第一部 公現祭篇 その五
この現世の短い夜たちのために、
永遠の夜に対する不安さえ抱きかねません。
フランツ・カフカ
5 シギラリア
シータル大森林中央。アルビジョワ迷宮地下209階層。
エルフ女子二人の寝顔を拝見中。
「「………」」
???:Lv74(元風人族の魔獣)忠誠の呪劫フィーデス解除
生命力:6800/6800 魔力:4000/4000
攻撃力:3000 防御力:3400 敏捷性:1330 幸運値:430
魔法攻撃力:1800 魔法防御力:2000 耐性:風属性
???:Lv73(元風人族の魔獣)忠誠の呪劫フィーデス解除
生命力:7800/7800 魔力:3000/3000
攻撃力:4000 防御力:3600 敏捷性:1230 幸運値:530
魔法攻撃力:1500 魔法防御力:1800 耐性:風属性
二人のエルフの中にあった呪詛を破壊することばかり考えてうっかりしていたけれど、俺は二人を〝魔獣〟というものにしてしまった。
魔獣。
端的に言えば、それは俺の魔力素によって魂核の霧散を回避する存在。
魔力素は魔力の素。
魔法を発動展開するために必要なエネルギー。場合によって粒子の形をとったり波になったりするけれど、とにかく魔法に必要なエネルギー。
俺には俺特有のエグい魔力素があるらしくて、そのエグいのに魂核をからめとられちゃったのが魔獣。
魂核。
これは要するに、命らしい。
たくさんの魔物を取り込んで分かったけど、魂核の消滅は死を意味する。
だからそれを俺の魔力素で防ぐ。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕
これもたくさんの魔物をとりこみ、〔満杯〕と〔呪解〕をあれこれ試してみて分かったこと。
長所は、たぶんそのへんの魔物や人間なんかよりも少しは死ににくくなってる。
でも短所として、俺の魔力素に魂核が汚染されている。
別に何か俺からするつもりはないけれど、これは言い換えれば呪詛みたいなものだ。
呪詛。結局は他人を支配する呪い。
呪い。五分五分の対人関係を築けない弱者の証明。
まあ俺がカマドウマ未満の弱虫なのはこの際、おいておこう。
とにかくこの魔獣の呪い、何が一番よくないって、俺が死んだらたぶんすぐにこの子たちも死んじゃうということ。
すぐっていうのはあくまで予測だけれど、魂核の霧散をつなぎとめている俺の魔力素がなければ遅かれ早かれ魂核は砕けて散る。
かといって俺の魔力素を大量に供給すると、ヴァルキリースライムにお礼を上げようとしたときの武器みたいに壊れちゃう。壊れないようにするには俺の魔力素に完全適合するよう、魂核そのものをいじる必要がある。でもそれだと「私は誰?」になっちゃう。
本人が望めばそれをやってもいいけど、アイデンティティーを失ってまで生きる必要なんてある?
ないね。
そんなのは、生きていないのと同じ。
だからそう言って止めるつもり。「馬鹿なこと言うな」って。
「はぁ」
結局、俺の蘇生魔法は、俺という呪い付きの強制転生に過ぎない。
俺の亜空間に残っている小回復ポーション1瓶に、俺は及ばない。
ポーションは呪わない。
ポーションはアイデンティティーを奪わない。
「はぁ」
俺はだから、ポーション1瓶つくれない。
……いや!違う。
あくまで治癒魔法が扱えないってだけのことだ。
そうだ。忘れてた。
俺にはDIYがあった。
ドゥ。イット。ユアセルフ。ないものは自分の手で作ればいい。
DIYは俺の十八番じゃないか。クラフトマンの俺としたことが、うっかりしてた。
異世界召喚と生贄転生とキノコ料理と魔物の生体実験で、大事なことを忘れてた。
「「うう……」」
「そろそろ目が覚めそう……!?」
あれこれ考えながら二人のエルフの具合とか寝顔を見ているうちに、二人が生まれたばかりみたいなスッポンポンであることに気づいて興奮じゃなくて驚愕する。
急ぎ収納魔法の亜空間から防具やら下着に使えそうな衣類を探し出し、目覚める寸前と思しき二人に着せる。
天の声さんに誓ってもいいけれど、決してやましいことは考えていない。
チラチラいろいろなところを見ながら衣服を着せたりなんてしていない。
あっちこっち触っているのは俺の手際が単純に悪いだけだ。
防具が体にちゃんとフィットするかどうか確かめることを言い訳にして不必要に年頃の女の子の体を触ったりなんてしていない。あくまで手際が悪いだけ。
「「あ……」」
眠っていた元エルフの魔獣たちが目を覚ます。
「二人とも目が覚めたみたいだね」
俺は超特殊スキル「ブラフ」を発動し、おっとり優雅に声がけをする。心拍数も冷や汗も緊張も異性の魅力に対する興奮も、俺のブラフの前では無力!鎮まれ俺の魂核!!
「体の調子はどう?動けそう?」
「「………」」
二人は何も言わずにこっちを見ている。……そうか。
これはまずい。
試練だ。
俺は試されていたんだ。
おそらく結構早い段階で二人は意識を取り戻していて、実は俺をじっくり試していたんだ。
「一つ大事なことを言っておくけれど、今君たちが身に着けている防具と衣類は確かに俺が着せた。なぜかを説明すると君たちは着ているもの一切が焼け落ちちゃっていたから。誰がどうして焼いたとか、どんな感じで服を着せたとか、服を着せたときに何か余計なことをしたかとか、やましい考えをもっていたのかとか、そういう詮索はお互いの今後のためにならないと思うから、この際何も触れないことにしよう。それじゃあ元気でね」
早口で事情を説明した俺。
確かにちょっとは見た。嘘です。かなり見ました。
ちょっとだけ触った。嘘です。かなり触りました。
でもそれは助けるために仕方なく、だ。
それは本当。というわけで火属性魔法「火車」はやらないけれど可及的速やかにその場を離脱す……
「殺して」
「え?」
腰を浮かせた俺に、双子の姉と思しきエルフの声が届く。
「私たちはもう死ねるんでしょ?それなら殺してほしいの」
この美人エルフ。いきなり何を言い出すかと思ったら。
「それはまたどうして?」
「もう生きていたくないから」
妹エルフが代わりに答える。なんだって?
「それはまたどうして?」
「私たちは、魔王様より、呪いを代償に最強の力を得た」
姉エルフが遠くを見ながら思い出を語る。
「それでも届かないんだよ……星獣級の力をもったお前に」
妹エルフが嘆く。出ましたセイジュウ。性獣。だからそれは誤解だって。
「星獣に匹敵する魔法使いナガツマソラ。そのナガツマソラの上に聖皇がいる。……これで絶望しないで何に絶望するというの?」
絶望か。確かに二人の〝壊し方〟は絶望的だったね。
加減が分からなくて悪かったあれは。
「だから殺してよ。お姉ちゃんと一緒に」
「いやだよ。店で買ったら一瓶銅貨三枚もする小回復ポーションを十四本も使って助けたんだから。殺したらポーション分がもったいないでしょ」
「ふざけているのか、本気なのか……」
「よく言われたよ、昔。お前はふざけているのか本気なのかわからないって」
「殺して。そうじゃないなら…………」
妹は姉を見る。姉も妹を見る。
「希望を、ちょうだい」
「それは難しい相談だね。俺は人に分け与えられるほど希望を体内や亜空間に収納していないんだ。持っているのは魔力くらいだよ」
「バカげた量の魔力でしょ。星獣、いいえ。それをはるかに凌ぐ残留神級の」
「どうかな。魔力の許容量にはあまり興味がないんだ。俺は俺のやりたいことをするだけだよ。それをもし邪魔するものがいたら神だろうと魔王だろうと聖皇だろうと容赦しない」
天井を見ていた二人が上体を起こす。眼を大きく見開いて俺を見る。
相変わらずキレイな眼だ。あ、ユリの匂いが強くなった。不思議~。
「今、なんて言ったの?」
「やりたいことをやるだけだよって言ったかな」
姉エルフ。何か見た感じが妹を思い出させる。めんどいなぁ。
「そのあと!もう一度言って!」
「邪魔する奴は誰も許さない。そんな感じのことを言ったと思う」
妹エルフ。こっちも何だか幼馴染を思い出させる。めんどいなぁ。
「「正確に言いなさい」」
「わかったよ。邪魔するものがいたら神だろうと魔王だろうと聖皇だろうと容赦しない。二回も言うと恥ずかしいね。でも本気だから仕方ないかな。俺は俺の自由を奪おうとするものを絶対に認めない。言わなかったけれど俺は一度死んで蘇ったんだ。それで死ぬ直前に心に決めたんだよ。もし生まれ変わることがあれば、その時はもう何者にも屈服しないって。それと俺はセイジュウでもレリックでもない。そんなものと一緒にしないで。俺はナガツマソラ」
「じゃあね」と言って立ち上がる。歩き出す。
いよいよ最下層か。
このエルフ姉妹みたいな強いのがウジャウジャいたらいろんな意味で面倒だ。
回復ポーション、暇な時間で作っておけばよかった。
そう言えば今の俺に回復ポーションって効くのかな?
「ナガツマソラ様」
「何?……って、どったの?」
いつの間にか俺の後ろには跪く二人の姿がある。
「まだ動かない方がたぶんいいよ。魔物は上層にしか残っていないからしっかり休んで、準備運動とかして気分も上向いたら上層階へ向かって……」
「どうか私とお姉ちゃんをナガツマソラ様の配下にしてください!」
さっそく出たよ、このバカちん。
「いやだよ。俺は誰かの下にも立ちたくないけれど、誰かの上に立つようなこともあまりしたくないんだ。だっていやでしょ?君たちこれから先、俺の顔色を伺って生きて……」
「平気です。むしろそれこそ最上の望みでございます」
「キミたち風人族はもしかして虐げられることの大好きな変態さんかな?」
「違うよ!ナガツマソラ様に忠誠を尽くしたいの!」
「なんでさ?たいした志もない俺になんで?」
「何者にも屈しない。これほどの大志を私たちはかつて一度たりとも見たことがない」
どうしよう。
どう説得するかよりも、どんどんにじり寄ってくる二人のユリのような良い匂いが香水みたいに俺に降りかかってくることの方が気になる。鎮まれ。静まりたまえ!
晴音は別として、女子にそれほど耐性ないんだよ、俺。
「ひょっとして私たちを受け入れられない理由は別にあるのでしょうか?」
「え?そうだね。君たちはさすがに賢い。よく気づいた。そういうことだから……って何二人でヒソヒソ話しているの?」
「「ナガツマソラ様」」
「はいはい。何かな……ちょい待ち。なんで服脱いでいるの?」
鎮まれ俺の魂核!
「忠誠を示すためです」
「私とお姉ちゃん、差し出せるものはこれ以外にないし、それにナガツマソラ様のように強い人の子を産めるならすごくうれしい!」
十七歳の元人間族にその言葉は直球すぎる。
鎮まれ!いろいろと鎮まれ!
「わかったよ。配下じゃなくて仲間に加えるから服を着てさっさと最下層に進もう。忠誠の証として体を差し出すなんてやめてくれ。「好きだから抱いて」って言われたらうれしいけれど「契約のために抱いて」なんて言われてもうれしくもなんともない」
「「好きだから抱いて」」
究極スキル「無我の境地」発動!!
「ちゃんと君たち二人が自己紹介できたら考えるよ。あと俺に普通に接してくれるのなら、ね」
アルビジョワ迷宮。
その最下層の一つ上の階層で、転生以上の奇跡が起きる。
なんとボッチの俺に、亜人族の仲間ができた。
「なるほどね。つまりこの迷宮に封印される前の段階で二人は四百歳オーバーだったわけか。いいことを聞いたよ。おかげでいろいろな罪悪感とか背徳感が吹き飛んだ。四百歳だったら女じゃなくて魔物と紙一重だね」
「ひどいですマソラ様!風人族の世界では四百歳はまだ乙女の中の乙女です!!」
「そうね。いくらなんでもひどいと思うの。訂正してほしいわマソラ」
「ごめんごめん。ピチピチのうら若い妖怪だ」
「ヨーカイ?」
「ユリの花のようにきれいな乙女への最上級の誉め言葉だよ。イザベルとクリスティナは妖怪みたいだ」
「お姉ちゃん!私たちマソラ様にヨーカイって褒められてる!」
「女は美しさを愛でられるとより美しくなると聞くわ。もう一回言ってマソラ」
「よっ!アーキア大陸一の妖怪姉妹!」
最下層へ続く階段を俺たち三人は下りていく。
イザベル・ツヴィングリ:Lv74(元風人族の魔獣)
生命力:6800/6800 魔力:4000/4000
攻撃力:3000 防御力:3400 敏捷性:1330 幸運値:430
魔法攻撃力:1800 魔法防御力:2000 耐性:風属性
クリスティナ・ツヴィングリ:Lv73(元風人族の魔獣)
生命力:7800/7800 魔力:3000/3000
攻撃力:4000 防御力:3600 敏捷性:1230 幸運値:530
魔法攻撃力:1500 魔法防御力:1800 耐性:風属性
永津真天:Lv6(カマドウマ)
生命力:500/500 魔力:――
攻撃力:100 防御力:400 敏捷性:30 幸運値:30
魔法攻撃力:2000 魔法防御力:―― 耐性:――
特殊スキル:オブラティオ = ネフレンカ
もう一時間以上は歩いている。
紫の繊維状の結晶鉱物でできた円柱の壁面に、沿うようにして続く螺旋階段。
照明は一切ない。
船のソナーみたいに超音波を出してそれを拾えるようになった俺はもう明暗の区別なく物が見えるようになっているけれど、普通の風人族の二人には足元が暗すぎて見えない。
だから俺は二人のために、増やした自分の肉片を周囲に飛ばす。
ポチャ。ゴオッ!
壁にへばりついたそれに「ファイア」を唱えさせる「火土産」で周囲を明るくして進む。
「ところでマソラ様。私とお姉ちゃん、どっちが好みのタイプですか?」
女子特有の闇属性魔法「どっちが好き?」がここにきて突如発動する。
男子特有の光属性魔法「どっちも好き」は容赦なく粉砕される危険領域にいきなり突入。
「クリスティナ。どうやらここで究極の敗北を知りたいようね。たとえ血を分けた妹とはいえ……」
「私、気づいちゃってますから。マソラ様は私の方がタイプですよね?だって私の胸を見ている時間のほうがお姉ちゃんの胸を見ている時間より長いもん」
「本当なの、マソラ?」
「イザベル。乙女の美しさは胸の大きさでは決まらない。俺はイザベルの髪が好きだよ」
「マソラ。とてもうれしいわ。でもクリスティナの質問には答えていないと思うの」
「マソラ様!今から胸当てを外しますからポヨポヨ揺れるところ見てもいいですよ!」
「そう、クリスティナ。とうとう最期の決着をつける時が来たようね」
「エルフの妹さん。君の大切なお姉さんが刺突武器を構えているのでそのスライム二つを胸当ての中にしまってください」
「えー!?」
風人族の二人。
一人はイザベル・ツヴィングリ。双子の姉。フルーレ使い。
もう一人はクリスティナ・ツヴィングリ。双子の妹。大斧使い。
アルビジョワ迷宮の209階層で石像のように動かないでいた二人。
地下へ続くあの広間で最初に二人を本当に石像だと思ったけれど、間違いではなかった。部屋の中央にあったギガントマキナに自分たちの魂核と魔力素を隠すなんていうスゴ技をやっていたらしい。
もっともそのおかげでギガントマキナに触れたとき、妙な気配をギガントマキナの内部から感じられて注意深くなれたわけだけど。
魂核と魔力素。
天の声さん以外からこの言葉を聞かされて改めて考える。封印されし言葉「カマドウマ」を解放した自分が何者なのかを。
「二人ともこんなところで暴れて下に落ちたりでもしたら大変だよ。もうやめよう」
「そのときはマソラ様がブオオオオーッて飛んで助けてくれるんですよね?」
「なるほど、その手があったわ」
え?なにすんのいきなり?
「ちょっ!バカ!!」
「お姉ちゃんズルい!私もっ!!」
「ちょっと待って!まったく!!」
階段を降るのにたぶん飽きただけの双子女が螺旋階段から飛び降りる。うそっ!
「イザベル!クリスティナ!」
気づいたときには俺も飛び降りていた。
ゴオオオオオオオオッ!! ガシッ!!!
「このバカッ!こんなところで死んだらどうするんだよ!!」
叫んでいる自分に気づく。頭が真っ白になっていたことに気づく。
異世界に来て、同級生の尻ぬぐいをして死にかけ、いやたぶん死んで、そして偶然選び取ったことに気づく。
封印されし言葉「カマドウマ」を。命を。
それなのに。
せっかく生き延びたのに、吹き抜けに落ちてまた死にそうになって、怒っている自分に気づく。
助けた命を粗末にしているように見えた相手に怒っている自分に、気づく。
「「……」」
「何?二人とも」
「そうやって本気で怒鳴ってくれるマソラも好きだと思ったの」
……。
「必死の形相で抱きしめてくれるマソラ様に何もかも捧げたいです!」
ほんと、二人ともぶん殴りたい。
「俺を試すのはもうやめて」
「「ごめんなさい」」
殴る代わりに、二人をさらに強く抱きしめる。
「生き残るのは、冗談じゃ済まないんだから」
「「……はい」」
全身の「ファイア」をうまく調節して俺は下に降りていく。
「もし火傷しそうになったら二人とも言ってね」
「もう火傷しているわ。マソラと一緒にいるだけで身も心も燃え上がってる」
「お姉ちゃんどさくさに紛れて抜け駆けずるい!こうなったら私だって!あっ!これがマソラ様の……」
「それ以上しゃべったり動いたりしたら二人とも今度は投げ捨てるから」
「「すみません」」
飛行ですらさらに5分を費やして、俺達三人はとうとう最下層の冷たい地面に着陸する。
「仕掛け扉、だね」
緑白色の平面の上、万華鏡のように幾何学模様の華々(はなばな)が幾重も咲き、萎み、また咲く。
209階層までにはなかった質感の扉が目の前にある。
扉を触った時に伝わってくるこの感じは、ギガントマキナに触れた時となんとなく似ている。明らかに選ばれた鉱物が意図的にくみ上げられ、そこを魔力が迸っている感じ。
209階層までの、とにかく石を配置しただけみたいな原始的な感じとは明らかに異なる、超技巧的な感じ。というか、何かの流れがいくつも見える。……これ、魔力素?
「ここを開けられず、私たちは戦い続けたの」
イザベルの声で我に返る。
「もしかしてさっきのギガントマキナと?」
「はい。その最中、封印されたんだと思います。おそらくは聖皇の聖魔法で」
クリスティナが言葉を接ぐ。
「そう言えば二人に聞くのを忘れていたんだけれど、ここには一体何があるの?」
「それは私たちも知らないわ。私たちが魔王ウェスパシア様に仰せつかった命令は、この扉の向こうに到達すること」
扉の向こうに行け。ただそれだけの命令。裏を返すとそれはかなりの難問。
「だけど、無理。開け方もわからないし、開けるだけの力すらなかった」
開け方すら誰も知らず、ただ開けろと言われて送り込まれた改造エルフの双子。
開錠方法を調べる目的だったとしても、ここへ送られた工作員は彼女たちだけじゃないはず。そしてきっとギガントマキナの前でみな死んでいった。
雑だね、魔王っていうのも。
そういうとこ、聖皇オファニエルにそっくり。
自分だけ安全地帯にいて、危険地帯には手駒を送り込んで手柄だけを欲しがる感じ。
駒がどうなってもいいって感じ。
異世界も元の世界もそのへんは変わらないのかな。
「そもそも、ここは誰が造ったものなの?」
「魔王様のお言葉では、原初聖皇、つまりクルクリオ・ユウェナリスが造ったそうよ」
光り動く花の模様を目で追いながら、イザベルが説明してくれる。
「魔王様が言ってた。自分も当時敵対していた聖皇も、原初聖皇には遠く及ばない。だからその力を求めるって」
そしてそのために駒を使い捨てる。どんな理屈を並べたって許せないのはそこ。
「なるほどね。初代はいつだって最強だ」
欲しいなら、自分で獲りにこい。自分の命で試せ。
「カリスマを次代が超えていくのは難しいね」
扉に手を触れ、凝視する。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕
魔力素の流れがはっきりと見える。
【カマドウマ】
〔〔満杯〕〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕
邪魔な扉を破壊したい。破壊と言えば、「満杯」。
ポ。
扉の隠れていたステータスパラメーターを見る。
エオマイアゲート Lv6(要塞侵入阻止型機械門)
生命力:0/0 魔力:93334411114/6666666666666666666
攻撃力:0 防御力:666666666666666 敏捷性:0 幸運値:0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:6666666666666 耐性:全属性
特殊スキル:超越冥離
すごい。
さっきのギガントマキナも結構な量の魔力素を注入したけれど、これはもっとすごい。いくら注いでも全然ゲージが上がらない。っていうか、今更だけど、なんか疲れてきたな……。
『器内の魔力素が枯渇。充力により精製した魔柩の解放を開始』
充力?
魔柩?
そういえば前にも天の声さんが言ってたし、「充力」っていう選択肢も……
ドクンッ!!!!!
「!?」
突然の衝撃で、思わず前にのめる。
「マソラ?」
「マソラ様!?」
「……大丈夫。ちょっとびっくりしただけだから」
全身の細胞が沸騰するような感じ。
火達磨ですら熱いとも何とも感じなかったのに……。
『器内の魔力素量が充溢。さらなる器の製造及び器内の魔力素量補填を同時進行』
「ふう、ふう、ふう、ふう……」
溢れてくる。たぶんこれ、ぜんぶ魔力だよね……。
永津真天:Lv6(渦魔導魔 窯胴魔 窩惑宇間)
生命力:500/500 魔力:魂核接続最適解演算完了
攻撃力:100 防御力:400 敏捷性:30 幸運値:30
魔法攻撃力:2000 魔法防御力:―― 耐性:――
特殊スキル:オブラティオ = ネフレンカ
これだけあれば……いける気がする。
ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウムッ!!!!!!
エオマイアゲート Lv6(要塞侵入阻止型機械門)
生命力:1/0 魔力:6666666666666666667/6666666666666666666
攻撃力:0 防御力:6;6666#6:66!6666 敏捷性:0 = 0 幸運値:\0
魔法攻撃力:0 魔法防御力:-666@66666*6 耐性:崩壊属性
特殊スキル:超越冥離定義不能
扉の魔力ゲージがどうにか振り切れる。
シュボッ!!!
扉が煙のように、幻のように消え去る。
「嘘でしょ。扉が……」
煙は冬の朝のダイヤモンドダストのようにキラキラと降り注ぐ。
「お姉ちゃんこれ………砂金」
クリスティナの言葉で俺は頭上を見上げる。
あ、口に入っちゃった……ほんとだ。金だね。
っていうか俺、鉱物の成分分析ができたんだ。
そっか、きっと全身に銀の蔓を走らせているからだね。こりゃ便利でいい。
『新たに八十四の器を完成さらに接続。魔力素量充溢完了』
ありがとう天の声さん。よくわからないけれど仕事が速いね。
「よし。じゃあ行こうか。二人とも大丈夫?」
「大丈夫じゃないけれど、大丈夫よ」
「何それ?」
「マソラ様。まさかのまさかですけれど、黄金も作れるんですか?」
「作ったんじゃない。俺はただ目の前にあった扉に魔力を注入して破壊しただけ。きっとこの扉は砂金でできていたんじゃないかな」
「魔力注入……そんなことまでできるというの?」
「うん。もう少し正確に言うと、魔力素の注入ができるらしい」
だからギガントマキナも動かせたし、エルフ二人を魔獣にもできた。
「一体どうしてそんなことができるの?」
「う~ん。それは俺にもわからない。今のところ分かっているのは「お前は色々できるよ」って教えてくれる人が俺の中にいるだけ」
「〝声〟が聞こえるというのね?」
「そ。召喚者はみんなきっと聞こえるんじゃないのかな。条件さえ満たせば」
条件。
それはたぶん、封印されし言葉に出会った時から始まるんだろう。
脳が焼き切れて死ぬか生きるかのギャンブルに勝った時から。
「マソラ様。マソラ様はやっぱり天使です!天使なんですよ!」
「えっ!……どうしてそのことを」
「天使という言葉に反応したわ……やはりそうだったのね!」
「待って。たしかに二人が気を失っているときに少しの時間だけでも開放的になりたくて〝天使〟になったかもしれない。でも決して下心があったわけじゃないんだ。ただ生まれたばかりの姿ってすごく気分が良くて」
「その開放的なお姿、私とお姉ちゃんにも見せてもらえませんか!?」
「それはできないよ。第一恥ずかしいし、あの姿になったらいくら俺でも君たち相手に間違いを犯すかもしれない。だからダメ。こう見えても俺は紳士なんだよ」
「神祇……神を祀る天使の力の解放がそれほど危険だとは知らなかったわ」
ゥゥゥウゥウウウウゥゥゥウ……
「「「?」」」
そのとき。
開いた扉の奥から、うめき声のようなものがいくつも重なって聞こえてくる。
「先に進もう。二人とも、準備を」
「「了解」」
イザベルとクリスティナがそれぞれ手首の彫物に触れる。
特定の物を別の場所から自分の元へ召喚できる効果があるとかいうそのタトゥーの模様は鋭い緑色の閃光を放ち、あっという間に彼女たちに武器を握らせる。姉のイザベルは二本の刺突剣。妹のクリスティナは大きな戦斧一本。
「この臭気………たぶん屍鬼よ」
魔獣にして風読みのプロが俺に告げる。
「グールか。良かった。臭いのは俺が近くにいるせいだって言われたらへこむところだったよ」
引きずるような足音が徐々(じょじょ)に近づいてくる。それも大量に。
「マソラ様。下がってください!」
「マソラ、攻撃の許可を」
「ん……ちょい待って。念のため「火土産」」
俺は自分の肉片を増殖させて周囲にちぎり投げ、肉片に「ファイア」を唱えさせる。
ボオオオ……
暗すぎた広い通路が昼間のように明るくなる。
「やっぱりグール!レベルは59!」
「しかも団体様のおでましよ」
白いローブを身に着けた、灰色の面々(めんめん)。
目は朽ちてしまったのか、眼窩には何もなく、丸い闇が覗いている。
それらが救いを求めるかのようにこちらに手を伸ばし、ゾンビのように歩みを進めてくる。
俺の目の中に彼らのステータスとパラメータが表示される。
そしてそれ以外の情報も……そっか。
「マソラ!」
分かったよ。
試してみようか。
「風の子らよ。暴れておいで」
合図と同時に、エルフ二人が風を残して俺の隣から消える。
瞬時にグールたちが木っ端微塵になる。クリスティナの戦斧があらゆる屍者を裂き、イザベルのフルーレがそれらを止めとばかりにハチの巣にしてしまう。双子ならではの卓越した連携攻撃に、うめき声が乱れ飛ぶ。本当に鮮やかというほかない。
さすがは魔王に認められた存在。
代償の呪い「忠誠の呪劫フィーデス」なんてなくても十分に強いよ。
……いや。ちょっと違うか。
そんな呪詛があったから、〝こう〟ならなかったのかもしれないね。
そんな呪詛のせいで目の前の連中みたいに、〝こう〟はなれなかった。
人生は皮肉だ。
「お姉ちゃん、こいつら!」
「そうね。何か様子がおかしいと思ったら」
元エルフの魔獣二人によって粉砕し散っていったグールたち。
その残骸が突然、跡形もなく消える。
「自分自身をなくしさえせねば、どんな生活を送るも良い」
すると何もなかったところに突如彼らグールは出現し、再び足を引きずって歩き出す。
「すべてを失っても良い」
まるで時を巻き戻したかのように。
「ちっ!行くわよクリスティナ」「うん!もう一回やっつける!!」
イザベルとクリスティナがいくら粉砕しようとも、彼らグールは粉砕されるに任せて散り、そして跡形もなく消えた後、なんの予告もなく元の場所に再現する。
「自分のあるところのもので、いつもあれば……俺の食った魔物の一匹が、そう言い遺して逝ったよ」
グールは自分たちに牙をむく双子には一切手を出さず目もくれず、ただ俺に向かって進んでくる。
「迷夢の人生に句点が打てないよう、ひどい呪いをかけられたんだね。君たちも」
両手を組む。パキパキと指を鳴らす。
そして俺も進む。
対するは、存在が永遠に一定空間内にとどまることを宿命づけられた元魔法使いたち。
名前は「?」の表示のまま。ステータスもみなバラバラ。
共通しているのは呪詛を施されてしまっていること。
?????? Lv59(人間族)起源消滅の呪劫ネガティオ・オルジニス負枷
生命力:700/700 魔力:4700/4700
攻撃力:180 防御力:210 敏捷性:40 幸運値:0
魔法攻撃力:900 魔法防御力:1000 耐性:光属性
特殊スキル:時虐拷
ここからは推測だけれど、ここに閉じ込めた奴、イザベルの話を信じるとすれば原初聖皇あたりが施した呪いだろう。
「マソラ様!」
「ちょっと下がってて」
起源消滅の呪劫ネガティオ・オルジニス――。
呪詛を負った者は、死にもしないけれど生きもしない。つまりは時が止まる呪い。
なぜ殺しもせず、時を止める?
ここに何らかの秘密が「ある」だけなら、彼らは殺されて終わるはず。
「こいつらは何度でも蘇るわ!」
「うん。知ってる」
起源消滅の呪劫ネガティオ・オルジニス――。
ここの秘密は「隠す」だけじゃなくて「知っている」必要がある?
だから殺さない?
「マソラ様危ない!」「マソラ!」
どこかの〝お偉いさん〟が来るべき時まで、この場所に奴隷を永久保存しておくための仕掛けが、ネガティオ・オルジニス。
「馬鹿にしやがって……」
まるで道具扱い。どいつもこいつも人を何だと思っている?
腹が立つ。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕
強ければ何をしてもいいと思っているのが、ムカつく。
「その因果。必ず終わらせてやる。このナガツマソラの名に懸けて」
時を止められた〝グール予備軍〟が俺に群がる。グールの手が俺に触れるまであと1秒と予測。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔〔呪解〕〕〔充力〕
悩むことなく「呪解」を選択。0・11秒経過。
『魂核自体に呪詛が負枷。呪詛の消滅と同時に高確率で魂核崩壊の可能性あり。実行の選択を』
天の声さん。それは選べってことだね。
ここで永遠を過ごさせるか。殺すか。………違う。
違う気がする。
何かまだ忘れていることがあるでしょっていいたいのかな?
「充力」?
魔柩を創るうんぬんの話?それは魂核とは関係ないな。0.21秒経過。
とすれば、まだ一度も選んでなくて、天の声さんのアドバイスをもらっていないのが、「流転」。
教えてくれるよね?天の声さん。
『魂核と体器の間の変換機を確認。変換機を除去後は窯胴魔の魔力素の直接注入が可能。魔力素注入により魂核の変異後、呪詛の消去が可能』
それが「流転」か。
魔法展開式は空間把握が必要だから理解するのに少し時間がかかりそうだけれど、つまり、魂核を変えることで呪いも解けるってことか。
でも魂核を変えるって……
『窯胴魔の胴窯より精逝された魂核を〝魔獣〟と定義』
魔獣?どこかで聞いたことがある。
……。
すでにイザベルとクリスティナにやっちゃったヤツだ。
……。
つまりあれか。
俺の練習していた〔満杯〕の微妙調整は〔流転〕一つでできるってことか。
……。
もう少し早く教えてください。天の声さん。0.47秒も使いました。
……。
まあいいや。
別解を先に自分で見つけて、模範解答を後で知っただけのこと。
〔流転〕による魔獣化と〔呪解〕による致死。
呪詛の付与者が〝お偉いさん〟から〝俺〟に代わっただけのこと。
……。
そんなわけが、ない。
俺の呪いはお前らに誓わせる。
自分の生き方だけは自分で決めろ。
悔いなく生き切ってから死ね。
だから人生は儚く美しい。
俺の呪いはゆえに、美しいと知れ。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔〔流転〕〕〔呪解〕〔充力〕
「流転」を選択。0.68秒経過。
天の声さん、はじめよう。
『流転の実行には窯胴魔の直接接触が必要』
そうだった。忘れてたよ。0.97秒。
じゃあ……
ギュルルルルルルルッ!!!!!
「な!?」「マソラ様!?」
体の補強に回していた分も、擬態に回していた分も、一切解除して銀の蔓を翼に戻す。
俺のオパールみたいな肌それ自体がうすぼんやりと白く光り出し、その光は銀の蔓にどっと流れる。
バサッ!!!!!
蔓が光を激しくまとう。
翼の形状を一気に解き放ち、銀の蔓を最下層全体に展開する。
シュルシュルシュルシュルシュルシュルシュル……
光が銀の蔓にのってひた走る。
ザスッ!
それらは白服の奴隷魔法使いたちに次々と突き刺さる。
ザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスッ!
奴隷。
全部で、四百体ちょうど。
数的に、やっぱり目的があってここに閉じ込められてたんだ。
誰かの目的のために。下手すれば永遠に。
ザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスッ!
そんなの認めない。
ザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスザスッ!
胸を張って死ねるよう、即刻全員転生させてやる。絶対に。
「流転実行!」
キィィィイイィィィィイィイイイイイイイィイイイイイイイイイイイ……
『承認』
カッ!!
虹色の光の川が俺の肌を流れ出す。
ズキュウウウンッ!!!!!!
「ウウゥゥゥウウウウウ……?ううっ、うううう……うううううう!」
虹の光は俺の背中から伸びる銀の蔓へと流れ、それが突き刺さる奴隷魔法使いに流れ込む。白い服が、灰色の肌が、虹色に攻め立てられ、燃え上がる。
『窯胴魔の魔力素への適合完了。対象魔獣の全能力値を極限解放』
「ぬあああああああっ!!!」「ぽおおおおおおっ!!」
ウカラ・シージュ Lv59(魔獣)起源消滅の呪劫ネガティオ・オルジニス解除
生命力:700/700 魔力:4700/4700
攻撃力:180 防御力:210 敏捷性:40 幸運値:0
魔法攻撃力:900 魔法防御力:1000 耐性:光属性
特殊スキル:迷宮案内任
「しぇえええええええっ!!」「きゃいいいいいいんっ!!!」
バシリ・カーゲラ Lv59(魔獣)起源消滅の呪劫ネガティオ・オルジニス解除
生命力:680/680 魔力:4900/4900
攻撃力:100 防御力:220 敏捷性:20 幸運値:0
魔法攻撃力:1000 魔法防御力:1500 耐性:光属性
特殊スキル:迷宮案内任
「わほおおおおおんっ!!」「らめええええええっ!!」
トギス・ウチョン Lv59(魔獣)起源消滅の呪劫ネガティオ・オルジニス解除
生命力:920/920 魔力:4100/4100
攻撃力:200 防御力:100 敏捷性:70 幸運値:0
魔法攻撃力:940 魔法防御力:2200 耐性:光属性
特殊スキル:迷宮案内任
「うぴょおおおおおおっ!!!」「んちゃあああああっ!!」
アオバ・ロチド Lv59(魔獣)起源消滅の呪劫ネガティオ・オルジニス解除
生命力:440/440 魔力:7700/7700
攻撃力:60 防御力:90 敏捷性:10 幸運値:0
魔法攻撃力:1700 魔法防御力:4000 耐性:光属性
特殊スキル:迷宮案内任
「にゃあああああっ!!」「あいいいいいいんっ!!」
あちこちで湧き上がる魔法使いたちの雄たけび。ちょっと怖いんですけど。
『魔獣対象者の能力値解放完了。魔獣精逝成功。流転終療』
?
☆▲※◎?
○▼※△★●!?
あれ、なんだろう。
クラクラする。俺が立ち眩みなんて珍しい。
永津真天:Lv6(渦魔導魔 窯胴魔 窩惑宇間)
生命力:500/500 魔力:無限魔力素数虐枢収束
攻撃力:100 防御力:400 敏捷性:30 幸運値:30
魔法攻撃力:2000 魔法防御力:―― 耐性:――
特殊スキル:オブラティオ = ネフレンカ
「マソラ!」「マソラ様!!」
『窯胴魔の魔力素の枯渇を確認。残存魔柩から魂核への魔力素供給を開始』
空っぽだからすぐ補填とは……仕事熱心な天の声さんだこと……。
すいません。じゃあちょっとの間……お願いします。
眠いから、寝るね。……眠るのなんて、本当に……久しぶり……。
「ん……?」
「よかった!お姉ちゃん!マソラ様が目ぇ覚ました!!」
「ほんとに!?だったらさっさと起こしてこいつらを抹殺させるわよ!」
目を覚ますと何やら賑やかな女子の声。……百合のいい匂い。ああ、たしかエルフだ。
あっちとこっち。よく似た耳長美女の顔。
そっか。双子だっけ。
「マソラ様!しっかりしてくださいマソラ様!!」
こっちの髪が長くて胸がたわわで大きいのが、どっちだっけ?
うん。大きいんだから、こっちがお姉ちゃんだ。
「まだなのクリスティナ!?」
「えっと、うん。ちょっとまだぼんやりしてる!」
んで、髪がショートで、胸が小さくてお尻がキュッとしてスタイリッシュな感じのあっちは、きっと妹だ。小っちゃいんだからまちがいない。
で、あの……見るからに凶悪そうな、白ローブをまとうドクロの集団は何なんだろう?
「マソラ!このキングリッチー達を早く始末して!」
キングリッチ?王様?金持ち?
「物理攻撃と風魔法無効の魔法陣を築いて私たちでは全く近づけないの!!ん?上等よそこのキングリッチー。両手でダブルピースをしていたのかと思いきや、指を折り曲げるそのしぐさ。きっとこの私をからかっているのね!あっ、指が取れた。……そう。そんな慌てて拾うジェスチャー見たことないけど、きっと侮辱ね。リッチーにそこまで侮辱されたのは初めてよ!」
この独特の世界観で妙な物言いは元風人族のイザベル……イザベルは確かお姉ちゃんだ。
じゃああっちの胸が小さいのが姉エルフで、こっちのデカ乳は妹エルフの……クリスティナだった。
そうだっけ?
頭がクラクラする。
そもそもどうしてこうなったんだっけ?
『窯胴魔の意識回復を確認。魂核、体器、変換機、全て正常作動』
意識改革?困惑?待機?変態嫌い?
ムニュ!ムニュン!
「マソラ様しっかりしてください!!」
スライムAとスライムBがものすごく近くに現れた。
スライムAとスライムBのぱふぱふ攻撃。
そうだ。
ガンガンいこうぜ。
じゅもんつかうな。
ぱふぱふでいこうぜ。
ぱふぱふつかえ。
スライムAとスライムBを仲間にしたそうにこちらが見ている……
「マソラ様!」
スライムたちは逃げ出した。
そしてよがあけた。
きのうはおたのしみでしたね…………はい!?
クリスティナ・ツヴィングリ:Lv73(元風人族の魔獣)
生命力:7800/7800 魔力:1405/3000
攻撃力:4000 防御力:3600 敏捷性:1230 幸運値:530
魔法攻撃力:1500 魔法防御力:1800 耐性:風属性
イザベル・ツヴィングリ:Lv74(元風人族の魔獣)
生命力:6800/6800 魔力:1660/4000
攻撃力:3000 防御力:3400 敏捷性:1330 幸運値:430
魔法攻撃力:1800 魔法防御力:2000 耐性:風属性
「ありがとうクリスティナ。弾力の高い温もりのせいで、危うく冒険の書から戻ってこられなくなるところだったよ」
妹の朱莉に昔、無理矢理やらされたRPGのレベル上げが脳裏に蘇り、薄れて消えていく。
「何言ってるんですか!心配してたんですよ!マソラ様いきなり倒れちゃうんだから!!」
「使ったことのない質と量の力を使ったから疲れちゃったみたい。ごめんありがとう。名残惜しいけどこれ以上膝枕をしてもらっていると、こっちをジト目で見ているイザベルに二人そろって串刺しにされちゃうからお互いもう離れようか」
クリスティナの二つのスライムに心の中で別れを告げて、俺は座りなおす。
あっ!よく見たら俺、ちゃんと服着てる!
たぶん天の声さんのおかげだ。
俺が気を失っている間にちゃんと銀の蔓を使ってもとの衣服の擬態をやってくれたんだ。
助かった。
そうじゃなかったら大変なことになっていたことは間違いない。
「充力」じゃなくて下半身の一部を「充血」させてましたなんて口が裂けても言えない。
「さてと」
ゆっくりと立ち上がり、魔獣となったドクロたちに近づいていく。
「すっかり元気そうだね」
ザッ!!
「「!」」
大丈夫。大丈夫ですよ。驚いてませんから全然。
なんかもう跪かれるの慣れてきたから全然驚いてませんよ。
「アルジ殿の転生の秘儀により、我ら一同、再びこの地に舞い戻りました」
跪いたドクロの一人が自分たちの立場みたいなのを伝えてくる。
「それはよかった。これからはもう自由だよ」
「はっ!ですが……」
口ごもる説明ドクロ 。何だろう?ん?アルジ?
「どうしたの?」
『全魔獣が窯胴魔の意志汲み取り及び窯胴魔の目的遂行を希求』
天の声ありき。……ほぇ?
何!?
なんで?
そんなの聞いてないし、知らないよ!
呪いを解いて助けたから「あとは自分たちのしたいことをしろ」ってわけにいかないの!?
『魔獣の存在理由は窯胴魔の意志遂行。故に魂核改変時に能力値の極限解放を実施。なお魔獣は能力極限解放により魔力素の減少率が大幅に増加。これは魂核の消滅まで永久継続』
なんでそぉーなるのっ!
俺のせいで人生俺に気を使いーの、燃費が悪くなりーのって、この連中にとって踏んだり蹴ったりじゃん。ひょっとしてイザベルとクリスティナもそうなのか……。
意志遂行だとか能力極限解放とか。
そんな気の毒なペナルティ、頼んでないよ。みんなを自由にしてやれないの?
天の声さーん!もしもーし!大事な質問してるのに白を切るなーっ!
「……ということでございます」
「え?あっ、ごめんなさい!考え事をしていて聞いていなかった。もう一度話してもらえるかな」
「失礼いたしました!申し訳ございません!この身がアンデッドゆえ耳障りな声であるばかりか、私自身も説明能力が低く、さらには我が主の心裡をおもんばかることもできず、誠に忸怩たる思いでございます!!」
そう叫ぶと説明ドクロだけでなく他のドクロまで額を地面にこすりつけて土下座を始める。やめてやめてやめてやめ……あ。ドクロが一個とれて落ちた。
ヘッドスカルを慌てて拾い、はめ直すアンデッド。超不気味~。
「そうじゃないよ。そんなに畏まらなくていいから。俺が悪いんだ。ちょっと考え事をしていたの。だからごめん。もう一回話して。ちゃんと聞くから」
「なんともったいなきお言葉。我らのような些末なアンデッド風情にかような心遣い。まさに神のごとき慈悲深さ!」
「先に進まないからさっさと話を聞かせてもらおうか。それと頭蓋骨にひび入ってるよ」
「申し訳ございません!お見苦しい姿をお見せいたしましたぁ!!」
アクリターク。
彼らはそう呼ばれる魔法使いの集団だったという。
「目的は?」
「ここはそもそも魔王との戦いのために建造された地下要塞です。その管制室が地下210階層にあるこちらの部屋になります」
そう言って説明ドクロは他のドクロに合図をする。彼らを守る防御結界が消える。
「くっ!」
それを待ち構えていたイザベルとクリスティナが武器を構える。
「おや~、どちら様かと思えば、〝誰でも来られる〟209階層で足止めした魔王ウェスパシアの手駒ではございませんか」
説明ドクロが今更気づいたという芝居じみた感じで、しかも皮肉交じりに二人に向かって声をかける。俺に話しかけてくる時より明らかに強気だ。
「確かご高名な風人族の血風姫イザベル・ツヴィングリ殿とクリスティナ・ツヴィングリ殿ですね。いやはや、このようなところで再び相まみえるとは恐れ入ります。申し上げるまでもないことなのですが、我らはただの魔工技師のはしくれ。お二人の力には遠く及びません。とはいえそれは生前のこと。今は至高の御方の眷属。末席の末席とはいえ、屍鬼魔王として多少なり技の冴えに自信がございます。お試しになりますか。我ら総勢四百鬼と」
すごい口上。しかも四百体のドクロが同時に睨みつけてくる。普通に怖すぎでしょ。
「なめるな!いくらキングリッチーだからってお姉ちゃんと私が一緒に本気を出せば……」
「であれば本気になる前にお一人ずつ始末するのが我らのような日陰者どもの作法」
「言い忘れたけど私達姉妹もマソラの眷属よ。しかも私に限っては特別にマソラの女」
「何言ってのお姉ちゃん!こんな時にしかもズルい!」
「はいはい。もうやめよう。仲良くできないなら俺は一人で奥に行くよ」
ザッ!!!!!
「「「「「「「「「「申し訳ございません」」」」」」」」」」
いつの間にかエルフの姉妹二人も跪いているけどもう気にしない。いいよ、好きにしてください。
「こちらが管制室でございます」
「他のキングリッチーたちは?」
「我が主に呪いを解いていただく前に居た場所に行き、機器が正常に稼働できるかどうかの確認を始めております」
「そうなんだ」
「………………」
なんだろうこの説明ドクロ。何かを期待している目だよね。
目玉はないけれど説明ドクロの眼窩の闇に浮かぶ赤いランランとした光はそう俺に訴えかけている。
「えっと、この要塞を起動するのに足りないものは何かな~?」
「ずばり魔力です!それも超!絶大な量の!主の魔力でございます!!」
「はぁ。魔力か……」
「この要塞の名はシギラリア。永久要塞の誉れにあずかるこの稀城はアーキア大陸随一の防衛力を誇るとかねてより言われております。しかしその能力を完全に引き出せるのはこの要塞の建設を命じた初代聖皇クルクリオのみだと伝えられております。ただしそれでもこの要塞の価値が落ちることはございません。魔王ウェスパシアはこのシギラリアを手に入れようとし、一方で二代目以降の聖皇はシギラリアをもう一度起動させようとしたため、両者はこの要塞の眠るシータル大砂漠で幾多の戦乱を繰り広げました。おそらくそこの風人族の二姫もその戦乱の渦中にあったのでしょう。違いますか?」
ん?
シータル大沙漠?
大森林じゃなくて?
「そうね。シータルの砂漠の中に蜃気楼を生む原因があることは知らされていた。ただそれがシギラリアという要塞であることまでは聞かされていなかった。私たちの目的はあくまで蜃気楼を消すこと」
「そしてこの地を奪還することは魔物にとっての悲願だって、魔王ウェスパシア様に私たちは言われた」
へぇ、そうだったんだ。文献にも載ってない話で知らなかった。
「ふむ。そういえば気になっていたのですが、高潔な風人族であるあなた方はどうして魔王なぞに与するのですか?」
「「………」」
イザベルとクリスティナの二人がギョロリと説明ドクロに目を剥く。
捨て身の殺意が体全身から漂い始める。
俺と同じくそれを感じたらしく、説明ドクロも「これは失礼した。失言を許されたい」とすぐに折れた。
管制室内を俺は見渡す。
テレビ石のような、冬の寒さで滝が凍り付いたような繊維状の結晶模様で壁が覆われた部屋の中央には、明らかに偉い人が座るであろうと思しき玉座がある。
……。
何かが見えると思ったら、そういうことか。
きっとそこが魔力素の注入陣ね。やれやれ。
ゆっくりと、玉座に歩いていく。
「よっこいしょっと」
どうせ「座ってみろ」って言われるだろうし、先にもう座っちゃう。
「おおっ!その席にお座りになられるとはなんと豪胆剛毅な!!まことにお似合いでございます!鬼人族に金棒!虎人族に翼!!我らが主にシギラリア!!!」
「ちょっと歩き疲れて座っただけだよ。君たちみたいに疲れ知らずってわけじゃないんだ」
目を閉じる。手すりを手のひらでそっとなぞっていく。
ヴン。
シギラリア Lv12(地下要塞)
生命力:0/0 魔力:0/999999999999999999999999999999999
攻撃力:0 防御力:99999999 敏捷性:0 幸運値:0
魔法攻撃力:1729 魔法防御力:9999999999 耐性:土属性
特殊スキル:蜃気楼
「……」
はぁ。なんちゅう規模の魔力素を必要とするのさ。
やれやれ。
注入陣におそるおそる触れてみる。
【カマドウマ】
〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕
「……」
暗闇の中。
無意識のうちに「カマドウマ」が浮かぶ。
カマドウマLv5(惨楽奉納消環者)
生命力:8/8 魔力:3/3
攻撃力:15 防御力:4 敏捷性:10 幸運値:2
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇属性
特殊スキル:鬼籍
「……」
シギラリアを起動させるかどうか、か。
別に俺の意思はそんなこと望んでない。
こんな要塞を起動させることを目的にアルビジョワ迷宮を歩いてきたわけじゃない。
「……」
誰かのため、か。
永津真天:Lv6(渦魔導魔 窯胴魔 窩惑宇間)
生命力:500/500 魔力:――
攻撃力:100 防御力:400 敏捷性:30 幸運値:30
魔法攻撃力:2000 魔法防御力:―― 耐性:――
特殊スキル:オブラティオ = ネフレンカ
お人よしだよね、俺は。
永津真天:Lv6(渦魔導魔 窯胴魔 窩惑宇間)
生命力:500/500 魔力:多層犠柩顕極旋回天
攻撃力:100 防御力:400 敏捷性:30 幸運値:30
魔法攻撃力:2000 魔法防御力:―― 耐性:――
特殊スキル:オブラティオ = ネフレンカ
ふう。
【カマドウマ】
〔〔満杯〕〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕
『魂核維持に必要な魔力素以外の魔力素及び魔柩の全消費を代償に実行可能。承諾を』
承諾する。「満杯」。
キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!!!
「シ、シギラリアが!」
壁と床の繊維状の結晶に、虹が伝わる。虹色の魔力素を伝わらせる。
「なんだ!?何が起きている!?」
「魔導機構……起動開始!!シギラリアの魔導機構の起動開始を確認!!」
魔力素の通った部屋の壁と床に文字があちこちと浮く。……カスカハル文字。サポテカ文字。オアハカ文字。
「一番機構、起動!」
「こちらもです!二番機構、起動!」「三番機構から三十九番機構までの全機構の正常動作を確認!」
浮かび上がる文字が地吹雪に舞うがごとく、吹き飛ぶ。そして一か所に集まる。
大きな、光。
これだけ大きいとみんな気づきそうなものだけれど……たぶんその様子だと、見えてないみたいだね。
で?
光文字は人の形を成して……司祭?神官?
……違うよね。あなたは、
シギラリア Lv12(地下要塞)
生命力:0/0
魔力:999999999999999939999699699911993/999999999999999999999999999999999
攻撃力:0 防御力:99999999 敏捷性:0 幸運値:0
魔法攻撃力:1729 魔法防御力:9999999999 耐性:土属性
特殊スキル:蜃気楼
初めまして。俺はナガツマソラ。
頼まれたからだけど、あなたの造ったこれ、動かすからね?
「司令官!何が起きているのですか!?」
「こちら管制室!こちら管制室!……我らの主が、無限の力をお示しになられた!!」
人型の光文字集合体が腕を前に伸ばし、広げる。
掌から光る文字がこぼれ落ちて、流れ出す。
これはたしか、神語。
文字が流れて……韻文になってる……。
八音節と七音節が俺に……流れ込んでくる。
なんだかくすぐったいよ。
…………じゃあこの城、もらうね。
シギラリア Lv12(地下要塞)
生命力:ナガツマソラ 魔力:ナガツマソラ
攻撃力:ナガツマソラ 防御力:ナガツマソラ
敏捷性:ナガツマソラ 幸運値:ナガツマソラ
魔法攻撃力:ナガツマソラ 魔法防御力:ナガツマソラ
耐性:ナガツマソラ 特殊スキル:ナガツマソラ
ここなら雨風が防げそうだから。
「司令官!シギラリア広域防衛機構に必要な魔力供給の九二%を確認」
光文字集合体が俺の目からも消える。
繊維状の結晶壁と結晶床が光るだけになる。
やれやれ。
ほんともう、スッカラカン。
荷物のない荷物持なんて、様にならない。
「あとはもう好きにしてよ」
「我が主!」
「俺はナガツマソラ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
「ではナガツマソラ殿!今一度号令を!我々にシギラリア発動の最終許可を!!」
号令とか許可とかいちいち面倒くさいなぁ、もう。
「え~と……カウダ・ヴァイ・シギラリア(シギラリアの発動を許可する)。パルミヤハン・プスタハ・トバ・ラック(永久要塞の力を存分に発揮せよ)」
「神語!?ルカでゴーサインですと!!?何という神シチュエーション!神対応!!まさにルカっております!!承知いたしましたああああああ!!」
クラッ。
「この迷宮に縛られていた者の全ての呪いと思いを解放するなんて………本当におつかれさま」
おっと。こんな俺をナイスキャッチ。
さすがイザベル。気が利くね。
「ぐすっ、ぐすっ……マソラ様~、何もかも凄すぎますよぉぉ~!!うわああああんっ!!」
ほんとに二人とも良い匂い。
二人のあふれる涙と柔肌から立ち上る、温かいユリの匂い。
「二人にわがままを言ってもいいかな。なんだかとても眠くて、すごく寒いんだ。だから抱きしめてほしい……なんちゃって」
あら。
二人と一緒に床にゴロりん。
ギュウッ。
ああ……これがほんとの天使の抱き枕か。硬くて冷たいんですけど。
あの二人ともさ、防具が体に当たって痛いよ……でもまあいいか。
誰かの役に立てて感謝されて……クタクタなのにこんなうれしいの。
生まれて初めてかもしれないから。
lUNAE LUMEN
corruptio