第一部 公現祭篇 その一
0 プロローグ
「ざけんなマソラ!!早くここ開けろ!!」
開け方なんて知らないよ。第一開けたらお前も含めて全員食われる。それじゃなんのためにここでこうしているかわからない。
「マソラ君!マソラ君!!お願いだから開けて!!中に入れて!!!」
だから開けたら食われるって。
グフフフフフ……
この血まみれの魔物どもに。
ベニクマムシ Lv25(魔物)
生命力:60/60 魔力:100/100
攻撃力:70 防御力:3500 敏捷性:5 幸運値:2
魔法攻撃力:101 魔法防御力:2500 耐性:闇属性
特殊スキル:徒爾耐
イノシシコブラ Lv29(魔物)
生命力:1200/1200 魔力:900/900
攻撃力:1500 防御力:900 敏捷性:400 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:40 耐性:土属性
特殊スキル:刑集鱗
バオズカンガルー Lv34(魔物)
生命力:990/990 魔力:700/700
攻撃力:2500 防御力:1990 敏捷性:690 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:550 耐性:土属性
特殊スキル:折径蹴
ジエンウサギ Lv26(魔物)
生命力:220/220 魔力:700/700
攻撃力:1000 防御力:500 敏捷性:500 幸運値:2
魔法攻撃力:10 魔法防御力:250 耐性:土属性
特殊スキル:戦飛脚
グレナデンヘビ Lv29(魔物)
生命力:660/660 魔力:500/500
攻撃力:570 防御力:3000 敏捷性:85 幸運値:2
魔法攻撃力:400 魔法防御力:900 耐性:闇属性
特殊スキル:徒爾耐
ノチョロギツネ Lv36(魔物)
生命力:990/990 魔力:400/400
攻撃力:700 防御力:600 敏捷性:500 幸運値:2
魔法攻撃力:1000 魔法防御力:200 耐性:土属性
特殊スキル:胎狂惑
ルオムヒョウLv39(魔物)
生命力:2100/2100 魔力:700/700
攻撃力:1800 防御力:230 敏捷性:700 幸運値:2
魔法攻撃力:400 魔法防御力:900 耐性:風属性
特殊スキル:加速裂棄
ジーロウワニ Lv36(魔物)
生命力:4900/4900 魔力:440/440
攻撃力:3700 防御力:900 敏捷性:100 幸運値:2
魔法攻撃力:15 魔法防御力:800 耐性:水属性
特殊スキル:力躍顎
ギャロップワニ Lv23(魔物)
生命力:900/900 魔力:40/40
攻撃力:2000 防御力:300 敏捷性:50 幸運値:2
魔法攻撃力:5 魔法防御力:500 耐性:水属性
特殊スキル:力躍顎
カンガルーヘビ Lv27(魔物)
生命力:400/400 魔力:300/300
攻撃力:500 防御力:990 敏捷性:390 幸運値:2
魔法攻撃力:100 魔法防御力:150 耐性:土属性
特殊スキル:悔沈毒
サメコウモリ Lv24(魔物)
生命力:200/200 魔力:1900/1900
攻撃力:100 防御力:50 敏捷性:300 幸運値:2
魔法攻撃力:600 魔法防御力:25 耐性:風属性
特殊スキル:損喘波
レイシントラ Lv33(魔物)
生命力:1800/1800 魔力:1500/1500
攻撃力:2200 防御力:730 敏捷性:300 幸運値:2
魔法攻撃力:500 魔法防御力:300 耐性:風属性
特殊スキル:加速裂棄
「おい!いい加減にしやがれ!」
「うっせークソ野郎!お前らのせいでお兄ちゃんが死にかけてんだろうがっ!」
ん?
「お兄ちゃん」なんてセリフ、三年ぶりぐらいに聞いた。いつもは「マソラ」か、良くて「クソ兄貴」なのに。
「ねえ早くいかないとアタシたちも殺されちゃうよ!」
「ああ、早く出ないとヤベェ」
まったくだ。だからついでに双子の妹と泣きじゃくっているその幼馴染はどうか地上へ連れて出てくれ。
こんな辛気臭いところで、しかも魔物に囲まれて死ぬのなんてどうかしているから。
ザクシュッ!!
「!」
激痛が全身を突き抜ける。痛すぎて何も考えられない。結界が弱まって縮んできている。そのせいで、肩の肉を、食われたのか。ふふ、俺の肩ロースはどう?
「ふう、ふう、ふう、ふう」
永津真天:Lv5(召喚者)
生命力:11/240 魔力:222/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土
特殊スキル:収納魔法
傷口を手で押さえる。ヌルッとする。温かい血の匂いが鼻をつく。これはどうやら俺の血のようだ……やばい。結界のサイズがさらに小さくなる。両足の先が、光の外に、出る。
ガブッ!ミチミチ……グシャアッ!!!
「ぐああああああっ!!!」
足を食いちぎられる。その痛みで意識が飛びそうになる。おかげというべきか、今自分がどこで何をしてどうしてこんな目にあっているのか冷静に分析できそうだ。
ここは魔物なんてものが当たり前にいる異世界。
その異世界にある巨大大陸の中心付近。
そこには大森林が広がり、大森林は古代遺跡を守る。
その遺跡の地下二十一階層に、俺たちは来た。
ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
召喚者と呼ばれてチヤホヤされたチンピラ九人がそこに今足を踏み入れて、犬のように造作もなく死にかけている。
キヒヒヒッ!!!ケハハハッ!!!シャァァァッ!!
特にそのうちの一人は仲間らしき八人を逃がす代わりに魔物孕宮に閉じ込められて肩の肉と両足を食いちぎられている。ひどいありさま。でもおかげでもう、妹の尻ぬぐいも妹のつまらない連れの相手もしなくて済みそうだ。
ヌッチャ、ヌッチャ、ヌッチャ、ヌッチャ……
俺の足を味わって食べている魔物を見る。
どこかで見た光景によく似ている。
ああ、あれだ。
アシダカグモを食べるカマドウマだ。焚火の前で見た。
ゴキブリを食べるカマドウマだ。迷宮の中で見た。
串刺しにしたカマドウマだ。さっき俺を齧ろうとした。
カマドウマ。
カマドウマ Lv5(動物)
生命力:8/8 魔力:3/3
攻撃力:15 防御力:4 敏捷性:10 幸運値:2
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:なし
触覚が異様に長くて、体がひん曲がったように猫背で、体表が柔らかくて、雑食のカマドウマ。怖がられるカマドウマ、嫌われるカマドウマ。好きになる奴の気が知れないカマドウマ。
「本当に……俺みたいだ」
小さく笑う。
結界の光がさらに弱くなる。頭を食べられるのは最後にしようと、体をずらし、下半身と両腕を結界の外にさらす。バリバリボリボリと食べられ始める。引きずり出されないだけ本当にマシだ。さらに幸か不幸か、もう痛みがない。失血が多いからだろうね。
ん?
そういえば、ずっと気になっていた。
オンラインゲームのパネル画面みたいに目の前に浮かぶアイコンのうち、一つだけどうしようもないのがある。
「封印されし言葉……」
注意書きを読む。
〈封印されし言葉を入力せよ。〉
〈ただし何者かが使用中である言葉を入力してはならない。〉
〈誤った言葉を入力してはならない。〉
〈この二つが守られぬ時はただちに脳が焼き切れる。〉
「……」
ヌッチャ、ヌッチャ、ヌッチャ、ヌッチャ……
こんなの、試すバカなんているはずがない。
何の因果でこんな異世界まで来て、しかも即死のリスクを負ってまでこんなギャンブルみたいなことをしなくちゃいけない?
封印されし言葉がどこで手に入るのか、どうやって手に入るのか、誰がどの言葉を使用中で、どの言葉が使用中でないのか。
あらゆる文献を引いて調べたけれど、どれ一つとして情報はない。
だとすればこのアプリケーションみたいなのは、ただのゴミ。
グヒヒヒヒヒヒヒヒ……
「はぁ、はぁ、はぁ……」
普通の奴なら、こんなアプリはただのゴミ。
チチチチチチチチ。
「?」
倒れたまま、顔を横に向ける。結界の中に、一匹のカマドウマ。
チチチチチチ。
血まみれの黒いカマドウマが、鳴いている。翅がないくせにどうやって鳴いているの?やっぱり俺を食べに来たの?お前は本当に変わってるね。なんでも食うし、襲うし、寄生されるし、泣くように鳴くし、嫌われるし、闇があればそこにきっといるし。
「……まったく」
目を閉じる。
封印されし言葉、か。
今の俺にしてみれば、最後の余興くらいにはなるかもしれない。
思えは今まで危ない橋なんて一度だって渡ってこなかった。そんな橋があればとにかく避けてきたし、もし避けられない危ない橋なんてモノガあれば、いツデも危なくない状態にしてキた。アラユル手ヲ使ッテ。
そうやって何とか生きながら、朱莉の、妹の尻ぬぐいをしてきた。
俺はそれだけだ。
最後くらい危ない橋を運任せに渡ってみてもいいかもしれない。どうせ脳が焼き切れるだけだ。もう四肢を失ってこの命は風前の灯火だ。
〈封印されし言葉を入力しますか? [はい/いいえ] 〉
闇の中、俺は「はい」を選ぶ。するとパソコンのキーボード画面のようなものが浮かぶ。適当に文字を打ち込めば、その場で脳が焼き切れて廃人になる。
「……」
俺は何になればよかった?……さあ?
俺は何になりたかった?……さあ?
では俺ハ、何ダッた?
ヴォアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!ガブジュウウッ!!!
嫌われ者の厄介者扱い。でも悪いことをしているわけじゃない。
チチチチチ。
瞼を開く。鳴き声はあるけれど、姿は見えない。
声だけになって泣いてくれるの?
「お前は、俺そっくりだね。じゃあ……ゴフッ!」
ピッ。ピッ。ピッ。
尻ぬぐいだけの、厄介者扱いだけの人生。
その最期がこんな仕打ちじゃ、あんまりだと思う。
だからもし、チャンスがあるというのなら、
ピッ。ピッ。ピッ。
お願い。
ピッ。ピッ。
今度は自由に生きたい。
ピッ。
入力、終わり。
「ヒュー……ヒュー……」
腹だけじゃなくて肺まで食われちゃった。
呼吸がもう、できない…………だったら早く、脳が焼き切れますように。
チチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチ………チ。
永津真天:Lv5(召喚者)
生命力:0/240 魔力:0/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土属性
特殊スキル:収納魔法
『封印されし言葉の入力を確認。カマドウマ認証。窯胴魔。マグヌス・オプスと認定』
え?まさか…………
1 アルビジョワ
招集まで自由時間はまだ少しある。
だからといってゼデキエル城で最終調整をするような殊勝な心掛けの同級生は、このパーティーには二人くらいしかいない。
一人は強くなること以外に興味がなくて、もう一人は皆が死なないようにとたぶん本気で思っている。残りの連中は覚えたばかりの居酒屋で賭博か、ニコラウスの泉で湯舟に使っているか、暗いところで異性とイチャイチャしているはず。
「招集が近いというのにまたこのような場所で読書に勤しむとは良い心がけじゃ。本当によく学び、よく働く。少しくらい羽を伸ばさぬとよい大人になれんぞ」
木と本の香りに混じって、晴れやかなシトラスの香りがする。
「ここは静かなんで落ち着くんです。それに俺には伸ばせるような羽がありません」
「人間族ならば当然じゃな」
ソペリエル図書館。
アーキア超大陸で随一を誇る巨大図書館。
その図書館長ジブリールさんが気さくに声をかけてくれる。
これも召喚者ゆえの特権なのかな。それともお爺ちゃんのただの暇つぶしかな。
「文化、料理、地理、風俗、魔法、算術、文学……相変わらずの乱読よのぉ。本当にこの図書館すべての本を読み尽くすつもりか?」
俺が机に重ねた本の背表紙を見ながらジブリール館長は軽くため息をつく。
「読んでいません。眺めているだけです」
「それで頭に記憶できてしまうのじゃろう?」
「あくまで絵として、ですけどね。それで暇なときに思い出してゆっくり読むようにしています。これが俺の秘儀、暇つぶしです」
「ふぉっふぉっふぉっ。ワシの魔法よりよほど役に立つ」
ジブリール図書館長はこのアントピウス聖皇国の、知識の集積庫の管理人だ。
国のマツリゴトにもたびたび顔を出している。暇なはずがない。
それなのにこうやって俺なんかに話しかけてくれる。異世界だろうと元の世界だろうと、こんなVIPと話したことなんてまずない。
ひょっとして何か目的でもあるのかな?
まあいいや。気にしても仕方がない。
「そういえば今度の旅は長くなりそうなんじゃろう?」
「そうらしいですが、詳しいことはこれから城で伺う予定です」
本を閉じて俺は答える。
「荷物持ち(ベクター)のおぬしにとっては荷物が増えるかもしれないが、入用なものは少しでも補充しておいた方がいい」
「自分の裁量で使うことのできるお金がもっとあればそうするんですけどね」
「ふふ。ワシが与えよう」
「いえいえそんな。いつも図書館で閲覧の便宜を図ってもらったり、館長の貴重なお話を伺えるだけでもありがたいのに、金銭まで恵んでいただくわけにはいかないです」
「もちろんタダで与えるわけにはゆかぬ。そうさな、今この図書館で起きている論争に終止符を打つことができたら与えよう」
「論争?」
するとジブリール図書館長は部屋の隅でイライラしながら本を読み漁っている若い助祭を捕まえてきてこっちに連れてくる。「ほれ、この者に話してみよ」と館長が助祭を肘で小突くと、助祭は眉をひそめたままこっちを見てくる。明らかに「こんな小僧に分かるもんかよ」って表情だね。
「おほん!では貴殿に問う……っておい!」
俺はもう一度本を開く。
鉱物採取事典、つまり「石」に関する本。
一緒に異世界に来た連中は魔物図鑑を好むけれど、俺はそんなものよりこっちの方が好きだ。
どれどれ…………
「ラプラスよ。気にせず話すがよい。この者は一度に二つのことができる」
「は、はい。……では問う!もし全能の神がいるとしたら、その神は自分自身が持ち上げられない石を造ることができるであろうか!?貴殿はこの問いに答えられるか!?」
何々?
石英脈の空隙に見られるアダマンタイトの群晶……何この成分?
アダマンタイトってウルツァイト型窒化ホウ素のこと?硬すぎだろう。
「カディシン教徒たる者が言うべきではなかろうが、神に関する前提に疑惑を生じさせる問いじゃ。神は自身が持ち上げることのできない石を造れるかどうか。もし造れるとしたら、その石を動かせぬのだから全能ではないということになる。もしそのような石を造れぬとしたら、できぬことがある以上、やはり全能ではないといえる」
セフィロライト。
結晶の中に丸い泡粒のようなガスがあり、その周囲には液体が詰まっている。
生き物みたいだね。だとしたらなおさら美しい「石」だ。
それで?
この液体は魔力素が凝縮したもので……そんなことあるんだ。精霊のスープだね。
「全能者にも動かせない石とはどのような石であろうか……その重さはどれくらいなのか、なぜその石は動かせないのか……私には答えることができませぬ!貴殿は!?貴殿はいかようにお考えか!?」
「えっと……」
本を見るのをやめる。
木屑のような臭いのする助祭に目を向ける。
どこの世界でもこういうのがいる。理屈でがんじがらめになって動けなくなっちゃう人が。
心を静かにして、「石」みたいに考えればいいだけだろうに。
「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないですか?」
「なぬっ!?この究極の逆説を難しく考えずして一体どう……」
「逆説でもなんでもなくて、ただ言葉がありえない状態でくっついているだけです」
「「……」」
「神という全能者によって動かせない石なんてハナからありえません。それは「四角い円」とか、「日が照っている夜」とか、「雨の多い砂漠」みたいなもので、言葉ではあり得ても、実際にはありえないんです。あなたが悩んでいる質問は最初から意味なんてありません。全能の神は自分で動かせない石を造ることはできません。でもそれは神が全能でないという意味ではないです。単純に論理が間違っているだけです」
言って俺は立ち上がる。
そろそろ時間だ。本を片付けなくちゃ。
「そのようなことはあるはずない!神とは人知を超えた存在であるぞ!!」
目を白黒させる木屑助祭。
唾がこっちの顔にかかるし、耳がキンキンするから大声で怒鳴らないでよ。
「ではですね、神は自分で持ち上げられない石を造ることができるかという問いの答えは「うん、できるよ。そしてそれを持ち上げることもできるよ」となります」
「だからそれでは……」
「神の力は人知を超える奇跡なんでしょう?だったら神はそのような力をふるってこの世界を無から創造したわけでしょうし、自分が望めば2+2を10000にだってできる。だって人知を超える奇跡が起こせるのですから。以上で証明は終わりです」
「……………」
ラプラスとかいう名の助祭が鼻水を垂れ流しながらその場に膝をつく。
あれ?この床よく見たら瑪瑙でできているんだ。きれい。
瑪瑙さん。この木屑助祭もいつかメノウにしてあげて。
「なんということだ……ううっ、ううう……」
「大丈夫ですか?」
「見事じゃな。神の神たる神性を汚すことなく、言葉遊びを言葉遊びと論破するその知性。おぬしが召喚者としてこの世界に呼ばれた理由がなんとなくわかった。荷役としての能力を授かったこと以外はのう」
フフフッと笑いながら鼻をこすりこすり、ジブリール図書館長がその場から立ち去る。仕方なく、うずくまる助祭に俺は手作りのハンカチを差し出すとオイオイ泣きながらチ~ンッ!と思い切り鼻をかむ。ちょっと……もういいよ、それあげる。
「私が間違っていました。私はこれほど深遠な課題に取り組むことのできる私自身に酔っていただけでございました!」
「それに気づけたのなら、良かったですね」
「はい。目を開かせてくださりありがとうございます。思えばこのような言葉遊びにかまけていたがために私は女房に愛想をつかされて離縁を迫られたのかもしれません」
「既婚の独身男性ってやつですね」
「ぐはっ!ここにきてまさかの論理的破綻攻撃!」
「冗談ですよ。ただのバツイチじゃないですか」
「ぐはあっ!!それじゃただの直球………しかし、あなたのお答え。考えてみればみるほど、根本的な疑問に通じていく気がしてなりません」
「根本的な疑問?」
「はい。……永遠はどのように始まって、どのように終わるのか」
「はあ、なるほど」
「この世には本当の意味で人知では計り知れないことがあるような気がしてなりません」
「……そうですね」
「そうじゃ。であればこそ、人知の先を行く魔導も、神の御心を知る神学も終わりがないのじゃ」
シトラスの香り。ジブリール図書館長がいつの間にか戻ってくる。
手にはずっしりと重そうなズタ袋がある。
いくらなんでもそんなにたくさんの銅貨、受け取れないって。
「餞別じゃ。おぬしのこれからに役立ててくれ」
渡された袋を開いてみる。銀貨が、少なくとも五十枚は入っている。
「こんなにたくさん!?しかも銀貨……なんか、感謝の言葉もありません」
「感謝の言葉くらいあってもよかろう。なんてな」
ニヤリと笑う図書館長を見て、俺も苦笑する。
「本当にありがとうございます」
その時、兵士が現れる。
甲冑にレミエル城で働く者の印がついている。お迎えの時間だ。
「どうやら聖皇の使いが来たようじゃ。……必ず生きて帰ってこい」
「はい。では失礼します」
「本は私が片付けておきます」
「ああ、すみませんわざわざ」
俺は収納魔法で亜空間に銀貨の入った袋をしまうと、ジブリール図書館長とラプラス助祭に別れを告げ、城の兵士とともに図書館の出口に向かう。
「あの、永津君」
「?」
図書館の出口。俺は声を掛けられる。
「えっと、なんでしょう?」
「私のこと、覚えてない、かな?」
黒のショートボブ。赤い縁眼鏡。……誰だったか。確か一緒にこの異世界にきた召喚者。
「ごめん。俺、人の名前を覚えるのがあまり得意じゃなくて」
「黛明日香だよ」
バニラとタイムの混じる複雑なジャスミンの香り。一度嗅いだ匂いは忘れないはずなのに、記憶にない。おかしいな。
「マユズミか。覚えていなくてごめんね」
俺なんかに名乗ってくれた召喚者の名前を、彼女の香りとともに改めて記憶する。
「いいの。気を付けてね」
「うん。そっちもどこへ送られるか知らないけれど怪我しないようにね」
「ありがとう」
黛明日香。マユズミアスカ。
図書館に出入りする人間は限られていたから、その人物に気づいてはいた。けれどまさか知り合いですと言われるなんて驚いた。見かけも美人だし、おとなしくてしとやかそうで好みだから知り合いだったら覚えているはずなんだけどな。まあいいか。覚えていたところで、どこかの家の二卵性双生児の妹と交換出来たりはしないんだ、どうせ。
「せめて一卵性だったら……性別が一緒で俺のコピーがもう一人か。それはそれで具合が悪くなりそう」
「マソラ君!」
黛と別れて兵士と二人で図書館を出た時、突如俺は名前を呼ばれて立ち止まる。
赤荻晴音:Lv14(召喚者)
生命力:420/420 魔力:550/550
攻撃力:130 防御力:170 敏捷性:35 幸運値:80
魔法攻撃力:700 魔法防御力:630 耐性:光属性
「赤荻。ニコラウスの泉に行ってたんじゃないの?」
パインとレモンの香りに声をかける。それと……薬草と湿った土の匂いが混ざってる。俺の仕事なんて真似しないでアイツらとつるむなり魔法の訓練でもすればいいのに。
「行ってないよ。ずっとここで、じゃなくて少しだけここで待ってたの。それと二人の時はいつもどおりハルネでいいってば」
言いながら、服の尻と裾についた草と土を手で軽く払い、「えへへ」と微笑む幼馴染。黒髪のセミロングが温かい風にそよぐ。昔からそうだけど、何を血迷っているのかこちらに対し「あなたが好きです」モード全開。でもね晴音、お前にはもっと素敵な人が現れると思うよ。だから早く目を覚ますといいね。
「そっか。待たせてごめんハルネ」
「全然待ってないって。木陰で眠っていて気づいたらこんな時間だったから全然!」
じゃあそのパンパンになったシカ皮の鞄の中を見せてごらんと言うのはいくらなんでも野暮だから、俺はそれ以上何も言わずニコリと笑い、赤荻晴音とその隣であくびをしている兵士と四人連れだって城へと向かった。
レミエル城。
アントピウス聖皇国の首都の主城。つまり人間族と亜人族を統べる世界組織カディシン教会の総本山。というわけで城の造りは贅と技術の粋を尽くして豪華絢爛かつ難攻不落。その巨城へと俺と赤荻は入っていく。
「それでどれくらいあそこで薬草採取を?」
「二時間は確実ですね」
「ちょっ、本当のこと言わないでください!」
「その前の二時間は市場でハーブ探しですよ。「カルダモンどこどこ!?カルダモンが口臭対策に良いから絶対手に入れるもん!」とか言って大変でした」
「だから言わないでくださいそういうことは!」
「ス~ハ~甘く爽やかな芳香」「ス~ハ~スパイシーな風味」「ス~ハ~口の中スッキリ」
「「「カルダモ~ン」」」
「みんなのいじわる!!」
晴音を三人でからかいながら、バカでかい建物の中を四人で進む。この案内兵士たちがいなければ目的の部屋には半日あってもたどり着けない気がする。それにしてもすごい。もとの世界のエカテリーナ宮殿だってこれにはたぶん及ばない。絵画や彫刻の量も質もすごいけれど、エカテリーナ宮殿以上に様々な宝玉と鉱石がちりばめられている。……いろいろな作用をもつ魔導石がゴロゴロザクザクと。装飾と実益を兼ねてて恐ろしい所だ。ほんと。
「つきました。こちらです」
「既にお仲間がお待ちです」
「仲間ねぇ」
言って俺はため息をつく。
やたら俺に反発してくる妹と、そのお友達。あとは変なのが何匹か混じったお仲間。
とにかくそこで大事なのは、逆らわないこと。逆らわなければ奴らに命まではとられない、はず。
「マソラ君。大丈夫。何があっても私、マソラ君の傍にいるから」
言うねカルダモン。
「昔からそうだね」
「うん。それに……これからもずっと」
「「「それはひょっとしてプロポーズ?」」」
「え!?違うよ違うって!そういう意味で言ったんじゃないから!」
「冗談だよ。行こう。お二人とも、どうもありがとうございました」
「いえいえ仕事ですから気にせず」
「それよりお嬢さん末永く幸せに」
「だからもう!」
半泣きのくせにちょっぴり嬉しそうな幼馴染の横で俺は扉に手をかけ、中に入る。
レミエル城。謁見の間。
「よお、〝ハルネママ〟と同伴とはな」
緑髪のショート前分け。ラベンダーとオークモスを混ぜただけの安い香りが口を利く。宮良翔平。
宮良翔平:Lv16(召喚者)
生命力:750/750 魔力:350/350
攻撃力:430 防御力:140 敏捷性:260 幸運値:45
魔法攻撃力:170 魔法防御力:125 耐性:闇属性
「次からは迷子にならないように首輪でもつけてあげよっかぁ?」
オレンジ髪のボブ。髪に合わせているのかどうか、熟れ過ぎたカキの実みたいな香りをつける浅野田結芽。
浅野田結芽:Lv14(召喚者)
生命力:370/370 魔力:600/600
攻撃力:28 防御力:35 敏捷性:10 幸運値:40
魔法攻撃力:600 魔法防御力:600 耐性:水属性
「そうじゃなかったらウロチョロできねぇようにもっとたくさん荷物を運ばせてやるぜ」
金髪ショートで前髪立ち上げのリーダー。香りは荒い気性にピッタリで、カーペットの裏に貼ってあるゴムみたいなギスギスしたニオイ。竹越沙友磨。
竹越沙友磨:Lv17(召喚者)
生命力:850/850 魔力:110/110
攻撃力:500 防御力:180 敏捷性:90 幸運値:28
魔法攻撃力:45 魔法防御力:50 耐性:火属性
「ただでさえキモいくせにムカツくんだから、ウチらのこと待たせんじゃねぇよマジで」
我らが〝チーム竹越〟の華は、今日も赤髪ミディアム。そこからは青々とした濃いローズと甘いミントが漂う。永津朱莉。残念ながら俺の双子の妹。
永津朱莉:Lv14(召喚者)
生命力:520/520 魔力:180/180
攻撃力:290 防御力:130 敏捷性:290 幸運値:90
魔法攻撃力:220 魔法防御力:95 耐性:風属性
さてさて始まりました、イジり上手な四人衆の挨拶ジャブ。
先制攻撃に対してこちらからは「集合時間前に来たんだから文句を垂れるな、脳タリンのみんな。アルコールとギャンブルとフーゾクを覚えてたいした役にも立てない分際が大きな口を開くな。それとつけている香りが売れ残りのキャンドルみたいで品がないよ」と右ストレートを返せばボコボコに殴られて終わりなので、穏便にバックステップで逃げる。
「ごめん。今回の旅に必要な買い物のリストを作っていたら遅くなっちゃったんだ。以後気を付けるよ」
「買い物なんて適当でいいのに、永津君って面倒くさいんだね!オッケー!オッケー!」
召喚された時にたぶん脳みそだけ元の世界に置き去りにしてしまった金髪ロングは、どこで見つけてきたのか、ココナッツとメロンが組み合わさった香りをまとう。古舘華。
古舘華:Lv15(召喚者)
生命力:400/400 魔力:470/470
攻撃力:240 防御力:35 敏捷性:50 幸運値:95
魔法攻撃力:500 魔法防御力:180 耐性:火属性
「適当じゃマズイだろう。冒険や探索は遊びじゃないから準備は大切だ。それにマソラがちゃんと食材とか調味料を選んでくれているから野外でも旨いもんが食える。マソラ、また旨い料理を頼む」
マッチョの茶髪ショートツーブロックは誰も傷つかないように即時対応できる天才。汗臭さを隠すためにだけつけていると言っていたオレンジブロッサムは性格に似て晴れやか。俺のヒーロー大羽剛。
大羽剛:Lv16(召喚者)
生命力:1100/1100 魔力:45/45
攻撃力:450 防御力:300 敏捷性:25 幸運値:60
魔法攻撃力:15 魔法防御力:95 耐性:土属性
「メシなんてどうだっていい。それより今度の任務だ。魔物を殺しまくってレアアイテムを集めまくって俺はさらに高みに上ってやる」
焼いたマシュマロみたいな香りを糞みたいに垂れ流す奥宮櫂成はただのバーサーカー。銀髪オールバックのイケメン坊やは香りに対して何もかも全然マッチしていない。
奥宮櫂成:Lv18(召喚者)
生命力:820/820 魔力:180/180
攻撃力:900 防御力:80 敏捷性:140 幸運値:9
魔法攻撃力:230 魔法防御力:220 耐性:光属性
少なくとも敵ではなく、よくわからない合いの手を差し伸べてくれた古舘と奥宮、そしてさりげなくフォローしてくれる大羽、ありがとう。
こうして俺とパーティーとのやりとりはいつも通り幕を開ける。本当にこのパーティーを編成したお偉いさんの頭を一回ひっぱたいてやりたい。金髪ロングと同じで空っぽだろうからいい音が鳴るだろうね。
カツン、カツン、カツン、カツン。
響く足音とその姿で、俺たち九人は慌てて膝を地につき頭を下げる。ちらりと見たあの僧服からすると、現れたのは大司教の上、つまり枢機卿。この世界、というかアントピウス聖皇国とそれに属する国のうち、全部で十人しかいない重鎮の中の重鎮。それがここに来るということは、本当に重要な任務ってことらしい。
「頭を上げなさい」
言われて俺たちは頭を上げる。
マリク・ブロイニング Lv51(人間族)
生命力:510/510 魔力:3500/3500
攻撃力:50 防御力:60 敏捷性:20 幸運値:30
魔法攻撃力:4800 魔法防御力:5700 耐性:火属性
特殊スキル:?????????
背丈は小さいが体格はがっしりとしている健康そうな老人がこっちを一人一人見ている。何かを読み取ろうとしている。たぶんステータスだろう。枢機卿レベルだと、召喚者にしか見えないステータスが見られるとか。
だったらこういう相手には〝ぼんやり〟構えておくのがいい。それに俺はどうせ荷役だ。ステータスもたいしたことなんてない。未来からダメ男を助けに来たネコ型ロボットのポケットより出来の悪い収納魔法を一つ心得ているに過ぎない。だからこんなところであえて何か見せびらかすような真似は決してしない。背伸びはしない。やったところで爪先を痛めるだけだ。
「ふむ。九人とも良い目をしておる。それに素晴らしい能力をもっておるな」
はい。節穴。
それともお世辞?お世辞だね。
こういう時は大体相場が決まってる。おだてて何かヤバい山を渡らせるんだろう。やっと枢機卿さんの匂いがしてきた。軟らかい、仄かなカーネイションの香りか。いい匂いなだけに、この人の中身を見破るのはますます難しいな。
「私はマリク。マリク・ブロイニング枢機卿。今日はお前たちに頼みがあってここに来てもらった。正直なところ、これはお前たちのような優れた能力を秘めた者にしか頼めない」
おじいちゃんにおだてられて八人とも嬉しそうに笑みを浮かべる。俺も浮かべるべきだろうけれど、荷物運びに優れた能力もへったくれもない。でも変に思われるのも疲れるからとりあえず表情筋を動かす。あとはそう、図書館で仕入れた〝写真〟でも読んでいよう。大陸の風土記はっと………。
「知っての通り、お前たちはこのパイガと呼ばれる世界に異世界より招かれし召喚者である。しかも三十六名も同時に同地点から召喚された奇跡の中の奇跡の申し子たち」
同時に同地点から。
たしかあれは修学旅行で移動中の貸し切り新幹線の車内だった。うちの学校の二年生は全部で九クラス三百六十九人。つまりここに来たのは約十分の一。ほかの三百人以上の連中がどうなったかはこの連中の話だと不明らしい。呼び寄せたのはそっちのくせに無責任だね。
「召喚後、能力の適性をただちに調べた後、二か月にわたりゼデキエル城において様々な訓練を積んでもらった。短い期間とはいえ、お前たちの成長の著しいことは唯一神カディシン様のご加護があればこそ。このことはオファニエル聖皇様も大変喜んでおられる」
八人が嬉しそうに目を潤ませている。イヌみたいに尻尾が生えていたら、プロペラみたいにブンブン振り回していそう。
「ゼデキエル城で幾たびか行った試験に基づき、三十六名は四つのグループに分けられた。中でも抜きんでて優れているお前たちにはこれより極めて重要な任務を申し付ける。これはオファニエル聖皇様直々のご命令だと心せよ」
「「「「「おお」」」」」
そりゃしびれるよね。
この世界で一番偉い人が自分たちをご指名で任務を依頼してくれば。
でも考えてみろって。
俺以外のこの八人がどれだけ特殊な能力を持っているのかは正直なところよく知らない。
ただこの八人が他の二十七人より際立って優れている試験結果を残しているところなんて見たことがない。
マッチョで心が優しい大羽剛と、強くなること以外興味のない奥宮櫂成は例外として、あとの六人は妹の朱莉も含めて普通だ。
魔法スキルも格闘スキルも普通。
普通以下の俺が言うのもなんだけど、こいつらが〝優れているから〟選ばれるというのはどうにも腑に落ちない。
もしかして特殊能力をこの八人が秘めている?
でもその秘密を自分の心の中にだけとどめておける連中か?
例えば晴音だったらきっと俺に秘密をばらしてくる。古舘は隠す能力をもたない。つまり特殊能力なんてほとんどがもっちゃいない。
とすると〝チーム竹越〟が選ばれた理由は…………まさかね。
「これより命ずるは、シータル大森林に眠る古代遺跡アルビジョワ迷宮の調査である」
頭の中に築いた〝図書館〟を尋ねる。アルビジョワ迷宮に関連する本をいくつか手に取り、開いて読み込む。
アルビジョワ迷宮。
地下に広がる巨大迷宮で、全部で210階層ある。
もともと聖皇国の手で作られた地下神殿だが、五百年ほど前、魔王の手に落ちた。聖皇国は幾度も取り戻そうと挑んだが未だ成功していない。そして時は流れ、迷宮の外には広大な森が広がるようになった――。
なんで地下210階まで掘って神殿なんて造るんだろう?
地下210階には何があるのさ?そしてそれを狙う魔王って、よほど大事なものがあるんだろうな。
そんで五百年もの間、聖皇国側は取り戻すことに成功していない。
つまりアルビジョワ迷宮は魔物の巣窟。そこへ俺たちを調査派遣に送り込む。……危険な匂いしかしない。やっぱり、そういうことかな。
「アルビジョワ遺跡の奪取は我々アントピウス聖皇国にとって建国以来の悲願。ただしそれは生中なことでは達成できない。そこで我々は連綿と遺跡の調査を……」
「心配いりませんよ!俺がその遺跡に巣食う魔物どもを一匹残らずぶっ殺してきます!!」
「サユマっちかっこいい!」
竹越、余計なこと言うなって。あくまで調査だよ調査。
魔物を狩りつくすなんて馬鹿なことを始めたら速攻で魔力切れアイテム切れで死ぬから。
念のため空っぽの古舘の頭の中にポーションを詰め込んでいったとしても絶対に足りなくなる。
「心強いことだ。しかし肝に銘ぜよ。お前たちは自分のステータスを認識できる。それと同時に相手のステータスというのも見えると聞く」
「おかげで戦う前から雑魚がわかるぜ」
トカゲを人にしたらこうなるだろうなって顔の宮良がこっちを見てニヤつく。晴音のためにシカの皮鞄を作ったことを知られたせいで、こいつのためにシカ革のベストを作る羽目になった。こいつがくたばったら死体は森の動物たちのために処理して埋めて、ベストだけは回収しよう。
「そこである。良いか。自らのレベルより15ポイント以上高い相手とは決して戦ってはならぬ。ゼデキエルの訓練所で戦士長から何度も聞かされたであろうが、忘れてはならぬぞ」
「しかし勝てばすさまじい経験値を得られる」
そうして強い奴はすぐに死ぬんだ、奥宮。いざという時、引き際がわからない。
だから剣に生きる奴は剣で死ぬ。槍だって一緒だよ。ちなみに面倒くさいからお前の骨は拾わないよ。
「ふふ。確かに虎穴に入らずば虎児を得ず。危ない橋を渡らねば欲しいものは手に入らぬ」
だから枢機卿さん。その大きくうなずくジェスチャーは止めてって。
こいつらの歯止めが利かなくなるから。
「ですよね、枢機卿様!ひょっとしたら~私たちがひょっとしちゃいますよ~!?」
そうだね浅野田。
ひょっとして迷宮に入って秒で全滅するかもね。歴代最短記録更新なんてね。
「うむ。いずれにせよ良い調査結果を期待しておる。アルビジョワ迷宮はここ十年、26階層より下に足を踏み入れた者はおらぬ。できればその下層に足を踏み入れ、生きて戻ってきてもらえれば喜ばしい限りだ。そうでなくとも26階層までで知りえたことがあれば報告せよ。無論魔物との遭遇戦で手に入れたドロップアイテムは自由に処分して構わぬ。26階層までの魔物とそのドロップアイテムについては多くの報告が上がっておる。よく調べたうえで向かうがいい」
「27階層にたどり着いて調べることができれば、俺たちは英雄ということか」
「そういうことじゃ。だが功を焦るな。27階層より下層は魔物の情報も少ない故、決して無理はせぬことだ」
大羽。世の中なんでも分相応ってものがある。
お前は俺の側に立てるんだから、ブレーキ役にならなくちゃ。
食料運ぶのを手伝ってくれる晴音と、超重い飲料水のほとんどを運んでくれるお前だけは生き残ってほしいから分かってくれないかな。
「アルビジョワ迷宮とそれを覆うシータル大森林についての詳細はこれよりハファザ司教から説明させよう。細かいことになるゆえ、代表の者のみ聞かせよう」
「ああ。それでしたらちょうどいいのがいます」
妹の朱莉が小馬鹿にするような笑みを浮かべる。そしてこっちを見る。他の七人も俺を……ですよね。
「お前は?」
「はい。永津真天と申します」
俺が誰かは知っているだろうに。
いや、こんな低ステータス低パラメーターの召喚者は眼中にも脳裏にもないか。どうでもいいけど。
永津真天:Lv5(召喚者)
生命力:240/240 魔力:1729/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土
特殊スキル:収納魔法
「うむ。では永津真天。そなたは隣の部屋にてしばし……」
「あの、私も一緒に聞きます。聞く耳は多い方がいいと思いますから!」
余計な気遣いはいいよ晴音。そのおかげでお前に気のあるヘビ顔のシカベストがこっちにどんな嫌がらせをしてくるかわからないんだから。
「ちっ」
それとお前自身も狙われているかもしれないよ。なぜかわからないけれど、うちの妹に。
「……以上で説明は終わりです。あの、一遍に説明したのですが大丈夫でしたでしょうか」
「はい。なんとか理解できました」
「お連れの方は……まあ、普通はそうなります」
聞く耳は多い方がいいと言っていた幼馴染はハファザ司教の目の前で熟睡。
電車の中で隣の人に寄りかかるようにして俺に体をもたせかけてスヤスヤ寝息を立てている。
ただし電車の中でもこんなによだれを垂らしたりはしない。
「言語に興味がおありなのですか?」
「え?」
「いえ、シータルの森に暮らす部族の言葉をすべて知りたいとおっしゃられていたので。実のところ、そのようなことを申される召喚者に出会ったのは初めてです」
「別に言語に興味があったわけではないです。少なくとも味方ではない相手と、相手の縄張りにおいて遭遇した場合、意思疎通できなければ死ぬ可能性が高い。だから交渉するための言葉を知りたかっただけです。俺はろくな攻撃魔法も知らないし武器も振り回せませんから」
「案外あなたのような方が最後までしぶとく生き残るものですよ」
「それはないでしょう」
俺は自分のズボンによだれが垂れているのを見ながら、よだれを垂らす幼馴染の口元を袖で拭く。ついでにセミロングの黒髪をなでる。薄く笑う。
「俺は最初に死ぬような役回りです」
「それはまたどうして?」
どうして?
「手のかかる連中を、ほうっておけないからです」
パインとレモンの香りを大きく吸った後、晴音をそっと起こす。
「ほぇ?……ごめんっ!私もしかして寝てた?」
「全然。人のズボンによだれを垂らすほど気持ちよさそうに目を閉じていただけ」
「ズボンによだれって!違うの!全然変なこと考えたりなんかしてないよ!」
「変なこと?」
どういう意味?はは~ん。まさかのまさか、晴音さんや、寝ぼけて下ネタですか。
「って、何言わせるのマソラ君!」
「ごめん。赤荻がエッチな奴だって気づかなかったよ」
「エッチ!?な、何言ってんのマソラ君!!」
「はっはっはっ。仲がよろしいのですね」
「ええ。大切な荷物運び仲間なので当然です。貴重な情報をたくさん教えてくださりありがとうございました」
俺は席を立つ。晴音も慌てて席を立ち、ハファザ司教にペコペコ謝る。
「せっかく色々説明してくださったのに眠ってしまってすみません!本当にごめんなさい!」
「気にしないでください。話を聞いていて眠くなるのは私からよい波長が出ていたということでしょう。あなたに心地よい思いをさせられてこちらこそ光栄です」
「あ、いえその……なんて言ったらいいのか」
なるほどね。異世界の指導者は学校の先生なんかより器が広い気がする。
学校だったら授業中寝ていると怒られちゃうもん。すんごい考え方。ドライラベンダーの香りも悪くない。
「ではお気をつけて。……本当に」
「ええ」
さらに何か言いたそうにこちらを見るハファザ司教に、俺はもう一度頭を下げて、晴音とともにレミエル城を出る。
「ねえハルネ」
湿り気を帯びた、少しだけ冷たい風が赤荻の黒髪をそよがせる。
「なに?マソラ君」
「俺と、シたくない?」
「え!?…………うん。シたい」
「そっか。じゃあシようか。市場でショッピング」
「……へ?」
「何を想像したの?エッチな赤荻さん」
風にそよいだ黒髪の持ち主は俯き、肩をプルプル震わせている。
「マソラ君のバカ!!もう知らない!」
パッとこっちを見あげた顔は真っ赤。ずっとからかっていたくなるほどかわいい。でも、
「そ。じゃあ後で合流しよう」
俺は晴音を置いて駆け出す。
「え!?え!ねえ待って!嘘!ウソウソ!一緒に行くから待って!……あ、痛っ!」
慌てて追いかけてきた晴音は途中で蹴躓いて転んでしまう。
ドジだなぁ。
苦笑しながら俺は立ち止まり、晴音の所へ歩いて戻る。
「からかってごめん。お詫びにちょっと早いけれど、二人でディナーでも食べよう。前から食べたいと思っていたオブリーシアチョウザメ肉の炭火焼きだ。ついでにオブリーシアキャビアのスクランブルエッグもね」
「チョウザメ肉!?あれってキャビア以上に超高価だってマソラ君、前に言って……」
「こっそり臨時ボーナスがあったから平気。赤荻にはいつも手伝ってもらっているし、いつもかばってもらってばかりだからこれくらいさせてよ」
「うん……ねぇ、マソラ君」
俺は涙目で頬を赤らめている晴音の手を取り、立ち上がらせる。
「なあに?」
「私ね、マソラ君のことがその、どうしようもないくらい好……って、なんでまた置いてくの!?待ってってば!!」
新たにドライラベンダーのタグをつけた情報の分析を終えた俺は晴音を連れ、〝必要な物〟の買い出しと夕食に出かけることにした。
「早くしろ鈍間!」
リーダーの竹越の大きな舌打ちも、海のようなジャングルは訳もなく飲み込んでしまう。
「アンタのせいで一日半も出発が遅れてんだよね」
地平線の彼方まで広がっているらしい広漠とした葉の海はとにかく蒸す。
異世界まで来て化粧の濃い浅野田がキレるのもよくわかる。
「役立たずの荷物持ち。荷物が持てなくなったら食料にしてやるぜ」
小さなスコップに刃をつけたような苦無を木に投げてダーツ代わりにしている宮良。俺を食料にするのはいいけれど、それは誰が調理するの?なんて言い返さないけれどね。
「はあ、はあ、はあ……みんなごめん」
アントピウス聖皇国からロンシャ―ン大山脈を挟んで北北東へ約1000キロ離れたシータル大森林内。
森の中をずんずん進む六人。そしてその後を必死に追う俺。
あと、わざわざ俺にペースを合わせてゆっくり進んでくれる晴音。
ついでに、先頭集団の六人と最後尾の俺達二人の間を歩き、俺達が六人とはぐれないように気を配っている大羽。
「おいおい一気に水を飲みすぎるなよ」
「大丈夫だよ。水がなくなっても宮良君が水源見つけてくれるよ~。ね~?」
「ここらの水は飲めねぇ。さっき、あちこち偵察してきたが、どこも汚染されてる」
「それも罠の一つってわけか」
「ああ。どこもかしこも罠だらけ。野蛮な現地人の仕業だろうぜ……おい」
「わかってる。魔物の気配だ」
唸り声をあげながら魔物がのそのそと現れる。
おかげで先頭集団に追いついたばかりの俺はようやく休憩に入れる。レベル13のジューズバグが3体、レベル17のルオムヒョウが1体。
ジューズバグLv13(魔物)
生命力:800/800 魔力:30/30
攻撃力:150 防御力:400 敏捷性:40 幸運値:3
魔法攻撃力:10 魔法防御力:10 耐性:土属性
ルオムヒョウLv17(魔物)
生命力:380/380 魔力:300/300
攻撃力:500 防御力:40 敏捷性:300 幸運値:2
魔法攻撃力:60 魔法防御力:10 耐性:風属性
特殊スキル:加速裂き
「ルオムヒョウは俺がやる!」
「バカ言え!俺の獲物だ!」
槍使いの奥宮櫂成と両手剣使いの竹越沙友磨が高レベルのモンスターをめぐって言い争っている間、鉄拳を装備する土属性の大羽剛は水属性の魔法使いである浅野田結芽とジューズバグ一体を仕留めに動く。魔法属性から言って、二人の相性は悪くない。
盗賊スキルを習得し暗器を扱う宮良翔平は闇属性の支援魔法なども駆使して、二体のジューズバグの注意をあの手この手でひきつける。その隙に弓使いの古舘華がおっかなびっくり火属性魔法を帯びた矢を放ち、魔物が弱ったところを妹の朱莉がダガーで止めを刺す。
朱莉は攻撃力こそ低いが風属性魔法を扱う踊り子だけあって俊敏性が高く、敵の攻撃はきちんとかわせる。
仮にかわせずダメージを食らったとしても、スタンバイしている薬師の赤荻晴音がちゃんと光属性の回復魔法で治療してくれる。
なるほど戦闘という面だけ考えたらよくできたパーティーだ。
召喚者の平均レベルは15以上。荷物運び(ベクター)の俺はそしてLv5。
戦いに参加せず荷物番ばかりしていれば当然こうなる。逆に荷物運びだけでよくレベルが5まで上がったものだと感心する。
ん?そういえば俺だけ、最初からレベルが5だった気がする。
みんなはレベル1からスタートしたのに。ということは俺だけレベルが上がっていないんだ。
忘れていた。まあいいや。
お。倒木の中で白いイモムシ発見。
やった。カミキリムシだ。マグロのトロの味そっくりでこれ好きなんだ。
懐かしい。
永津真天:Lv5(召カン者)
生命力:201/240 魔力:1414/1729
攻撃力:120 ボウ御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土
特殊スキル:収納魔法
……薪割りヲシていタ頃を思イ出すナァ。……あとで食べようっと。
ゴクゴクッ。
カミキリムシをこっそり拾った後水筒の湯水を飲み、俺は荷物の確認と整理をする。
俺は職業がベクターつまり荷物運びだからしょぼい収納魔法は使えるにしても、この収納領域は結局こいつらのスペアの武器とこいつらが獲得したドロップアイテムでほぼほぼいっぱいになる。
だから本当に必要な食料やら飲料水や医療道具なんかはあまり入れられない。
結果としてそれらは俺が物理的に担いで運ばないといけない。
ベクターという職業適性のおかげか、元の世界で山に食料を運ぶ歩荷の真似をしたことがあったおかげか、九人分の食糧や水を運ぶことはどうにかできている。
体重の四倍の荷物を運んでも重心移動さえ間違えなければ足腰はなんとか壊れずに済むことが経験的にわかっている。
「うっしゃあ!レベルが18になったぜ!うおなんだ!?特殊スキル?いよいよ必殺技が出たぜ!」
「ちっ、よくも俺の獲物を。まあいい。ルオムヒョウの牙は俺が後でいただく……特殊スキルか。これで俺はさらに強くなれる」
「ジューズバグも何とかやっつけたよ!」
「いい感じ!ウチらみんなで着々と強くなってるよね!」
「特殊スキル……なんだ、これ?」
竹越沙友磨:Lv18(召喚者)
生命力:900/900 魔力:130/130
攻撃力:540 防御力:200 敏捷性:100 幸運値:30
魔法攻撃力:50 魔法防御力:55 耐性:火属性
特殊スキル:傲慢火
奥宮櫂成:Lv19(召喚者)
生命力:880/880 魔力:200/200
攻撃力:1000 防御力:100 敏捷性:150 幸運値:10
魔法攻撃力:250 魔法防御力:300 耐性:光属性
特殊スキル:加心励
古舘華:Lv16(召喚者)
生命力:440/440 魔力:500/500
攻撃力:260 防御力:40 敏捷性:60 幸運値:100
魔法攻撃力:550 魔法防御力:200 耐性:火属性
特殊スキル:雲命火
浅野田結芽:Lv15(召喚者)
生命力:400/400 魔力:660/660
攻撃力:30 防御力:40 敏捷性:20 幸運値:60
魔法攻撃力:700 魔法防御力:700 耐性:水属性
特殊スキル:夜蝋雀
大羽剛:Lv17(召喚者)
生命力:1200/1200 魔力:50/50
攻撃力:500 防御力:400 敏捷性:30 幸運値:70
魔法攻撃力:20 魔法防御力:105 耐性:土属性
特殊スキル:悲憤漢
永津朱莉:Lv15(召喚者)
生命力:600/600 魔力:200/200
攻撃力:300 防御力:150 敏捷性:300 幸運値:100
魔法攻撃力:250 魔法防御力:105 耐性:風属性
特殊スキル:櫛沐風
赤荻晴音:Lv15(召喚者)
生命力:450/450 魔力:600/600
攻撃力:140 防御力:180 敏捷性:40 幸運値:90
魔法攻撃力:750 魔法防御力:680 耐性:光属性
特殊スキル:綽綽余
魔物を無事に狩り終えて騒ぐ連中を尻目に、俺は砥石で研ぎ澄ませた大型のナイフと動物の革を継ぎ剥いで作ったエプロンを取り出し、出来立てホヤホヤの魔物の死骸の元へと歩き出す。
素材だけをきれいに切り出す腑分けを急いでしないといけない。
普通狩猟は獲物を仕留めるだけじゃなくて、解体して、場合によっては食するまでが全行程なのだろうけれど、ゲーム感覚のこのお気楽連中は仕留めたらそれで終わり。
倒せば勝手にドロップアイテムだけが残ると思っている。
野生動物に関してもそう。殺害したあとで勝手に肩ロースやサーロインが手に入ると思っている。
本当に何も知らなくておめでたい。
「おい早くしやがれ」
「ちょっと待っててね。みんなは代わりに休憩しててよ」
解体や腑分けは魔物討伐に直接かかわっていない俺の仕事になっている。
メンバー七人の機嫌を損ねないためにも俺は革エプロンをつけ、急いで始める。
……。
ジューズバグの複眼と毒腺と翅と鉤爪と顎を切り出す。……それニシてもこのジューズバグは本当に素敵ダ。
「マソラ君、私も手伝おうか?」
オスは同種のオスの死骸を顎に咥えてメスにアプローチする。アプローチを受け入れたメスは〝贈り物〟を用意したオスと交尾しながら、貰ったばかりの別のオスの死骸を食らい続ケる。ただし交尾中にオスはメスに対し、精子だけでなく毒も注入する。
永津真天:Lv5(召喚者)
セイ命力:177/240 魔力:1392/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏ショウセイ:144 幸ウン値:12
魔ホウコウ撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土
特殊スキル:収納魔法
メスが長生きできず、その代償を補うため、産卵することに全生命力をかけさせるために。メスは命を食らイ死を放ちツつ、腹に自らノ死と新たな命を孕む。
素敵だ。
モはや曼荼羅じゃないか。無限ソノモノダ。
「マソラ君?」
続いてルオムヒョウの解体を始める。まずは牙。ついで舌を抜く。
「マソ……」
「そこにキイチゴとクロウスゴが実ッているからとっテきて」
解体の邪魔ダ。
「え……うん。分かった」
腹に切れ目を入れて胃袋と腹を出す。
直腸を斬り背骨の筋カラ肺を切り外す。
気管を引っ張り出して内臓ヲ取り出す。
木に吊るシ、前脚の内側に切れ込みを入レ、首ニ切り込みを一周入れる。
服を脱ガスヨウニ、皮を剥グ……。
「ふう、終わった」
「マソラ君、キイチゴとクロウスゴ、とって来たよ」
ちょうどその時、赤荻が俺のところにやってくる。
みんなと休んでいればいいのに。こっそりこっちに来られると俺にとばっちりが来るんだよ。
「そんなにたくさんの実、どうしたの?」
俺の問いに赤荻がキョトンとした顔をする。
「これ、さっきマソラ君に言われて採って来たんだよ?」
「俺が?……ああ、そっか。ごめんね。忘れてた」
言ったっけ?
覚えてない。まあいい。
あいつらの食料が増えるに越したことはない。
「しっかりしてよマソラ君。それとなんか、すごい血まみれだよ?」
「そうだね……いつの間にか血まみれだ」
俺は亜空間に解体した素材をしまうと、かわりに水嚢を取り出す。それで手と顔と皮エプロンを丁寧に洗う。
一息つき、目の前に見えるステータス画面の端の時計を確認する。
……。
二十分もかかった。
一匹につき約七分。また六人のとばっちりがきそうだ。その時は大羽先生、どうかお頼み申し上げます。
「ごめん遅くなった」
「タラタラしてんじゃねよ!行くぞこの役立たず」
リーダーの竹越に詫びを入れ、俺は再び荷物を背負い、解体係から荷役に戻る。
こんな連中との楽しくなくて仕方のない〝森林浴〟が始まって十日目。
ようやく楽しい出会いが始まる。
生い茂る密林の中の、敵の罠を警戒しての行軍はどうしたって遅い。
進めても一日せいぜい十キロ。
そしてこのシータル大森林は東西に三百キロ。南北に至っては七百キロもある。
三百キロメートルって言ったら元の世界で言うと、東京から名古屋くらいになる。
七百ならだいたい東京から広島。
その足元が舗装された硬いアスファルトの平坦な地面ではなく、腐植土と泥炭と砂利と木の根と罠が混ざってデコボコグチョグチョになっているのが今俺たちのいる場所。
そして目的とするアルビジョワ迷宮は森林のど真ん中。とてもじゃないが簡単にはたどり着けない。
そしてその古代遺跡を守るのが、こいつら。
アワワワワワ……
「おい何だこの声!?」
大羽が驚いて周囲をキョロキョロと見渡す。
「分からねぇ。どうせそこのノロマの言っていた、森に棲む原始人どもだ」
索敵スキルを発揮して密林を凝視する宮良。
鈍間でごめんね。
機敏で俊敏なお前がいつか死んだら、その脳みそをシカ革の鞣しに使ってあげるよ。きっと柔らかい革ができる。
「見張りがいるはずだ!早く見つけろ!!それと古舘!いつでもぶっ放せるように準備しろ!!」
「分かった!」
竹越に言われて弓に矢を番える古舘。
アワワワワワワワワワワ……
ジャングルの中を幾重にもこだまする、奇妙な高音の雄たけび。
声が退くどころか大きくしかも重なるということは、キルゾーンにどうやら俺たちは足を踏み入れたらしい。罠が見当たらないという〝罠〟の正体は、迷宮遺跡を守る森の部族たちによる集団攻撃かな。
「メヤハッ!ナハノシ!!カムメヤアノ!!」
樹上の一角。現れたのは魔物、ではなく亜人族。
亜人族。
人間族と同じように見えるけれど、スローロリスみたいに顔に対して目がとても大きくて、ヒゲと指先がものすごく長い。さらに耳は大きい椀型をしている。
文献で読んだ通り、典型的な鼠人族だ。それが片手に黒い金属を握っている。金属は海でサザエやアワビを獲る海女さんがもつイソガネみたいだ。
鑿の刃が端についたグリップはまっすぐで、鑿刃の反対側の先はフックみたいな鉤型に湾曲している。
「メヤハッ!ウナッ!イコノメッ!」「メヤハッ!サタウヤノッ!!!」
こんなに隠れていたのかっていうくらい、鼠人族がどんどん現れる。
そしてどいつもこいつも手にはイソガネ……
「ねえこの人たち何言ってんの!?」
イソガネかぁ。
穴の奥のサザエをとるように、森の侵入シャの内臓ヲソの鉤でほジくり出すのかな?
「知るかよ!ぼうっとしてるとリンチに遭って殺されっぞ!!」
岩ニ張り付くアワビをはがすみたイニ、森の侵入者の鼻や唇をその鑿で削グのかナ?
「レベルはこっちの方が上だ!行くぞ!!」
ハファザ司教の話だと、森の部族は全部で八つ。
亀人族のシノイ、鼠人族のキスモス、鹿人族のゴタルカ、蝲蛄人族のントゥム、蛙人族のザンティオ、人間族のタルパス、鰻人族のアレオパ、蝸牛人族のヤクチャ。
ドスンドスンドスンッ!
頭から生えるあの枝みたいな角と足の蹄からすると、今、竹越と奥宮に正面攻撃を仕掛けてきている連中は鹿人族のゴタルカで、枝や蔓を利用して移動し、隙をついてバックアタックを決めようとしている鼠人族はキスモスか。
シータル大森林に関する文献は、四冊は目を通した。
鹿人族ゴタルカの服従のポーズはたしか、頭を両手で覆って地面に突っ伏す。尻を突き出した状態で。
ス。
こんな感じか。鼠人族キスモスの場合は、ひれ伏して決して目を合わせないこと……。
「イナハニ!チクリ!テイテエハ!ニズミ!!!」
なになに?「敵は、八人、一人は敬意、示している」……よかった。
意思疎通なんとかできてる。
鹿人族の言語に目を通しておいてよかった。
他の知識は確か……あった。確認するか。
「ぐああっ!赤荻!ヒールをかけてくれ!!」
発音、男性名詞、女性名詞、単数形、複数形……
「分かった!……告げん。聖らけき光の精霊よ。傷つきしその者を汝の輝ける力で癒し給え……シャイニングヒール!」
定冠詞、不定冠詞、主語の活用形……
「古舘!朱莉を援護しろ!」
動詞の活用形、形容詞、副詞……
「任せて!……願え。我が炎熱の矢に汝の自由が蔑されぬことを……フレイムアロー!!」
名詞…………………………………残り七つの言葉も、一通りは覚えた。
「この沙友磨様に盾つくとはいい度胸してんじゃねぇかっ!……燃やせ。膿汁のごとき黒蛆の塊……全員死にやがれ!デーモンファイアー!!」
もっと早い段階で言葉を記憶しておけば良かった……は無理か。
頼もしいお仲間が後先考えず魔物を狩りまくるせいで昼も夜もその解体処理に追われていたから。
「亜人のチクショウめ。俺の槍の錆にしてくれる。……知りて散れ。呪われの奴隷よりも救うべき価が汝に無きことを……秘技!ブリッツスピアッ!!」
鼠人族と鹿人族のレベルはさっき見た段階で、こちらより少し低い。
ただしその数はこちらに比べて圧倒的に多い。しかもここは敵の支配地域。
つまりこちらの明らかな不利。
森の部族の様子からして、ここは普通、撤退戦をするべきだ。
これ以上先に進もうとしなければ、俺が降伏のポーズをとった時の連中の会話からして、深追いはしてこないはず。
それなのに竹越たちは退くどころか、殲滅しようとしている。
何を考えているの?
自分たちの必殺技をそんなにバンバン使っちゃって大丈夫なの?
魔力が底をついたらどうするつもりなの?……ああ、そっか。
俺が予備の医薬品や魔道具を買い込んで収納していることを、あてにしている。
はぁ……。
だから嫌なんだよ。それが当たり前だと思っているから。
ゲーム感覚で、誰かが最後は何とかしてくれる、やり直しが効くと本気で信じているおめでたさ。
大バカ野郎と本気で怒鳴りたくなる。
まあ、仕方ないか。
どうせこういう星の巡りあわせなんだ。俺はきっと。
あ~あ。図書館長からもらった餞別のお金まで使ってパーティー全体の生存率を高めようなんて、しなきゃよかった。
こんなことなら晴音ともっと美味しいものを食べれば良かった。
それにしてもこの降伏の姿勢、よく考えるとなんか恥ずかしい。
「はあ、はあ、はあ……やっと片付いたぜ」
森に、いつもの静けさが戻る。
「大丈夫!?マソラ君!」
「うん。俺は何ともない。それよりみんなは平気?」
「ぺっ!平気に見えるかよ!?」
「正直、きつかった」
俺は荷物から八人分の木製コップを急ぎ取り出し、大羽が運んでくれていた飲料水から水を注ぎ入れ、八人に配る。
「しっかし、よくもまあこれだけの敵を相手に戦ったもんだぜ」
「俺の槍があればこそだ」
「んだと!?てめぇの槍なんざたいしたことねぇ!俺のバスタードソードの魔法剣があったから勝てたんだ!」
「二人とも勝てたんだからケンカしないでよ!」
もっと竹越と奥宮に言ってやれ古舘。
「とにかくこれだけの数を押し返せたから、当分はこないよな?」
変なフラグを立てない大羽。だが警戒を怠らないことは大事だよ。
「偵察には、しばらく俺は動けねぇ」
つまり役立たずだね宮良。
「永津君の荷物から回復薬全部取り出して飲んじゃお~」
お前は毒に汚染された水を飲んだ方が今よりマシになるかもしれないよ浅野田。
「まだ迷宮にもついてないのにそんな無駄遣いできるわけないでしょ。マソラ!戦いじゃ役に立たないんだからここでキャンプ張る準備して!汗かいたからお風呂沸かして早く!」
そして無理を言う朱莉。
「風呂用の水なんてないから、川を見つけて水浴びしてくれよ」
亜空間にしまってある水甕の水は飲料水がなくなった場合の非常事態用だから、風呂用になんて使えない。
「川から水汲んでお風呂沸かせこのウスノロ!!」
妹の朱莉に怒鳴られ、仕方なく俺はキャンプの準備を始める。
竹越と宮良、奥宮は回復薬で回復した後、残党狩りという盗賊の真似事みたいなのをやり始める。
朱莉と古舘と浅野田は横になったまま動かず、大羽は火を起こし、火が落ち着くと晴音に火の番を任せ、亜人族の死骸を俺たちの目につかないところに運び出す。
ギュアアアッ……
死にかけの亜人族がとどめを刺され、悲鳴をどこかで上げている。それを聞きながら俺は薪集めと水源探しにいそしむ。
ん?……血のニオイがする。
「ヨマサ……ヌカナモリヨ……」
「!?」
岩屋のように太く節くれだった大樹の根本。
その根元の洞に俺は、重傷の鹿人族を見つける。洞の中に充満した血と汗と肉と土埃のニオイが鼻を突く。
??? Lv18(鹿人族)
生命力:7/400 魔力:0/30
攻撃力:190 防御力:15 敏捷性:30 幸運値:5
魔法攻撃力:6 魔法防御力:5 耐性:土属性
「ヨマサ……ヌカナモリヨ」
殺してくれ、か。
薪を抱えたまま俺は、血の泡を口からこぼす鹿人族の戦士に尋ねる。
「ミブワチノ?(家族は?)」
弱った戦士が目を瞠る。でも少ししてそれはほどけ、どこにでもいる若者の表情になる。
綺麗な黒い瞳。
「ハマヅヒ、コガアヌリ、ミトヒ(父、母、それだけだ)」
シカを解体した時によく見たよ。
砂まみれになってこちらを見る黒いそれを。
「ナオチシシノソ、イナギスニ(それなら、死ぬな)」
薪を下ろして回復薬を亜空間から取り出す。
一本で銅貨百枚の価値があるハイパーポーション。
それを鹿人族の口に注ぎ込む。戦士は咳き込む。俺はその背をさする。
「こんなつまらない世界に、老いて往く両親を残して先立つ必要なんてないよ」
洞の入口の樹皮を覆うイヤシゴケをむしり、傷口に当てる。その上から包帯を巻く。
??? Lv18(鹿人族)
生命力:211/400 魔力:0/30
攻撃力:190 防御力:15 敏捷性:30 幸運値:5
魔法攻撃力:6 魔法防御力:5 耐性:土属性
「まず親が死に、そして子が死に、最後、孫が死ぬ。逆だとみんな滅んじゃうでしょ?」
傷の処置を終えた俺は薪を拾いなおして立ち上がり、歩き出す。
「あ」
せっかくだから部族の情報をもらおう。そう思って振り返る。
「って、もういないや」
薬の効き目がすぐ表れたらしく、そこには既に、鹿人族の戦士の姿はなかった。
結局水源は見つけられず、朱莉の怒りは爆発する。
けれど女性陣の説得により、沸かしたお湯とタオルで体を拭くことで落着した。
一方の俺は、朱莉を怒らせたせいで朱莉に気のある竹越から殴る蹴るの暴行を食らい、楽しみだった食事が喉を通らず、夜を迎える。
「戦わなかったお前が今夜は一晩中見張りをやれ」
見張りが得意なはずの宮良が俺にそう言って足下に唾を吐く。
「了解。ゆっくり休んで、明日はその優れた目と鼻で水源を見つけてくれ。そうじゃないと妹に殺される」
「ふん。その前にてめぇに毒を盛ってやったっていいんだぜ」
鼻を鳴らしながら苦無を取り出す宮良。刃に毒は……なさそう。臭いがしない。
「それだと俺と一緒に料理を作っている赤荻も味見で死んじゃうかもしれないからやめてほしい」
「ちっ」
舌打ちとともに苦無がこちらに飛ぶ。
それは俺の頬をかすめ、後ろのゴワゴワした肌の樹木に突き刺さったような音を上げる。
ケア!
小さな声が背後から聞こえたので振り返ると、苦無は樹皮を這っていたアカヤモリを串刺しにしていた。体長は二十五センチ。鶏肉のような味だし食べ応えもある。毒腺さえ食べなければ死なない。
「ありがとう。後で串焼きにして夜食に食べるよ」
イラついた顔をする宮良に俺は礼を言う。
「前から薄気味悪ィ野郎だと思ってた。……テメェ頭イカれてんじゃねぇのか?」
「どうして?」
俺は頬から流れる血を指で拭き取り、舐める。うん。俺ノ匂いがスる。
「苦無を投げられて…………このキャベツ野郎が」
晴音に気のある宮良とこれまた楽しい会話を済ませて、俺以外テントで就寝。
同性同士、二人一組のテント。
それを運ぶ俺だけはなぜかテントで横になることを許されず、タープと寝袋。
まあいいよ。これはこれで開放的で、ありがたい。
ガサガサ。
深く、広く、濃いジャングルの深夜。
俺は処理した串刺しアカヤモリを遠火にかざしながら、焚火の傍に腰を下ろしている。
ガサガサ。
以前に八人が仕留めたシカの蹄を使ってボタンを作りつつ、まだ把握していない本の記憶を紐解いていると、茂みをかき分けて進む何者かの気配がある。
表情を変えずに俺は亜空間から解体用ナイフをそっと取り出す。
夜襲であれば大声で八人を起こさないといけない。
「ハレソ。キノゴエ(先ほどは、世話になった)」
「あなたは……」
薪を集めていた時に助けた鹿人族の戦士が一人。
ただし後ろには別の亜人族二人がいる。ヌメヌメとした体表と出目金のように飛び出した目。おそらく蛙人族ザンティオの女。
それと一人前の戦士を意味する刺青を全身に施した、外見は俺たち人間とほとんど変わらない人間族タルパスの男。
ただし他の二人と同じく、腐植土と堆肥が混じったような匂いがする。
いいね。「土」の匂いは嫌いじゃない。
「ギョリュハ、ギョノキ、ギョレヲサ、ギョコエテガケヲ」
なになに?………人間に、我々の言葉、通じる、無理……か。
「ギョギシギ、ギョギザンティオ、ギョギコデイ、ギョヤク(偉大なるザンティオの戦乙女が何の用でしょう)」
「「「!」」」
そんなに驚くことないでしょ。
次。人間族タルパスの言葉で伝えてみようか。
「まさか、ザンティオの言葉を理解できる者が森の外にいるとは思いませんでした」
今度はこっちが驚かされる。
俺たちの使う言葉が話せるのか。
なんだ。それなら通訳は不要になる。
「こんばんは。そちらの鹿人族の方とは先ほどお会いしました。お二人は初対面ですよね。初めまして。良かったらそこにあるアカヤモリの串焼きをどうぞ」
ステータスを確認して、冷静に対応することに決める。
鹿人族Lv18、蛙人族Lv17、人間族Lv22。
この三人を相手にして生き延びるには、舌先三寸で戦う以外にない。
で、その三人はすでに驚きの表情を消し、険しい顔になっている。
「貴殿らは何者で、なにゆえに森に参られた?」
人間族タルパスが気を利かせ、こちらの言葉で話し始める。
翻訳の負担がないだけでも助かる。考えることに集中できる。
「俺たちはアントピウス聖皇国から派遣されてこの地に参りました。このシータル大森林の中央にあるとされるアルビジョワ遺跡の調査が目的です。ロンシャーン大山脈帯の北の麓の神聖都市ウーリャオまでは転移魔法でひとっとびだったからいいんですけど、ウーリャオからこの大森林に入った途端、森にすむ魔物やみなさんの襲撃で手を焼き目を回しているのが現状です。ウーリャオで食料品だけでなく様々な道具や魔道具を……」
後半はいらないおしゃべり。
そのおしゃべりをどんな様子で受け止めるかを俺は観察中。
「もう結構です」
穏やかに制する人間族。
苛立たしそうにこちらを見る蛙人族。
目を閉じ何も表情に出そうとしない鹿人族。
人間族は煙草を取り出し、「失礼」とことわり、たき火の火を使い、一服ふかし始める。
「引き返してはいただけないでしょうか」
きた。
「俺はそうしたいです。何せ戦闘には不向きな荷役ですので」
「あなたに指揮権はないと?」
「火の番をしているこんなヒョロスケに、そんな大層なものがあるように見えますか?」
そう言って鹿人族を見る目を細め、微笑む俺。
鹿人族は彼の言葉で二人に「この方は戦闘がはじまってすぐに降参の意を見せていました」と言った。人間族は怪しむように目を細め、蛙人族は蔑むように笑みを浮かべる。
「明日の夜、総攻撃をかけます」
煙をゆるゆると吐いた人間族が射貫くような目を向けて言う。
「そうですか」
表情を変えず、視線を一度落として俺は答える。生きることを諦めた獣のように。
「あなただけは殺したくない。この鹿人族はそう申しております。ですので逃げる猶予をご用意するために、今参りました。ただし他の者にこのことを告げるようであればあなたを先に殺します」
そうきたか。
「なるほど」
たき火の爆ぜる音だけが静かに闇に響く。
考えろ。
八人を見殺しにしてここから逃げる?
実に魅力的な提案だ。
できるのなら収納魔法の亜空間に幼馴染のハルネと優マッチョの大羽と飲料水だけ詰めて逃げたい。
召喚者を生きたまま収納魔法の中に入れられるかどうかは実験していないから未知数だけど、この際バクチだ。四の五の言ってられない。……というのが案その一。名付けて「博打」。
案その二……「自助」。
俺のもつ亜空間内の食料や魔道具はここに一切置いていく。
そうすると目を覚ました八人はどうする?
答えは「どうしていいかわからない」。
なぜなら収納量が多く、収納している物の価値がそれなりに高いから。
そういうわけで八人はこの場所にしばらく留まる。
そして森の部族らによる八人の殲滅戦が始まる。
殲滅戦の大好きな八人は物資を使いながら勝負を受け続ける。
やがて持ち歩けるくらいに物資が減ったところで撤退するはず。しなければ死ぬだけ。
その頃には森の部族も相当数、兵隊を失っているかもしれない。
いざという時に頼りになる晴音と大羽のいる八人が力を合わせれば殲滅戦を撤退戦に持ち込むことはできなくもない。
それに期待し、俺は早々にどこかにとんずらする。
……とは言ったものの、これにも懸案事項がある。
それは、「召喚者の居場所は、GPSのように筒抜けだ」ということ。
聖皇側は俺達召喚者の体内に、発信機のような魔道具を知らないうちに埋め込んだらしい。
そしてその魔道具は埋め込んだ魔法使い以外、外すことはできないとか。
そんなトンデモ情報を親しいジブリール図書館長は以前、こっそり俺に教えてくれた。
ということは、だ。
仮にあいつら八人が生き延びてアントピウス聖皇国に帰還した場合、俺のアントピウス領内での身の置き所はおそらくなくなる。
理由は簡単なことだ。「薄気味悪いノロマ」の位置情報がシータルの森や外国にあれば、間違いなく俺が八人を売ったとみなされる。
行方をくらませて、ぼっちでゆっくりのんびり生きるのは憧れるけれど、きっと聖皇国から追手が差し向けられる。その頃には八人中少なくとも六人が俺についての素敵な情報を聖皇たちにでっち挙げているだろうから、捕まった俺には尋問と拷問のフルコースしか待っていない。
よって第二案「自助」、イマイチ。
となると次は……案その三。
「答えは如何に」
「……」
俺は黙したまま収納魔法を展開する。
亜空間からシカを取り出し、気だるげに睾丸をナイフで切り取り、生で口に放り込む。
気だるそうに、ゆっくりと噛んでみせる。
ムッチュ。ムッチュ……
魚肉ソーセージみたいでおいしい。
ムッチュ。ムッチュ。ムッチュ。ムッチュ。……
そしてお前らのその強張った表情も、美味しい。
ゴクリ。
シカの睾丸を呑み込む。
ぼんやりとした表情を解き、いきなり目をギョロリと剥く。三人に勝負をかける。
「ツチハリヲ、ゲンゲダトセ、シクリトア、カルアデタ、ニウヨルイ、トダノウイト、ラカダノルナニ、スヤリカニレ、サグナブコ、シベム、オテシニハ、ニウイノニ、ノルアニ、ノハノコテシ、ソスヤリガン、セチョウ、スヤリガン、センチョウ……」
「「「!!!」」」
「以上です」
冷たい表情を消す。
「……本当でしょうか?」
人間族の射貫くような目つき。殺気を漂わせたその雰囲気。嫌いじゃない。
「はい。嘘偽りのない真実だから、亀人族のシノイと蝸牛人族のヤクチャの言葉を混ぜて話しました。ここにいる召喚者の中で、シノイとヤクチャの言葉を理解できて話せるのは俺だけです」
「「「………」」」
三つの部族が顔を見合わせる。
うなだれ、額を近づけ、いくつか言葉をかわした後、たき火の前から立ち上がる。
「信じてもよろしいのですね?」
「ええ」
念を押され、穏やかに返す俺。
「やはり本当はあなたがこの召喚者たちの指揮官なのでは?」
「だったらありがたいんですけどね」
にんまりと笑みを浮かべ、睾丸の残りを口に含む。三人の亜人族がわざわざ会釈をして去る。
「ふう~」
まったく、生きた心地がしない。
でもとりあえず煙に巻いて窮地は脱した。
「首の皮一枚でつながったかな」
俺はシカ肉を亜空間にしまう。
代わりに手作りの獣脂石鹸と煮沸した井戸水を入れたヤギ革製の水嚢を取り出して手を洗う。
――身勝手で身の程をわきまえない八人が腹立たしいので、俺は彼らを始末したいと思う。でもあなた方、森の部族も知っての通り、あいつらはそれなりに強い。
だからあえてアルビジョワ迷宮を利用して始末する。
迷宮は深く手ごわい。
であるから、召喚者八人は迷宮に侵入すれば、どの道何人かは最下層にたどり着く前に魔物にやられて死ぬ。
そうでなくても、彼らが戦闘で弱ったところを俺がポーションに毒を混ぜて抹殺する。
それでも万が一生き延びて迷宮を出てきたら、その時はあなた方の出番だ。
落ち着いて一匹ずつ始末すればいい。日常が戻ってくる。
召喚者八人とまともにやりあったら、今日みたいにそれだけそちらの損失は大きくなる。
あるいは八人が本気で逃げようとすれば、いくらあなた方が全力で追いかけても一人か二人は森を脱出する。
そうなると生きのびた召喚者たちは必ず大軍勢を率いて聖皇国から報復に戻ってくる。そしてあなた方の部族の大人の男を皆殺しにし、女と子どもをさらっていく。
女は犯すために、子どもは洗脳して奴隷兵士に育てるために。
そうなっては嫌でしょ?
だから手を組まないか?
くり返しになるけど、召喚者八人に報復されずに確実に奴らを始末するには、召喚者にとって未知の迷宮と、そこに棲むであろう魔物を利用するのが一番確実だ。
だからここは協力しよう。
明日は夜ではなく、日が昇ってすぐに、捕虜になる申し出をしに各部族から二人ずつ我々の所へ連れてきてほしい。
もちろん俺は、あなた方が部族同士お互いに仲が悪いことは承知している。
迷宮を守るという共通目的があるから仕方なく協力しているに過ぎないことも知っている。
そこでここはフェアに、部族ごとに二人ずつ捕虜となってほしい。
八つの部族があるから計十六名の捕虜。
捕虜の扱いは俺が責任をもつ。迷宮までの道案内が済んだら必ず開放する……。
「こんな話を信じる奴がいるか」
声に出さず口の中だけでそう言って、俺はウシのように横たわる。
三人の森人はけれど、念を押して森の中に消えてくれた。
「ふうぅ」
俺はゆっくりとため息をつく。
異文化コミュニケーションはどのくらい相手の腹を探ればいいのか見当がつかないから本当に疲れる。
「はあ」
それにしてもまったく、手のかかる連れだ。
見張りにもう一人立ってくれれば、あるいは部族の夜襲をいきなり受けて、それが森から逃げ出す口実になったかもしれないのに。戦えない荷運びだけを見張りに立たせたりするなよ。少しは賢くな……
ガサガサ。
「……」
茂みが動く。闇が動く。
今日は客が多い。今度は誰だよ?
あのシルエット……大羽かな。
「おい、マソラ」
「……どったの?」
闇の中から予想通り、大羽が現れる。
「いや、お前が一人で見張りをしているのが心配になってな」
大羽はそう言って火の傍に「よいしょ」と腰を下ろす。
そっか。
優しいね、お前は。
でも今はそんなことより、どこから俺と部族たちのやり取りを聞いていたかが問題なんだ。
言語がわからなくても、やり取りを見ていただけで問題がある…………いや。
亜人族は馬鹿じゃない。
召喚者の大羽が近くにいるかいないかくらいは最初から分かるはず。
彼らが去った後、こいつがフラフラと起きてこっちに来たと考えるのが自然だ。
そうじゃなかったらこいつ、どうしようか。
大羽剛:Lv17(召喚者)
生命力:1200/1200 魔力:50/50
攻撃力:500 防御力:400 敏捷性:30 幸運値:70
魔法攻撃力:20 魔法防御力:105 耐性:土属性
特殊スキル:悲憤漢
永津真天:Lv5(召喚者)
生命力:201/240 魔力:1551/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土
特殊スキル:収納魔法
「いつも助けてもらって悪いね」
「それは俺のセリフだ。お前にだけ辛い仕事を押し付けて、本当にすまない」
「気にしないで。俺にはどうせ荷物運びと物作りくらいしか取り柄がないから。それより何か食べる?シカの脳みそのムニエルならすぐに作れるよ?」
亜空間から〝何か〟を取り出そうとしても怪しまれない環境を、とりあえず作る。
「うっ、いや、脳みそはちょっと遠慮しておく」
「それは残念。豆腐とチーズと白子を混ぜ合わせた感じが美味しいのに」
「お前、なんだか時々怖いな」
「え?そう?」
「ああ。……お湯だけ、少しくれ」
「分かった」
火で木が爆ぜる音だけが小さく闇に響く。
「大羽はどうしてそんなに優しいの?」
大羽がなかなか寝床に戻る気配がないので、仕方なく相手をする。
「え?なんだいきなり……そんなこと言われたことがないから分からないな」
「そう?きっといい両親に育てられたんだね」
警戒と実益を兼ね、俺は亜空間からとりだしたカモの処理を始める。
アルビジョワへ出発する十日前、無双網という設置型の罠を怪力もちの大羽が引っ張って一網打尽にしたもの。処理がまだだったのを思い出したから今やることにした。
「どうだろうな。ただ、親父がいつも言ってた。「男は気が優しくて力持ちにならないとダメだ」って」
「そっか。それは逞しい親だね」
時の流れていない亜空間から取り出したカモたちは無双網の中で激しく暴れている。その網の中のカモを一匹捕まえ、首もとの、左右の鎖骨が合わさるあたりに俺は人差し指を突っ込む。
永津真天:Lv5(ショウ喚者)
生命力:201/240 魔力:1560/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
マ法攻撃力:12 魔法防ギョリョク:96 タイセイ:土
特殊スキル:収納魔法
「お前、やっぱり変わってるな」
「どこが?」
大羽の方は見ず、カモを見ながら言葉を返す。
「いい親だとか、そんなこと、普通の高校生は言わないって」
「そう?」
突っ込んだ指で心臓を探す。心臓から出ている血管を指先で千切る。
「そういうもんだろう。で、お前の両親はどんな感じなんだ?」
「俺の両親?どうだったろう。覚えていないよ」
息絶えたばかりのカモを網から外して、思い切り振る。
腹の中から血の塊が飛び出る。
「覚えていない?この世界に召喚されたせいで忘れちゃったのか?」
「ん~そうじゃないんだけど……そうだね」
俺は言葉を探す。
ナガ、ツ
マソラ:Lv5(ショウ。カンシャ)
セ、イメ。イリョク:201/240 マリョ、ク:1700/1729
コ、ウゲキ。リョク:120 ボ
ウギョ、リョク:156 ビ、ンショ
ウセイ:144 コウウンチ:12
マホ、ウコ、ウ。ゲキリ。
ョク:12 マホウボ
ウギョリョク:96 タイセイ:ツチ
ト。クシュスキ、ル:ベ。クター
カモの屠殺用に伸ばしている人差し指の爪を見る。
飛び散った血の塊を見る。
「柔らかかった」
「なんだそりゃ?柔和って意味か?」
「うん。それそれ」
「お前、物知りのくせに時々ちっちゃな子どもみたいな表現を使うから「あれ?」ってこっちは思うんだよ。ギャップみたいなやつだ」
「そっか。困らせてごめんね。気を付けるよ」
次のカモを取り出し、心臓の血管を千切りながら答える。
永津真天:Lv5(召喚者)
生命力:201/240 魔力:1729/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土
特殊スキル:収納魔法
「気にするな。それより見張り、一人で大丈夫か?」
「うん大丈夫。何かあれば大羽を呼ぶよ」
言ってまたカモを振り、血の塊を飛び散らせる。
「分かった。……ん?おあっ!」
突然大羽が素っ頓狂な声を上げる。
「どうしたの?」
「バッタだ!俺、バッタがだめなんだ!」
見ると、火の明かりがかろうじて届く場所で、アシダカグモが獲物を前に威嚇のポーズをとっている。その獲物はバッタ……じゃなくて、大きめのカマドウマ。
カマドウマLv5(動物)
生命力:8/8 魔力:3/3
攻撃力:15 防御力:4 敏捷性:10 幸運値:2
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:なし
暗闇を捏ねてつくったような虫。
「大丈夫だよ。どうせそいつはクモに食われる」
アシダカグモLv7(動物)
生命力:20/20 魔力:1/1
攻撃力:20 防御力:5 敏捷性:8 幸運値:2
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:なし
「そ、そうなのか?」
「うん。その体がひん曲がったのはバッタの仲間のカマドウマ。クモの前じゃどうにも……」
バッ!
「「?」」
カマドウマが激しく跳ねる。それは一瞬だった。
一瞬のうちにアシダカグモを肢で抑え込み、クモの頭胸部と腹部の継ぎ目に噛みつく。
するとクモはたちまち動けなくなる。
アシダカグモLv7(動物)
生命力:0/20 魔力:1/1
攻撃力:20 防御力:5 敏捷性:8 幸運値:2
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:なし
……。
驚いた。
いくら顎が強靭だからって即座に神経節まで噛み砕いた?
それとも俺の知らない、毒をもつカマドウマがこの世界にはいるの?
というか生きている生物を襲って食べる時点ですごい。
へえ、予想を超えられるのは久しぶりだ。
「お、おいマソラ。こいつクモを食っちまった……」
「そうだね。驚きだ」
ズドッ。
「!?」
既に立ち上がっていた俺は、カマドウマに怯える大羽のために、静かに歩きつつ亜空間から戦利品のイソガネを一本取り出し、その鑿刃をカマドウマに突き刺す。
食事に夢中になっていたカマドウマは今さら驚いたように獲物を顎と肢から離し、背に刺さる鑿に必死に抵抗する。
けれど鑿から逃れることはできない。
俺はついでに、捕食から解放されたアシダカグモの死骸を反対側の鉤に突き刺し、イソガネもろとも焚火の中にくべる。
「ものみな全て灰になる。……これで全部おしまい」
カマドウマLv5(動物)
生命力:0/8 魔力:0/3
攻撃力:15 防御力:4 敏捷性:10 幸運値:2
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:火属性
「あ、ああ。すまない」
俺の微笑に、大羽はひきつった笑みで返す。
「気にしないで。気にすると眠りに障る。全て忘れて眠るといいよ」
俺は大羽をテントに送り返す。
大丈夫、こいつはシロ。
イソガネを背中から突き刺す必要はない。
「それにしても、気は優しくて力持ち、か。素敵だ。素敵な話だ」
闇にきっと亜人族たちの警戒の眼があると信じて、俺はやりかけたカモの処理に専念することにした。
夜が明ける。
墨色の空に太陽が浮かび始める。冷たく湿った風が樹々の葉を鳴らす。
久しぶりに横たわって目を閉じ、その音に耳を澄ませる……
「おい!この役立たず。いつまでも寝てんじゃねぇよ」
のは、叶わないらしい。
濃いローズと甘いミントの重なる匂いが不機嫌そうにご挨拶。
「ん……ああ、朱莉か。おはよう」
「お、おはようマソラ君」
パインとレモンの香りがする晴音が朱莉に遠慮しながら俺に挨拶してくる。
こいつらが同じテントで寝泊まりしていることが、不思議で仕方ない。
どう見ても朱莉は晴音を嫌っている。
何に敵対心を抱いているのかは知らないけれど、晴音がやることなすことにたいしていちいち嫌悪といら立ちの態度を示す。
それだったら一緒のテント生活なんてありえないでしょう、というところでまさかの一緒テント。
しかも言い出したのは朱莉から。世の中というか女子の世界は不思議だらけだ。
「イナニ!リクリ!!ノロイロイ!!」
「こいつら何言ってんだ!?」
「わからん。とりあえず面倒だから殺そう」
待て待てって。
「でも武器持ってないし、これってたぶん食べ物だよ~。くれるんだよきっと~」
「ちょっと待て。なんで昨日襲ってきた連中が俺らに食い物をよこすんだ?」
「だから殺そう。俺の経験値になれ」
俺から少し離れた所では、ピリピリしたやり取りが聞こえる。
ついでに色々な食べ物の匂いが漂ってくる。イモと柑橘類と魚の絶妙に合わさった匂いだ。
魚?ということはやっぱり渓流があるんだね。良かった。
これで妹の機嫌をとるために常備菜を作らなくて済みそう。
「俺たちがあまりに強ぇから恐れをなしてお供えもんでも用意したんじゃねぇのか?」
「だったらありがたいが、もし毒でも入っていたらやばいな」
「あっ!そうだ~!毒味だったら永津君にいつもどおりしてもらお~っ」
「ちょうど目が覚めたみてぇだ。おい鈍間!ちょっとこっちに来い!」
竹越たちの方へ、俺は向かう。
ふふ。
十六人の亜人族の集団。
約束通り、本当に来たんだね。
しかも手には武器を持っていない。
どんだけ愚直なんだ…………なんてね。そうそう。分かるよね、マッチョの大羽なら特に。
肩、腰、脚、腕、そして眼……こいつらなら、本気になれば武器なしでも十分こっちを殺れる。
ステータスもLv17で低くない。
仲間が潜んでこっちを見ていないわけはないだろうし。
やれやれ……こちらはこちらで予定通り勝負をかけるか。
「永津!こいつらが食いもん持ってきて、おまけに何か言ってやがる。とりあえずこれ食ってみろ」
蔑むような笑いを顔に張り付けた竹越に俺はとりあえず笑顔だけ向けてあとは無視し、食べ物を手にして膝をついている亜人族の前に、同じようにして膝をつく。
「「「「「「「「!?」」」」」」」」
差し出されている果物をそっと受け取り、当たり前のようにほおばりながら話しかける。
「シントメ(おいしい)」
「イショウシ、ニハハマヲギ(食物の中に毒は入っておりません)」
鈍い光を放つ、猛獣のような瞳を、俺はまっすぐ見つめる。
その目、すごく好きだ。よく知ッていル目。ケモノノメ。
「テングイ(それは残念)」
咀嚼して呑み込んだあと、ジョークを返す。
「てめぇ、こいつらの言葉がわかるのか!?」
「少しだけだけどね。昨日みんなが戦っている最中に思い出した。前に図書館で見た。それより向こうにコーンスープの素とホワイトソースとパンを用意しておいたから、こんなところに突っ立ってないでみんなで食べてていいよ」
驚く宮良に適当に返答して俺は亜人族との会話を続ける。
「ノソシ、クタンデヲ、ハノコ?(この果物は何?)」
「パリパイ、ノノラカガル、アデノ、ノノコ、ハココ。キスモス、シヨチワ、ナスシア、ノランナ。(これはパリパイの実といって、喉の渇きを止めます。滋養強壮もあるので、私たち鼠人族キスモスでは重宝しています)」
「ミツム、ラノヒ、ダリノカタニコセ、キアリリジン、ノイカタハ。ニテツ、ネニカ、ワリケルヲコ、ノヘンニハ、ハマオギト、イフトテイ。マハワズカ、カリノタ、ノナカニ、ノコレルヲア、ルコレオ、ルアデ、ケガナ。ニトコマ、ハノ、ルイテシオ。イニアヤ、マレ?(話は昨日俺のところへ来た三人からそれぞれ聞いていると思う。魔物の出没が少なくてあなたたちの仕掛けた罠のない安全な道を案内してほしい。最短距離で迷宮へたどり着いてこの八人を迷宮を使って殺す。俺と迷宮の討ち漏らした召喚者は、あなたたちが片付ける。それでいいね?)」
「アラキハ、セテ(もちろんです)」
「な、なんて言ってんだこいつら?」
「昨日は大変申し訳ないことをした。この森には大事な古代遺跡があって、その遺跡の宝を狙う不遜な冒険者や盗賊が少なくない。それであなた方もそうではないかと攻撃したが、その神々しい力、もしや神によって召喚された異界の使者ではないかと思った。もしそうなら遺跡への道案内をしたい……だって。どうするみんな?」
果物をクッチャクッチャ音を立てて行儀悪く食いながら答えを待つ俺。
「んだと!?」
「マソラでかしたぞ!」
「やった~!」
「俺は反対だ。それよりこいつらを殺して経験値にしたい」
「経験値経験値ってトチ狂ってんのかナス野郎。こいつらをアルビジョワ迷宮までの水先案内に使えば罠探知の仕事が減るだろうが。だったら使わねぇ手はねぇ。嫌ならてめぇが俺の代わりに罠を見つけて来い」
「マソラ君すごい!いつこの人たちの言葉を覚えたの!?」
「だから図書館でって……」
「根暗の引きこもりの読書が役に立っただけでしょ。さっさと朝飯食ったらこいつら連れて先行こ!つーかマソラがこいつらの面倒見ろよ」
「え、俺が?」
果物を食う手を止めて俺は朱莉や他の連中をあたふたと見る。
「そうだ。何かあったらお前が責任とれ」
「手に余って殺して欲しくなったら俺を呼べ。あっという間に始末してこのカイセイ様の経験値に変えてやる」
そう言って晴音以外は亜人族の食い物を奪い、俺と十六人の亜人族の元から去っていく。
やっぱり常備菜に毒でも入れておけばよかったかな。なんてね。
「マソラ君、大丈夫だよ。私も手伝うから」
「ああ。いつもありがとう晴音」
ここまですべて予定通り。
これであいつらから亜人族の傍にいるお墨付きを俺は得た。
だがまだだ。
「じゃあ晴音。少し手伝ってほしい」
今この瞬間、こいつら亜人族もまた、心の底で自分たちの方が〝上〟だと考えている。
ハカリゴトを謀る側。つまり〝上〟。
でも残念。
お前らは上にはなれない。
もちろん〝下〟にもならないけれど。
「何をすればいいのかな?」
上に立っていいやつは誰もいない。
俺も含めて、俺のハカリゴトは誰も〝上〟には立たせない。
「この大森林に入る前にウーリャオ村でたくさん買い物したのを覚えてる?」
「もちろん。マソラ君との買い物は絶対に忘れないよ」
パインレモンはどさくさに紛れて「私の気持ちに気づいて」オーラを全開にする。
でも今はそれどころじゃないのでオーラは無視する。
「でね、〝あれ〟をつけるのを手伝ってほしい」
「え?……あ、うん」
俺は立ち上がり、収納魔法から足枷を取り出す。亜人族はそれを見ていぶかしむ。
「これは奴隷用の足枷です。みなさんは俺たちから逃げない証としてこれをつけていただきます。この枷は二人で常に行動することを強制します。それで、みなさんが同族同士でいると俺の仲間は勘が良いので怪しみます。ですので、みなさんは別の部族の方と一緒に行動してもらいます。外したければ目的地まで早く俺たちを案内してください。目的地に着いた時点で鍵はお渡しします」
以上の意味のことを俺は八つの部族の言葉でくりかえして伝える。
そして晴音と一緒に彼らの前に枷を置いていく。
森の亜人族たちは戸惑いながらこちらを見る。俺はそれに満面の笑みを返す。
「目的を達成するためですので協力しましょう。さあ、枷をお付けください」
「あの、枷は、できれば同族同士で……」
俺は表情を元に戻す。
「それはなりません。俺の仲間はあなたたちの部族仲が悪いことを重々知っています。だからそれは利用しなくてはいけません。同じ部族の者同士が枷でつないであるだけならば、もしやよからぬことを企んでいるかもしれないと怪しまれます。その疑いをもたれぬようにするためです。もし誰と枷をつないで良いのか決められないのであれば俺が決めます」
「う……」
結局俺が十六人をただ男女に分けて、あとはランダムにペアを組ませる。
これでこいつらは共通目的のために行動するしかなくなる。
つまり一刻も早く俺たちを迷宮に案内するだけの装置になる。この枷は魔法だろうと怪力だろうと破壊できない特注品だ。
しかも鍵は超特殊。
ジブリール図書館長の餞別の半分と貯金ほとんどはこれに費やした。
「さあ、急ぎましょう」
情報を制すれば生存確率は上げられる。
持つべきものは召喚者仲間ではなく情報かもしれない。
神聖都市なんて名ばかり立派な寒村ウーリャオで老商人から引き出した情報は役に立った。
あの爺さんがいなければ八つの部族の仲の悪さにも気づかなかったし、報復の軍勢の話も思いつかなかった。奴隷商を見つけて余っている魔道具の枷を買おうなんて考えもしなかった。
まったくもって情報というやつはありがたい。
シータル大森林のチーム竹越の行軍は、ここにきてペースがぐんと上がる。
俺の荷物を分担してもってくれる亜人族の捕虜十六人のおかげで俺がまず普通に歩ける。
そして十六人の捕虜のおかげで、彼らの仲間の八部族はこちらに攻撃してこない。罠の場所も教えてくれるからあっという間に目的地のアルビジョワ迷宮までたどり着いた。
「実はですね、その枷に鍵はないんです」
「「!?」」
次の日の朝にはアルビジョワ迷宮に入ろうとする夜、お別れ会もかねて俺は晴音と一緒に亜空間から出したブタ一頭を丸々つぶして捕虜たちの十六人のために丸焼きにしながら彼らに言う。
ただし鹿人族の言葉だけを使って。他の十四人は言葉が分からず首をかしげている。
「正確に言うと、枷の鍵は最初からその枷についているんですよ」
串刺しにした三元豚の肉をあめ色にじっくり焦がしつつ、俺は説明する。
枷。
魔道具「疑殺の枷ザリチェ」。
それぞれの枷には絵の描かれた三つのボタンがカバー付きでついている。枷をつけられている奴隷だけがそのボタンの効果を発動させられる。
「あなたたちは二人ずつ、鎖でつながれた枷がつけられていて、その枷のせいで一定距離以上離れることができなかった。その枷を外すには、鎖で結ばれた枷をつけられている者同士が、同じタイミングで同じ絵のボタンを押せばいいんです」
俺は肉の焼き加減を確かめながら続ける。
「押すタイミングがずれれば、先に押した方が呪詛に蝕まれて死にます。ちなみに枷がはめてある足を切断して枷を取り去ろうとしても無駄です。呪詛が発動します」
下味のついた肉の焼き加減に気を付けながら俺は晴音と協力して串を回転させる。鹿人族の二人が唾ではなく息をのむ。汗が顎を伝い、地面に落ちる。
その様子が尋常じゃないことに気づき、他の十四人は鹿人族ではなく俺を見る。
「タイミングを同じにして、違うボタンを押すこともできます。絵柄を見てください。石の絵、ナイフの絵、葉の絵が描いてあるでしょう」
鹿人族があわてて枷の絵柄を見る。それで他の十四人の捕虜も枷の絵柄を見る。
硬い石はナイフに勝る。
鋭いナイフは葉に勝る。
植物は石を砕いて育つから石に勝る。
つまりじゃんけんと同じ。
「せ~ので同時に二人でボタンを押してください。その時相手に勝つボタンを押せば、相手は死にます……ねぇ晴音」
晴音に分かる言語に戻す。俺は肉の厚さと張りを確かめて、ナイフで切りとる。
「何?マソラ君」
「味見。はい、あ~んして」
晴音の口元に肉の切れ端をもっていく。
「ほぇ!え!?……あ~ん。はむ」
頬を赤くした晴音がめいっぱい口を開いて肉をほおばる。
「どう?」
「すっごく美味しい!全然パサパサしてない!柔らかくて、粘りがあって、脂がなんて言うか、水を吸った綿みたい。ほんと美味しい。それにその……うれしい。ねえ、私が今度はマソラ君に食べさせてあげる!」
潤んだ瞳の幼馴染は興奮気味。
「それを晴音にやらせたら向こうでお利口さんに肉を焼いている竹越と宮良に俺が串刺しにされちゃうから遠慮するよ。丁寧な食リポだけで十分」
「じゃあその、もう一回だけ……マソラ君に「あ~ん」して欲しい」
豚の皮と肉を切り取り、頬を紅くする晴音にもう一度味見をさせる。
鼻を小さく鳴らして笑う俺を見る鹿人族の顔は、ただただ凍り付いている。
「タイミングを合わせ、相手に勝つボタンを押せれば、相手の生前の経験値、能力、その他すべてが手に入ります。そして相手は死んで、枷も外れます。もちろん負けた者も枷は外れます。命の箍も外れますけれど」
また言語を鹿人族のそれに戻す。
ルンルン気分の晴音が渡してくれる木の皿に、切り分けたブタの肉塊を次々に俺は盛り付ける。
鹿人族の言葉がわからない捕虜十四人はとりあえず皿の肉を受け取る。
「話はそれだけです。素敵な枷でしょう?言葉が通じない相手を説得して、ぜひ同じ絵のボタンを同時に押して、二人とも生きたまま枷を外してください。もっとも、相手にはそんな善意なんてないかもしれませんけどね」
「どうぞめしあがってください」と言って俺は彼らから去る。同じくブタの丸焼きを用意してやった同級生たちとは離れたところで起こしておいた焚き火に移動し、十六人が食事どころではなく言い争う姿を一晩中静かに眺める。明日には彼らともお別れだ。
「何、したんだよ」
その火の番をする俺のところには、なぜか妹がくる。
晴音は宮良たちに呼ばれて彼らと一緒なのはいつものことだけれど、こいつが俺のところにしかも単独で来るのは本当に珍しい。
「どったの?」
座ったまま、俺は朱莉を見上げて尋ねる。
「森の連中がやかましいから気になって来た。あいつらに何したんだよ?」
「何も。ブタの串焼きをご馳走したから喜んでるんじゃない?」
「嘘つくんじゃねぇ!どう見たってパニクッてんじゃねぇか!」
「そうだね。たしかによく見るとそんな風にも見える。まるでバベルの塔が神に崩された時みたいだ。相手の言葉がわからないって恐ろしいね」
「訳わかんねぇこと言ってねぇで何をしたか説明しろ!」
俺は朱莉に疑殺の枷を説明する。
じゃんけんでアイコになる以外、二人同時に救われることのない呪いの枷。
裏切れば強くなれる枷。ただし裏切られれば犬死にする枷。
初めて説明を受けた時の鹿人族と同じような表情を妹が俺に向ける。
「お前、鬼畜かよ」
「鬼畜?どうして?」
朱莉はおびえたような、いらいらしたような表情をこちらに向ける。
「仲の悪い隣村同士で、同じボタンなんて押せるわけねぇだろ」
そう。遠くの村より隣村との仲の方が必ずといっていいほど悪い。さすが同じ山育ち。
「だったら全ての望みを捨てて死を待つか、永遠に枷をつけているしかないだろうね」
朱莉を見るのをやめ、焚火の小さな太陽を俺は眺める。
「地獄の亡者たちは手に長い箸を縫い付けられている。腹をすかせた彼らの前には常にご馳走が用意される。だけど手に縫い付けられた箸があまりにも長すぎて、自分の口に料理を運べない。永遠に」
「……」
「天国の亡者たちも実は同じく、手に長い箸を縫い付けられている。だけど彼らはみんな、お腹を空かせていない。理由は単純。目の前に用意されたご馳走を各々が長い箸で取り、それをほかの亡者たちの口に運んであげるから。利他の精神の集う地が天国。裏を返せば、人を信じられず、自分のことしか考えられないやつが在る場所、それが地獄」
火の向こうで必死に言い争う八つの種族を見ずに俺は言う。
「そんなおとぎ話が、この世界にはある。ところでバナナを焼いたんだけれど食べる?甘いけれどしつこくなくておいしいよ?」
「焼きバナナなんて食わねぇよこのノンキンタン!ちっ……地獄だとかくっだらねぇ!とにかくさっさとあいつらを静かにさせやがれ!」
吐き捨てるようにそう言った妹は、足早に俺から去っていく。
俺はのっそりと瞼を上げる。
「無理な話だよ。だってここはまさに、地獄そのものなんだから」
やがて何かに祈りをささげるポーズをし出す十六人を見ながら、俺は横たわり、サツマイモのように黄金色に焼けたバナナを口にしながら目を閉じる。
耳に八つの異なる言語が届く。「これは天罰か?あの男は神の化身なのではないか?」「この森でいがみ合う我々を懲らしめるために神が遣わした天使かもしれない!」「もしあの者が生きて迷宮を出てくることがあればその時こそこのボタンを同時に……」「あの方を奉じて今度こそ我らは一つに……」
何言ってんだか。
疑うとか信じるとか、そんなこと何も考えずさっさと同じボタンを押せばいいだけなのに。
頑固で間抜けだね。失うものがたくさんあるからそうなるんだよ。
それと、俺は俺だよ。
神でも悪魔でも何でもない、ただの荷物運び(ベクター)。
モニュ。モニュ。モニュ。モニュ……ゴクン。
それにしてもバナナは焼くとほんとに美味しい。
爛れているのに、涼やかデ、そのせいでもっと頬張りたくなる。この沸き立つ感覚、何かに似ているな。何だろウね、これ……。
永津真天:Lv5(召喚者)
生ヤ命力:238/240 魔力:1621/1729
攻マ撃力:120 防モ御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔リ法防御力:96 耐性:土
特殊スキル:収納魔法
「そう言えば、ノンキンタンって……」
暢気な野郎、か。懐かしい里言葉。山のおばアチゃん家を思い出した。
「ああ……そういうことか」
何ニ似ているのか、やっと思い出した。……たシかにあれはまあ、バナナかな。
「よっしゃあ!アルビジョワ大迷宮に突入すっぞ!」
リーダー竹越が音頭をとり、いよいよ大迷宮に入る。
大迷宮の入口は洞窟と同じでただの洞穴。扉もないから簡単に入れる。
「それじゃあ、今までありがとう」
最後に入る俺は荷物を背負った状態で、捕虜のふりをしてくれた亜人族十六人に八つの言語で礼を言う。彼らは各々好きなポーズで俺を見送る。ただ、部族ごとに同じポーズをしている。服従のポーズって……。
「御武運を」
目つきが変わった。獣らしくない、俺にとってなじみのあまりない優しい目つき。苦手だ。
「うん。隣にいるこいつも含めて皆殺しにしてくるよ」
隣に立つ晴音にわからない蛙人族の言語で短い挨拶だけをして彼らに背を向ける。洞窟から流れ出てくる冷気を帯びた風を全身に感じながら、俺と晴音は七人の仲間を追う。
「マソラ君は最後にあの亜人さんに、なんて言ったの?」
「みんなで生きて必ず戻るよって伝えたんだ」
「そっか。そうだよね。生きて必ず一緒に戻ろうね!」
「ああ」
「危なかったらいつでも私がマソラ君を守るから安心して」
「期待してるよ。いつもありがとう。でも張り切りすぎて魔力を一気に使い過ぎないよう気を付けてね」
「うん!」
魔力切れを補うポーションを大量に運ばされている運び屋として嫌味にならないよう、パインレモンの幼馴染に優しく釘を刺す。
晴音は釘を刺せるだけ、まだいい。
大羽はともかく、釘を刺せない連中は早々に魔物のエサになってくれれば苦労しない。
まったく。
「出たぞ!ジュレップカマキリだ!」
素材としての価値が少ない魔物が現れる。解体処理しなくて済む魔物はありがたい。
しかも相手は時として一撃必殺の鎌を振るう相手。がんばれジュレップカマキリ。
お前たちが鎌を握った天使に見えてきたよ。
ジュレップカマキリ Lv17(魔物)
生命力:190/190 魔力:500/500
攻撃力:600 防御力:30 敏捷性:240 幸運値:2
魔法攻撃力:70 魔法防御力:5 耐性:風属性
特殊スキル:馬割鎌
「レベルは17!全部で三体!支援魔法行くよ!……上がれ水烟。陽に輝きながら、野を駆ける兎を追いかけよ……ウォーターレインフォース!!」
「右端の奴は俺一人で殺る!……陽を求めて匍い出せ。人の世の業は盛夏の希求……ゴールドトライデント!!」
と、こちらが嘆いているそばから魔力を使い切る能天気の皆様。
使い切ったところでどうせ運び屋の俺がマジックポーションを無限に持っているからなんとかなると思っている。
運び屋は容器も含めて一本五百グラムはする魔道具を四十本しか持っていないなんて、考えてもいない。
そして自分たちは一本ずつしか持ち運んでいないのに、四十本を運んでいる俺を無能となじる。
はぁ、泣けてくるね。
「マソラ!周囲が暗い!照明を頼む!」
「わかった」
「早くしろキャベツ野郎!!」
宮良は無視して大羽のために灯火を用意する。
火晶石の入ったカンテラを亜空間から取り出し周囲を足元から明るくする。
さらに月火蝶の入った籠も取り出し、籠の中の蝶を放つ。
広い洞窟の中は上からも明るくなり、暗闇が退いていく。
「ん?」
八人が命がけで戦うさなか、後ろに下がっている俺はその時、自分の足元の虫に目が行く。
「カマドウマ……」
一匹のカマドウマがそこにいた。
拾ったのか捕まえたのか、とにかくゴキブリをムシャムシャと食べている。
カマドウマLv5(動物)
生命力:8/8 魔力:3/3
攻撃力:15 防御力:4 敏捷性:10 幸運値:2
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:火属性
食べる側も食べられる側も手のひらサイズを少し超える大きさであること以外、元の世界とは変わらない弱肉強食的食物連鎖。
「またお前か。殺した俺が憎くて冥界から化けて出たのかな?それとも他人の空似?」
相変わらず闇がよく似合うカマドウマ。
頭部から伸びる触覚がメチャクチャ長い。たぶん一メートルはある。それだけ長ければ何でも探知できそう。
なるほどね、闇も獲物もお前のものだ。
「それにしてもきれいな瓜実顔だね」
石に腰かけた俺は、ゴキブリを無心に食べるカマドウマの顔つきを褒めてやる。
カマドウマ。
別名はベンジョコオロギ。
多分最初に見つかったのがトイレだったんだろう。
迷宮で見つかっていればメイキュウコオロギとでも名付けてもらえたのかもしれない。
バッタみたいなフォルムだけど猫背。
そのせいでいつも下を向いている風貌。
触覚がとにかく異常に長い。
翅がないから残念ながら飛べない。
ゴキブリよりも人気がなくて、虫好きだって見向きもしない。
「それにつぶらな瞳をもってるんだね、君は」
気持ち悪がられ、煙たがられ、疎まれているその虫に、自分の姿を重ねてみる。
別にこいつは何も悪いことをしていない。
それなのにその存在は、否定的に、とらえられる。
ウフフ。
だったらせめて、俺くらいはお前の味方をしてあげるよ。
「俺の元いた世界にあった琉球という場所の方言だとお前は〝あの世の馬〟っていうんだよ。墓場で見かけるからだろうね。まるで死神みたいで、ベンジョコオロギよりは格好いいでしょ?そういえば、俺のおばあちゃんのところの言葉ではなんて言ったかな……」
俺は亜空間から取り出したカミキリムシの幼虫をパクリと口に放り込み、カマドウマのようにムシャムシャやりながら記憶を手繰る。……ほんとにトロみタいニオいしイ。
「しゃあっ!レベルアップだ!」
「すごい竹越君!」
「やるじゃねぇか。……へへ、俺も上がったぜ」
「ふん、今回経験値を一番得ているのは間違いなくこの俺だ」
「幸先がいい。この調子なら迷宮で全員レベル20越えも夢じゃないかもな!」
「あはは!大羽君のいじわるー!一人だけ絶対無理なのがいるじゃん!」
「あ、いやそういうつもりで言ったんじゃなくて……」
「あいつは最初から論外だから別に気にしなくていいし」
「マソラ君!終わったよーっ!!」
竹越沙友磨:Lv19(召喚者)
生命力:1000/1000 魔力:160/160
攻撃力:600 防御力:250 敏捷性:150 幸運値:40
魔法攻撃力:70 魔法防御力:75 耐性:火属性
特殊スキル:傲慢火
宮良翔平:Lv18(召喚者)
生命力:850/850 魔力:420/420
攻撃力:500 防御力:200 敏捷性:360 幸運値:55
魔法攻撃力:280 魔法防御力:165 耐性:闇属性
特殊スキル:珀尺隠
奥宮櫂成:Lv20(召喚者)
生命力:980/980 魔力:250/250
攻撃力:1300 防御力:180 敏捷性:190 幸運値:20
魔法攻撃力:300 魔法防御力:330 耐性:光属性
特殊スキル:加心励
古舘華:Lv17(召喚者)
生命力:500/500 魔力:560/560
攻撃力:360 防御力:70 敏捷性:70 幸運値:100
魔法攻撃力:600 魔法防御力:230 耐性:火属性
特殊スキル:雲命火
浅野田結芽:Lv16(召喚者)
生命力:450/450 魔力:700/700
攻撃力:35 防御力:45 敏捷性:30 幸運値:65
魔法攻撃力:770 魔法防御力:780 耐性:水属性
特殊スキル:夜蝋雀
大羽剛:Lv18(召喚者)
生命力:1300/1300 魔力:55/55
攻撃力:600 防御力:500 敏捷性:35 幸運値:75
魔法攻撃力:25 魔法防御力:155 耐性:土属性
特殊スキル:悲憤漢
永津朱莉:Lv16(召喚者)
生命力:660/660 魔力:250/250
攻撃力:320 防御力:170 敏捷性:380 幸運値:100
魔法攻撃力:300 魔法防御力:125 耐性:風属性
特殊スキル:櫛沐風
赤荻晴音:Lv16(召喚者)
生命力:500/500 魔力:700/700
攻撃力:145 防御力:200 敏捷性:50 幸運値:100
魔法攻撃力:800 魔法防御力:780 耐性:光属性
特殊スキル:綽綽余
俺は月火蝶だけを籠に戻し、荷物を背負い、カンテラを手にして立ち上がる。
カマドウマに別れを告げて。
剣の竹越と槍の奥宮が先頭。
彼らに守られるようにして短剣の朱莉と魔法の浅野田、弓の古舘が続く。
三人の女子の左右を拳の大羽と暗器の宮良が固める。三人の女子のすぐ後ろを治癒の晴音が歩き、その後ろ、つまり最後尾は荷物運び(ベクター)でお荷物の俺がついていく。
もし気が利いて優しさのあふれる力持ちの仲間がもう一人いたら、そいつは俺の後ろについて俺を守ってくれるだろうか?
たぶんそれはない。
大羽がもう一人いたとしても、こいつは竹越や宮良と敵対する度胸まではない。竹越がリーダーである以上、俺はイジられ、ハブられ続ける。……と、砂蛇の指輪に反応あり。やっぱり自分の身は自分で守らないとダメだね。
俺はそっと石を拾い、魔物が近づいてくるらしい後方に素知らぬ顔で放り投げる。
「!?」
その音で前を行く八人が俺の方を見る。俺は「へ?」という顔をして彼らより遅れて後ろを見る。先に気づいて魔物とのエンカウントを俺が知らせたとなると、敵感知スキルを発動させている宮良の機嫌が悪くなる。
だからあくまで自然体をよそおう。
この駆け引きの連続が本当に面倒くさい。というか宮良、敵感知スキルの死角が多すぎなんだよ。俺がイノシシならとっくにお前を突き殺しているよ。
「結構、潜ったな」
「ああ。たぶん地下二十階まで来たと思う」
「意外に余裕じゃねぇか」
「うちらが超強いからここまで余裕で来れちゃったんだよ!」
やれやれ、まずい。
迷宮の調査が順調に進んでいる。
こんな考えなしの英雄気取りの集団でも二十階層までたどり着いてしまう。
そりゃそうだ。
俺の担いでいたマジックポーションはほとんどすっからかん。
そして俺の収納魔法の亜空間は、こいつらが手に入れやがったドロップアイテムとこいつらに命令されて解体した素材のせいで破裂寸前。
ゲームのように快適でスリル満点のハンティングライフを夢中で満喫中の八人。
それを支える俺は本当に楽しくて仕方がない。
魔物じゃなくて俺が代わりにこいつらを殺したくなる。
「あれジエンウサギじゃない?」
うまく言いくるめてカンテラを俺以外の八人にも持たせることに成功したから、闇は絶えず明るい。その八つのカンテラが、毒々しい毛並みの魔物を照らし出す。
ジエンウサギ Lv26(魔物)
生命力:220/220 魔力:700/700
攻撃力:1000 防御力:500 敏捷性:500 幸運値:2
魔法攻撃力:10 魔法防御力:250 耐性:土属性
特殊スキル:戦飛脚
「ほんとだ。Lv26……え?レベル26!?」
「は?……マジかよ」
魔物の顔面には真っ白の眼が二つ。視覚が機能しているようには思えない。
「ふふっ、どうやら俺が本気を出さねばならない時が来たようだな」
「恰好つけてんじゃねぇ。よく見ろ。七匹もいやがる」
そしてソペリエル図書館の文献によれば、その二本の鋭い角と細い複数本のヒゲが赤外線を探知するんだったかな。角で芋刺しにされた二人の兵士の挿絵と一緒に説明があった気がする。
「嘘でしょ!ねえ、ちょっとヤバいよ!!」
「全員、本気を出さないと死ぬかもしれないぞ!!」
あの角、どれくらいの硬さなんだろう?
角の回収はともかく、角だけ加工するの、手間がかかりそう。
肉はどうなんだロう?
硬直が解けた肉の感触は?
親指ト人差し指の間で脂肪を揉ンだら、溶けテナくなるのかな?
だとしたラ上質だ。
いて、ん?
カマドウマLv5(魔物)
生命力:8/8 魔力:3/3
攻撃力:15 防御力:4 敏捷性:10 幸運値:2
魔法攻撃力:1 魔法防御力:1 耐性:火属性
こんなところにもカマドウマがいる。ちっちゃいし体が細いから子どもかな?
お前たちはヒトまで食べようとするの?
怖いね。
ごめん今、考え事をしているから俺にちょっかい出さないで。はい。
ドスッ!
イソガネをあげる。
そこで大人しく串刺しになってて。
「上等だゴラァ!全部ぶっ殺してやる!!」
そして殺す。血が滾ったのか引き返す流れにならず、勢いで下層に向かうリーダー。それに従う残り。本当に進むの?そろそろ潮時だよきっと。
キキッキ。キケケケ。ケケッ!!
魔物の鳴き声が幾重にも重なり迷宮内を木霊する。
地下二十一階層から様子が変わった。
魔物自体のレベルも、出現頻度つまりエンカウント率も跳ね上がった。
ギャロップワニ、レベル23。
カンガルーヘビ、レベル27。
サメコウモリ、レベル24。
ベニクマムシ、レベル25。
イノシシコブラ、レベル29……。
城でマリク・ブロイニング枢機卿が言っていたけれど、自分たちとレベルが15以上違ったら戦わないほうがいいらしい。理由は「無謀すぎる」から。
ギャロップワニ Lv23(魔物)
生命力:900/900 魔力:40/40
攻撃力:2000 防御力:300 敏捷性:50 幸運値:2
魔法攻撃力:5 魔法防御力:500 耐性:水属性
特殊スキル:力躍顎
カンガルーヘビ Lv27(魔物)
生命力:400/400 魔力:300/300
攻撃力:500 防御力:990 敏捷性:390 幸運値:2
魔法攻撃力:100 魔法防御力:150 耐性:土属性
特殊スキル:悔沈毒
最も戦闘技術そのものを持たない俺はレベルが同じでも勝てる気がしない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
サメコウモリ Lv24(魔物)
生命力:200/200 魔力:1900/1900
攻撃力:100 防御力:50 敏捷性:300 幸運値:2
魔法攻撃力:600 魔法防御力:25 耐性:風属性
特殊スキル:損喘波
ベニクマムシ Lv25(魔物)
生命力:60/60 魔力:100/100
攻撃力:70 防御力:3500 敏捷性:5 幸運値:2
魔法攻撃力:101 魔法防御力:2500 耐性:闇属性
特殊スキル:徒爾耐
エンカウントする魔物たちとのレベル差が徐々に15に近づいているのに、なかなかチーム竹越は止まろうとしない。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
イノシシコブラ Lv29(魔物)
生命力:1200/1200 魔力:900/900
攻撃力:1500 防御力:900 敏捷性:400 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:40 耐性:土属性
特殊スキル:刑集鱗
格上の魔物の相手をしつづけて、疲労困憊する八人。
マジックポーションはすでにない。
その責任を擦り付けられ、俺はいつも通り竹越に殴られる。
でもいつもとは異なり、殴っても状況は変えられないのが今。
俺は仕方なく晴音の採集した薬草と大羽が運んでくれている水を調合して即席のポーションを作りはじめる。その間、俺を手伝う晴音以外の七人は先に進むか戻るかで揉める。
自分の命もかかっているはずなのに、こういうやりとりを俺は他人事みたいに見る癖がある。
だからたぶん、人に嫌われる。
以前「余裕かましてんじゃねぇ」と宮良に蹴られて、他人の目というものを知った。
別に余裕をかましているわけじゃない。
執着がないだけだ。
こんな人生も、こんな世界も。何もかも。
どうせどこの世界で生きていても、俺は誰かの尻ぬぐいをやるだけだ。だから正直どうなってもいい。それだけだ。たぶん。
「ねえこれ以上はもうやめようよ!」
「俺はまだやれる」
「だったらてめぇだけ先に行け!」
「もう入口まで戻る体力なんてないし……」
「十一階層に結界張るところがあった!あそこまで戻って休憩するのはどう?」
喚く一同。会議は踊る。されど進まず。
議長であるリーダー竹越が判断を迫られている。
どうする?
切羽詰まった顔をしているけれど、普段あまり使わないその頭は回転している?
悩む問題じゃないだろうに。
補給の尽きた軍隊はさっさと撤退するのが基本中の基本だよ_
「この階層は二十一階層だよな?」
さあ、何を言い出す?
「え?そうだけど」
「十一階層に休めるところがあったってことはよ、ここにもあるってことはねぇか?」
肩で息をしていた全員が黙る。
ポーションをつくる俺の動作だけが、静かに音を立て続ける。
ふふふふ……。
こいつはやっぱりバカだ。
そんな不確定要素を当てにして先に進む部隊指揮官なんていない。
十一階層まで戻ってとりあえず休めるだけ休み、あとはどんな犠牲を払ってでも入口に戻る。これ以外の選択肢は本来存在しない。
「なあ宮良、お前の探知スキルでこの階層全体を見通せねぇか?」
「いくら俺のスキルでも階層全体なんて見えるはずねぇだろ。十一階層の時と一緒で、部屋を一つ一つシラミ潰しに調べていくしかねぇよ」
偵察担当。能力不足と過度の消耗で役に立たず。
「ねえどうするの!?」
「うっせぇ!今考えてんだ!ギャアギャアぬかすな!おいヘタレ!ポーションはまだできねぇのかよ!」
「ごめん、もうちょっと待ってほしい」
つまらないとばっちりを受けた俺は穏やかに答える。
そうこうしているうちに俺の砂蛇の指輪がまた反応する。同時に宮良が魔物の気配に気づく。
「魔物だ!……ウーディンガメだと!?」
ウーディンガメ、か。
ウーディンガメ Lv16(魔物)経験値大量所持
生命力:100/100 魔力:900/900
攻撃力:15 防御力:400 敏捷性:10 幸運値:1000
魔法攻撃力:20 魔法防御力:30 耐性:闇属性
特殊スキル:運軌昇
「ウーディンガメ!?はははっ!激レアモンスターだ!しかもレベルは16!これは俺の獲物だ!!」
ウーディンガメという魔物の甲羅は防具の素材としてバカ高く売れる。
しかも経験値が豊富ときている。しかもレベルとしてはさっきの魔物たちより低いし、出現数も一匹と少ない。
ウーディンガメ。
こういうのがこのタイミングで出るなんて、本当についていない。「撤退」の二文字がこいつらの頭から消えるかもしれない。
まずいな。ほんとに回復薬にしびれ薬でも混ぜてやろうか。
「やった!レベルがあがった!!」
「体力も回復してる!!」
「よっしゃあっ!」
そしてこの世界における謎のシステム。
竹越沙友磨:Lv20(召喚者)
生命力:1100/1100 魔力:190/190
攻撃力:670 防御力:300 敏捷性:180 幸運値:40
魔法攻撃力:100 魔法防御力:95 耐性:火属性
特殊スキル:傲慢火
宮良翔平:Lv19(召喚者)
生命力:900/900 魔力:460/460
攻撃力:540 防御力:260 敏捷性:400 幸運値:55
魔法攻撃力:320 魔法防御力:180 耐性:闇属性
特殊スキル:珀尺隠
奥宮櫂成:Lv21(召喚者)
生命力:1000/1000 魔力:300/300
攻撃力:1500 防御力:200 敏捷性:200 幸運値:20
魔法攻撃力:340 魔法防御力:360 耐性:光属性
特殊スキル:加心励
古舘華:Lv18(召喚者)
生命力:520/520 魔力:590/590
攻撃力:400 防御力:75 敏捷性:75 幸運値:105
魔法攻撃力:650 魔法防御力:280 耐性:火属性
特殊スキル:雲命火
浅野田結芽:Lv17(召喚者)
生命力:490/490 魔力:750/750
攻撃力:40 防御力:50 敏捷性:35 幸運値:65
魔法攻撃力:900 魔法防御力:880 耐性:水属性
特殊スキル:夜蝋雀
大羽剛:Lv19(召喚者)
生命力:1500/1500 魔力:60/60
攻撃力:670 防御力:600 敏捷性:40 幸運値:80
魔法攻撃力:30 魔法防御力:185 耐性:土属性
特殊スキル:悲憤漢
永津朱莉:Lv17(召喚者)
生命力:700/700 魔力:300/300
攻撃力:370 防御力:200 敏捷性:440 幸運値:105
魔法攻撃力:330 魔法防御力:140 耐性:風属性
特殊スキル:櫛沐風
赤荻晴音:Lv17(召喚者)
生命力:540/540 魔力:800/800
攻撃力:150 防御力:220 敏捷性:55 幸運値:105
魔法攻撃力:900 魔法防御力:880 耐性:光属性
特殊スキル:綽綽余
経験値が一定量たまるとレベルが上がり、その際に体力や魔力がレベル上昇に伴って増えた分も含めて全回復する。
まるでゲーム。
そしてゲームみたいなシステムがあるくせに、生命力が0となり死ねば、いくら治癒魔法をかけても蘇らないという超現実。
「よし。できたよ」
ポーションが完成したことを知らせるも、レベルの上がった七人は聞いていない。強くなった自分たちに酔っている。そのせいで今の今まで死にかけていたことをもう忘れている。
「ねえみんな、せっかく体力と魔力が回復したのなら、十一階層まで戻ろう」
仕方なく俺は一応提案してみる。晴音がハッとした表情でそれを後押しする。
「そ、そうだよ!マソラ君の言う通り、ここは戻った方がいいよ」
晴音。「マソラ君の言う通り」が余計だよ。
そのせいで通る話も通らなくなるんだ。
「戻らねぇ!二十一階層をくまなく探す!」
竹越が強く言う。ほらね。
「ウーディンガメが出るなら、レベルも上がる。レベルが上がれば当面回復はできる。そんで結界が張れる場所が見つかればレベルが上がらなくても休憩がとれる。結界が張れればここで十分レベル上げをしたうえで先に進むか十一階層まで戻るか決められる!」
「どうだ俺様のアイデアは」という自信満々の表情で竹越が座っている俺を見下ろす。「れば」「たら」で塗り固められた絵空事が完成したのが、そんなに嬉しいの?
「そう、だね」
「そううまくいくといいが」
「俺はここでさらに強くなる」
「強くなってからなら、生きて戻れる確率も上がるよね」
そしてリーダーの決断でおかしな方向に組織は進みだす。
ウーディンガメが何匹も出る保証があるの?
魔力も回復薬も底をついた後、レベルが上がるまでの回復はどうするの?
どうしてそんな単純なことがわからないんだろう。命の奪い合いという極限状況にあるからだろうかな。
それともこいつらは頭のネジが緩いんだろうか。この異世界をゲームか何かだと思ってるんじゃないのか。まあ確かにゲームっぽい要素はある。
けれど死んだらそれで終わり。なんでそのことにもっと注意を払わないんだろう。
「いくぞ!!」
こうして、俺たちの二十一階層探索が始まる。仕方なく俺は急いで空の瓶にポーションを詰めて彼らの後を追う。
「またウーディンガメだ!レベルは18!」
「ついてる!私たち超ツイてる!!」
俺の予想に反して激レアモンスターが出没し続ける。
ウーディンガメ Lv18(魔物)経験値大量所持
生命力:105/105 魔力:1200/1200
攻撃力:17 防御力:405 敏捷性:11 幸運値:3000
魔法攻撃力:22 魔法防御力:34 耐性:闇属性
特殊スキル:運軌昇
そして探索は進む。
けれど結界が張れる場所はいっこうに見つからない。
でも激レアモンスターはチーム竹越の期待を裏切らず出没する。だから張り切る七人。
ウーディンガメ Lv16(魔物)経験値大量所持
生命力:100/100 魔力:900/900
攻撃力:15 防御力:400 敏捷性:10 幸運値:2000
魔法攻撃力:20 魔法防御力:30 耐性:闇属性
特殊スキル:運軌昇
ウーディンガメ Lv17(魔物)経験値大量所持
生命力:103/103 魔力:1000/1000
攻撃力:16 防御力:403 敏捷性:10 幸運値:2500
魔法攻撃力:22 魔法防御力:31 耐性:闇属性
特殊スキル:運軌昇
ウーディンガメ Lv18(魔物)経験値大量所持
生命力:105/105 魔力:1200/1200
攻撃力:17 防御力:405 敏捷性:11 幸運値:3000
魔法攻撃力:22 魔法防御力:34 耐性:闇属性
特殊スキル:運軌昇
とうとうまた八人のレベルが上がる。
テンションも飛躍的に上がる。
その七人の輪にいつの間にか晴音まで加わる。
まあ、仕方ないか。〝こっち〟はいつだって俺一人だ。
ピチャッ。
ん?水たまりか。
あれ?
カマドウマが四匹死んでる……これはすごい。
カマドウマLv5(魔物)寄生支配
生命力:0/8 魔力:0/3
攻撃力:15 防御力:4 敏捷性:10 幸運値:2
魔法攻撃力:1 魔法防御力:1 耐性:闇属性
カマドウマLv5(魔物)キセイ支配
生命力:0/8 魔力:0/3
攻撃力:15 防御力:4 敏捷性:10 幸運値:2
魔法攻撃力:1 魔法防御力:1 耐性:闇属性
カマドウマLv5(魔物)寄生シハイ
生命力:0/8 魔力:0/3
攻撃力:15 防御力:4 敏捷性:10 幸運値:2
魔法攻撃力:1 魔法防御力:1 耐性:闇属性
カマドウマLv5(魔物)キセイシハイ
生命力:0/8 魔力:0/3
攻撃力:15 防御力:4 敏捷性:10 幸運値:2
魔法攻撃力:1 魔法防御力:1 耐性:闇属性
どれもこれも腹からハリガネムシがラーメンみたいにウニョウニョ出ている。
ハリガネムシに寄生されて神経節と脳をやられて溺死させられるとは、お前たちも悲劇だね。
いや。でもこうして離れた所から全体を見ていると、喜劇にも思えてくる。
死んだ節足動物と生きた類線形動物が混ざり合いもつれあい、水たまりの中で一つになってる。……こういうのは嫌いじゃない。水たまりに映りこむ俺に、よく似あう。
ナガ、ツ
マソ ラ:Lv 5(シ ョウ。カンシャ)
セ、イメ。イリ ョク:2 3 1/2 40
魔力:1711/1729
コ、ウゲ キ。リョク:1 20 ボ
ウギョ、リョク:15 6 ビ、ンショ
ウセイ:1 4 4 コウ ウンチ:12
マホ、ウコ、ウ。ゲキリ。
ョク:1 2 マホウボ
ウギョ リョク:96 タイセイ:ツチ
ト。クシュスキ、ル:ベ。クター
「おい!隠し部屋があったぞ!」
レベルアップした宮良の探知スキルにより、二十一階層で初めて隠し部屋が見つかる。レベルが上がることで体力も魔力も回復している一同ははしゃぐ。
妙にヒンヤリする隠し部屋の中にある、無造作に転がる宝箱。ほとんどが空(a)いているが、一つだけ閉じているのがある。ただし錠のようなものはついていない。
「宮良、あれは罠か?」
大羽がささやくように問う。
「恐らくそうだと思うが、見てみる」
盗賊職の宮良は宝箱の鑑定スキルまで持っている。便利だね。
「罠だ。ヴァルキリースライムが中に入っている」
「なにっ!?今ヴァルキリースライムといったか!?」
興奮して鼻血でも出しそうな勢いの奥宮。
「ああ。だからやめとけ。超がつくほど激レアの魔物だが、こいつらはかなりやべぇスキルを持ってる。即死魔法だ」
「即死!?」
「あの、魔法の授業で禁忌中の禁忌っておそわったやつ!?」
「ああ。だから開ければいきなりパーティー全員即死するかもしれねぇ。それでも開けるってんなら開けようとした奴からまずぶち殺す」
宮良の丁寧な説明のおかげで奥宮が悔しそうな表情をして引き下がる。
「しかしせっかく見つけた隠し部屋なのに宝箱が空っていうのは残念だな」
大羽、余計な感想は控えてくれ。
そういう時に限って良くないことが起きる。
「あっ!」
宮良が驚きの声を上げる。当然全員が宮良を見る。
「どうした?」
竹越が問う。
「……別の隠し部屋に、通じてる」
部屋の壁を構成するレンガはところどころ飛び出ている。その一つを宮良が押す。
ズズズゴ。シュン。
するとレンガが光を上げて消える。
壁の向こう側が広がる、大きな空間。
「「「「あっ!!!」」」」
そして十一階層で見たのと似たような魔法陣。
「あったぞ!魔法陣だ!!」
宮良と一緒に走っていった大羽が大声で俺たちに知らせる。一同に歓喜の声が上がる。
……。
……。
空気は凍えるように冷たい。
不自然に大きな広間。
まわりに転がる人間族や亜人族の死骸。
死骸たちは金銀財宝や武器を手にしている。
「ねえすごい!これ全部お宝だよ!」
死骸は冒険者やアントピウス聖皇国の兵士のような恰好をしている。
ここに来るまでにもたくさんの死骸はあったが、どれもこれもかじられたり殴られたりちぎられたりしているのか、身に着けているものはすべてボロボロだった。
けれどここにある死骸はどれも小ぎれい。
「見たことがあるぞこの槍……これは囀槍レバンテイン!そうだ間違いない!!」
白骨化しているのは一緒だけれど、なぜか傷が見当たらない。
「この宝石、ウチに似合うじゃん」
武器や防具だけでなく、骨にまで傷がない。
「マジで財宝だらけだ……ん?おいこれ、リガオン先生の持ってた縛剣ペンドラゴンそっくりだ!」
怪我をした形跡なし。
感染症に蝕まれたような様子もなし。
「これ蝶杖エターナルワンドだよ!絶対間違いない!教科書に描いてあったもんこれ!」
であれば空腹で死んでいった?
こんなにたくさんの連中がそろいもそろって餓死?
「もしかして魔剣とか宝具もこの中に混じっているのかもしれないぞ!!」
あり得なくもないけれど、どうにも不自然だ。
「誰かアイテム鑑定スキル持っている奴はいねぇのかよ!!」
そしてそもそもどうして魔法陣の傍に死体が一つもない?偶然?
「すごい。私たち……すごい発見をしちゃったんだよ!」
気づけば晴音もみなと一緒になって死骸からアイテムを引きはがして大騒ぎしている。
すごい発見か。
それなら俺も一つある。
十一階層とこの二十一階層の魔法陣の絵図は似ているけどよく見ると違う。読めないけど文字のような記号が12個、こっちの方が多い。
ブルブルブル……
俺の砂蛇の指輪が激しく揺れる。
周囲をゆっくりと見渡す。
魔物の姿はどこにもいない。
さっきの宝箱の中のヴァルキリースライムが出てきた?
それともウーディンガメのみなさん?
「……!」
部屋の真ん中の魔法陣の記号がわずかに光ってる……。ランダムじゃない。何かルールがある。なんだろう。展開の中心があって、光る点が……解析学のテーラー展開みたい。
カッ!!!!!!!!!
激しい閃光が魔法陣からあがる。あまりのまぶしさで目を閉じる。
「なんだっ!?」
「きゃあっ!!」
目をゆっくりと開ける。暗闇に目が慣れるまで数秒かかる。
「!」
状況というよりも、意味がわからなかった。
グルルルルルルル……
ゲェフッ!ゲェフッ!
シシシシシシシシシシシ………
やがてそれが魔物の大群であることを理解する。
魔物が広い部屋の壁という壁を埋め尽くすほどたくさんいることを理解する。
視界の中にある魔物の名前とパラメーターを見る。
バオズカンガルー Lv34(魔物)
生命力:990/990 魔力:700/700
攻撃力:2500 防御力:1990 敏捷性:690 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:550 耐性:土属性
特殊スキル:折径蹴
ジーロウワニ Lv36(魔物)
生命力:4900/4900 魔力:440/440
攻撃力:3700 防御力:900 敏捷性:100 幸運値:2
魔法攻撃力:15 魔法防御力:800 耐性:水属性
特殊スキル:力躍顎
レイシントラ Lv33(魔物)
生命力:1800/1800 魔力:1500/1500
攻撃力:2200 防御力:730 敏捷性:300 幸運値:2
魔法攻撃力:500 魔法防御力:300 耐性:風属性
特殊スキル:加速裂棄
グレナデンヘビ Lv29(魔物)
生命力:660/660 魔力:500/500
攻撃力:570 防御力:3000 敏捷性:85 幸運値:2
魔法攻撃力:400 魔法防御力:900 耐性:闇属性
特殊スキル:徒爾耐
ノチョロギツネ Lv36(魔物)
生命力:990/990 魔力:400/400
攻撃力:700 防御力:600 敏捷性:500 幸運値:2
魔法攻撃力:1000 魔法防御力:200 耐性:土属性
特殊スキル:胎狂惑
ルオムヒョウLv39(魔物)
生命力:2100/2100 魔力:700/700
攻撃力:1800 防御力:230 敏捷性:700 幸運値:2
魔法攻撃力:400 魔法防御力:900 耐性:風属性
特殊スキル:加速裂棄
バオズカンガルーLv34、ジーロウワニLv36、レイシントラLv33、グレナデンヘビLv29、ノチュロギツネLv36、ルオムヒョウLv39、……
うん。これは終わりだね。
ハイレベルの魔物が群れをなす魔物孕宮。しかも、入口にはいつの間にか重厚な石扉があって、隣の部屋へ続く道は閉ざされてしまっている。
「いやあああああああああっ!!」
魔物の大群に対してか、それとも手にしているものに対してか、古舘が悲鳴を上げる。
ニョロニョロ……
宝物はいつのまにか古舘の両手の中でウジの沸いた汚物に代わっている。
ほかの連中が手にしているものも大方似たようなものだ。
土いじりに慣れていなイとそれハきついね。
「ひいっ!」
尻もちをついた宮良は腰を抜かしたらしく、立ち上がれない。
「ふ、ふ、ふ、ふははははははははっ!」
蛆と汚物をとうに掃い、奥宮が壊れたように突進していく。とはいえ槍を持った男は魔物ノチョロギツネの一撃であっさり吹っ飛ばされて元の位置に帰還。
「ひあああっ!?」
奥宮の手に槍はすでになく、槍を持っていた腕は魔物の口の中にある。
ムシャムシャ。ゴリリ。ガリイ!
骨を割り、肉を咀嚼する音が唸り声や笑い声に交じって部屋中に響く。
笑い声だけはどうも耳障りだ。
「ぐっ!!」
我に返った大羽が腰を抜かした宮良と大量出血する奥宮を急ぎ担いでこっちに走ってくる。
「マソラ!逃げろ!!」
逃げろ?
逃げるってどこへ!?
「みんな!こっち!!!!」
その時、妹の朱莉の大声が上がる。
新しくできた扉から少し離れた場所に別の魔法陣があって、紫色の光を放っている。
その中には魔物は入ってきていない。
「しっかりしろ晴音!走るよ!」
重い荷物を下ろした俺は、事態が飲み込めず完全にフリーズしている晴音の腕を引いて紫色の光に飛び込む。
「なんなんだよ!何が起きてんだよ畜生!!」
一命だけはとりとめて、八人全員が魔法陣の中に入る。
周りを魔物が取り囲む。
「見てわかんないの!?罠にかかっちゃったんだよ私たち!」
「たぶん、モンスターハウスだ……」
「俺の腕、俺の腕、俺の腕、俺の腕……」
「なんてこった」
「助けてっ!誰か助けてよ!!」
「うっさい!耳元でうっさいんだよ!!!」
「神様……聖皇様……助けてください。お願いします。助けてください……」
詰んだね。
いよいよ臨終の時だ。
荷物も何もかも置いてここまで走ってきた。
荷物の中には即席でつくったポーションがあった。……と言っても効き目は大したことないから、腕を食いちぎられた奥宮の腕を生やすことなんてとてもじゃないけれどできない。そしてそんな大それた治療ができる魔法使いもここにはいない。
そもそもそんな上級の魔法使いがいたら転移魔法か何かで迷宮の入口に引き返している。転移魔法が使えないとしても八人に対してギャンブルみたいな行軍を諫める脅しくらいはできたはずだ。
弱いくせに引き返そうともせずこんなバカな所に行きたいなんていうリーダーがいたら、手にする杖で頭の形が変わるほど殴ってくれたはずだ。
が、もう遅い。すべては手遅れ。
ほら見ろ、どんどん魔物が増えている。これじゃ逃げられる余地なんてない。
ベニクマムシ Lv25(魔物)
生命力:60/60 魔力:100/100
攻撃力:70 防御力:3500 敏捷性:5 幸運値:2
魔法攻撃力:101 魔法防御力:2500 耐性:闇属性
特殊スキル:徒爾耐
イノシシコブラ Lv29(魔物)
生命力:1200/1200 魔力:900/900
攻撃力:1500 防御力:900 敏捷性:400 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:40 耐性:土属性
特殊スキル:刑集鱗
バオズカンガルー Lv34(魔物)
生命力:990/990 魔力:700/700
攻撃力:2500 防御力:1990 敏捷性:690 幸運値:2
魔法攻撃力:200 魔法防御力:550 耐性:土属性
特殊スキル:折径蹴
ジエンウサギ Lv26(魔物)
生命力:220/220 魔力:700/700
攻撃力:1000 防御力:500 敏捷性:500 幸運値:2
魔法攻撃力:10 魔法防御力:250 耐性:土属性
特殊スキル:戦飛脚
グレナデンヘビ Lv29(魔物)
生命力:660/660 魔力:500/500
攻撃力:570 防御力:3000 敏捷性:85 幸運値:2
魔法攻撃力:400 魔法防御力:900 耐性:闇属性
特殊スキル:徒爾耐
ノチョロギツネ Lv36(魔物)
生命力:990/990 魔力:400/400
攻撃力:700 防御力:600 敏捷性:500 幸運値:2
魔法攻撃力:1000 魔法防御力:200 耐性:土属性
特殊スキル:胎狂惑
ルオムヒョウLv39(魔物)
生命力:2100/2100 魔力:700/700
攻撃力:1800 防御力:230 敏捷性:700 幸運値:2
魔法攻撃力:400 魔法防御力:900 耐性:風属性
特殊スキル:加速裂棄
ジーロウワニ Lv36(魔物)
生命力:4900/4900 魔力:440/440
攻撃力:3700 防御力:900 敏捷性:100 幸運値:2
魔法攻撃力:15 魔法防御力:800 耐性:水属性
特殊スキル:力躍顎
ギャロップワニ Lv23(魔物)
生命力:900/900 魔力:40/40
攻撃力:2000 防御力:300 敏捷性:50 幸運値:2
魔法攻撃力:5 魔法防御力:500 耐性:水属性
特殊スキル:力躍顎
カンガルーヘビ Lv27(魔物)
生命力:400/400 魔力:300/300
攻撃力:500 防御力:990 敏捷性:390 幸運値:2
魔法攻撃力:100 魔法防御力:150 耐性:土属性
特殊スキル:悔沈毒
サメコウモリ Lv24(魔物)
生命力:200/200 魔力:1900/1900
攻撃力:100 防御力:50 敏捷性:300 幸運値:2
魔法攻撃力:600 魔法防御力:25 耐性:風属性
特殊スキル:損喘波
レイシントラ Lv33(魔物)
生命力:1800/1800 魔力:1500/1500
攻撃力:2200 防御力:730 敏捷性:300 幸運値:2
魔法攻撃力:500 魔法防御力:300 耐性:風属性
特殊スキル:加速裂棄
ん?……どうして魔物が増えている?
どこからこいつら入って来たんだ?
あっ、穴だ。崩落した穴がダンジョンの床にいくつかあいている。
ということは下の階層から……あれっ!?
石の分厚い扉が消えてる。さっきは確かにあったのにどうして?なんで?
「ん?」
紫色の結界の天井をよく見る。目の中に、結界についての解説が表示される。
【生贄扉儀界】
供物を捧げることで扉は消える。供物が無くなれば扉は現れる。
結界は供物の体力を吸うことで維持され続ける。
「!」
俺は自分の体力ゲージを確認する。
永津真天:Lv5(召喚者)
生命力:210/240 魔力:1700/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土
特殊スキル:収納魔法
少しずつゲージは減っていっている。
他の八人もそれは同じ。
けれど全員パニックになっていて、そのことにこの八人は気づいていない。
……。
このまま九人ともこの結界にいれば、結界に体力を吸われて結局全員死ぬ。
とはいえ誰かがこの結界にいないと扉は閉ざされる。
……。
……。
収納用の亜空間の中には多めに買った食料が、まだ少し残っている。
魔物たちの注意を引くことができて、しかも一番囮に向いている奴は誰か。
……。
……。
「ねえみんな」
興奮して肩で息をする八人がこっちを見る。俺は扉があった方を指さす。
「あっ!!」
「扉がない!?」
「なんでだよ!」
こちらに答えを求めるような顔を再び向ける八人。
俺は結界ドームの天井を指さす。
「「「「「「「「……………」」」」」」」」
解説を読んで理解した者から顔の血の気が引いていく。
そして怯えるような目でこっちを見る。まるで水から引き揚げられた幽霊みたい。
「あの扉、開いたままにするには誰か最低でも一人はここに残らないとダメみたいだね」
どうせこの後の展開は読めている。ローラン展開のn次項の係数を求めるより簡単だ。
だから〝その瞬間〟のために俺は無表情で告げる。
「いやだよ、アタシ絶対に残りたくない!」
浅野田が全員の心の裡を代弁して鋭く叫ぶ。冷たい空気がさらに重くなっていく。
「結界がだいぶ薄いね。そして小さくなってきた」
俺はポツリとつぶやく。
全員の視線は結界のすぐ外の魔物に向けられる。
彼らと目の合った古舘は恐怖のあまり失禁する。尿の臭いと奥宮から垂れ流れる血の臭いが結界内に充満する。けれどそれらはすぐに気化して結界の一部になる。
生贄扉儀界。
結界生成のために使えるものは何でも使う魔法陣らしい。
「どうする?竹越沙友磨」
七人の召喚者を代弁して、俺は召喚者でリーダーの竹越に尋ねる。
「フーッ、フーッ、フーッ」
竹越は鼻息荒く、眼を剥き、汗だくでこっちを睨んでくる。
その竹越の汗も呼気中の水分もきっと気化している。液という液が気化していく様は文字通り生気を吸われているようだ。
「お前、残れ」
特異点が訪れる。〝その瞬間〟が訪れた。
竹越のその一言で俺は、波紋のような微笑を竹越に向ける。七人がそれぞれの表情で竹越を見る。
「ちょっとアンタ何言って……」
「じゃあてめぇが残るのかよ」
朱莉を遮る宮良。
その宮良を朱莉がひっぱたこうとするも、宮良に避けられ、止められる。
「いや、そんなのいや……」
頭を抱えて落涙し続ける晴音。うなだれて沈黙する浅野田。大羽。奥宮。
……。
……もう面倒くさい。
「わかった。じゃあ残るよ」
その面倒くさいのも、もう終わる。
「おいマソラ!」
「大羽、短い間だったけどお前と会えてよかった。奥宮は出血がひどいから担いであげてほしい」
俺は立ち上がり、亜空間から肉の塊と解体用ナイフを取り出すと、ナイフで切り取ってそれを部屋の隅に投げる。
ギュアア!!ケアケアッ!ヒッヒッヒッ!!
魔物たちが肉へ殺到する。咀嚼音と哄笑が室内に響き渡る。
「時間を稼ぐから早く行きなよ。もうじき誰も出られなくなる」
「絶対いやっ!!私も残る!!」
晴音が叫ぶ。
宮良がギョッとして晴音を見る。そして俺はその一瞬だけを眺める。
「は?冗談は顔だけにしてよ。悪いけどお前なんかと一緒に死ぬつもりはないよ。前から思っていたけれど、ベタベタしてきてうざったいんだ。頼むから俺の目の前から消えてほしい。じゃなきゃお前独りで残れ」
肉をのんびり放り投げながら言う俺の横顔を呆然と見る晴音。
「え……」
「胸と尻くらいしか取り柄のないお前は、罠感知もろくにできないチンピラ召喚者と一緒になるのがお似合いだよ」
ナイフを握ったまま俺は、宮良を刺すように見る。けれど宮良は一瞬視線を合わせただけで、すぐに伏せてしまう。残念。
「やっとお前らの尻ぬぐいをしなくて済むと思うとせいせいする。お願いだから早く消えてくれ。最後くらい、独りになりたい」
竹越の方に腕を伸ばし、シッシと手を動かす。
「この野郎……」
「顔以外出来の悪い、そこのポンコツビッチをよろしく」
俺はナイフの先を朱莉に向けて言う。
「てめぇ、何勝手なこと言ってんだよマソ」
「さっさと行け!!!」
「「「「「「「「!」」」」」」」」
久しぶりに俺は大声を出し、大きめの肉の塊をぶん投げる。一斉に大量の魔物が肉塊に走っていく。でもまだまだ、ウヨウヨいる。
プツ。
って、しまった。亜空間の中にナイフを差し込んじゃった。なんか破れる感触?
ブシュウウウウウ……
「わわ!」
血の噴水?
どこから?……亜空間から、か。
でもなんで?……ってこれ、ニオイからしてブタの血?
すごい量が溢れてきてる。
すごい。床一面血の海だ。
これはいい。大人気だ。
這いつくばってみんなで血を啜ってる。俺ハ知らない間にブタの血液まデ収納しテイたのか。よくわからないけれど好都合。クソどもを逃がすチャンスは今しかない。
「お前たち優秀な召喚者は、こんなところで虫けらのように死んじゃダメだ」
あれ、よく見たラ俺、血マミレじゃないか。まあ、この際どうデモイイけどね。
「お前たちはここではない他所でいつまでも震えながら、病み犬のように野垂れ死ね」
湯気が立つ。
いい匂い。
温かくて落ち着く。
スゴク懐カシイ。なんでだろう。
「くそっ!」
竹越が朱莉を強引に引きずっていく。
宮良が晴音を無理やり引っ張っていく。
浅野田と引っぱたかれて目覚めた古舘が支えあって走っていく。
奥宮を担いで大羽が走っていく。誰も彼も床の血をバシャバシャさせながら逃げていく。
八人が部屋の外に出た段階で、俺は結界から出る。
ブオン。
石の扉が現れる。
あいつらが遠くに逃げるまで結界に出たり入ったりを繰り返して時間を稼ごう。
結界に入れば多少安全だけど扉は開く。結界から出れば危険だけれど扉は閉まる。
「グフグフ……」
口元を血に染めた魔物の一匹が扉の前に立ち、こちらを振り返って笑う。
なに?……結界に何か細工があるの?
念のためにもう一度結界に入ってみる。開けゴマ。
……って、扉。あかないじゃん。
ん?
結界の天井の解説をよく見てみる。……あれ、続きがあるのか。
【生贄扉儀界】
供物を捧げることで扉は消える。供物が無くなれば扉は現れる。
結界は供物の体力を吸うことで維持され続ける。
ただし扉の外に供物がある場合、扉は現れ続ける。
「開けろマソラ!マソラ開けやがれ!」
なるほど。普通は扉の外に出られたら遠くに逃げる。
そして、この部屋の魔物たちは扉の外に出た連中を追いかける。
「マソラ君!マソラ君!!お願いだから出てきて!!!」
ところが間抜けな女が少なくとも二人、扉の外にいるから魔物も外に出られない。
なるほど、こりゃ魔物も笑うよね。
いや、そういう意味で笑ってんじゃないのかな。
血の匂いの中心にいるお前だけは食い殺してやる……そんな感じか。やれやれ。
結界の中、血に浸された床に横たわる。解体されたブタのように。
奥宮の血は湯気みたいに結界に吸収されたのに、ブタの血は吸収されない。
ひどいな。この結界もひょっとして、俺が死ぬのを待ちわびているのかな。
「ざけんなマソラ!!早くここを開けろ!!」
お前が壁の外にいるせいで開けられない。だから開け方なんてもう知らないよ。第一開けたらお前も含めて全員食われる。それじゃなんのためにここでこうしているかわからない。
「マソラ君!マソラ君!!お願いだから開けて!!中に入れて!!!」
だから開けたら食われるって。
グフフフフフ……
この血まみれの魔物どもに。
「おい!いい加減にしやがれ!」
竹越の言う通りだ。
「うっせークソ野郎!お前らのせいでお兄ちゃんが死にかけてんだろうがっ!」
ん?
「お兄ちゃん」なんてセリフ、三年ぶりぐらいに聞いた。いつもは「マソラ」か、良くて「クソ兄貴」なのに。
「ねえ早くいかないとアタシたちも殺されちゃうよ!」「死にたくないよ!」
古舘。浅野田。もっと言ってやれ。
「ああ、早く出ないとヤベェ」
宮良の言う通り。だからついでに双子の妹と泣きじゃくっているその幼馴染はどうか地上へ連れて出てくれ。
こんな辛気臭いところで、しかも魔物に囲まれて死ぬのなんてどうかしているから。
ザクシュッ!!
「!」
激痛が全身を突き抜ける。痛すぎて何も考えられない。結界が弱まって縮んできている。そのせいで、肩の肉を、食われたのか。
ふふ、俺の肩ロースはどう?
永津真天:Lv5(召喚者)
生命力:141/240 魔力:1529/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土属性
特殊スキル:収納魔法
「ふう、ふう、ふう、ふう」
傷口を手で押さえる。ヌルッとする。
温かい血の匂いが鼻をつく。
これはどうやら俺の血のようだ……やばい。
結界のサイズがさらに小さくなる。両足の先が、光の外に、出る。
ガブッ!ミチミチ……グシャアッ!!!
「ぐ、ああああああっ!!!」
足を食いちぎられる。その痛みで意識が飛びそうになる。
おかげでというべきか、今自分がどこで何をしてどうしてこんな目にあっているのか改めて冷静に分析できそう。
ここは魔物なんてものが当たり前にいる異世界パイガ。
その異世界にある巨大大陸の中心付近。
そこには大森林シータルが広がり、大森林は古代遺跡アルビジョワを守る。
その遺跡の地下二十一階層に、俺たちは来た。
ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!
召喚者と呼ばれてチヤホヤされたチンピラ召喚者九人が命令によりそこに足を踏み入れて、犬のように造作もなく死にかけている。
キヒヒヒッ!!!ケハハハッ!!!シャァァァッ!!
特にそのうちのチンピラ一人は仲間らしき八人を逃がす代わりに魔物孕宮に閉じ込められて、肩の肉と両足を食いちぎられている。
ひどいありさま。
でもおかげでもう、妹の尻ぬぐいも妹のつまらない連れの相手もしなくて済みそうだ。
ヌッチャ、ヌッチャ、ヌッチャ、ヌッチャ……
俺の足を味わって食べている魔物を見る。
どこかで見た光景によく似ている。
ああ、あれだ。
アシダカグモを食べるカマドウマだ。焚火の前で見た。
ゴキブリを食べるカマドウマだ。迷宮の中で見た。
串刺しにしたカマドウマだ。さっき俺を齧ろうとした。
永津真天:Lv5(召喚者)
生命力:111/240 魔力:1228/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土属性
特殊スキル:収納魔法
カマドウマ。
触覚が異様に長くて、体がひん曲がったように猫背で、体表が柔らかくて、雑食のカマドウマ。怖がられるカマドウマ、嫌われるカマドウマ。好きになる奴の気が知れないカマドウマ。
「本当に……俺みたいだ」
小さく笑う。
結界の光がさらに弱くなる。
頭を食べられるのは最後にしたい。
だから体をずらし、下半身と両腕を結界の外にさらす。バリバリボリボリと食べられ始める。引きずり出されないだけ本当にマシだ。さらに幸か不幸か、もう痛みがない。失血が多いからだろうね。
あ。
そういえば、ずっと気になっていた。
オンラインゲームのパネル画面みたいに目の前に浮かぶアイコンのうち、一つだけどうしようもないのがある。
「封印されし言葉……」
注意書きを読む。
〈封印されし言葉を入力せよ。〉
〈ただし何者かが使用中である言葉を入力してはならない。〉
〈誤った言葉を入力してはならない。〉
〈この二つが守られぬ時はただちに脳が焼き切れる。〉
「……」
永津真天:Lv5(召喚者)
生命力:59/240 魔力:728/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土属性
特殊スキル:収納魔法
ヌッチャ、ヌッチャ、ヌッチャ、ヌッチャ……
こんなの、試すバカなんているはずがない。
何の因果でこんな異世界まで来て、しかも即死のリスクを負ってまでこんなギャンブルみたいなことをしなくちゃいけない?
封印されし言葉がどこで手に入るのか、どうやって手に入るのか、誰がどの言葉を使用中で、どの言葉が使用中でないのか。
あらゆる文献を引いて調べたけれど、どれ一つとして情報はない。
だとすればこのアプリケーションみたいなのは、ただのゴミ。
グヒヒヒヒヒヒヒヒ……
「はぁ、はぁ、はぁ……」
普通の奴なら、こんなアプリはただのゴミ。
チチチチチチチチ。
「?」
倒れたまま、顔を横に向ける。結界の中に、一匹のカマドウマ。
チチチチチチ。
血まみれの黒いカマドウマが、鳴いている。
カマドウマLv5(魔物)
生命力:8/8 魔力:3/3
攻撃力:15 防御力:4 敏捷性:10 幸運値:2
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇属性
翅がないくせにどうやって鳴いているの?
やっぱり俺を食べに来たの?
お前は本当に変わってるね。
なんでも食うし、襲うし、寄生されるし、泣くように鳴くし、嫌われるし、闇があればそこにきっといるし。
永津真天:Lv5(召喚者)
生命力:33/240 魔力:528/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土属性
特殊スキル:収納魔法
「……まったく」
目を閉じる。
封印されし言葉、か。
今の俺にしてみれば、最後の余興くらいにはなるかもしれない。
思えは今まで危ない橋なんて一度だって渡ってこなかった。
そんな橋があればとにかく避けてきたし、もし避けられない危ない橋なんてモノガあれば、いツデも危なくない状態にしてキた。アラユル手ヲ使ッテ。
そうやって何とか生きながら、朱莉の、妹の尻ぬぐいをしてきた。
俺はそれだけだ。
最後くらい危ない橋を運任せに渡ってみてもいいかもしれない。どうせ脳が焼き切れるだけだ。もう四肢を失ってこの命は風前の灯火だ。
〈封印されし言葉を入力しますか? [はい/いいえ] 〉
闇の中、俺は「はい」を選ぶ。するとパソコンのキーボード画面のようなものが浮かぶ。適当に文字を打ち込めば、その場で脳が焼き切れて廃人になる。
「……」
俺は何になればよかった?……さあ?
俺は何になりたかった?……さあ?
では俺ハ、何ダッた?
ヴォアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!ガブジュウウッ!!!
嫌われ者の厄介者扱い。でも悪いことをしているわけじゃない。
チチチチチ。
瞼を開く。鳴き声はあるけれど、姿は見えない。声だけになって泣いてくれるの?
カマドウマLv5(魔物)
生命力:8/8 魔力:3/3
攻撃力:15 防御力:4 敏捷性:10 幸運値:2
魔法攻撃力:0 魔法防御力:0 耐性:闇属性
特殊スキル:鬼籍
「お前は、俺そっくりだね。じゃあ……ゴフッ!」
ピッ。ピッ。ピッ。
尻ぬぐいだけの、厄介者扱いだけの人生。
その最期がこんな仕打ちじゃ、あんまりだと思う。
だからもし、チャンスがあるというのなら、
ピッ。ピッ。ピッ。
お願い。
ピッ。ピッ。
今度は自由に生きたい。
ピッ。
永津真天:Lv5(召喚者)
生命力:11/240 魔力:222/1729
攻撃力:120 防御力:156 敏捷性:144 幸運値:12
魔法攻撃力:12 魔法防御力:96 耐性:土属性
特殊スキル:収納魔法
入力、終わり。
「ヒュー……ヒュー……」
腹だけじゃなくて肺まで食われちゃった。
呼吸がもう、できない…………だったら早く、脳が焼き切れますように。
チチチチチチチチチチチチチチ致チチチ智チチ………血。
『封印されし言葉の入力を確認。カマドウマ認証』
那月魔蘇羅:Lv5(惨楽奉納消環者)
瀞命力:-1/12 魔旅玖:635318657/635318657
鉱撃力:0 崩御力:0 敏症性:0 坑運血:0
魔報攻撃慮区:0 磨法防御力:0 耐性:埜深
特殊スキル:渇刹慈罪
『窯胴魔。マグヌス・オプスと認定。生体素材の魔力置換式を習得。魔柩の生成式を細胞分裂式に導入。亜空間内の無尽組織塊を苗床として命食典儀を構築展開』
え?
まさか…………成功した?
ジュビュ!!ビュビュビュンッ!
眩い銀色の線が、俺のわずかになった体から勢いよく伸び出す。
まるで水の中でのたうち回るハリガネムシのように。
ボシュ!!グシュングシュングシュングシュン……
それら暴れ、その先端が魔物に突き刺さるとただちに膨らんで太くなり始める。しかも銀線はその内部で、スタジアムにいる観客が起こすウェーブのような蠕動運動を起こす。
グシュングシュングシュングシュン……
魔物たちが悲鳴を上げて動かなくなる。それはやがて白く発光し、消滅する。
どうやら銀線の中に取り込んでいるらしい。銀色の線というよりも触手は、下層に続く大穴へとどんどん伸びていく。そして大穴からは白い光の粉が噴き出てくる。まるで下から上へ雪が降るように。
ボシュボシュボシュッ!!グシュングシュン……
不思議なことに、その銀色の触手の一本一本の様子が頭の中に映像として浮かぶ。映像の中で次々と魔物たちが触手に貫かれていく。そして触手の中に取り込まれていく。
何だろう。何に変えられているんだ、これ。
『魔物の体組織を魔力素へ置換中。魔力素を細胞分裂に使用開始』
脳内に響く声。誰の声だろう。
『分裂細胞に収納魔法を付帯。カマドウマ認証。渦魔導魔。アルス・マグナと認定。追加補正として魔力値上限を排除』
まあ誰でもいい。
あ……触手の先の方に毛が生えた。繊毛みたい。
どうするの?
何に使うの?……ああ、四方八方に伸ばして魔物全部を逃がさず捕まえるのか。
それで、食べちゃうんだね。
うんうん。好き嫌いしないところが好きだよ。カマドウマみたいだ。
『魔物の魔力素への置換と同時に多種の魔物性抗原を細胞内に接種及び記憶。カマドウマ認証。窩惑宇間。プリマ・マテリアと認定。追加補正として魔法抵抗値上限を排除』
素敵だ。体の中を、濁流が流れていく感じ。そして……
何もかも、感じる。
何もかも、見える。
何もかも、聞こえる。
このアルビジョワ迷宮の構造が、何もかもが、手に取るようにわかる。
永津真天:Lv6(マグヌス・オプス、アルス・マグナ、プリマ・マテリア)
生命力:500/500 魔力:――
攻撃力:100 防御力:400 敏捷性:30 幸運値:30
魔法攻撃力:2000 魔法防御力:―― 耐性:――
特殊スキル:オブラティオ・ネフレンカ
「……」
目を閉じている。そのことに気づいて俺は目を開く。
ダイヤモンドのように白く透明で、自ら鈍い光を上げる結晶がキノコのようにあちこち生える空間の中に俺はいる。照明のある鍾乳洞の中みたいだ。モンスターハウスとは思えないほど綺麗で幻想的。
リフォームして正解だったね。
体にはいつのまにか手足がくっついて再生している。
しかも俺は立っている。大穴に潜っていた銀の触手はもうない。
……って、自分の体なのに他人事みたいなのはよくないな。
ちゃんとこの体に慣れなくちゃ……おや?
近くに、壊れた宝箱と赤い半透明のゼリーみたいな物体がある。魔物?……宮良の言っていたヴァルキリースライムか。
「お前は生き延びたんだね。俺から」
ヴァルキリースライムがこちらを見てウニョウニョ動いている。ブドウのゼリーみたい。
でもちょっと違うな。
ヴァルキリースライム:Lv49(魔物)即死魔法耐性付与
生命力:3500/3500 魔力:3500/3500
攻撃力:700 防御力:900 敏捷性:720 幸運値:2200
魔法攻撃力:100 魔法防御力:1000 耐性:闇属性
特殊スキル:門全祓
殺したばかりのシカから抜いた血に塩を加えて固めた寒天の方がしっくりくる。また作って料理に使いたいな。血の腸詰めもついでに作りたい。
「もしかして俺が怖い?」
問いかけると、ヴァルキリースライムの動きが止まる。
小学校に上がる前の子どもくらいのサイズしかなかったスライムが突如、鬼人族の戦士のような姿になる。そして戦士は俺の前に跪く。
服従?
どうしてまた俺なんかに?
「やっぱり怖いのかな。俺ってそんなに怖そうな感じする?」
ヴァルキリースライムの体が銀色に代わり、薄く広がる。鏡のようになって部屋を映し出すその中に、一糸まとわぬ元高校生が一人。
いや~ん、チン毛がなくなってる。
下を見るのはやめて上。
黒髪のショート。前髪は長め。瞳の色は中二病のイタい奴がつけているカラコンみたいな青いスミレ色。
「肌、変な色だねこりゃ」
乳白色。牛乳を水で薄めたみたいな色。
それがオパールみたいに、ときどき虹色の輝きを放ちながら、俺の体の表面を流れる。
「でもなんといっても、やっぱりこれが一番まずいよね」
銀の触手はもうない。そう思っていた。
ところがどっこい、俺の背中には銀色の巨大な二枚の翼が生えている。
何だこりゃと思ったら、どうやら銀の触手らしい。
今の今まで下層を経めぐって魔物を食らいつくしていた銀色の触手は植物の蔓のように絡み合ってハトの翼みたいな形を成して大人しくしているらしかった。
それじゃあ銀の触手あらため銀の蔓もとい銀の翼。……よくわからん。
「なんだか天使みたいで偉そうな姿…………およ?」
その時、上層階の映像が脳裏に浮かぶ。
太古の大昔、つまり〝生前〟に見た記憶のあるどこぞの召喚者八人。その八人がボロボロになりながら上層階を目指して魔物と戦っている。
ベクターがいないのにそんなもたついていると死んじゃうよ?
それともベクターがいないからそんなにもたついているの?
まあどうでもいい。こんな連中がどうなろうと。………ふふ。
「俺はナガツマソラっていうんだ。スライム君、一仕事頼まれてくれるかな」
姿見をやってくれているヴァルキリースライムに声をかける。
「キュン?」
スライムはすぐにもとの血液饅頭みたいな姿に戻る。
「人間族が八人、十四階層にいる。生前の知り合いなんだ。救いようのない連中だけど、彼らを地上に逃がしてほしい。もちろん生きたまま」
スライムは鬼人族の姿にまた瞬時に変身し、彼らがやるらしい承諾のポーズをとる。「ありがとう」とこちらが言うや否や、ヴァルキリースライムは鬼人族の姿で屈み、激しく跳躍する。
ズドオオムッ!!!ドゴドゴドゴッ!!!!!
地面が大きく揺れ、次の瞬間には轟音とともに天井に穴が開いてスライムは上層へといなくなった。かっこいい。結晶に頭ぶつけたように見えたけど痛くなかったかな?
「さてさて、最大の課題をこれから解決しないといけない。これは八人の元同級生の命なんかよりも大事な問題だ。もしも解決できないと俺は外に出られない」
最大の問題。
それは銀翼の隠蔽と、俺の服探し。
「とりあえずは下層に向かおうかな。スッポンポンで外を歩けないし、最下層だけなぜかさっき把握できなかったし」
ついでに、死んだはずの自分が復活してどんな能力を手に入れたのかを調べてみよう。
「急ぐことはない。もう俺は死んだんだ。誰の尻ぬぐいもする必要がない」
そう。
もう俺を縛るものは何もない。
これからは、やりたいことをやろう。
とりあえずは銀の蔓隠しと脱裸族。
それから肌の色と瞳の色を何とか目立たないようにする。
あとはまあ、これから考えるとしよう。
「やっと見っけ。どれどれ……ふ~ん。これが聖皇や枢機卿たちがご丁寧に植え付けてくれた魔道発信機か。二十四時間監視なんて、自分たちがやられたら嫌だろうに。よくこんなことをするね」
地面から拾い上げたばかりの召喚者追跡用魔道具を地に落とす。
「ナマクビノミバエみたいに宿主の首を切り落として口から出てくる寄生虫がいい?」
ミシャッ。
「それとも宿主の脳を溶かして殺すフォーラーネグレリアみたいな原生動物がいい?」
〝敵〟の魔道具を踏み潰して、一歩を踏み出す。
「もしまた遭うことがあったら全員、好きな生と死を植え付けてあげる。それじゃあバイバイ」
既に〝死んだ〟俺には時間なんていくらでもある。
だからゆっくり歩きながら考えよう。
lUNAE LUMEN