5. やりたいことなどずっとなかった
僕とカタル、カタルのお母さんは、仏間へ行って仏壇に置いてある、僕のお母さんの遺骨に手を合わせた。線香の香りが、心を穏やかにしてくれる。
お母さんが亡くなって、もう九年になる。
小学校低学年のうちに唯一の肉親であるお母さんを亡くし、僕は一人ぼっちになった。
親戚もおらず、行く先がなくなった僕を引き取ってくれたのは、当時から親友だったカタルのご両親だった。
まだ小さかった僕は、どんな経緯で引き取ってくれたか、はっきりとは覚えていない。
その時はただただ、お母さんがいなくなったショックと、お母さんと住んでいたアパートを引き払わなければならないことが悲しかっただけだった。
手を合わせ終えて顔をあげたカタルのお母さんは、カタルの頭を叩いて言った。
「ホントあんたは高校生にもなって帰ってくるなりトランプで遊んで、大事な日のこと忘れるってどういうことなの」
「いや母さん違うんだって、大事なんだってあれはあれで……」
「馬鹿言ってるんじゃないよ。リョウくん、ごめんね本当に」
「いえ、大丈夫です」
僕は笑いながら言った。カタルに悪気がないことはわかっている。
カタルは、熱中している目の前のもので頭がいっぱいになるたちなのだ。
「じゃあ、ご飯の支度してくるから。もうしばらくお母さんと一緒にいても良いよ。カタルはさっさとお風呂洗ってきなさい」
カタルのお母さんはそう言って、仏間から出ていった。カタルは口を尖らせている。
カタルのおじいさんはもう亡くなっているし、お父さんは単身赴任中なので、家には僕ら三人だけだ。
お風呂掃除に行く気配は一切出さず、カタルはごろんと仏間の畳に足を伸ばした。
「もう九年かー。リョーセーがうちに来て」
「そうだねえ」
親戚でもなんでもない、「息子の友達」をこの歳まで養ってくれるというのは、普通のことじゃない。
カタルのご両親には一生、頭が上がらない。
「あのさー……リョーセーは全然、遠慮しなくて良いんだからな?」
「え?」
僕が目をやると、カタルは珍しく真面目な顔をしていた。
「最近一生懸命バイトしてるけどさー。母さんも言ってるけど、マジでお金入れたりしなくて良いって」
「いや、それは僕がいやだから」
僕はすぐに応じた。高校生になって、すぐに出来るバイトを始めた。
と言っても新聞配達と、あとは散発的な日払い仕事をポツポツ入れているぐらいだ。食費とか生活費ぐらいは、カタルのお母さんに渡したい。渡すと、「貯金しておくからね」と言われるのだけれど。
すると、カタルはピントのずれたツッコミを入れてくる。
「今時新聞配達って、やっぱ流行らないって。旧態然としたメディア、読んでるのはおっさんおばさんばっかだろ? もっと若者らしい仕事の方がいいと思うんだよなー」
「例えば?」
「……いや、まあ、それは、特に案があるわけではないけれども」
後先考えず思いつきで喋っているからこうなる。
でも、僕はわかっている。これは、カタルなりの優しさの表現なのだ。直接的に気持ちを伝えるのが下手なので、結果こういう行き先を見失った会話になってしまう。
「とにかく! 別にうちに金がないわけじゃないし! リョーセーはもっと、やりたいことやればいいんだよ! リョーセーがやりたいことってなんだ? もっと主体的に行動するべきだって」
「えー……別に僕は……」
やりたいこと、と言われても、そんな具体的な夢や希望は持ち合わせていなかった。
小さい頃からずっと、目先のことでいっぱいいっぱいで、将来何をやろうとか、何かになろうとか、そんなことは昔から、まともに考えられたことがない。
強いて言うならカタルと友人でいられたらな、と思うが、カタルは頭がいいから、きっといい大学に行くだろうし、そうしたらいつまでも、こんな関係性ではいられないだろう。
「語流! トランプ片付けなさい! お風呂掃除は!」
お母さんから声が飛んできて、カタルは飛び上がった。
仏間から駆け出す直前に、僕を振り返って言う。
「風呂掃除終わったらトランプの暗号の答え、教えてやるからな!」




