9. 雨の日の朝
その雨の日、加瀬さんのおかげで無事配達を終えた後は、家に戻って着替えて朝食を食べ、高校へ向かった。
カタルは毎日ギリギリまで寝ているので、朝食もコーヒーを軽く飲む程度でろくに食べない。居候の僕の方がしっかり毎朝いただいていて、申し訳ないと思う。
雨の中、学校に着くなり、カタルはソワソワしながら周囲のクラスメートたちがADCの話をしていないか、耳をそば立てている。
実際、この中にも、ADCの探偵がいるかもしれないし、あるいは見ているだけの観客もいるかもしれないのだ。
そうしたら、昨日解いたあの暗号についても、誰か褒めてくれる……かもしれない。少なくともカタルはそう信じている。
ネットの世界でも褒められたいが、もっと言えば現実世界で英雄になるのが彼の最終目標なのだ。
ADC上ではすでにカタル史上最多のいいねを獲得してしまったので、この流れでひょっとしたら、とすけべ心がでるのも無理もないだろう。
だが、当たり前だが朝っぱらからダークなSNSの話を嬉々としてしているやつなんか一人もいない。
みんな、カラオケの話とか次の休みに遊びに行く話とか、現実世界での人付き合いの話、あるいは一緒に動画を見たりおすすめのゲームを一緒に遊んだりしているばかりで、間違ってもカタルの頭脳を賞賛など一切してくれない。
たちまち腐り出したカタルは、ぶつくさ不平をつのり始めた。
「……これだからつまんねー奴らは。そんなひとときの快楽に身を委ねることばかり考えずに、もっと知的遊戯に興じるべきじゃないか?」
「ADCもひとときの快楽じゃないの?」
僕が呟くとカタルはギロリと睨み付けてくるが、迂闊に声を上げると周囲の注意を引いてしまうからか、何もツッコミは飛んでこなかった。
普段の教室では昨日のいじられ方の通り、カタルは「ほとんど口を聞かない割にスイッチが入るとやたら喋りまくる変なやつ」として扱われているので、本人も悪目立ちしたくないのだ。
「ねえ、柏葉くん」
すると、突然僕に話しかけてくる声が聞こえた。振り返るとそこには、黒髪サイドテールの可愛い女の子が立っていた。
たちまち、カタルが硬直するのがわかった。話しかけられたのは僕なのに。