がどよめく。クジラの歌が消える。船にぶつかる波の音が戻る。

「そんじゃラニーニョさん。お願いします。「こちらマユズミ。マユズミは頭上からみなさんを魔法で支援します。よろしく」以上」

「合点承知!」と小さく言ったラニーニョ船員、大きく、大きく息を吸う。

「こちらマユズミーっ!!マユズミは頭上からみなさんを――っ!!魔法で支援しますっ!!!よろしくううううっ!!!!!!!」

 言わせた黛が飛び上がるほどの大声でラニーニョ船員が伝声管に叫ぶ。おかげで伝声管の傍にいた兵士は仰天して意識を失いかけ、傍にいなかった兵士や小貝、田久保は直にラニーニョ船員の声を聞くことができた。

「見てみて!(まゆずみ)さんあんな高いところにいる!あっ、こっちに手振ってる!!髪型をシニヨンにしてる黛さん超かわいいっ!」

「うわあ、俺高いところ苦手なんだよ。すっげぇなぁ……っておいっ!のんびりしてられねぇぞ!敵の船が動いた!!」

 はしゃぎ始める田久保を小貝が止める。

 霧が晴れつつある中、三隻の帆船は黛達のいるヘールトン号めがけて移動を開始。

 中央の一隻はヘールトン号と同級の大型船。

 残りの二隻はそれを下回る中規模だが、抜群のスピードを誇るフリゲート船。

 その二隻の帆船が中央の大型船一隻から左右に離れていく。黛は挟撃を直感する。

「挟み撃ちに注意いいい!!挟み撃ちに注意いいい!!!!」

 ラニーニョ船員は壁が落ちるほどの大声で上から怒鳴る。グスタフ船長の的確な指示で船員があわただしく大砲の準備をはじめ、ハマン兵士団長の素早い指示で兵士たちが戦闘配置につく。

(武装したグール?………これはちょっとヤバいかも)

 ヘールトン号で一番高い位置にいる黛が敵船の〝船員〟を確認する。どの船も、屍鬼(グール)の集団がそれぞれティオティ王国兵士の鎧をチグハグにつけて甲板をガチャガチャとうろついている。獲物は短剣(カットラス)両刃斧(ダブルビット)

 ドォンムッ!!

 ヘールトン号の大砲の射程距離圏外から敵船が大砲をバンバン撃ち始める。ただし砲弾は船に届かず、次々に海に落ちる。顔をしかめるグスタフ船長を除き、それを見たヘールトン号の船乗りたちはみな安堵のため息を吐く。互いの肩をたたき、不安を打ち消すため、敵を嘲るように笑い続ける。甲板の上の兵士たちも似たような空気になる。

「ウォワアアアッ!!」

「!!??」

 海に落ちた〝砲弾〟が船の外壁を上ってくるまでは。

「グールッ!!グールです!」

 たちまち甲板が戦場と化す。武装した屍鬼(グール)が水しぶきとともに次々に甲板に現れ、王国兵士たちに襲い掛かる。兵士たちは波で揺れる船上に加え、海水で濡れた甲板のせいで次々に転倒し、思うように戦えない。そこへグールが襲い掛かる。

(このまま放置しちゃうとジリ貧で負けちゃう。でもまだ敵の手の内がよくわからないから、ちょっとは耐えてもらうしかないか)

 黛が再び魔法を発動する。兵士たちの鉄靴(サバトン)が氷結し始め、靴裏に鋭い無数の氷棘(ひょうきょく)が生じる。

「うおおおおおおおおっ!!!」

 知らないうちにアイゼンのようなスパイクを装備した兵士たちは転倒しなくなり、本来の力を発揮し始める。ふんばりの利くようになった兵士たちが屍鬼を徐々に圧倒していく。ただしヘールトン号に迫る左右のフリゲート船の速度は決して衰えず、その姿は徐々に大きくなる。

(左右から串刺しにするつもりか)

 タクトを振るように黛の両腕が動く。ヘールトン号に突っ込もうとする帆船二隻の舵が凍り付く。二隻の航路がずれていく。ヘールトン号を船首から貫こうとしたフリゲート船はそのまま流され、船の横腹をヘールトン号に接近させる形になってしまう。つまり本来の海賊船の戦いに戻される。

「敵船との衝突に備えろ!!!」

 海水をかぶりながら、グスタフ船長が乗組員全員に向って怒鳴る。

 そして、あたふたするそのヘールトン号を見つめる四人の眼。

(こちらの船の操縦が利かない。偶然?それとも向こう側の仕業?)

(グールの襲撃も芳しくないわ。どういうことよ?)

(で、どうする?このまま乗り込むか?)

(待て、とりあえず正面からカーマヒトデで狙ってみる)

(使うのか!?アイツを!)

(ああ。お前らは速度をギリギリまで落として距離を保て。巻き添えを食うぞ)

((了解))

 フリゲート船二隻の速度が落ちる。ヘールトン号に真正面から大型帆船が速度を上げて突っ込んでいく。大型船は船体もろとも徐々に持ち上がっていく。

(何をしてくるのかと思ったら、相手に乗っかっておそらくパクパクムシャムシャ。……バレバレで、思っているほど芸がない)

 フライングブリッジデッキの黛の瞳が鋭く赤く光る。黛が俯き、指を鳴らした途端、向かってくる大型帆船の船体が大きく揺れて、再び海上を走るだけに戻る。

(何が起きた?)

(……)

(おい!答えろ!!)

(カーマヒトデの気配が、消えた)

(なんですって!?切り札でしょあれ!!)

(うるせえな。ガタガタぬかすな。まだ誰が何をしたかがわからねぇ。とりあえず横づけにして、あの連中を皆殺しにする。偶然が起きたのか必然が起きたのか、自分たちの目で確かめる)

(((……了解)))

 正面と左右。海賊船三隻はとうとうヘールトン号に〝ふつうに〟衝突した。

 ドゴオオオンンッ!!!!

 グール、船乗り、兵士。誰もが倒れる中、足の裏に溜めた水球で衝撃を吸収し平然と立つ黛。

「どぅくし!」

 黛が両手を合わせて人差し指二本だけを伸ばし、倒れこむラニーニョ船員の尻穴に浣腸を決める。「あひゃああっ!」とラニーニョが飛び上がる。

「号令係なんだから、しっかりして」

 ラニーニョ船員を助け起こした黛の手がヒラリと舞うように動く。

 ガチガチガチガチガチ………

 フライングブリッジデッキの足元で、氷結が始まる。ラニーニョ船員はそれに気づかず、極低温の空気を肺に思い切り吸い込む。黛の言葉を復唱するために。

「なよなよした王国兵士のお嬢様方っ!!!!!ダンディーで腐った紳士の群れがダンスホールに流れ込みます!!!!!さっさと立ちやがれ!!!!!ぼうっとしてケツなんてさらしてっとカマァ掘られっぞ!!!!!グールごときにみっともねぇ戦いしてんじゃねぇ――!!!!!!」

「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」

 黛の水魔法はさりげなく船同士の衝突を緩和させただけでなく、船同士を氷で完全に連結する。足場の不安定なはずの海戦はたちまち、確固とした大地を踏みしめる陸戦にかわり、ラニーニョ船員によって鼓舞され燃え上がった王国兵士らが、乗り込んできた屍鬼と激突する。士気を高める兵士の怒声が波音を打ち消す。グールの呻きを呑み込む。

「ちっ……なんでレベル一桁の兵士ごときがグールと互角に渡り合ってんだよ」

 海賊船三隻に別れて乗る召喚者四名が状況に驚く。

 中央大型船には三日月刀(シャムシール)を腰に差した樋上(ひがみ)と杖を握りしめる森部(もりべ)

 左右のフリゲート船にはショートスピアをもつ里村(さとむら)湾曲抉刀(ペシュカド)装備の中路(なかじ)。全身の皮膚から血の気が引き灰紫色の表皮の四人は、念話によって誰が誰の相手をするか素早く確認する。

(俺がいつも通り一号艇から指示を出す。ハンマーで大暴れしているあのクソ坊主が厄介だ。レベルは20。おそらくアントピウスからのエージェントだ。森部、お前は二号艇の里村をバックアップして二人で坊主を殺れ。三号艇の中路はメイスのポニーテールの女だ。レベル17。ちょこまか動いてる使い魔のカワウソに気をつけりゃあどうってことねぇはずだ。殺した後は好きになぶって構わねぇ)

 リーダー樋上の指示で召喚者の三人は移動を開始する。

(しかしこりゃあ、どうなってやがる。召喚者は二人だけか?見たところ攻撃に集中している。……じゃあどの兵士がこんな地味に腹の立つ魔法を使いやがってんだよ)

 甲板は海水をかぶったせいで激しく濡れている。その水を黛がゆっくりと完全に氷結させたことで、甲板は磨き上げたスケートリンクのように滑りに滑る。

 銀盤となった甲板で何度も転倒するグール。そしてそれを斬りつけるのは、氷のスパイクを鉄靴に装備して全く転ぶことのないティオティ王国兵士。

 ザクシュッ!オオオオオオ……

 とはいえ首をはねても心臓を貫かないと消滅しないグールは首無しでも兵士に襲い掛かる。切り落とされた首も顎を激しく動かし噛みついてくる。人と魔物の五分五分の戦いがそこかしこで巻き起こる。

「何のために戦うんだ!!!!未来のためか!!!!国のためか!!!!家族のためか!!!!ふざけんな!!!!隣にいる仲間のために決まってんだろうが!!!!」

 ラニーニョ船員の割れるような大声が響く。

「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」

 兵士と船乗りの心の火は、しつこく燃え上がる。

(あいつか。……レベル14)

 ついに樋上はフライングブリッジデッキにいる召喚者黛明日香に気づく。黛は空を仰ぐように顔を上に向けていて、両手を広げている。

(タマネギ頭が、なめやがって!)

 樋上が腰に差していたシャムシールを引き抜く。詠唱とともに樋上の右肩の筋肉が盛り上がる。

 ブオンッ!!

 樋上が黛めがけて全力でシャムシールを投げる。三日月の刀はブーメランのごとく高速回転しながら弧を描き黛の首に迫る。

 ジャキ。

「!?」

 そのシャムシールの柄を、黛は左手で正確につかむ。視線は空を仰いだまま。

(あのガキ……ただの魔法使いじゃねぇ!)

 その〝魔法使いのガキ〟はシャムシールを手にしていない右手の中指を樋上に向けて立てる。そして左手のシャムシールを放り捨てる。指揮者がタクトを振るように両手を素早く動かす。

 チィンッ!

「?」

 たまたまフライングブリッジデッキの真下にいた兵士の兜にシャムシールの刃がぶつかる。けれどそれは、甲板の床には落ちなかった。

(刺さっているわけでもねぇのに落ちねぇ。兜に刃がくっついている?……まさか!)

 驚いて再び黛を凝視する樋上と、笑みを浮かべて顔を樋上に向けた黛の視線がようやくぶつかる。黛が「ファッキュー」と呪いを吐く。

「「「!?」」」

 森部、里村、中路が異変に気付く。足元の氷がいつの間にか消えたと思ったら、突如自分たちの靴が甲板に張り付き始める。まるで接着剤をつけられたかのようにベタベタし始める。

魔法触媒(カタリスト)を使っている気配もねぇ。それでいてこんだけ広域の水を支配しているだと?しかも無詠唱。そんな芸当ができてレベル14!?ふざけんじゃねぇ!)

 別のシャムシールを装備した樋上が歯ぎしりする。

 フライングブリッジデッキにいる魔法使いは、意識を向けた場所にある水の温度を操作し、凝固と融解を瞬間的に行う。これにより甲板と靴がくっつき、一切の移動が著しく困難になる。

 ドグシャッ!!

「ぐあああああっ!!」

 動きが鈍くなったところで小貝のウォーハンマーが里村の膝を粉砕する。

「おりゃああっ!!」

「ひっ!」

 迫ってくる小貝に恐怖して思わず顔面を両手で隠した森部だったが、敵であれば男も女も容赦しない小貝はウォーハンマーを捨てて森部の背中にまわる。森部の腰をつかむとブリッジのように体を反らせてジャーマンスープレックスを決める。受け身の取り方も知らない森部は甲板の硬い木材を後頭部でぶち割ったあと、眼と鼻から血を流して動かなくなる。

「うっ!なんだこれ!?」

 森部を助けに行こうとしていた中路がまばたきをした瞬間、黛のせいで瞼が凍り付いて目が開けられなくなる。一瞬の出来事に中路がパニック状態になる。

 ゴシュッ!!

 その中路の相手をしていた田久保がメイスを両手で握りなおし、大きく振りかぶって中路の股間を叩き潰す。

「よっしゃ!あとはアイツだけだね!」

 泡を吹いて失禁する中路から田久保が急ぎ離れ、樋上の元へ駆けていく。その樋上は背中に背負っていた別のシャムシール二本を既に獲物にして、ウォーハンマーの小貝と激しい剣戟を繰り広げている。

(分が悪い!分が悪い!分が悪い!どうする!?どう切り抜ける!?)

 小貝のウォーハンマーと田久保と使い魔の攻撃を器用に捌きながらレベル30の古参の召喚者は頭をフル回転させる。

(このガキどもはともかく、水を操るあんな化け物が相手じゃ勝ち目がない!)

 樋上は剣戟の隙を見つけて、その化け物を睨む。

「?」

 潮風に吹かれながら黛は、芝居気たっぷりに咳き込む動作をしている。

「!?」

 樋上の口腔のさらに奥、気管の入口付近の水分が凝集し水となる。それが肺に入りかける。

「ごほっ!げほっ!!」

 樋上が反射的に咳き込む。その瞬間にウォーハンマーと使い魔の牙が彼を襲う。

 ズゴブシャッ!!! 

 海賊船の召喚者四名はとうとう全員、沈黙した。


「さすが召喚者様!お二人のおかげで危機を乗り切ることができました」

「そんな大げさっすよ!兵隊のみなさんだってすっげぇバッサバサとグール倒して超カッコよかったっすよ!」

 短くて長い海上戦闘が終了する。

 グールたちは殲滅され、その死骸はひどく臭うため、海に捨てられた。かろうじて生きてはいるがボロボロの海賊召喚者たち四名は縛り上げられて尋問の準備が行われる。生き残った兵士や船乗りは互いの無事と健闘を称えあい、傷を負った者の治療が始まる。

 その治療従事者の中に、黛は混じっている。

彷徨(さまよ)い続ける呪い、か)

 耳から上の髪をまとめて残りをダウンスタイルにするハーフアップに髪型を戻した黛は水属性の回復魔法で兵士の傷を癒しながら、四人の海賊たちを遠くから分析する。

(漂流の茫呪トルドンテ……ステータス表示によれば、目的を遂げるまでは土を踏むことを許されない呪いとか。じゃあ呪いを掛けたのは誰?人間族?亜人族?魔物?何が目的で掛けた?)

 海賊行為を繰り返していた樋上、森部、里村、中路ら四人の召喚者の尋問が始まる。とはいえ話せる状態なのはリーダーの樋上だけで、あとは(うなず)くか首を振ることくらいしかできないほど身体を破壊されている。かといって光属性の回復魔法を彼らの体は受け付けず、苦しみ続けることしか許されない。

「漂流の茫呪(トルドンテ)?」

 エステル調査団長は樋上のその言葉に間違いがないか、傍にいる召喚者の小貝と田久保に尋ねる。二人は黛や他の召喚者同様、目の中に相手のステータスが表示されるため、樋上の言葉が嘘でないことを確認できる。小貝と田久保は海賊となった四名全員に呪詛トルドンテが施されていることを確かめ、エステル調査団長に告げる。

「少し前に海賊討伐と調査の依頼を受けて、俺たち四人はこのホナーハ海域に船を出した。そしたら魔物やら屍鬼(グール)のわんさか乗った船と鉢合わせだ。どうやらそいつが海賊船の正体らしい。で、力負けした俺たちは切り刻まれて殺されなかったかわりに、奴ら魔物の用意した船に呪いで(とら)われた。トルドンテ……666隻の船を沈めたら解放されて陸に上がれる呪い。それまでは永遠にピルニツ諸島周辺で船を沈め続けるしかねぇ。……やけくそにならねぇ方がイカれてる。こうなりゃ派手に海賊をやるしかねぇだろ」

 樋上はそこまで言ってエステル調査団長の靴に唾を吐く。唾はイカ墨のようにどす黒い。モルデカイ兵士副団長が樋上を殴るが、殴られた樋上は倒れ、這いつくばったまま笑っている。残りの海賊三人は呻くか、うなだれるか、シクシクと泣いていた。

「呪詛から解放されずに陸に上がればどうなる?」

 沈痛な表情を浮かべたハマン兵士団長が笑う樋上に尋ねる。樋上は笑うのをやめる。

「死ぬに決まってんだろ」

 床の一角を見たまま、横たわる樋上が言う。ハマン兵士団長は小貝と田久保を見る。浮かない表情のまま、召喚者二人はそれが嘘ではないことを示すために、頷く。

 取り調べが進むとともに、樋上らが使用していた海賊船は全て処分される。船底に穴をあけられたカラック船とフリゲート船は海の底へと音を立てて沈んでいった。

 ヘールトン号が、再び帆に風を(はら)み、波を切って進みだす。

「見えたぜ。あれがピルニツ諸島で一番でけぇガマエ島だ」

 甲板でグスタフ船長が真水の瓶を口にしながら言う。隣には傷病者の治療を終えた黛がいて、主島ガマエを遠くに見つめている。

(話によれば十四の島があるとか。……調べんの面倒くさいなぁ)

 別の船乗りからもらったレモンを齧りながら、黛はあれこれ思案する。

「すっぱ!なんやこれ!?要らないから船長にあげる!」

「要らねぇよ。だいたいてめぇで食いかけたもんはてめぇでむぐっ!?」

「かわりにそっちの水ちょうだい」

「ほはへ!ふはへんは!!」

「食べ物は粗末にしないの。船乗りなんだから」

 黛は言いながら瓶口を指でふさぎ、真水の瓶を振る。一瞬にして炭酸水を作り上げた召喚者は瓶を傾け、喉を潤す。

 大小十四の島々が集まるピルニツ諸島。その中で最大面積を誇るガマエ島の沖で船は(いかり)を下ろす。

「自分は責任をもってこの犯罪者たちを見張っています!どうかお気をつけて!」

 船乗り十名と兵士二十名、そしてモルデカイ兵士副団長がヘールトン号に残る。理由は船の管理と、召喚者四名の監視。未来のない四名は大型獣用の檻に一人一人閉じ込められ、枷をつけられている。

「大将!大将は降りないの?」

「俺は今回はいい」

「どうして?」

「……この島は女房と出会った島だ。足が向かねぇ」

「そっか。ごめんね」

「気にすんな。気を付けていってこい」

 グスタフ船長もヘールトン号に残り、召喚者の小貝、田久保をはじめ、ハマン兵士団長、エステル調査団長らが小舟を使いガマエ島に上陸する。

「おおっ!!沖に大船が見えたのでまさかとは思いましたが、王国兵士の皆様ですか!?」

「はい。私はハマン・ピーテル。ティオティ王国の首都カンパニュラから派遣された兵士団の団長を務めるものです。海賊討伐のためこのピルニツまでやって参りました」

 酋長(しゅうちょう)のクンチェーにハマン兵士団長が慇懃(いんぎん)に挨拶する。酋長という肩書をティオティ王国がピルニツ諸島の長につけている時点で、王国はピルニツを自分たちより格下だととらえているのは誰でもわかることだったが、ハマン団長はそのような気分をおくびにも出さない。それは彼の先祖がこの島の出身であるがためだった。そうとは知らず、上陸した兵士たちは団長の雰囲気に倣い、島民への見方を自分たちと対等の者を見るように改める。

 海賊を無事討伐し海賊船をすべて沈めたことをハマン兵士団長がクンチェー酋長(しゅうちょう)に報告すると、酋長は顔をクシャクシャにして喜んだ。酋長の隣にいた付き人は狂喜して村落の方へ叫びながら走っていく。浮いた顔の島民がゾロゾロと集まってくる。

「なんとお礼を申し上げてよいか。今夜は盛大に宴でも催しましょう」

 目を潤ませたクンチェー酋長がそう言って島民を見る。島民たちもそれに賛同し、大声で喝采を王国兵士たちと船乗りたちに贈る。贈られた方は久しぶりの陸地の安堵感と屍鬼(グール)相手に戦って勝ったという高揚感も混じり、否応なく気分が高まる。

(さてさて、始めるとしますか)

 冷静なのは召喚者の黛と、これからが出番であるエステル調査団長をはじめとする調査団十名。彼らは島をあげての歓待のために料理を始める島民以外の者、つまり古老の男たちに対し、次々と島の事情を聴いて回った。

(なぁんか、気になる)

 黛は話を聴くのをやめ、自分の足で情報をとりに行く。島民の目を盗み、こっそり主島ガマエの中を探索し始める。

(島民だから魚介類を食べて生活しているはず。けれど見た感じ、その痕跡が少ないし、あっても古すぎる。肥料が多くないから爪や骨や(ふん)をすぐに土に漉き込んでいる?でもだとしても徹底的すぎる。糞と言えば、家畜の糞のニオイもない。飼っている気配も感じられない。それと、海岸に散らばっていたティオティ王国兵のボロボロの甲冑……シーグールとかいう、海にすむ屍鬼の仕業だと彼らは言っているけれど、そんなのいるの?)

 樹木の生い茂るエリアで果実の調査を終えた後、黛は海岸線を詳しく調べ始める。

(あの洞穴は?)

 険しく切り立った崖の下に、潮の満ち引きによって浸食された穴が開いている。黛は気になって穴に向かう。中には海岸線で見たのと同じく、王国兵の武具や防具がある。ただしその量がおびただしい。うずたかく積まれたようになっている。

(潮の作用だけで普通こうなる?)

 黛はひしゃげたロングソードの一本を拾い上げる。全く錆がなく、真新しい。

「そして何より気になるのは、兵士の死体が一切ないところ」

 黛は洞穴の中で一人ぼやく。けれどその声は打ち付ける波の音に飲み込まれていく。

 洞穴を出た黛は再びガマエ島を捜索する。

「!」

 島の中央近く。窪地を見下ろせる場所で黛が息を殺す。

(死体?……グール?)

 黛は島で初めて、動かない人型の魔物を確認する。全部で二十八体。

(グールで間違いない。向こうは洞窟?あの先に何かあるの?っていうか、暑い)

 グールたちが倒れている場所の奥には洞窟と思しき大きな穴が口を開けている。夏にもかかわらず海流の影響で島全体がヒンヤリするのに、窪地からは熱気が昇ってきている。

(グールのレベルは、海賊船に出没した連中と同じく10。二十八体全部に反応があるということは、あれは侵入を試みる者を待ち構えているってことか。「立入禁止」のメッセージってわけね)

「おっと、いけない」

 太陽が地平に沈み始める。一人で捜索している時間が長くなりすぎたことに気づいた黛は急いで村落に戻る。戻りながら思案を巡らせる。

(この島の人たちはあの洞窟について何か知っているはず。あるいは……)

 日が暮れる。アリバイ工作のため適当に葉を集めた黛が人々の元へ戻る。

「おい黛、どこ行ってたんだよ!やっぱりクソがでかくて出なかったんだろう」

「ウンチした後にお尻を拭いても痛くならない葉っぱを探してたんだけど、小貝君にはあげないから」

「なんだって!?すまねぇ黛!!後で俺にも分けてくれ頼む!」

 既に夜の宴が始まっている。広場の中心には立派な井桁を組んだキャンプファイアーが焚かれ、その周りで輪になって人々が踊る。それを楽器や歌とともに囃す人々。それいがいに無数の小さな人の輪ができている。どこもかしこもどんちゃん騒ぎで、歌と踊りと与太話と武勇伝でしっちゃかめっちゃかになっている。それらに彩と興を添える、数々の料理と酒。料理は召喚者の小貝曰(いわ)く、水牛ユッケ、水牛の皮ピリ辛和え、水牛の脊髄炒め、水牛リンパ液のプディング、水牛の頭の全部煮、水牛髄液胃袋包みカリカリ揚げ……

(水牛なんて一頭もいなかったのに……)

 黛が宴を遠くから見ていると、田久保が皿に何かを持って走ってくる。それを見た小貝のテンションがさらに上がる。

「黛さん、これ美味しいよ!チョウザメの肉だって!」

(チョウザメ?)

 田久保が皿の上の串焼肉の一本を黛に渡す。笑みを浮かべて黛は礼を言い、肉を歯でちぎり、口に含む。奥歯でひと噛みしてピタリと止まる。表情が消える。

「なあ?すんげえウメェだろ!物知りな俺が教えてやるけどな、実はチョウザメってあの有名なキャビアを生んでるサメらしいぜ!キャビアなんて食ったことないけれどこの肉はもっとレアな食い物なんだとさ!あとでカンパニュラに戻ったらみんなにサメ肉食ったって自慢してやるんだ俺」

 田久保から貰った串肉を夢中でほおばりながら嬉しそうに話す小貝。

 黛は肉を噛まずに、飲み込む。

「小貝さ~理科で軟骨魚とか硬骨魚って習ったでしょ。チョウザメは硬骨魚。サメは軟骨魚。チョウザメって言ってもサメじゃないんだよ~ん」

 小貝ほどではないけれど速いペースで肉を食べる田久保。

「シャラップ黛!そういう難しい話はノーセンキュー!俺もっとチョウザメの肉探して食ってくる」

「いってらっしゃい。ねえ私たちもあっちに行って盛り上がろうよ。水牛のお料理もおいしいよ?」

「うん。水牛もいいけどその前にあそこの料理が気になるから行ってくる」

「いっ!?黛さん黛さん、やめた方がいいよアレは。アレだって、虫料理だよ……」

「虫!?じゃあなおさらチャレンジするッス!」

「う~まじで?……知らないからねぇ……」

 田久保が気持ち悪そうな顔をして黛に「行ってらっしゃい」と手を振る。黛は虫料理が並べられている皿へと歩いていく。田久保の視線を感じなくなったところで串焼き肉を放り捨てる。飲み込んだ料理を胃から口の中に戻し、吐き捨てる。手に湧かせた水を口に含み、(すす)ぐ。

(賽は投げられた、か)

「これはほんほ、ほいひい」

 兵士も船員も気味悪がって手を付けないコウモリガの幼虫の炙り焼きを口に入れてよく噛みながら、黛は目をギラギラさせて祝祭を見始めた。


「もう飲めねぇ」

「何言ってやがる。まだまだこれからだぜぇ」

「こんな大戦のあとの宴なんて、下手したらもう二度と味わえねぇかもしれねぇもんな」

「俺たちゃ、ほんとツイてるぜ!」

 夜が更ける。宴はたけなわを過ぎ、騒いでいた兵士や船乗りが次第に眠りこけていく。その手には空になった杯がある。一緒にバカ騒ぎしていた島民も同じような恰好でグゥグゥいびきをかいて眠っている。

「明日香ちゃ~ん……ヒック!」

「マユジュミ~」

 酒をはじめて飲んだ田久保と小貝が虫料理の傍から動かない黛の所にやってくる。

「未成年というか未熟なんだから飲まない方がいいって二人とも」

「明日香ちゃ~ん。ヒック!ここは異世界ですよ~?そんなカタいことはなしで~す」

「そうだそうだー!田久保の言う通りだー!……うえっ!黛それ、まさか虫?」

「うん。コウモリガの幼虫」

「明日香ちゃ~ん……そんなの食べて平気なの?」

「まあね。クリームチーズ味で結構イケるよ」

「ぜってぇこっちのチョウザメの方がうめぇって」

 小貝は杯だけでなく串焼きをまだ持っている。その肉を美味しそうにほおばる。掌に持っていた幼虫を噛んでいた黛は苦笑しながら咀嚼を続け、噛み切れない硬い顎をプッと吐き捨てる。


「それ、チョウザメじゃなくてヒトの肉だよ」


 小貝と田久保の動きが止まる。二人はキョトンとした顔で黛の顔を見る。その黛は二人から視線を外し、酔いつぶれている兵士と船乗りを見る。その彼らの頭上に少しずつ冷水が凝集し始める。

「え?ヒト?」

「うん。人肉」

「今、何て」

「ジンニク。人間の肉。動物界(かい)・セキツイ動物門(もん)哺乳綱(こう)霊長目(もく)・ヒト科・ヒト属の肉。亜人族か人間族かは知らないけれど」

 コウモリガの炙り焼きを再びもぐもぐ食べながら、黛はこともなげに言う。視線の先の二百近い水球はさらに凝集してサッカーボールぐらいの大きさになっていく。

「ち、ちょっと明日香ちゃん何言って」

 冷や汗が出てフラフラし始める田久保。その田久保に目もくれず、黛はまたコウモリガの顎を吐き捨てる。

「チョウザメの肉は脂がよくのっていてね、白身魚と鶏肉の中間みたいな味がするの。ワニの肉に近いと思う。そんなヤギ肉みたいな味は絶対にしない」

「じゃあきっとヤギ……」

 手に脂汗が浮いて串を落としそうになる小貝。

「さっき島をまわったけどヤギも水牛も一匹としていなかった。かわりに兵隊さんの新品でボコボコにされた装備だけはたくさんあったけどね」

 言いながら、黛はコウモリガの頭部を、口に入れる前にちぎって二人の前に捨てる。首のないコウモリガだけを口の中に放り込む。首だけになって捨てられたコウモリガに、召喚者二人の視線が集まる。悪寒に拍車がかかる。

「「…………」」

 震える召喚者二人の顔面がみるみる蒼白になっていく。そこでようやく黛は二人を見る。小貝の震える手にある串焼きを見て、哀しそうに微笑む。

「それはどこの誰の、どの部位のお肉かな?」

 バシャバシャバシャバシャバシャ……

 黛の支配を失った水たちが音を立てる。眠りこける兵士と船乗りの頭上にできた冷たい水球が垂直落下し、彼らの顔面に氷水をぶちまける。

「よく食べられるね。人肉なんて」

 ほほ笑む黛の前で小貝と田久保の盛大な吐しゃが始まる。

「「オエエエエ……」」

 膝をつき、四つん這いになり、顔面から出せる液体をすべて出して嘔吐(おうと)が始まる。「よしよし」と彼らの背中をさする黛。二人の嗚咽(おえつ)と吐しゃの音を聞きながら、視線は再び宴の場に向かう。兵士と船乗りたちは冷水を浴びたせいで驚いて上体を起こしたものの、まだ寝ぼけ(まなこ)でキョロキョロしたり、咳き込んだりしている。一方で彼らをもてなした島民は既に全員立ち上がっている。それでいて誰一人その場から動こうとしない。

「はい、二人ともお水」

 黛は落ちている空の杯に魔法で真水を満たし、召喚者二名にそれぞれ渡す。

「これ飲んだら早く立ち直って」

 黛が立ち上がり、自分たちに顔を向けている島民たちのパラメーターを凝視する。黒目と白目が反転している島民たちのパラメーターがノイズのように乱れ、そして切り替わる。

「じゃないと彼らに殺されちゃうから」

「「!?」」

 水を飲みほした涙目の田久保と小貝は〝彼ら〟の方に、やっと目を向けた。

 ウウウウウウウウウウ………

 その姿は既にヒトをやめている。

 ゴリラのような体形で上半身、特に腕が大きく、全身は体毛ではなく緑色の藻に覆われている。その下には昆虫のような外骨格がある。顔面の眼窩(がんか)に目玉はなく、代わりに両肩に巨大な目玉が現れる。

「魔物の名前はコケーラ。レベルは、平均して45前後。七十体はいる」

 キャンプファイアーの残り火に照らし出された魔物たちのステータスをザッと確認しながら黛が二人に言う。

「嘘、噓でしょ……」

 目をこすり何度もステータスを確認する田久保。

「島の人に化けてたみたい。上手に、巧みに」

「マジかよ」

 顔中びっしり汗をかき、浅い呼吸を繰り返す小貝。

「もっといるかも」

 立つことを忘れるほど戦慄している二人の背中に、黛の両手が当たる。手と背中は氷で張り付き、黛が勢いよく二人を立たせる。その一方、

 ドゴジャアアッ!!

 座り込んだまま(うつ)(うつ)ろする兵士の一人がコケーラによって叩き潰されて肉片が勢いよく四散する。拳の衝撃で地響きが起きる。寝ぼけていた全員がようやく覚醒する。小貝と田久保は魔法を急ぎ詠唱し、ウォーハンマーとメイスと使い魔を自分たちの手元に呼び寄せる。

「ヒマヒマと小貝君。二人はとってもお似合いだよ」

 その言葉に驚いた二人が黛を見る。

「黛さん!?」

「こんな時に何言ってんだよ!?」

「お似合いだから、絶対に二人で動くこと。少なくとも死が二人を分かつまで。さもないと秒で()き肉にされちゃうかも」

「秒で轢き肉って」

 コケーラをもう一度見る小貝と田久保。

「レベル高すぎるよ……」

「二人とも集中。大切なのは同じことを強く思うこと。酒は栓を抜いて、女は栓をして……」

「「シャラップ!!」」

「それでよし。ほんじゃ戦闘開始(ロックンロール)といきますか」

「「「「「ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」」」」」

 コケーラたちの重なる怒声を合図に、召喚者三名は死地へと突入していった。


vertigo


glacies

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