1. プロローグ:カタルとリョーセー
作者より
この作品は殺人事件を題材にしたミステリー・サスペンスです。
必要以上の残酷描写は含まれない予定ですが、人によって不快感を覚えたり、倫理的問題を感じる可能性があります。
ご理解、ご納得いただける方のみ、お読みいただけますと幸いです。
僕は、目の前で倒れているお婆さんを眺めていた。
間違いなく、僕が突き飛ばしたことが原因でこの人は頭を打ち、その場に倒れたのだ。
ピクリとも動く様子はなかった。
言い訳のしようもない。
「いやそんなことないね」
僕の背後の部屋からやってきたカタルは、一瞬のためらいもなく言い切った。
「リョーセーは悪くない。何故ならこのババアは人のクズだからだ。客観的に見てもこいつのやったことは万死に値する。なんでそんなババアが死んだことでリョーセーみたいな善良な人間が責任を負わなければならなくなる?
どちらに生きる価値があるかは明白だ。リョーセーが気に病む必要はどこにもない。むしろクズが一人世界からいなくなるよう貢献したとすら言える」
リョーセー、というのは「良生」、僕の名前だ。
カタルは「語流」と書くが、その名の通りの饒舌で僕のことを矢継ぎ早に弁護してくれた。
いつだってカタルは、小さい頃から高校二年になった現在に至るまで、変わらず僕の味方だった。
頭が良くて、弁が立って、一見身勝手で独善的なようだが実際は優しい。それがカタルだった。
カタルは、いつも通りの自信満々の表情で、お婆さんの居間をうろうろと歩き回っている。倒れ伏しているお婆さんにまるで動じていないかのように振る舞っていた。
でも長い付き合いの僕はよくわかっている。彼は動揺しているのだ。これからどうしたらいいのか、必死で考えているに違いない。
なんにせよ、これはもう僕の犯行なのだ。僕は怒りに任せ、こんな蛮行を働いてしまった。
いかなる理由があろうとも、許されるはずがない。
僕は言った。
「カタル。警察を呼ぼう」
「ダメだ!」
カタルは再度、そう言い切った。
「絶対に、リョーセーだけを悪者にはしない!」
そして、すぅはぁと数回深呼吸を繰り返すと、彼はいきなり近場の棚の上に置いてあった、何に使うんだかわからない平べったい石の置物を両手で取った。
そしてそのまま、それをお婆さんの頭の上に落とした。
思いの外鈍い音が鳴った。
僕らは沈黙した。カタルの荒い、震えた息の音だけが聞こえていた。
カタルはゆっくり腰をかがめ、お婆さんの口元に手を当てて、呼吸の有無を確かめた。
それから立ち上がると、小刻みに震えながら僕に向かって言った。
「さあ、これでどちらが手を下したかわからない。リョーセーのせいで死んだのか、オレのせいで死んだのか。もしお前が捕まったら、オレもアウトだ。一蓮托生、呉越同舟。さっきも言った通り、こんなババアのせいでオレたちが人生めちゃくちゃにされる筋合いはないよ。
まあ、安心しろよ。オレを誰だと思ってるんだ、オレを。ADCのS級だぜ? 警察の捜査の動きから何から、ちゃーんと頭に入ってるから。大船に乗ったつもりでいろよ。今まで、オレを信じて間違いだったこと、あるか?」
「……その言い方がすでにフラグ立ててる気がするけど」
僕がそう言うと、ようやくカタルは笑った。
「確かに。さ……とりあえず、これからの作戦を練ろうぜ。警察も問題だけど、それ以上にあいつらに目をつけられないようにしないと、な」
そうだ。今のこの国では、犯罪者にとって警察よりも危険な集団がいるのだ。
あいつらへの対処をどうするか、まず考えなければならない。
それが……国産最大のSNSである「ADC」=匿名探偵クラウドだった。




