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第八話



窓から射し込む光に顔をしかめる。

ゆっくりと瞼を開けると、薄暗く見慣れない部屋が視界に入った。



「ここ、どこ……?」


疑問が思わず唇からこぼれる。


窓の外は暖かな橙色をしている。

ユキはそれが朝日か夕日かも判断がつかないほどに頭がぼうっとしていた。

随分長いこと眠っていたのだろう。


ひとまず自分が寝かされていたベッドから這い出て、窓の外の様子を見てみる。

いつだったか海外旅行のパンフレットで見たような、馴染みのない造りの家々が建ち並んでいた。

木造の家屋の外壁には白や黄の漆喰が塗られ、屋根には赤茶色の瓦が乗っている。

遠くに見えるのは時計塔だろうか。

煉瓦造りの大きな建物で、てっぺんには大きな黄金色こがねいろの鐘がある。

行き交う人々や馬は疲れた様子で歩いており、店仕舞いをし始めているところもある。恐らく今は夕方なのだろう。



「私、本当に異世界に来ちゃったんだ」


自分の置かれた状況を確認するようにぽつりと呟く。



(これからどうしよう。勢いで来ちゃったけど、お金も仕事もないや)


着の身着のままだしな。と考えたところで、ふと自分が着慣れない衣服を身にまとっていることに気が付く。


映画の中でしか見たことのないゆったりした白いネグリジェだ。

誰かが着替えさせてくれたのだろうか。


きょろきょろと辺りを見渡すとベッドサイドに真っ黒な塊を見つけた。

広げてみると、それはどうやらユキがこちらに来た時に着ていた服のようだった。

煤けてところどころ穴が空いている。

まだ使えそうなのは床に置かれた靴くらいだ。


とりあえず裸足のまま靴を履き、木製のドアの前に立つ。

ドアノブに手をかけるとすんなり開いた。

閉じ込められているわけではなさそうだ。


ほんの少しドアを開けて外の様子をうかがおうとしたところで、廊下の向こうから歩いてきていた白衣の老爺と目が合った。


老爺はユキに気が付くとにっこりと微笑み、老人とは思えない速さでぐんぐんと近寄って来る。


あっという間に目の前に立たれていた。


「ようやく起きたのかね。お寝坊さんなお嬢さんだ」


たっぷりとたくわえられた白い口髭の中からそんな言葉が出てくる。


「あ、はい。えっと……おじいさんはお医者さんですか?」


「まあそんなところじゃの。さあ中にお入りなさい」


そう言って再度部屋に戻される。



ユキはベッドに、老爺は室内にあった椅子に座った。


「気分はどうかね?痛いところや調子の悪いところは?」


そう問われ、ユキは少し思案する。


「……いえ、特には。あ、少し頭が重いです」


そう答えると老爺は声を上げて笑った。


「はっはっは!そうじゃろうな。なにせ丸二日気を失っておったのじゃからな」


老爺の言葉にユキは目を見開く。


「そんなに寝てたんですか。ありがとうございます、ご迷惑おかけしました」


そう言ってぺこりと頭を下げる。


「よいよい。おぬしが無事でなによりじゃ」


異世界に来てそうそう恐ろしい思いをしたユキは、老爺の優しい言葉に思わず目頭を熱くさせる。


「ありがとうございます」ともう一度震える声で呟くと、老爺はうんうんと満足気に頷いた。


「さて!おぬしには色々と聞かねばならんことがあるそうじゃ。おぬしらを攫った者共についてな。ここで待っておれるか?」


そう言ってこちらの顔を覗き込む老爺に、ユキはこくこくと頷いて返事をする。


では待っていなさい、と老爺は先程とは打って変わって老人らしい足取りでのそのそと部屋から出ていった。




五分程経った頃だろうか。


この部屋に近付く足音が聞こえてくる。

まるで軍隊の行進ように規則正しく大きな足音だ。


その足音は案の定、ぴたっとこの部屋の前で止まった。


コンコンコン、と意外にも遠慮がちなノックを三回叩かれる。


ユキがどうぞと応えると、キイッと静かにドアが開かれ、一人の男が室内へと入ってきた。


(お、大きい人だなあ……!)


ユキの前に現れたのは、頭をぐいっと下げなければ扉もくぐれないほどの大男だった。


無言でのしのしと目の前まで歩いてきたかと思うと、先程まで老爺が座っていた椅子にどかっと座った。



「よう、嬢ちゃん。俺はサイロンだ。起き抜けに悪いな。君に色々聞きたいことがある」


凛々しい眉を八の字にさせ、こちらの機嫌をうかがうように声を掛けられる。


「いえ、大丈夫です。……質問には答えられる範囲でお答えします」


「そうか、助かる」


そう言ってサイロンはユキにいくつかの質問をした。


あの人攫い達について知っていることはないか、どこへ向かうか聞いていなかったかなどだ。


どうやら奴らは逃げおおせたらしい。


ユキが不安そうな顔をしていると、それに気が付いたサイロンは「面目ない……」と謝る。


サイロンは見かけによらず素直な男のようだった。



一通り質問が終わったところで、今度はユキが口を開いた。


「私からも一つお尋ねしてもいいですか?」


「構わないぜ、どうした」


質問の許可をもらい、ユキは気になっていたことを尋ねる。


「あの、私と一緒にいた人達は無事ですか?子どもたちは?」


「ああ、それなら心配するな。君同様モクゲシの毒で眠っていたが、全員すぐに目を覚ましたよ。事情聴取の後は警備隊が家まで送ってやったぜ。」


「え、毒?」


思いがけない単語にユキはきょとんとする。


「ああそうだ。君達を取り囲むように生えていたあの木が原因だ。花の根元にある膨らみを傷付けられると、そこから強い眠気を催す毒が分泌される」


サイロンは子どもに聞かせるように丁寧な口調で説明を続ける。


「赤い花弁の美しい花だ。俺は遠くからその花が見えた。しかし君達の元にたどり着く頃には、花はすべて枯れ地面に落ちていた。毒分も霧散していた。残っていたのは毒に侵された君達だけだ」


サイロンが何を言いたいのか分からず、ユキは困惑した。


「なあ、最後にもう一つ聞いてもいいか。あれは一体なんだ?」


そう言ってサイロンはユキの両腕をがしりと掴み詰め寄る。


「他の者達は皆心当たりがないそうだ。君もそうなのか?」



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