表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

第五話



あの後、結局ユキ達は小屋からの逃走を見送った。


どうしようかと話し合っているうちに自分を攫った男達がばたばたと慌ただしげに入ってきたからだ。


外からは馬の嘶きが聞こえてくる。


「おい!テメェらさっさと立て!」


困惑を隠せない一同を無視して強引に外へ引きずり出す。


少年少女は襟首を、女性はパサついた長い髪を引っ掴まれて乱暴に馬車へ乗せられていく。


「お前もだよ!ってなんで縄がほどけてるんだ!クソッ」


そう言って人攫いは仲間に錆びた手錠を持って来させ、金属の擦れる耳障りな音をさせながらユキの細く白い手首にそれをはめた。


最悪だ、とユキが顔を顰めると同時にぽいと他の者達と同様、馬車の中に投げ飛ばされた。


先に入っていた男の上に投げられたためあまり痛くはなかったが、ユキの下からは「ぐっ!」と野太い呻き声が聞こえてくる。



「行け行け行け行け!」





窓のない荷台だが、粗末な造りのようで木板の隙間から微かに淡い光が入ってくる。


後ろ手で拘束されたまま、身をよじらせその隙間を覗き込む。


しかし、外はとっぷりと闇に包まれているため煌々と燃える松明しかうかがえない。


ユキはしかたなく壁にぴったりとそのうすい耳をくっつけた。


断片的であるが、「船が襲撃された」「国家警備隊が」「密告」などの言葉が聞こえてくる。




「どうやらやつらの仲間が捕まったらしいな」


ユキと同様、外の会話に耳をそばだてていた男が口を開いた。


「本当?じゃあ私達は助かるのね!」


抑えられない期待に上擦った女の声に、少年少女も顏を綻ばせる。


「かもしれない。国家警備隊が動いているようだ。彼等の仲間がここまでそのことを伝えに来たのなら、警備隊が追いつくのも時間の問題かも知れないぞ」


男の声にも隠せない喜色が滲んでいる。


「やった!」「帰れるね」「お母さん……!」と口々に喜ぶ同乗者達を横目に、ユキは安堵と不安が混ざったような複雑な表情をしていた。


(なんだろう、胸がざわざわする)


森の木々は影の落ちた黒い葉を風に擦り合わせ、慌てて走り抜ける馬車を見送っていた。




そうしてしばらく(少しの間だったかも知れないが)ガタガタと大きく揺れる馬車に乗せられ、時々舌を噛みながら同乗者達と喜び合っていた。


すると突然、先程まで微笑んでいた少女が不思議そうに口を開く。


「あれ?馬車が……」


そう言い終わる前にがたんと一層大きく揺れた後、一同が乗っていた木の箱は停止した。


「え、何?どうしたんだ?」


少年が戸惑っような声を出す。


僅かばかりの静寂が、パチパチと乾いた木材が爆ぜるような小さな音に遮られる。



「火だ!」


男が叫ぶ。


「あいつら、私達を連れたままでは逃げ切れないと踏んで荷台に火を付けたな!」


その言葉に少年少女は悲鳴を上げ、女はパニックに陥ったか、髪を振り乱しながら閂がされているであろう出口をドンドンと叩いている。



「出して、出してよ!私こんなところで死にたくない!」


「君、やめないさい!落ち着くんだ!」


男はそう言って女の両肩を抑える。


「離してよ!早くここから出なきゃ!」


興奮した様子の女をなだめるように声のトーンを下げて男は応える。


「でたらめに暴れていても出られない。少年、それからお嬢さん!私の掛け声と同時にここにぶつかるんだ!」


男に声をかけられ、少年はハッとした様子で出口に近付く。

ユキもそれに続いた。


荷台の中は狭く、三人が一列に並ぶだけで精一杯だ。


「いくぞ、せーの!」



ドンッ、ドンッと声に合わせて何度も体当たりをする。


その間にも中に黒煙が充満し、全身から汗が吹き出すほど暑くなってくる。


後ろでは女が少女をぎゅっと抱き締め、その小さな頭を撫でている。


少女はその胸に顔をうずめ、恐らくは涙を滲ませているだろう。




(どうしよう、全然びくともしない。このまま死んじゃうの?)


ユキは、今までに一度も命の危機というものに直面したことのなかった。


元の世界が如何に平和で安全だったか、今になって思い知らされる。




体が震えている。息が上がり、煙を大量に吸ってしまったのであろう、頭がぼうっとする。



(お母さん、お父さん、突然いなくなってごめん。心配してるかな)


自分の両親の横顔を思い出す。


ろくに遊んでもくれなかったが、お人好しで勤勉な親だった。



(マナちゃん、私が死んじゃったら魂も半分なくなっちゃうのかな)


そうしたら妹はきっと私を許してはくれないだろう。


(こんなお姉ちゃんでこめんね)





何度体をこの木の壁に打ち付けたか。


そろそろ皆も限界が近い。


男の掛け声も弱々しく掠れている。


少年にいたっては、ぶつかるというより、とんっ、と体を押し当てるだけになっている。


もうだめだ、これを最後にしよう。


そう思い、残っていた力をすべて使い、ユキは思い切り体当たりをした。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ