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アレックスの後を追ってギルドの中へと入る。
ギルドの扉は重厚な作りで、中の音を完璧に遮断していた。
その為、扉が開かれた瞬間に閉じ込められた音が溢れ出して鼓膜に暴力的な刺激を与えてくる。
ウィクトーリアでは馴染みのない喧騒に目を白黒させてしまう。
見ればアレックスが苦笑しているが……、これは余り良くはない反応だろう。
此方も肩を竦めて微笑むとアレックスの方も少し目を見張った後に再び苦笑する。此方のものは悪くない反応だ。
視線を巡らせなくとも喧騒の理由はわかる。
扉を開けてすぐの広い空間、そこは人の溜まり場になっているのだろう。ぱっと見は飲食店に近い、というかその物だ。
大小様々なテーブルには多くの人間が席についておりそこで食事やら酒類やらを囲みつつ語らいあっている。
「このような雰囲気はアイギナお嬢様にはあまり馴染みがないでしょう」
「ええ。……それとお嬢様はおやめください。私は依頼主ではありますが、世間知らずの令嬢ではありません。アレックス様、貴方も普段通りで構いません」
「お嬢様、いけません」
「黙りなさいと言ったでしょう」
案の定、マリアリアが口を挟んでくる。
ウィクトーリアではたしかに許されないだろう。だがここは私たちの常識が通じない地。混ざり込んだ異物が主張したところで排斥にしか繋がらない。
マリアリアは護衛としても侍女としても職務に忠実だ。だが、今その常識はここでは悪手である。
「……あんたは随分変わってんだなあ」
「よく言われます」
「だろうな。なら俺も呼び捨てでいい。様付けは背中がかゆくなる」
アレックスの言葉が崩れたことである程度は認められたのだろう。そしてなにやら感じ入る言い方から、ウィクトーリアの人間には本当に良い印象がないのだろう。
この『変わっている』は、ウィクトーリア人らしくない、という意味の褒め言葉と取って問題ないだろう。
「素朴な疑問なのですが、ここはギルド、で間違いないのですよね?」
「ああ、そうか。知らん人間からしたら一見すると酒場にしか見えないだろうな……」
今の時間帯と言えば、普通であれば仕事をしているようなまだ日も沈んでいない時間帯だ。
だが酒場は多くの人で賑わっている。
「あいつらは帰還組だ」
「帰還組、ですか?」
「ああ、ラインから戻ってきた奴らは戦利品と武勇伝を引っ提げて戻ってくる。ああやって馬鹿騒ぎするもんだから他所だとなにかしら問題を起こすわけだ。んで、ギルドは仕事の斡旋、戦利品の買取、飲食業、まあなんでもってほどではないが手広くやってる。その中にアイツらが仕事に専念できるように管理する、ていうのがあって問題を起こさないようここで騒がせてるようにしてる、ってのが主な理由だな」
「なるほど」
観察していればすぐに分かったが、彼らの身体には何処かしら普通の人間にはない『鱗』が見られた。
ここにいる人間の殆どにそれがある筈だ。
おそらく、目の前のアレックスにも。
「んじゃ、あんたの依頼につける奴は奥の部屋で待たせてる。ついてきてくれ」
「わかりました」
「それと、だ」
アレックスは真剣な顔をしていた。
これはおそらく忠告であり警告をだろう。
「ギルドに来た依頼は『アイギナ・ヴィグナ・アルトヴァイス』嬢の研究を手伝うこと、だ。その中にはあんたの安全の確保が含まれてる」
「ええ」
「いいか、あんたの安全は確保する。ラインの向こうでもあんたのことは命がけで守る。あんたはだ」
「……肝に銘じておきますわ」
これを聞いてマリアリアは鼻で笑っていた。
よくない傾向だ。あとでしっかりと伝えなくてはならない。
「……それじゃあ顔合わせをしよう」
アレックスがマリアリアに向ける目は憐憫の感情が多分に含まれていた。