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みそびっちょ じょけじょけ  作者: 雨野 鉱
3/31

第一部 公現祭篇 その三

ぼくの血は流れ続けることを欲しない。それはまったく頑固です。

                          フランツ・カフカ

挿絵(By みてみん)


3 火児


「こんにちは。今日も始まりました、マソラのボッチクッキングのコーナーです。本日はアルビジョワスタジオ地下140階からお届けいたします」

 食う時に~名をば忘れよマソラダケ~あっそーれ!

「はい。今日はですね、何といってもアルビジョワ迷宮の特産品であるキノコを使った鍋料理をご紹介したいと思います。こちらのアルビジョワ迷宮では階層に応じて様々なキノコが生えていることは、三日ほど前からお伝えしてきたとおりです」

 その名をば~忘れて食べよ~マソラダケ~あっそーれ!

「ナラタケ、マイタケ、ウニベニホテイシメジ、ハナイグチ、ブナシメジ、コウタケ、ムキタケ、ヌメリスギタケ、オオモミタケ、ヤマドリタケ、マジックマッシュルームなどがございました」

 見てみれば~毒ありそうな、マソラダケ~あぁよいしょ!

「それで本日は、125階層から139階層までの間に収穫できたキノコを使った鍋をご紹介します。材料はナメコ、スギヒラタケ、クリタケ、ヌメリキヌガサ、ホウキタケでございます。調味料はエリクサー……の空瓶に保存しておいた手前味噌(みそ)です」

 こわごわと~食べてみる皿のマソラダケ~!

「こちらの空瓶は一本につき銀貨一枚もする本当に貴重な代物で、番組をご覧になっている皆様に本日もこっそりお教えいたしますが、実は私、先日モンスターハウスで魔物に食われて死亡いたしまして、その後復活する際に、亜空間の中身がほとんど空っぽになってしまったんですね」

 食ってみりゃ~なるほどうまい~マソラダケ~あやった!

「ところがこのエリクサーの瓶だけはちゃんと亜空間に残っておりました。つまり魔法耐性があって頑丈!料理人(シェフ)は死なせても調味料(シーズニング)は死なせないほど、とおっても頑丈なんです!いやなんというのでしょう。持つべきものは面倒な召喚者八人ではなくて調味料を入れたエリクサーの瓶ということがしみじみと実感できました」

 マソラダケ~食ってみんなに冷やかされ~ひどいーよ!

「ということで天然水、それから調味料の〝砂塩酢醤噌(さしすせそ)〟が入っているエリクサーの瓶はそれぞれこうして並べておいて、さっそく具材を切り分けて鍋に入れていきたいと思います。こちらに用意したお鍋は100階層で拾いました黄昏角笛(ギャラルホルン)ラグナロクですね。()え付けが悪いことが難点ですが、別名巨人酒杯(ヘイムダル)というだけあって、煮炊きには十分耐えられる代物なので私は大変重宝しております」

 ショウカンシャ~誰も嫌だとマソラダケ~あぁそうかい!

「ではキノコを切っていきたいと思います。まずはナメコです。アルビジョワ産のナメコは形が大きく、幼馴染(おさななじみ)の唇のようにしっとり濡れているので大変食べ応えがありますが、このままだと大きすぎるので、少なくとも半分に切る必要があります」

 嫌ならば~俺一人で食うマソラダケ~!

「そこでですね、番組後半でもう一度商品の紹介をさせていただきますが、こちらのドラゴンスレイヤーとドラゴンシールドを使っていきます。どちらも90階層にあったもので、私のステータス画面には竜殺剣ネイリングと竜装甲ジークフリートと表示されております」

 勇敢に~食っては見たが~マソラダケ~……

「ネイリングの方は大変切れ味のよろしい包丁で、試し切りにと岩に刃を当ててみましたが、見事に一撃で切ることができました。しかも刃こぼれなし!それで、ジークフリートはそのネイリングの刃が通らないほど強固な俎板(まないた)でございます。しかもどちらも軽くて使い勝手がいいんです!ですのでナメコはこのように簡単に切り分けることができてしまうんです……」

 一人賑やかにキノコ鍋を堪能した後、後片付けをして再び俺は迷宮アルビジョワを歩き出す。キノコ、ほっぺが落ちそうなくらい美味しかった。魔味だね、これは。

「うつくしや、あらうつくしや、毒きのこ、それにつけても、ボッチだ俺は」

 迷宮を四日以上フルチンで歩きながら思う。

 裸族も慣れれば結構解放感があって悪くないと。

「でもいきなり誰かが現れたら公然わいせつ罪で訴えられるもしれないから……」

 アルビジョワ迷宮地下148階。

 ここまで来て俺はとうとう銀翼、というか銀の蔓を自在に動かすことができるようになる。しかも銀の蔓は擬態までできる。素っ裸の天使みたいな恰好からあっという間に平民服をまとった農家の小倅(こせがれ)に変身する。革のブーツ、パンツ、シャツ、ベルト……しかも色まで忠実に再現できている。背中の翼も大事なところも隠せる。まあ、スッポンポンの解放感は捨てがたいんだけどなぁ……。

「また何か落ちてる……今度はどれどれ。品のないこの色……黄金かな……黄金剣コラーダと狼滅剣ティソーンっていうのか。ジャガイモの皮むきと蕎麦(そば)切り包丁に使おう」

 銀の触手で魔物を吸収した。その時、魔物の体は魔力素というものに変わったけれど、彼らの持つ記憶のようなものは俺の頭の中に宿ったらしい。そのおかげで彼らの知識も多少手に入る。というわけでこの迷宮内にある武具アイテムについてはそれで、鑑定スキルがなくても価値がわかる。もっとも分かったところで俺にはほとんどの武具をまともに扱えない。武具レベルとかいう制限がそれぞれの武器にはあって、その制限に達していなければ武器や防具のもつ効果を発揮できないとか。だからあとで武具屋に売ってお金にするつもりだ。そのお金で好きな台所用具を買ったり、好きなところに旅をしたり、好きなところに住み着いたりしたい。50階層くらいまで降り進んで、そんな答えを俺は得た。

「ここは広いな。じゃあ、ちょっと試してみよう」

 図書館で唯一見た魔導書に書かれていた「ファイア」の準備に入る。

 確かこの異世界に召喚された際、能力測定のようなものをやらされて、俺は土属性とか言われた。普通、自分の属性系統以外の魔法は使用できない。けれど銀の蔓、というより触手による魔物の捕食は、その「属性」も増やしてくれた。火、水、土、風、光、闇……理論的にはだから、俺は全属性の魔法が使えることになる。

 けれど知識が足りない。

 魔物たちは魔法に関する知識を持っていない。そして俺もまた、魔法なんてどうせ使えないんだからと、魔導書は全然目を通していない。唯一見たのが火属性の魔導書のみ。火属性の魔法が使える竹越に「棚に戻しとけ」と言われて図書館の入口で渡されたのを、たまたま開いて見ただけ。

 その火属性魔法の初歩に位置付けられている「ファイア」を試す。叙事詩を壊してバラバラに切り分けたような呪文を思い出しながら唱える。

 哀れに燃えろ。武士(もののふ)の弓矢のごとく、哀れにも……哀れに燃えろ。小男鹿(さおじか)の戦笛のごとく、哀れにも……哀れに燃えろ。嵐の空の雲のごとく、哀れにも……哀れに燃えろ。(はん)(さい)に供わる()つの姉妹のごとく、哀れにも。

「うっ!」

 攻撃魔法発動の基本動作を知らないせいか、発動のたびに作用・反作用の法則で、俺は後ろに吹き飛ぶ。

 攻撃魔法の使い手はこういう時、どうしているんだろう。

 聞きたいけれど聞く相手が今はいない。

 魔法が使えるような魔物ももうほとんど迷宮には見当たらない。たまに遭遇するのは宝箱に隠れているような待ち伏せ型の魔物くらいだ。あっ、宝箱の魔物と言えば……

「そういえばあのスライム、どうしているだろう」

 迷宮の中心で一人つぶやく。

 ヴァルキリースライム。

 考えてみればすごいレベルだった。確かステータス表示には、「ヴァルキリースライムLv49」とかあった。それに比べて俺は「永津真天Lv6」。死ぬ前はLv5。死んだらレベルが1あがったとか、笑うしかない。

 その強いヴァルキリースライムはとても気の利く奴で、地下21階層より上の層の魔物をすべて一匹でやっつけてしまった。隠し部屋も含めてすべての部屋の魔物を抹殺して、竹越ら八人の召喚者が無事に迷宮を抜け出すのを手助けした。

 それだけじゃない。

 外に一足先に出て、まだ自分たちの村に戻っていなかった元捕虜の森の部族十六人に何かをした。また形を変えて、素っ裸に翼の生えた俺の姿になって身振り手振りで彼らに何か説明していた感じだった。そのおかげかどうかはわからないけれど、迷宮入り口でヘロヘロになっていた八人はたぶん殺されずに済んだようだ。吹き矢を食らってたけど。

「あとは知らない。もう赤の他人だものっと…………ファイアッ!」

 ボワンッ!!

 詠唱を素早く口の中で済ませ前に伸ばした手から炎を噴射した途端、やはり後ろに吹っ飛んで転がる。

「くっそ~」

 服を偽装する銀の蔓の一部を使い、起き上がる。……待てよ、そっか。

 ズドズドンッ!!

 銀の蔓四本を地面に突き刺す。

「………ファイアッ!」

 反動はあるけれど、銀の蔓で踏ん張れたおかげで後ろに吹き飛ばずに済む。

「よし。……ファイアッ!……ファイアッ!……ファイアッ!」

 ボワボワボワボワンッ!!

 連続で発動してみる。いけるいける。悪くない。

「ファイア………ファイア……ファイア……ファイア…………ああもう面倒くさい!」

 面倒すぎる詠唱をやめる。

 火属性魔法の魔導書に書かれていた文字を写真としてもう一度思い浮かべる。

 哀れに燃えろ。武士(もののふ)の弓矢のごとく、哀れにも。      

 哀れに燃えろ。小男鹿(さおじか)の戦笛のごとく、哀れにも。     

 哀れに燃えろ。嵐の空の雲のごとく、哀れにも。      

 哀れに燃えろ。(はん)(さい)に供わる()つの姉妹のごとく、哀れにも。

「…………あれ」

 哀れに燃えろ。武士(もののふ)の弓矢のごとく、哀れにも。 ………それに しても。

 哀れに燃えろ。小男鹿(さおじか)の戦笛のごとく、哀れにも。………呪   文って。

 哀れに燃えろ。嵐の空の雲のごとく、哀れにも。 ………肉の解  体に。

 哀れに燃えろ。(はん)(さい)に供わる()つの姉妹のごとく哀れにも。………似て いる。

「………」

 バラバラに解体できるのなら、元にだって戻せるはず。

 ……。

 ………。

 上がる戦火。勇む父は兵を率いて弓を引く。若き兵は戦笛を吹きならし、いざ敵を迎え撃つ。嵐の空の雲のごとく風は鳴り響く。哀れな戦禍。捕虜となった六人の姉妹は戦場に散った父を追うかのごとく、業火に投げ込まれる。誰も彼もが(はん)(さい)の生贄……。

「………」

「ファイア」という思念体系と俺自身を一体化する。もう、詠唱は入らないはず。

 手を前に……

 ドムンッ!!!

 炎が手から飛び出す。それはキノコみたいにたくさん生えた白い結晶鉱石の一つに着弾し、鉱石を燃え上がらせる。

「よし。じゃあ本当に連続でいこうか」

 ドバババババババババババババッ!!!!!

「うん」

 結晶鉱石を砕きつつ、赤々と燃やしていく。

 悪くない。12.7mm重機関銃(ヘビーマシンガン)みたいになってきた。でもどんな相手がちょっかい出してくるかこの先分からないから、ゆくゆくはもう少し実効性圧力を高められるといいな。めざせ40mm擲弾銃(グレネードガン)

「と、それは置いておいて……」

 両手を前にして「ファイア」の連続発動をしながらふと思う。これ、前に現れた相手に対しては有効かもしれないけれど、後ろとか横から出てきた場合はだめだ。

「困ったね……いやいや、別に困らないか」

 頭、腕の付け根、肘、腹、背中、膝。そこから「ファイア」を放てばいいだけだ。そうすれば全方位カバーできる。ああ、下から攻撃されたら困るから股間も……はちょっと恥ずかしい。となると、足の裏とか?あとは「ファイア」を出した時に骨と筋肉が作用・反作用に耐えられるかどうか……銀の蔓で補強するしかないか。銀の蔓を毛細血管レベルまで解して最初から全身に走らせておけばいいかも。できるかな?まあやってみよう。

 一度「ファイア」を止める。体を支えている銀の蔓を消す。体内を線維化した蔓で満たす。

「うん。あとはぶっ放す。……たぶん、うまくいく」

 集中する。頭頂部、両手の平、両腕の付け根、両肘、腹、背中、両膝の後ろ、両足の裏。合計十三か所から火球を高速連射するイメージを結ぶ。

 ドババババババババババババババババババババババババババババババババッ!!!

 一面火の海。少し統一性がないけれど、発射に成功する。これで全方位攻撃は行える。

 とはいえ、これじゃどこにも逃げられない。

 ただでさえトロくて弱い俺が逃げ足まで失って動けないんじゃ話にならない。

「そうだ。……ロケット」

 高速噴射している「ファイア」のうち、頭頂部と足の裏と腹と両手の平の炎を消す。途端に俺の体は前に吹き飛ぶ。

「うっ!」

 壁に激突する寸前で背中と膝後ろの「ファイア」を停止。逆に腹と前に伸ばした手の平から「ファイア」を放つ。

 ゴオオオオオオオオッ!!!ドゴンッ!!

 壁に、床に、激突する。

 ゴオオオオオオオオオオオオオッ!!ドゴドゴンッ!!

 壁も床も穴だらけになる。

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!

「よし……」

 全身砂と煤まみれになりながら、俺は早く移動する方法を覚える。

「「ファイア」みたいに何か名前があった方が便利かな。じゃあ……火車(かしゃ)。はい決定」

 そんなことをしているうちに、俺は後ろから近づいてくる魔物の気配に気づく。

 燃え盛る煉獄(プルガトリオ)の炎の中心で、俺は振り返る。

「やあ、久しぶりだね」

 ヴァルキリースライムだ。こんなところまで来たのか。

「この間はありがとう。いい仕事をしてくれて助かったよ。お礼に何か君にあげられるものがあればいいんだけれど……ああそっか」

 俺は収納魔法からドロップアイテムを適当に取り出す。

「どれでも好きなものを持って行って。これくらいしかしてあげられないから」

 ヴァルキリースライムはしばらくドロップアイテムを眺めるようなそぶりをしていたけれど、結局どれも選ばなかった。スライムには武器や魔道具なんて必要ないのかもしれない。

「困ったな。もしかして食べ物がいいのかな?その辺に生えているヤマドリダケは……燃やしちゃった。外に出れば焼いたバナナとかおツユたっぷりのパイナップルをご馳走できると思うんだけど。とにかく何かお礼をしないと、だよね」

 取り出しておいた剣を握る。名前は狼滅剣ティソーン。

「ん?」

 剣を握って意識を剣に向けた瞬間、目の前に不思議なアイコンが登場する。


【カマドウマ】

 〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕


「なんだろうこれ」

 アイコンの周りを見ても説明がない。「カマドウマ」と書いてあるってことは、封印されし言葉が関係する力なんだろう。だから説明がないのかな。

「仕方ない。実験してみようか」

 狼滅剣ティソーンを握ったまま「満杯」と書いてあるアイコンを選ぶ。


【カマドウマ】

 〔〔満杯〕〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕


 ドクン。

 強い心臓の高鳴りを覚える。同時に、剣が青白く光り出す。何かゲージみたいなのが目の中に出てきた……すごい一気にゲージが満たされていく。

「あ、待って!」

 近くにいたヴァルキリースライムが慌てて逃げていく。どうしたんだろ……

 ガシャンッ!!!

「うわっ!」

 狼滅剣ティソーンが粉々に粉砕する。なんで?

『満杯。器に魔力素を注ぎ込むことで魔力回復を実行』

 この声は天の声さんですね。なるほどなるほど……で、器って何?というかやる前に教えてよ。それと、剣が魔力回復なんてするの?ただ壊れただけだよ?もったいない。それなりの値段で売れそうだったのに。エリクサーの空瓶がきっと五本は買えた。あ、周囲の火が消えてる。焼けたヤマドリタケのいい匂いがする。

『器以上の魔力素を注ぎこむことで器は崩壊。この状態を死と定義』

「へぇ……そうなんだ」

 器に魔力素を注ぎ込む、か。それは動物とか魔物にもできるの?……無視。天の声さんは気まぐれなんですね。

「スライム君、壊されちゃうと思ってどこかにいなくなっちゃったかな。やれやれ」

 出していたアイテムを収納魔法で一度しまい、俺は下層への移動を再開する。まあ、縁があればまたあのヴァルキリースライムとも会えるだろう。その時は、

「魔力回復とかしてあげられればいいんだけどなぁ」

 歩きつつ、亜空間から適当にアイテムを一つ取り出す。「満杯」の練習を始める。器ぴったりの量に魔力素とかいうのを注ぎ込めれば、きっとスライムも喜んでくれるだろう。


 アルビジョワ迷宮地下209階層。

 確かマリク枢機卿の話だと全部で210階層まで。

「思えば深く降りてきたもんだ」

 この階層と最下層だけ、なぜか見通せない。209階層はぼんやりとは分かる。210階層にいたっては何一つわからない。そもそもどうして見通せたのかがよくわからないけど、わからないのはわからないので、どうにも不安だ。

「魔物の記憶が関係しているのかな?だとしたらここはあまり魔物が最初からいないってことかもしれないね」

 ボッチ時間が長すぎて独り言が炸裂する。しかもついつい生まれたばかりの姿に戻っている。銀の翼を生やしたフルチンが独り言をぶつぶつ言いつつ全身から炎をロケット噴射して移動している……もうどこに出しても恥ずかしくないケダモノだね、俺。

「でも用心しないと。変態だって通報されるかもしれない。だからへ~んしん」

 気を引き締めて、普通の人間をよそおう。どこに人や魔物の目があるかわからない。翼なし。服あり。炎なし。肌の色つやもとりあえず人間族っぽくした。ウォーターサファイアみたいな瞳の青い色だけどうにもならないけれど、もう仕方ない。この異世界に中二病なんて概念はない……と信じたい。

「何もない。アイテムすら落ちてないよ」

 岩塩でできた大きな扉を開く。開けてすぐのところ、少女の石像二つががれきに埋もれて倒れている。中を進むと、広い部屋の中央には巨大な石像がある。と思ったら石像ではなく何らかの金属と鉱石でできた人形だ。金属の表面にはコケのようなものがびっしりと生えている。どうやらこの人形は長い間動いていないらしい。

「君は、ずっとここにいるんだね」

 巨大な金属人形に語り掛けるのをやめ、ゆっくり歩きだす。周囲をよく観察する。

 部屋全体が、時が止まったような感じ。

 大昔に何か激しい戦いが起きて、そのあとはずっとそのまま、時が止まってしまったような感じ。モンスターハウスのあった21階層の時と同じで、そこら中に武器や防具が散らばっている。けれどどれもこれも風化がひどい。骨のかけらのようなものが少し見られるけれど、ほとんどは原型をとどめていない。壁も扉も床も天井も、全体的に白っぽい、漂白されたような部屋。

 そしてその奥に、最下層に続く階段がある。

「…………」

 階段まであと八メートルくらいのところで立ち止まる。階段に背を向けて振り返り、部屋の中央にある巨大な金属人形を見る。

「何の意味もなく、そんなところに君が在るわけないよね」


「「あたりまえでしょ」」


 俺のすぐ傍で上がる二つの声。体を動かさず、視線だけを部屋の入口に向ける。倒れていた少女の石像二つはすでにない。

「動くな」

 俺の首に短剣(ダガー)の刃先があたっている。そのダガーを握るのは……耳が長いな、この子。そしてかなりの美人。晴音とどっちがかわいいだろう。……晴音はもういないから関係ない。それにしてもこんな生き生きとしたユリの花の匂いは初めて。上品なのに、力強く歌っているみたいな香り。どうやって匂いを隠していたの?

「しゃべって構わないかな?」

「質問は許さない」

 心臓付近には刺突武器(フルーレ)の先端があたっている。フルーレを握っているこっちもきれいだ。っていうか、二人とも顔立ちがそっくりだ。髪型は違うけれど、双子かな。……双子か。一卵性双生児なら幸せだろうね。朱莉はもういないから、これまた関係ない。まったく。

「ほかに仲間は?」

「いないよ。最初からずっと」

「一人でここまでたどり着いたというの?」

「うん」

「……クリスティナ、どう?」

「絶対、嘘ついてる。こいつ、レベルが6しかない。魔力も魔法抵抗力もないただの人間族」

「君たちは風人族(エルフ)?」

 首と胸にあたる刃物の圧が増す。

「次、質問をしたら殺す」

「ごめんなさい」

「仲間はどこにいる?」

 困った。ボッチにこの質問は拷問(ごうもん)だ。……スライム君。少しの間友達になってね。

「この部屋にはたぶんいないよ。だけど俺の友達は上層と下層を自由に行き来して、あらゆる隠し部屋を見つけることができる。レベルは確か49。即死魔法も使えるらしい」

「まるでヴァルキリースライムね」

「……そうですね」

「そのヴァルキリースライムみたいな仲間にこんなところに置いて行かれたってことかしら?」

「そんな感じです。見ての通りレベルが低くて使い物にならないから」

「じゃあどうしてお前をそもそもこんなところまで連れてきたの?」

「餌ですよ」

「餌?」

「俺はあなた方みたいな伏兵をいぶりだすための餌です」

「ちっ……お姉ちゃん。追手が来る前にこいつもう殺していい?」

「待ちなさい。最後に一つ聞かせて。あなたは誰の(めい)でここまで来たの?魔王?それとも聖皇?」

「話せば長いけれど、要約すると聖皇に命じられて来ました」

 スパンッ!!!!!

 首と心臓にほぼ同じタイミングで刃が侵入する。長時間同じ場所に刃を当ててくれていたおかげで鈍間(のろま)の俺でも準備くらいはできる。首の中に銀の蔓を大量に通して補強。心臓の位置はずらしておける。

 ブシュアッ!!!

 短剣エルフの薙いだ刃は俺の首を裂けず、けれど俺の左腕を切断する。構わずにこちらは「火車」を発動。ロケット噴射でフルーレの乱れ突きとダガーの舞いから脱出する。

 ゴオオオオオオオオオオッ!!!

「うわ~……レベルが73と74。すごい」

 俺は双子のレベルを確認する。あ、他のステータスも見られる。すごい。名前以外は確認できる。……でも見ない方がいいな、これ。


 ???:Lv74(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:6800/6800 魔力:4000/4000

 攻撃力:3000 防御力:3400 敏捷性:1330 幸運値:430  

 魔法攻撃力:1800 魔法防御力:2000 耐性:風属性

 特殊スキル:???


 ???:Lv73(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:7800/7800 魔力:3000/3000

 攻撃力:4000 防御力:3600 敏捷性:1230 幸運値:530  

 魔法攻撃力:1500 魔法防御力:1800 耐性:風属性

 特殊スキル:???


「こいつ、致命傷の一撃をどうやって!?」

「逃がさない。追うわよ」

 困った。翻って自分のステータスを改めてみてみる。


 永津真天:Lv6(カマドウマ)

 生命力:430/500 魔力:――

 攻撃力:100 防御力:400 敏捷性:30 幸運値:30  

 魔法攻撃力:2000 魔法防御力:―― 耐性:――

 特殊スキル:オブラティオ = ネフレンカ


 魔法属性表示に「カマドウマ」はないでしょう。これじゃバッタ目カマドウマ科の昆虫の一種みたいだし……まあ、それでいいと思ったから「封印されし言葉」にカマドウマと入力したわけだけど。

 とにかく二人のエルフと渡り合えそうなのが魔法攻撃力ぐらいしかない。泣けてくるね。

「次は仕留める!」

「火車」

 体の各所から「ファイア」を連続発動してフルーレエルフの容赦ない刺突から逃げる。

 ブオンッ!!!

「うわっ!」

 短剣を握っていたはずのエルフ……「お姉ちゃん」ってフルーレの方を呼んだから妹かな……その妹エルフの手には彼女の身長の二倍くらいある巨大な戦斧(バトルアックス)が握られている。まともに斧身を叩きこまれたらひとたまりもないよ、それ。

 速いフルーレ。重いバトルアックス。そしてレベル差は67でこっちはボッチ。

 ボッチっていうのが一番泣けてくるね。

(あられ)()

 ボッボッボッボッボッボッボッボッ!!!!!!!

「「!?」」

 発射するのにだいぶ慣れてきたヘビーマシンガンを見舞う。その威力は……やっぱり大したことないかな。レベル差が六十以上あるんじゃダメージはたいして与えられないよね。

 グジョ。

 もっとも、身構えることができれば、の話だけど。

 ボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッ!!!!!!!!

「お姉ちゃん!さっき切り落とした腕が!」

「遠隔魔法!?」

 二対一だと分かった時点から、体の一部を切り離す予定は立てていた。そして結果的にそれは左腕になった。つまりボッチ左腕の誕生。


 永津真天の腕:Lv6(ボッチッチ)

 生命力:30/30 魔力:???????????????????????????????

 攻撃力:100 防御力:400 敏捷性:30 幸運値:30  

 魔法攻撃力:2000 魔法防御力:―― 耐性:――

 特殊スキル:憐れに燃えろ


 ボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッ!!!!!!!!

 そのボッチ左腕が今、銀の蔓を地面に伸ばして〝体〟を固定し、手のひらから「ファイア」を放ち続ける。これで二人の動きを牽制できる。

 ボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッ!!!!!!!!

「火球の一撃一撃が、こんなにも重い……」

 エルフはすごいね。防御魔法みたいなものまで心得ているんだ。短期決戦なら携行対戦車弾(パンツァーファウスト)レベルまで「ファイア」の火力と威力を高めないと勝てないかもしれない。短期決戦ならね。

「お姉ちゃん、私があの腕を()る!」

 やってごらん。そいつは俺より(まと)として小さいし、それに俺よりすばしっこいよ。

 ズビュッ!ボオオオオオオオッ!!!

 銀の蔓を地面から引き抜いて固定を解除した俺のボッチ左腕は、手のひらから「ファイア」を高速で連続発射してロケットのように逃げる。で、俺は俺で……

炎蛇(えんじゃ)

 姉エルフのフルーレ攻撃を「火車」で逃げつつ、キスできるほど姉エルフの顔面が俺に近づいたタイミングで自分の顎を外し、口を大きく開く。

 キィィィィィィ……

「霰火」よりも超高速発動の「ファイア」はついに一つにつながり、ふいご役の肺から大量の酸素を供給され、火炎放射となる。

 ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアア――ッ!!

「くああああっ!!!」

 武器を持った相手とはいえ、年頃の女子の顔面をバーナーで焼くのは、ちょっと胸が痛む。


 ???:Lv74(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:4999/6800 魔力:3066/4000

 攻撃力:3000 防御力:3400 敏捷性:1330 幸運値:430  

 魔法攻撃力:1800 魔法防御力:2000 耐性:風属性

 特殊スキル:???


「お姉ちゃん!お前!ぶっ殺してやる!!」

 大斧を握る妹エルフが目じりを吊り上げ、こめかみに青筋を浮き立たせてこっちに走ってくる。大切な姉の顔がバーベキューされたらそりゃ、怒るに決まってる。

 ボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッ!!!!!!!!

「邪魔すんなっ!」

 けれど俺のボッチ左腕が斧エルフの自由を許さない。


 永津真天の腕:Lv6(ボッチッチ)

 生命力:30/30 魔力:???????????????????????????????

 攻撃力:100 防御力:400 敏捷性:30 幸運値:30  

 魔法攻撃力:2000 魔法防御力:―― 耐性:――

 特殊スキル:憐れに燃えろ


 ???:Lv73(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:7119/7800 魔力:2100/3000

 攻撃力:4000 防御力:3600 敏捷性:1230 幸運値:530  

 魔法攻撃力:1500 魔法防御力:1800 耐性:風属性

 特殊スキル:???


 ご苦労様、左腕ボッチ。弾幕を引き続きよろしく。その間に俺は「炎蛇」の熱反射で破裂した眼球一つを即時再生して、

 ガコン。ムチュムチュムチュムチュムチュムチュッ!

 顎を戻す。同時に、失った左腕の切断面の細胞分裂を加速させて細胞塊をつくる。それを右手でちぎり、顔面をこんがり焼いた姉エルフの方へ俺は投げる。

()土産(みやげ)

 ドボオオオンッ!!!

「うあああああああああああああっ!!!!!」


 ???:Lv74(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:3205/6800 魔力:3063/4000

 攻撃力:3000 防御力:3400 敏捷性:1330 幸運値:430  

 魔法攻撃力:1800 魔法防御力:2000 耐性:風属性

 特殊スキル:???


 魔力がある限り細胞塊が「ファイア」を発動し続ける半永久焼夷弾(ファイアグレネード)の贈り物に姉エルフのさらなる悲鳴が上がる。その悲鳴を餌に、妹エルフは俺の左腕の被弾もおそれずとうとう姉エルフを助けるべく走る。

「死ねええっ!!」

「世界は舞台。人生は花道」

 斧エルフに対し、俺とボッチ左腕が二か所から「(あられ)()」の集中砲火(ファーストストライク)を贈る。できたてほやほやの眼球にはまぶしいね。

「君は登場し、見て、そして退場する」

 ボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッ!!!!!!!!

 白い世界が赤く燃え上がる。きれいだ。

「これくらいでいいかな」

 部屋全体が灼熱色になったところでストップする。

「すごい。バナナみたいに焼いたはずなのに死なないんですね」

「「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」」


 ???:Lv74(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:1553/6800 魔力:2063/4000

 攻撃力:3000 防御力:3400 敏捷性:1330 幸運値:430  

 魔法攻撃力:1800 魔法防御力:2000 耐性:風属性

 特殊スキル:???


 ???:Lv73(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:2830/7800 魔力:1260/3000

 攻撃力:4000 防御力:3600 敏捷性:1230 幸運値:530  

 魔法攻撃力:1500 魔法防御力:1800 耐性:風属性

 特殊スキル:???


 身に着けている防具や衣類はすでにボロボロで目のやり場に困るけれど、エルフ二人の肉体の方は完全に再生している。回復魔法を使ったのかな?……あれ?


 ???:Lv74(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:1999/6800 魔力:2777/4000

 攻撃力:3000 防御力:3400 敏捷性:1330 幸運値:430  

 魔法攻撃力:1800 魔法防御力:2000 耐性:風属性

 特殊スキル:???


 ???:Lv73(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:3000/7800 魔力:1532/3000

 攻撃力:4000 防御力:3600 敏捷性:1230 幸運値:530  

 魔法攻撃力:1500 魔法防御力:1800 耐性:風属性

 特殊スキル:???


 体力と魔力のゲージが徐々に回復していってる。なんで?

「お姉ちゃん。こいつ、化け物だよ」

「……そうね。認めるわ」

 無限に再生するなんてことがあるの?そんなのまるで…………ああ、呪詛(じゅそ)の類か。

「お姉ちゃん。あれでトドメさそう」

「ダメよ。あれは切り札。まだ今のままでやれるわ」

 俺は武器を構えなおす二人を凝視する。


【カマドウマ】

 〔満杯〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕


「集え。海と地を渡る風の剣……ムーラン・アポワーブル!」

 フルーレの剣筋が増える。でもそれ、空気の密度をいじった幻影でしょう?分からないかな。風の魔法は火の魔法と相性が悪すぎるんだよ。逃げるついでに火で空気を巻き上げてあげる。

 ボオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

「な!?」

 ほら消えた。

「くっ、ちょこまかとっ!」

 さて「カマドウマ」のどれを選ぶか。

「呪解」とかいうのを選べばこの女の子たちの呪いは解けるかもしれない。でも使ったことがないからわからないな。死んじゃったらどうしよう?

「辿れ。丘と谷を往く雲の息吹……アイヨリ・ポワソン!!」

 空気の粘性を変化させている。捕まえてあとは斧で潰す気だね。左腕。気を付けて。ねずみ花火の要領で攻撃しつつ逃げ切れ。

 ボッボッボッボッボッボッ!!

「こんのぉっ!キショイから腕だけで動くな!!」

 とりあえず「呪解」を選択……何も起こらないよ。どうして?

『呪解の発動条件は対象者に術者が接触していること』

 それはどうもありがとう。できればもう少し早く教えてね。天の声さん。

 超高速のフルーレと超重量級の斧が縦横無尽に部屋の空気を斬る。部屋を明るくはできても二人に触ることなんて俺にはまず無理だ。

 少しの間でいいから動きを止められないか………あ。

 あるじゃないか。使えそうなのが。

 ボオオオオオ……グチャ。

「「!」」

 呼び戻したボッチ左腕をくっつけた俺は両手で巨大な金属人形に触れる。


【カマドウマ】

 〔〔満杯〕〕〔流転〕〔呪解〕〔充力〕


 既に凝視して出現させていた選択肢の中から「満杯」を選ぶ。金属人形という〝器〟に魔力素を注入していく。……ゲージの伸びが結構ゆっくりだな。じゃあ、遠慮はいらないか。

 バシイイイイイイイイイッ!!!!!!

 キュイイイイイ……

「さ、久しぶりにお仕事だよ。人形君」

 部屋全体に青い閃光が走る。地響きが起きる。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

「お姉ちゃん!!ギガントマキナが!!」

「起動!?そんなこと誰にもできるはずない!そんな桁違いの魔力を持っている奴なんているはず……聖皇!?お前はもしかして、聖皇なの!?」

 さてさて、そろそろ締めに入ろう。ちょっと恥ずかしいけれど、お披露目といきますかね。

「答えなさいバケモノ!!!」

「え?」

「お前は何者なの!?」

 不思議な問い。根源的な問い。大切な問い。

「俺はナガツマソラ。それ以上でもそれ以下でもないよ。……さて人形君」


 ギガントマキナ:Lv88(要塞警護型機械兵)

 生命力:0/100000 魔力:0/20000

 攻撃力:50000 防御力:200000 敏捷性:50 幸運値:0  

 魔法攻撃力:15000 魔法防御力:70000 耐性:土属性

 特殊スキル:なし


「クリスティナ!ギガントマキナのレベルは!?」

「88!そんな……前よりも上がってる」

「ありえない!…………ナガツマソラ。お前は一体何をした!?」

 ありえない?俺がしたことが?それとも俺が?

「人形君。お願い」

 うふふ。……俺もそう思う。


「ぶち殺せ。出来損ないの双子姉妹(クロスウィンド)を」


 ウィンドブレイカー:Lv88(要塞警護型機械兵)

 生命力:100000/100000 魔力:20000/20000

 攻撃力:50000 防御力:200000 敏捷性:50 幸運値:0  

 魔法攻撃力:15000 魔法防御力:70000 耐性:土属性

 特殊スキル:エルフチッパー


 合図で、金属人形(ギガントマキナ)が地響きを立てて動き出す。

 ドゴンッ!ドゴンッ!ドゴンッ!………ボッ!!!!

 最初鈍重に見えた人形は一瞬にして姿を消す。次の瞬間には姉妹のエルフと切り結んでいる。すっごい。アニメや漫画みたいな強烈な剣戟だ。絶対に真似できない。真似するつもりもないけど。

火達磨(ひだるま)

 メラメラメラ……

 俺はそんな人形やエルフの二人みたいなアタッカーにはまったくもって向かない。俺はせいぜいカウンターを狙うくらいしかできない。地味に、でも確実に致命傷を与えるカウンターにしか、俺はなれそうにない。

「クリスティナ!あの化け物を先に仕留めて!………シュヴァリエ・デュタストバン!!」

「お、お姉ちゃん、無理だよ。あれ……無理」

「?……!?」

 二兆二千四百億個の細胞に号令をかける。「ファイア」を組織片レベルではなく細胞レベルで発動させる。

「煙が出ればすぐ後は炎」


 #永津真天:Lv6ww(渦魔導魔(アルス・マグナ) 窯胴魔(マグヌス・オプス) 窩惑宇間(プリマ・マテリア)

 生命力:501/499 魔力:――

 攻撃力:100? 防御力:400! 敏捷性:$30 幸運値:30*30  

 魔法攻撃力:9999999 魔法防御力:―― 耐性:――

 特殊スキル:命食典儀(オブラティオ)魔蛆生贄(ネフレンカ)


 魔力をちょっと多めに使うけれど、これは結構景気が良くて映える技だと個人的に思う。見た感じ、太陽みたいになれる。室内温度も80℃か、あったかくなってきたね。

「煙でものは燃えないが、炎は全てを焼き尽くす」

 そう、核融合で光る太陽を()ねて無理やり人型にしたような姿。それはまるで火だるま。

「危険を取り除くのに時を失うなっていう意味だけど、もう遅いね」

 見る者によって俺の今の姿はきっと禍々(まがまが)しく映る。たとえばそれは……

「イ、イフリート………隕炎の星獣!」

 おとぎ話の悪夢。おとぎ話という悪夢。

「俺は君たちの望みを全て焼いてあげる。破滅の時は近いよ」

 赤い悪夢。熱い悪夢。痛い悪夢。怖い悪夢。

 まあなんだっていい。

 絶望さえしてくれれば。

「魔力も、魔力抵抗値も〝ない〟んじゃない。振り切れてるだけだよ。測れないんだよ…………星獣……星獣だよ……これ……お姉ちゃん」

「くっ……」

 ギガントマキナの金棒を押し返す姉エルフの力が弱まっていく。「セイジュウ」「セイジュウ」と繰り返す妹エルフが弱々しく膝をつく。大粒の涙を浮かべてこっちを力なく見ている。性獣?勘弁してよ、そんなんじゃないって。火力増加。室内温度、170℃。

「星獣相手に、戦っちゃダメだよ。お姉ちゃん……お父さんとお母さんがダメだって……」

「その両親を奪われたからここにいるんでしょ!!!!!」

 姉の一喝で妹がびくりと身を震わせて、黙る。

「そして私たちは扉に近づく者を始末するために永遠にここでこうしている!そうでしょ!しっかりしなさいクリスティナ!!」

「うっ、ううっ……」

 ああ、泣きだした。汗も涙も蒸発してるけど。

 場違いな涙ほど興を冷ますものはないよね。それにしても「永遠」とか「決めた」とかいう言葉からすると、やっぱり呪いの線で正しい気がする。とすると……

「モリガンの準備を!」

「お姉ちゃん!?」

「一撃で決める!たとえ星獣だろうが神だろうが私は断じて容赦しない!!」

 何か厄介なことをするつもりだ、この姉妹。室内温度、220℃。

 仕方ない。ギガントマキナ。出力全開でお願い。大丈夫。君なら何でも壊せるよ。

 ギュイイイイイイイイイイイ……

「ぐっ!!うぅうっ!」

 姉エルフはギガントマキナの重い攻撃を食い止めるので忙しそう。そうなると他の事なんか気にしている場合じゃないね。そうそう。妹エルフと二人でやらないと壊れて(しま)うよ?クリスティナとか言ったっけ?急がないとクリスティナ。

「お姉ちゃん!」

 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!

「「!!」」

 そしてそれを俺が黙って見ているわけがない。

 火達磨状態で、ギガントマキナの攻撃を受け止める姉妹に近づいていく。室内温度、290℃。

「いくわよ!」「うん!」


 ???:Lv74(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:699/6800 魔力:0/4000

 攻撃力:3000 防御力:3400 敏捷性:――― 幸運値:0  

 魔法攻撃力:1800 魔法防御力:2000 耐性:風属性

 特殊スキル:???


 ???:Lv73(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:709/7800 魔力:0/3000

 攻撃力:4000 防御力:3600 敏捷性:――― 幸運値:0 

 魔法攻撃力:1500 魔法防御力:1800 耐性:風属性

 特殊スキル:???


「「世界という古びた宿場より我らは影も形もなく消え……」」

「火達磨」を顔面のみ解除。


「セイジュウの俺が生き返らせてあげる。君たちのお父さんとお母さんを」


「「え?」」

「嘘だよ」

 人は生き返らせられない。殺すことはできても。

 ガシッ!!

 微笑んだまま二人の喉を手でつかむ。細く美しい喉が一気に熱でただれていく。エルフの顔面が燃え上がる。


 ???:Lv74(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:19/6800 魔力:0/4000

 攻撃力:3000 防御力:3400 敏捷性:1330 幸運値:430  

 魔法攻撃力:1800 魔法防御力:2000 耐性:風属性

 特殊スキル:???


 ???:Lv73(??? 風属性の魔法使い)

 生命力:21/7800 魔力:0/3000

 攻撃力:4000 防御力:3600 敏捷性:1230 幸運値:530  

 魔法攻撃力:1500 魔法防御力:1800 耐性:風属性

 特殊スキル:???


  エルフの悲鳴が上がる。武器を捨て俺の手を振りほどこうともがく。俺は笑みを消し、二人の姿を凝視する。


【カマドウマ】

 〔満杯〕〔流転〕〔〔呪解〕〕〔充力〕


「嘘をついてごめん。でも」

 呪いは解いてみせるね。……「呪解」。

『魂核および変換器の周囲に呪詛を確認。「忠誠の呪劫フィーデス」と判明。これより除去を開始』

「人にとって一番良いのは生まれないこと」

 火達磨を止める。室内温度が徐々に下がっていく。

「しかし生まれてしまったのならなるべく早く、出てきたところへ帰ること。お父さんやお母さんのように……おかえりなさい。死の満ちる世界は君たちを再び歓迎するよ」

 不死の呪いを解き放つ。


 ???:Lv74(元風人族の魔獣)忠誠の呪劫フィーデス解除

 生命力:6800/6800 魔力:4000/4000

 攻撃力:3000 防御力:3400 敏捷性:1330 幸運値:430  

 魔法攻撃力:1800 魔法防御力:2000 耐性:風属性


 ???:Lv73(元風人族の魔獣)忠誠の呪劫フィーデス解除

 生命力:7800/7800 魔力:3000/3000

 攻撃力:4000 防御力:3600 敏捷性:1230 幸運値:530  

 魔法攻撃力:1500 魔法防御力:1800 耐性:風属性

 

 すなわち死へと続く生の扉を俺は二人に、開いてあげた。



lUNAE LUMEN


foetus

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