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どうしてこうなったのか。
これは自分の至らなさが招いた結果だろう。
マリアリアに対して自分が思っている以上に甘さがあった。
近しい者への無条件の信頼というものが引き起こした問題だ。
ウィクトーリア人のアーヴェイロン人への蔑視はそう簡単に拭えるものではない。
生まれたころから刷り込まれた認識をそう易々と変えることは難しい。
だが、マリアリアならとどこか軽く見ていた自分がいたということに気づくのが遅すぎた。
「まあ、こうなっちまうわな」
「……ええ。ですが早期に問題点が分かったのだけが救いですわ」
アレックスが予想通りといった感じでつぶやいた。
そう。まだ取り返しがつく段階なのだ。
視線の先にはジークとマリアリアが向かい合っている。
マリアリアが力の証明を求めた。故に力を見せるためにこうした決闘のような形になったのだ。
正直に言えば公開処刑のようなものだとアイギナは思っている。
現に言い逃れができないようにギャラリーが集まってきている。
「話してみた感じは随分と大人びた嬢ちゃんだとは思ったが、あんたも年相応ってこったな」
「わたくしとて人の子ですから……。肉親には情や信頼があって当然ですわ」
「違いない。それで、あの嬢ちゃんは強いのかい?」
アレックスがマリアリアに視線を向けて聞いてきた。
アイギナ自身はマリアリアが戦っている姿を見たことはない。
だが、マリアリアが護衛としてついてくることでアーヴェイロン行きが許可されたことを鑑みると弱い、とは考えにくい。
そのことを正直に伝えてみるとアレックスは呆れたような顔をした。
「まあ、弱いとは言わねえが……俺たちの相手が何だか知らないとは思えないんだが」
「わたくしが言うのもどうかとは思うのですが……野蛮人だと認識して蔑んでいる国ですよ?」
「つくづくあんたが特殊だってことを痛感させられるなあ……」
アレックスと話しているうちに段取りが進められていく。
ジークが何かを言ってマリアリアがいきり立っている様子が見て取れる。
肩をすくめたジークが下がっていく。
「ありゃ、まずいぞ」
「どうしたのですか?」
「ジークが本気で相手するみたいだ」
「それは問題ないのでは?」
何も問題はない気がする。だが、アレックスは首をゆるゆると横に振る。
「ジークは武器を取りに行ったんだ」
「武器……ですか」
「『狩人』としての武器だよ」
彼ら狩人が相手にするもの。
Dg資源の研究をしていた時に何度も見てきた。
あの化け物を狩るための武器。
それがどんなものかはすぐに分かった。
「あれが……」
それを武器、と形容していいのかアイギナにはわからなかった。
一見すればノコギリ。だがそれがただのノコギリのはずがない。
乱杭刃の反対側には返しのようなものがついている。
返しのようなモノと言い現わしたがノコギリ状のものにそんなものは必要ない。
おそらくは遠心力で硬いものを穿つためのピックとして機能しているのだろう。
そして問題はその大きさ。
身の丈ほど大きい武器はとてもではないが振り回すことができそうにない。
そして大きければ重量もあるだろう。
「竜狩りの杭鋸、あれが狩人のオーソドックスな武器だな」
ジークはあの重量級の武器を片手で持っている。
マリアリアの表情はこちらからは見えないがどう思っているのだろうか。
自分としてはありえない、という思いと同時にそうだろうな、という思考が存在していた。
Dg資源を研究していたのだ。それがどういうものかよく知っている。
それを倒すような猛者たちが弱いはずがない。
侮りがわかるはずのものを覆い隠してしまう。
マリアリアはそこに実感もなかったのだ。
ウィクトーリア人が、なぜ『弱虫野郎』と呼ばれているというのかという実感が。
「双方、構え」
公開処刑が始まろうとしている。
結果などわかりきっている。
身内の贔屓目に見ても、勝てるとは思えない。
「はじめ」
合図と同時に、地面が揺れた。
振り下ろされたジークの得物が地面を砕いたのだ。
放射状に広がる罅は人間が生み出したものとは到底思えない。
マリアリアはへたり込んでいる。
あれは暴力などと形容のも生温い。
普通の人間があんなものを受けたら肉塊になってしまうだろう。
「勝者、ジーク」
勝利の熱狂などあるはずもない。
世間知らずのウィクトーリア人のプライドをへし折るための処刑は淡々と進行し、あっけなく終わった。
「行ってやりな」
「はい……」
へたり込んで微動だにしないマリアリアに駆けよれば、どうやら気を失っているようだ。
本人の名誉のために明言は控えるがマリアリアは淑女として人前に出れない様子になっていた。