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翡翠の境界線~ボーダーライン~  作者: MURASAKI
わたしを知る旅
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 ヒスイが扉を通ると、先ほど居た森よりも少し薄ブルーグリーンがかった森が広がっている。美しい風景に目を奪われていると、蒼河と柴がヒスイと同じように扉から入ってくるのが見えた。

 扉は閉まると、その場から消えてしまった。不思議な空間に戸惑いながらも三人は再会を喜んだ。


 合流したところで、頭の中に先ほど聞いた声が響く。


「我が元へ集え」


 声に導かれ、身体が勝手にその方向に歩き出す。どこに向かっているのか分からないが、この先に主が居るという感覚だけはあった。

 三人とも何も話さず、ただ目的地に向かって歩く。

 しばらく歩くと洞窟が現れた。「中に入らないと」と強く感じる。中に入ると思っていたより内部は広く、整備された広い通路が奥に繋がっている。光る苔が奥までの道を照らし、蛍光色のぼんやりした薄い光が幻想的だ。


 ヒスイは、この洞窟の形は自分が育った洞窟にとても良く似ていると思った。ここまで整備されていたわけではないが、空気がとても懐かしい気がする。


 しばらく歩くと、奥に広い空間があった。

 何もないただ広い空間。三人は天井の高さに驚き、辺りを見渡す。まるで神聖な場所のように空気が澄み、やわらかな光が降り注いでいる。


 どうやらこの場で待つようだ。


「すごい場所だな」


 柴が口を開く。今までひと言も話していなかったので、想像以上に洞窟内に声が響いた。


「本当に、ここの魔力量はすごい。ただ居るだけで力が湧き上がってくるようだね」


 蒼河も驚きを隠せないというように同意する。

 ヒスイはただ郷愁がこみあげてきて、言葉の代わりに涙があふれていた。


 蒼河と柴の二人は慌ててどうしたのかと問う。


「ここはなんだか、ものすごく懐かしい感じがする」


 そう言いながら、ヒスイは服の中から翡翠石のペンダントを取り出して握りしめた。

 普段から首にかけているものの、余計な詮索をされたり盗まれそうになった過去から、ペンダントは見えないように服の下につけている。

 なぜ今このペンダントを握りたくなったのかは分からない。

 ずっと自分に色々教えてくれた大切な翡翠石。

 石が力を失ってからはただのペンダントとして身に付けていたのだが、よく見ると今は薄く光っているように見える。


「この石からは凄いパワーを感じるね。見せてくれるかい?」


 蒼河が興味深そうに翡翠石に触れようとした瞬間、翡翠石は輝きを増しその場に光が溢れた。

 一瞬ヒスイが見えなくなるほどに膨れ上がった光は、やがて一本の細い光となり目の前の空間を差し示す。

 三人は思わず光が差し示す方向に視線を向けた。


何かが居る。


 目に見えないが、先ほどとは違い何かとてつもない存在がその場に居ると感覚で分かる。しかし、不思議と嫌な感じはしない。


 光に眩んだ目を凝らして空間を見つめると、水が何かを形どっていることが分かった。

 水…………

 三人は先ほどの「試練」を思い出し、何が来るのかと身構える。その形は徐々に水から生き物へと変化していく。


 ヒスイはもちろん、蒼河も柴も目を見開くばかりで固まったままその場を動けない。そこに現れたのは物語や伝説でしか聞いたことのない、失われたと言われる伝説の種族だったからだ。


「ド・ドラゴン……?」


 ヒスイは絞り出すように呟いた。


----------------------------------------------------


「よく来た」


 優しい声があたりに響く。先ほどまで頭に直接響いていた声と同じだが、今は音として耳から聞くことが出来た。


「この姿は少々刺激が強いか」


 微動だにしない三人をゆっくり見ると、「ふむ」と納得するようにドラゴンは男性のような女性のような、どちらとも取れるような美しい人の姿に転変する。


「これならば少しは緊張もほぐれるか?」


 そう言いながら三人に近づいてくる。

 はっと我に返った蒼河がその場に跪き、ヒスイと柴がそれに続く。


トークの(この)森の主とは知らず礼を欠きましたこと、お詫びいたします」


 蒼河が詫びを入れる。

 竜種と言えば獣人世界(こちら)では頂点に君臨するすべての種族を束ねると言われる伝説の存在だ。まさか、獣皇の末裔と聞いていたトークの森の主が失われたと聞く伝説の竜種だとは思いもしなかった。

 緊張で変な汗が背筋を伝う。


「緊張するな、ラクにしろ」


 そう言われても、緊張するに決まっている。

 ヒスイが恐る恐る顔をあげると、うっすら笑みをたたえたトークの森の主が目の前に立っていた。


なぜ私の目の前に?


 一瞬息を飲むが、失礼に当たらないよう気を付けながら話しかける。


「はじめまして。私の名前はヒスイです。私にかけられた(まじな)いについて伺いにまいりました」


 緊張で少し声が震えたが、目的を伝えることに成功はしたと思う。トークの森の主はそんなヒスイの事を上から下までまじまじと見つめ、嬉しそうに目を細める。

 この反応が何なのか分からず、三人は次に発せられるであろう言葉を待った。


「ああ、そうだったな。呪いを解きたいということだったか」


 そう言うと、次はヒスイの額あたりをまじまじと見つめてくる。整った顔立ちに見つめられ、ヒスイは少し気恥ずかしい気持ちになった。


そういえば、試練の時に記憶を見たいと言われたっけ。もしかして今、記憶を探られてる……?


 額の当たりにじんわりと熱を、同時に頭の中を何かが探っているようなくすぐったい感覚も感じる。


バチ!


 激しい音とともに、辺りに電流のようなものが走った。

 以前、白露に額を触られた時の何倍も大きな音だった。その衝撃で後方へ飛ばされたヒスイを、蒼河と柴が慌てて駆け寄り抱え起こす。


「ふむ。すべての呪いを解くことは難しいが、一部については解くことができたと思う。どうか?」


「わかりません。ただ……すごく身体が熱いです。何か力が湧いてくるみたいな」


「そうか。お前の呪いは何重にもかかっており複雑で難解なものだ。それはかけた者しか解けないもののように思う。かけたのは……恐らくお前自身とお前の親だろう」


 思ってもいなかった言葉に、ヒスイは息を飲んだ。

 呪いをかけたのは自分自身と親…?ということは、親は生きているのだろうか。もし死んでしまっていれば一生解けないのでは?と最悪の展開まで脳裏をよぎる。

 思考がまとまらず、ヒスイは黙ったままだ。


「まずは親を探すと良い。場所は隠れ里かあるいは……」


「!? あなた様には私の親が分かるのですか? 生きているのですか?」


「ああ、お前の親はナーガラであろう。我はお前が生まれた時に一度逢ったことがある。お前は覚えていないだろうが」


ええええ!!? 待って待って!!!

全然追いつかない!!!!


 ヒスイは自分の脳が停止しそうなほどの衝撃を受け、処理しきれず軽くパニックになる。


トークの森の主(目の前の人)に逢ったことがある!!? どういうこと?

私はやっぱり人間じゃなかったの? 何の力も持っていないのに!!?


「我の名はヴルムと言う。ナーガラとは千年大戦の折一緒に戦った盟友だ。

 ああ、今の世ではほとんど交流は無いが奴が死んだという報せを聞いてはおらぬ」


「あの、千年大戦って何ですか? 私の親と知り合いということは、私は……?」


「ああ、千年大戦というのは六千年の昔、まだ世が統治されていない時代に千年かけて世を治める種族間の戦があったのだ。勿論、我々竜種が勝利したがな」


 トークの森の主───ヴルムは、懐かしむような遠い瞳で思い出を語ると視線をヒスイに戻した。


「お前は竜種で間違いない。ただし、(まじな)いでほとんどの力を封印されているようだ。

 先ほど力を抑えている呪いの一部は解いたが、お前自身の記憶や力についてはナーガラと逢わねば解けない仕組みのもののようだ」


「私が、竜種…………」


 そうだな、とヴルムはつぶやきこう続ける。


「さて。お前たちの望みであるヒスイの呪いについては解決したが、どうするつもりだ」


 正直、三人とも話の半分以上理解が追い付いていなかった。

 ヒスイが人間でない……のは薄々気付いていたものの、まさか失われたとまで言われていた伝説の種族の生き残りだったとは。

 しかし自分たちが伝説そのものを目の当たりにした今、嘘とは思えず三人とも押し黙る。


「本来、この森に入るものは入った者のうち一違う数しか元の世界へは戻せぬ。それは、この森には同数での行き来が出来ないという(じゅ)がかかっているからだ。規則(ルール)はこの森自身の意思であるから、我の力ではどうにもならぬ。

 この森に到達する者がほぼおらず、次の誰かの集団に紛れて返してやろうにも次が来るまでに前に間引かれた獣人(ヤツ)の命が先に尽きてしまうのだ。運が良ければ帰れる者も居るのだがな」


「残るなら、私が」


 ヒスイが真っ先に名乗り出る。

 元はといえば自分の我がままで蒼河と柴の二人に着いてきてもらったのだし、正体が分かってしまえば親の友人であるという森の主(ヴルム)ともうまくやっていける気がする。

 それを聞いて蒼河も柴も黙っていない。まだ真実を受け入れられてはいないものの、残るのは自分だと三人が譲らない。

 それを見てヴルムはとんでもない提案をしてきた。


「今回はひとつ足してやろう。我を連れていけ。久しぶりにナーガラと対面したい。ここに居るのは居心地が良いのだが、何千年も一人で居ると少々飽いては来るのでな」


 百点満点の笑顔で提案されては断りにくい。


 森を守らなくていいのかと問うと、この地は森自身に意志があるのだそうだ。本来は守り人の役割として「主」という存在はなかった役目なのだそうだ。

 千年大戦後に、喧騒を避けてやってきたこの地が気に入ったヴルムが勝手に住み着き、人々が呼ぶ「試練」というものは退屈しのぎでヴルムが行っていた遊びみたいなものなのだそうだ。


 そもそも上位種である竜種の提案を断ることなど蒼河にも柴にも出来ない。ヒスイに至っては、まだ何が何だかわからないと言った様子である。

 まだ記憶が戻っていないので、ヒスイには獣人世界(こちら)のルールは元から理解できない。


 ヴルム曰く、自身が森の外に出るには少し慣らしが必要で、そのために何か力のある触媒に頼る必要があるとのことで、ヒスイの持つ翡翠石の中にしばらくその身を委ねたいとのことだ。

 言っていることの半分も理解していないが、ヒスイが承諾するとヴルムは翡翠石の中に吸い込まれた。


 その瞬間、霧が立ち込める。

 ヴルムの力なのだろうか、自分たちがこの霧で元の世界に戻れるという確信がある。


 この遭遇が、この先運命を大きく変えていくことになるとは、ヒスイたちだけでなくヴルムにもまだ解っていなかった。

読んでくださってありがとうございます。

トークの森の試練を乗り越え、三人とも結束が強まりました。ヒスイの正体をしってもなお、一緒に旅をしてくれる素敵なメンバーですね。

次回は寝起きドッキリも。楽しみにしてください。

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