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なるべくしてなった。
それは純然たる事実だ。
ウィクトーリアからきた二人。
一人はウィクトーリア人とは思えない風変りな少女だった。
そしてもう一人はウィクトーリア人の典型的な女性だった。
こうして対峙していて、マリアリアという名の侍女の動きは確かに戦うことができる人間のものだった。
「その恰好でやるのか?」
「私はお嬢様の侍女だ。即応できない恰好で仕える意味がないだろう」
お前は馬鹿か? と顔が物語っていた。
ウィクトーリア人はどうにも好きになれない。
そもそもとして安全圏から好き勝手なことを言ってくる人間を好意的にとらえることなどできはしない。
こいつらは自分たちの血を流していない。
自分たちの知らないところで血を流している人間がいて、その人間が生き残るために戦っているのを野蛮だと蔑み、その恩恵にあやかっているということを忘れた人間。
「常在戦場、その考え方は理解できるぞ」
「野蛮人に共感されても嬉しくはない」
まあそうだろう。下に見ている人間と同列にされるのはプライドが許さないだろう。
そしてプライドというものは時にして理性の目を曇らせるものだ。
「手加減が必要か?」
「……野蛮人が調子に乗るなよッ」
下に見ているものからこう言われればすぐに激高する。
自身のプライドとそれを裏打ちする実力。マリアリアの内から出ているものはウィクトーリアで醸造された確かなものなのだろう。
悲しいかな、それが狭い世界でのものというのが残念だ。
ウィクトーリアという国がどこまでも頭の中に花が咲いているのかがわかるやり取りだ。
「後で本気を出さなかったから負けたと言い訳をされるのも面倒だ。本気で来なさい」
「いいのか、場合によっては死ぬぞ?」
「野蛮人ごときが私に触れられるとでも思っているのか?」
「そこまで言うなら構わないが、後悔するなよ」
「大口は勝ってから叩きなさい」
マリアリアの戦闘力の想定は人間だ。それも普通の人間。
彼女の自信はその人間を相手にして培ったものだろう。彼女を見ていればそれがわかる。
侍女、と紹介こそされたものの彼女はアイギナ嬢の護衛も兼ねているのだろう。
単独で護衛を任されるという事実が彼女はウィクトーリアで実力が認められているはずだ。
「少しだけ待ってくれ」
「そのまま逃げても構わない」
さすがに舐められっぱなしはそろそろ限界に近い。
力を示せばいいとは思うが、実力差すら感じ取れないほどの圧倒的弱者からここまで言われるのは癪に障るというものだ。
もう上っ面を取り繕う必要もないだろう。
「馬鹿かてめえ、俺たちがてめえら弱虫野郎ごときにケツみせてたら、今頃人間は絶滅してるってわっかんねーかなあ」
「……は?」
「っとめんどくせーことこの上ないわ。おめえさ、実力差理解してんのか? 理解してないんだろうな。血を流してない地獄を知らない世間知らずの雑魚どもがイキってる国だけはあるわ。おめでたい頭してるのも納得のバカっぷりだ。野蛮人とか馬鹿にしてるがどうせ俺らに品がないとかそんなことも考えてるんだろう。本当に馬鹿だよな。命がけの戦いをしてて、お前らの国が平和なのは俺たちが命張ってるってのにその人間にあまつさえ野蛮だのなんだの……。品がねえのはお前らってのもわかってねーんだろうなあ。そんであんたは自分の行動が大切なお嬢様の品を下げてるってことに気づかないクソ犬だ。お前の飼い主のお嬢様も実はたいしたことねえんじゃねえの?」
「お、お前ッ! 撤回しろ!! お嬢様を馬鹿にすることは許さない!!」
「お前の行動が招いたんだろ? だったらてめえのケツはてめえでふけボケ」
喚き散らすマリアリアを置いて自分の得物を取りに行く。
マリアリアが本気を出せといったのだ。殺すつもりはないが殺してしまったときはその時だ。
自分が招いた結果。その結果を享受するのは当たり前だ。馬鹿でもわかる。
その結果でこちらが面倒ごとに巻き込まれるのは納得したくないが、それも飲み込もう。
賓客に会うからとギルドに預けていた武器を受け取る。
よく手になじむそれは使い慣れたもの。
多くの竜を殺した自分の相棒。
鱗をはがし、肉をえぐり、血をまき散らして、命をすすってきたもの。
「な、なんだそれは……」
酒場にいたやつらは武器を持ってないから見たことがないんだろう。
人と戦うことを想定していないものだ。ウィクトーリア人からしたら到底、想像できるものではない。
重量は80Kgを超える。普通であれば持てない。そう、普通であれば。
「竜狩人の基本装備だぜ? 知ってて俺たちに喧嘩売ったんだろ? ほら、もううだうだしてる時間も面倒くせえ」
俺は立ち合っているギルド職員に声をかけてさっさと始めるように促す。
「双方、構え」
心が気圧されていても、構えをとったのは意外だった。スカートを翻して取り出したのは両手に短剣。狭い室内でも即応できる武器チョイス。
なるほど。常在戦場は嘘ではないようだ。弱虫野郎とは言ったが侮ってはいけない。自分もそういう意味では目が曇っていたのだと反省する。
ウィクトーリア人という大きな括りで見てしまったことを心の中で詫びる。
彼女は彼女なりの芯があった。それがこちらと相容れないものなだけで。
まあ、その芯も一度へし折るんだが。
青い顔をしたマリアリアの顔を見据える。余裕のない表情だ。手にしている短剣で受けることも捌くことも不可能。
もちろん普通なら当たれば死ぬ。それを理解しているのだろう。
「はじめ」
声と同時に大地をける。自身の体重と得物の重量を全身のばねと筋力が弾き飛ばす。
マリアリアが反応する前に相棒を地面へと振り下ろす。
地面を砕く感触。遅れて破砕音と衝撃。余裕をもって外したがウィクトーリア人、いやマリアリアにとっては恐怖だったろう。
その証拠に腰は砕けてへたり込んでいた。そして少しだけ鼻をくすぐる匂いに顔をそむける。
「勝者、ジーク」
一瞬でついた勝負に熱狂などあるはずもなく、ギャラリーもまた同様だ。
駆け寄ってきたアイギナを見て、偏見がない人間はすごいと少しだけ思った。