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匿名探偵クラウド  作者: 彩宮菜夏
第一章 事件前
2/17

2. チャラ男とチャラ女と匿名探偵

 僕がカタルを巻き込んであんなことをしてしまう、一週間前のことだ。


   *    *


「なー、ADC見てるー?」


 高校の教室で昼休み、僕がカタルとお弁当を食べていると、チャラいクラスメイト男子の声が聞こえてきた。つい耳をそば立ててしまう。

 同じくチャラい女子が応じた。


「えー? なんそれ。バンド?」


「いや違くてさ、なんか、サイト? アプリじゃないんだけど、なんか、事件の捜査とかやってるやつ。お前しんね?」


「どゆこと? 怖いじゃん事件とかー。そんなん見るのやめなよー」


「ちげーって、おもしれーんだって。あのオタクなら知ってんじゃね?」


 その声が聞こえた瞬間、お弁当に入れられていた嫌いなほうれん草の処分を迷っていたカタルが僕の目の前でびくりと肩を揺らした。露骨に目が泳ぎ始める。

 いつものことだ。


「なーオタクー! ADCってなんて言ったらいいかわかるー?」


 チャラ男くんは馴れ馴れしくカタルの肩に手を乗せて言う。

 神経質で潔癖なカタルは、本来身体を触られるのを極度に嫌うのだが、今は相手が相手だけに拒絶はしていない様子だった。


 カタルはボソボソと答える。


「あ、え、いや、その、なんて言ったらっていうか、それは名前の通りというか……」


「えー? 何ー? 聞こえないー。マジうけんね、オタクの人。ヤバイじゃん」


 女の子にそう言われ、ますますカタルはテンパっていく。

 僕は内心、マズイ、と思い俯いた。

 こうなったらもう、止められない。


 動揺を抑えきれなくなったカタルは、物凄い勢いで喋り始めた。


「ええと、ADCというのはアノニマス・ディテクティブ・クラウド、つまり匿名の人々がクラウド的に繋がりあって探偵行為を行うSNSのことで、国産のSNSの中では最も成功した部類に入ります。


 言ってみれば一個人が探偵行為を行うのではなく、アウトソーシング、つまり自分以外の外部に自分にはできない部分の探偵を委託するようなもので、現代的、効率的な探偵のあり方と言えます」


 もうこの時点でチャラ男もチャラ女もドン引きしていて、僕はもう見ていられない気分だったのだが、かといってフォローすることもできない。


「あの、流れとしては、実際に発生した事件を『依頼』という形で書き込むことができます。別に自分と関わりがあってもなくても自由で、『依頼』すると匿名探偵たちが『推理』を書き込み始めます。こんな感じで!」


 テンパった勢いて、カタルは自分のスマホでADCを開き、わざわざそのページを二人に見せた。

 こんな感じだ。


「依頼:御手島市金属加工会社専務殺害事件

 概要:△△県下最大の企業の専務が、本社ビル内で拳銃で射殺された。

 事件詳細記事リンク:赤石新聞(http://×××××××××××××)

           週刊パトス(http://○○○○○○○○○○○○)

 現場付近地図:http://■■■■■■■■■■■■」



「こんなふうに依頼文は基本シンプルなんですけど、ここからの展開が重要で」


 カタルのマシンガントークは止まらない。


 一応だが、彼はとても頭がいいのだ。

 模試の結果もすごく良くて、僕みたいに成績の悪い奴が相談しても丁寧に(丁寧すぎるぐらいに)教えてくれる面倒見の良さもある。

 喋っている内容も実は論理的だし、ちゃんと落ち着いて話して、相手に聞く気があれば、実りのある会話が望める。


 しかし、あいにくテンパってるときの喋りは早すぎて聞き取りにくいし、そもそも目が泳ぎまくって不審者感が半端ないので、まともに聞いてもらえることが少なく、結果として会話がうまくいかないことが圧倒的に多い。

 今回も多分、そう終わるだろう。


「この依頼をするにも推理を書き込むにも、アカウント登録が必要なんですけど、面白いのはアカウント名もプロフィール画像も含めて、個人を特定できる要素が()()()()()()()()()ところなんです。わかりますか!


 バックグラウンドでは各アカウントのデータは管理されてるんですが、どれが誰に属する推理なのかは一切わからない。記録されるのは各推理に付けられるいいね数だけ。だから、特定の人間が賛美されることなく、全体が一つの探偵として事件に立ち向かうんです! これが新しい!


 ロジックで考えるのが得意な人間はアリバイ崩しやトリックの推理に全力を注ぎ、調査力が高い人間は現場まで足を運んだり過去の文献を当たるなどし、情報通は裏に隠された業界の真実や人間関係を解き明かせばいい。適材適所。本来探偵業というのはかくあるべきなのです。そう思いませんか!


 そもそも現代において、一個の人間が名探偵として君臨する必要などどこにもないんです。もはやシャーロック・ホームズのような超人は必要ない。分散した複数人が()()()()()()()()()()()()()()()のですよ!」


 カタルは高らかにそう宣言してから、硬い表情のチャラ男女に気づいた様子だった。

 喋ろうと思ったことを一気呵成に最後まで語り尽くしてしまうのは、いつものことだった。


「……へー。なんか、よくわかんねーけどヤバイんだねー。あたしよくわかんないやー」


「てかやっぱオタクヤベーな。そんな演説するようなもんかこれ。マジ性格悪い奴ばっかで面白えから見てただけなんだけど。もしかしてオタクもここ書き込んでるんじゃねーの?」


 思い切り図星で、カタルはまた肩を震わせた。

 しかしその時にはすでに二人はカタルに興味を失っており、ねーパン買いに行こうよー、と手を繋いで教室から出て行った。


 そんな男女をギリギリと睨みつけながら、カタルは呟く。


「クソッ……あいつら将来万引きとかコンビニ強盗とかしたら覚えてろよ……俺がADCでお前らの悪行全部暴いてネットの大海に晒し上げてやるからな……!」


 それを聞く限り、「マジ性格悪い奴ばっか」というチャラ男の評価も、あながち外れてはいないだろう。

 僕は肩を竦め、水筒から出した麦茶を飲んだ。


 これでもカタルは、ADCの「A級探偵」なのだ。

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