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「はあ?! ざっけんなよっ、クソ禿野郎が!!」
「仕方がないだろう。依頼主の希望は『腕の立つ』『狩人』で『実績がある』というところだ。お前はその条件の中で一番『理性的』でもある」
「だからって勝手にきめてんじゃねーぞ。こっちは『ライン』の向こう側から帰ってきたばっかだっていうのにふざけんじゃねーぞ!」
アーヴェイロンの最北。そこはラインと呼ばれる目に見えぬ境界線が引かれた場所ケイナーン。
そこでは『狩人』と呼ばれる者たちと、狩人たちを管理し仕事を斡旋する『ギルド』の本部が存在している。
そのギルド本部の一室。ギルドマスター、いわゆる全ギルドのトップの人間である禿頭の偉丈夫と目つきの悪い青年が言い争いをしていた。
「勝手に決めた、とは言うがこれはギルドにとっても重要なことだ。お前ならわかるだろう? ギルドだってお前らに依頼の斡旋をするだけが仕事ではない。お前らのような暴力装置を慈善事業で養っているわけではないのだ」
「……わかってる。理解はしてるが納得はできねえって話だ」
「それは俺だってわかってる。向こうは俺らのことを野蛮人だと見下していることは明らかだ。その態度に腹を立てるのもわかる。所詮、やつらはラインと接していない『地獄』を知らないぬるま湯につかった連中だ。だが、弱虫野郎どもがどんなにクソみたいなやつらでもあいつらの支援が俺たちに必要なのも現実だ」
ギルドマスターは青年に言う。だがギルドマスターとて表情は苦々しいものだ。
「以前来た学者はイライジャの野郎がブチ切れたせいでさっさと帰っちまった。そのせいでギルドに苦情の手紙が山のように届いた」
「だが、あれは頭でっかちのバカが現場も知らねえくせにあれこれ口出ししてきたせいだろうが」
「ああ、そうだ。だが同時にあいつは仕事をよこしたオキャクサマでもある。まあ、度を越してたから俺としては問題ない。だが、それはそれ。これはこれだ。見ろ」
ギルドマスターが青年に紙の束を投げ渡す。
面倒くさそうに受け取った青年は嫌そうな顔を隠すこともなく書類に目を通しはじめる。
「……ああん? これはマジか?」
「マジだ。だからこそお前に頼みたいと言っているんだ」
「あー、確かにこれはイライジャとかローリーみたいな脳みそまで筋肉に支配されてるやつらにゃ無理だな」
「それどころか脳みそが下半身に支配されてるやつらにも無理だ。そうなるとヒューゴやネイソン、マシューあたりも論外だ」
青年が机に投げ捨てた書類には精巧な姿絵も添付されていた。
なんでもこの精巧な姿絵は写真とかいうものらしい。そこに描かれた人物は儚げな雰囲気を持った美少女と言って差し支えない。
「だったらよー、女をあてがえばいいんじゃねえか?」
「考えてないわけがないだろう。だが、自分で言っててわかるんじゃないか?」
「……マチルダはありえねえだろうな」
「絶対本人の前で言うな」
「さすがに言わねえよ……」
「絶対だぞ」
「俺だって言っちゃ悪いことといいことの区別はつくんだぞ」
青年はそんなギルドマスターの様子に呆れつつ、「しかしなあ」とぼやくのをやめられなかった。
書類に目を通せば通すほど面倒な予感がひしひしとするのだ。
「しっかし、まあどうしてこのアイギナお嬢様とやらは『安全』な『文明人』のお国からわざわざ『危険』で『野蛮人』の土地にくるんだ?」
「知らん。だが、彼女には彼女なりの理由があるんだろう。ほれ、一番後ろにあるやつを見てみろ」
「あん? こりゃ紹介状か?」
「それを書いたやつなんだが、イライジャがぶち切れたあの差別主義の学者だ。そいつがわざわざギルドに嫌味も含めずに真摯的な内容でお願いをしてきているんだぜ。笑えねえ冗談を聞かされた時よりも背筋が凍りついちまうだろう」
ギルドマスターは「何か裏があるのかと勘繰っちまうだろう?」と肩をすくめて言う。
「ま、そういうわけでお前が適任なんだよ。お前の事を俺は信用してるんだ」
「わーったよ。だが、言っとくけど俺は自分を曲げる気はないかんな?」
「そこは心配しなくていい」
青年は「どういうことだよ」と怪訝そうに言う。
禿頭の偉丈夫は厳めしい顔を子供が見たら大泣きする顔に歪める。
「お嬢様たっての希望だ。そこはいつも通りでいいぞ、『竜狂』のジーク」
ギルドマスターは凶悪な笑顔を浮かべて嬉々として言う。
「見せてやれ、あいつらが野蛮人なんて言う俺たちの命がけの戦いってやつを、安全地帯でのうのうと暮らしている弱虫野郎どもに」




