第三話
ユキは手足を縛られ、どこか暗い所に捕らわれながら、妹の言葉を思い出していた。
「私のもう半分の魂を探し出して欲しい」
そう告げられた後、ユキはマナカに詳しい説明を求めた。
どうやらマナカは前の世界では名の知れた大妖精であったらしい。
そして人間の男と恋に落ちた。
大妖精は男に心底惚れ込んでいたため、自分の持っている様々な力を与えた。
よくある話である。
しかしある時、その恋人との逢瀬に現れたのは、恋人に姿を変えた見知らぬ男だった。
その男は大妖精の力を手に入れようとした。
男は用意周到であった。
肉体、魂、生命力、魔力、神性存在……あらゆる事象を封じるという短剣。
その短剣で大妖精を刺し貫き、力を意のままに操ろうと目論んだ。
当然、大妖精も抵抗した。
その結果、短剣には魂の半分とその器(人間で言うところの肉体)だけが封じられ、もう半分の魂は世界を渡って人間として転生してしまったらしい。
妹が生まれつき体が弱かったのも、神社に出来た亀裂を通った後肉体が崩壊したのも、半分しか魂が収まっていない不完全な体だったことが原因だという。
今、妹マナカの肉体はどこの世界にも存在していない。
だから人間として、ユキの妹として戻ってくるのは不可能だと言う。
ユキは絶望した。
あの時、祭りに連れ出してさえいなければ……
しかし、マナカはそんな姉の後悔を否定した。
たった九年しか生きていない世界よりも、愛した男との思い出がつまった元の世界で再び暮らして行きたいのだと。
そこで、あのお願いをしたのだ。
短剣に封じられた元の器と魂の半分を解放することが出来れば、マナカは大妖精としての力を取り戻し生きていくことが出来る。
しかし、魂だけの状態のマナカでは物質や世界に干渉することは不可能である。
ではユキならできるのか?
答えは否。
元大妖精の姉といえど、ただの人間である。
亀裂を通り、世界を渡ることが出来ない。
そこでマナカはある提案をした。
異世界の大妖精であるマナカの魂がユキの中に入れば、肉体ごと世界を渡ることも可能だという。
「お姉ちゃん、お願い。私に力をかして」
ユキは頷いた。
妹への愛情か、それとも罪悪感からか……
「いいよ。異世界でもあの世でも、どこへでも行ってあげる」
(とは言ったものの……)
あれから異世界に関する詳しい情報を妹から聞く暇もなく、ほぼ閉じかけていた亀裂に体を滑り込ませた。
ユキの体に入ったマナカの魂は、ユキの魂と肉体の取り合いにならないよう、深層部で眠りにつくという。
つまりユキは全く情報のないまま異世界に来てしまったのだ。
途方に暮れ、あてもなく歩いていたところを怪しい男たちに追いかけ回され、現在に至るのである。
(アンラッキーすぎる……!絶対あの人たち奴隷商とか闇商人とか、とにかく人身売買系のあれだよね)
もしかしたら身売りどころか臓物売りさばかれちゃうかも……と、腐りかけた木造の壁に体を預けながら縁起でもないことを考える。
「とにかく、今の状態を把握しなきゃ」
周りにはユキと同じように捕らえられたであろう男女四人。
自分を捕まえた男らの会話から察するに、捕らえられた者たちは明日、ここではない所に集められるらしい。
集められる……つまりこの人攫いはちまちまと人間を売っているのではなく、組織立って動いているということになる。
(もし逃げたとしても、大勢いる人攫いの仲間たちが追いかけてくるのか。となると、一人でこっそり逃げるのは悪手だな。この人らと逃げた方が追っ手が分散する)
ユキはこんな状況で他人を犠牲にすることを躊躇うような人間ではなかった。
自分の命に加え、妹の魂も預かっているのだ。
中途半端な行動はできない。
今現在重要なのは、①逃げる方法、②逃げるタイミング、③逃げた後の追っ手を最小限に留める、の三つだ。
まずは逃げる方法。
これには二つの手順を踏む必要がある。
一つ、手足の縄を解く。
二つ、人攫いの目を盗み脱出する。
幸い、最も難しそうな一つ目はなんとかなりそうだった。
何故なら、既に縄抜け出来そうなくらい縄が緩んでいるから。
なぜだろう。
周りの人たちの縛られ具合を見てみると、皆きっちり捕縛されキツそうだ。
ユキたちの中で一番体格のいい男の人なんて、手が鬱血しそうなくらいであった。
(なんで、とか考えるのはやめよう。事実だけを分析すればいいんだ。次は逃げ出す方法……)
外は恐らく薄暗い森、今いるのは小さく汚い木造の小屋。
獣の糞の臭いと水飲み場であろう溝から推測すると、どうやらここは馬小屋か何かだったのだろう。
外から聞こえる男たちの声は、言葉が聞き取れる距離のものと、くぐもって聞こえない話し声の二つだ。
前者は屋外の見張り、後者は恐らく馬小屋に隣接した人の住める家と考えるのが妥当か。
(さて、どうするか……)
思考を張り巡らせながら、ユキは再び壁にもたれかかる。
と、その時……
ガコッ……!
ユキの腰辺りの壁から、何やら小さな音が聞こえた。
一番近くにいた女性がこちらの様子をうかがっている。
他の人たちは気が付いていない。
どうやら外の人攫いの笑い声にかき消されて聞こえなかったらしい。
ユキがはぐらかすような愛想笑いをすると、女性は興味をなくしたかのようにそっぽを向いてしまった。
古い小屋が軋む音か、もしくは放屁の音だと思われたかもしれない。
後者だったら心外だな、と思いながら、音のした方を振り返る。
そこには十センチにも満たないほどの、小さな穴があった。
外からの風が入り込んでいる。
どうやら思った以上に傷んでいるようである。
(さっきはアンラッキーだなんて思ったけど、案外ツイてるのかもしれない……!神様仏様大妖精様!)
壁が壊せそうだと知ってからの決断は早かった。
課題②について、タイミングは今だ。
次逃げ出せる状況が訪れるのはいつになるか分からない。
周りは森だが、人が住める小屋があるのだ。
つまり道がある。
闇雲に逃げ回らなければ人里に出られる……と信じることにする。
そして課題③について、これも今脱出するのが最も良い。
それもここにいる全員で。
仲間と合流されたら追っ手が増えてしまう。
見張りも厳重になるだろう。
全員で逃げるとなると隠密行動に難ありだが、そこはバラバラに動くよう説得すればいい。
生存率を上げるためだと。
そして、ユキは即行動に移った。
まず、壁を破壊する音が聞こえないようにするため、最も幼い者たちに話しかけることにした。
「はぁ、短い人生だったな……。そこの少年少女たちも災難だったね」
「まだ助からないって決まったわけじゃないだろ!」
少年のほうが反論する。
「現実を見なよ。もしかしてその歳でヒーローが助けに来てくれるとでも信じてるの?」
「っ!」
少年が言葉に詰まる。
その様子を見た男が口を開いた。
「やめなさい。喧嘩をしているようなときではないだろう。無駄に絶望を与えるのはよせ。」
じっとユキを見つめながら、諭すような口ぶりで語りかける。
「無駄に希望を与える方が残酷だと思いますけど」
「……」
男は黙り込んだ。
(我ながら性格悪いなあ……)
そう思いながら、再度二人に声をかける。
「ねぇ君達、今いくつ?」
少女が戸惑いつつも小さな声でこたえる。
「えっ?えーっと、十二……」
「十二歳か。じゃあ物事が理解できない歳ではないかな。私達、これから大変だね」
近くにいた女性は虚ろな目でこちらを見つめる。
少女は怯えているだけで、ユキが言っていることをよく分かっていなさそうだ。
少年の方は眉間に皺を寄せじっとこちらをうかがっている。
ユキは教えてあげた。
自分たちがこれからどんな酷い目に遭うのか。
できる限りおぞましい単語を使い、語りかける。
少女は教えられたことを想像し、泣き出した。
それにつられて、少女の傍に張り付いていた少年が泣きながらユキを罵倒する。
(……今だ!)
ユキがバキッと音を立てて腐った木造の壁を剥がしたのと同時に、勢いよく小屋の扉が開かれた。
「うるせぇぞ、このクソガキ共!」
男はそう言って少年少女を睨みつける。
「ひっ……!」
ユキは男の視線が子供たちに向いている間に、こっそり馬小屋に敷かれた藁で穴を隠す。
男はユキの行動に気が付いていない。
外の焚き火のせいで、小屋の暗闇にまだ目が慣れていないのだろう。
その証拠に、子供たちを見ているようでやや視線がずれている。
(よし、成功だ……!)
「騒げねぇようにのしとくか」
「やめとけ、商品だぞ。値が落ちる」
「チッ……もう騒ぐんじゃねぇぞ。」
ドスの効いた声で脅して、扉を固く閉める。
少年少女はカタカタと小さく震え、泣き声すら上げない。
相当効果があったようだ。
外から再び男たちの話し声がし始める。
すると、それを待っていたかのように男がユキに話しかけた。
「君、そこのお嬢さん」
「えっ?」
「さっき一体何をしたんだい?」
「何のこと?」
「奴らが入って来たとき、そちらから物音が聞こえたけど」
どうやらこの男は観察力に優れているようだ。
「……ここにいる全員、絶対に大きな声を上げないなら教えます」
「約束しよう」
そう言った後、男は少年らや女性に目配せする。
全員が頷いたのを確認した後、ユキは体をずらして後ろの壁を見せた。
皆が目を見開く。
先程壊した部分が結構大きかったらしく、細い成人女性までなら抜けられそうなくらいに穴が広がっていた。
「逃げましょう」
「そのためにこの子らを騒がせたのか」
男の言葉に少年たちが驚いた顔でユキを見る。
「ええ。彼らは今さっき私たちの様子見をしたばかりです。しばらくは見に来ないでしょう。すぐに外へ出た方がいい」
少年たちも女性も、目に光が戻っている。
女性が早く逃げたそうに腰を浮かせた。
しかし男はそれをとめる。
「待ちなさい」
「は?」
女性が苛立った声色ではじめて声を発した。
ユキが男に尋ねる。
「待てって、どういうことですか?」
「今ここで逃げるのは得策じゃない」
その言葉をきいた女性が男に向かって怒りをぶつける。
「得策じゃないって、偉そうに。意味が分からないわ。ここで逃げなきゃ、さっきこの子が言ってたような目にあうのよ。あなたはいいかもしれないけど、私たちは女なの。言いたいこと分かるでしょ?……あっ、もしかして、自分がこの穴通れそうにないから道連れにしようとしてる?」
「違う。話を聞け」
「イヤ。ちょっとあなた、早く行きましょうよ」
女性はユキに声をかけるが、ユキは再び穴を背に隠した。
「お姉さん、待ってください。ねぇお兄さん、どうして今逃げては駄目なんですか」
「この人の話なんて聞かなくていいわよ」
女性はそわそわしながら外へ出たそうにしている。
しかし、先程子供たちと人攫いの立てる音を利用して壁に穴をあけたユキの思考力、判断力を気にしているのか、素直にその場に立ち止まる。
その様子を見た男が話し出す。
「運ばれている間、進んでいる距離と方向を計算していた。恐らくここはバン森林か、その周辺の山だ。」
「そのバン森林だと、何か不都合があるんですか?」
ユキが男へ問いかけたとき、少年があっと声を上げた。
「もしかして……牙狼が?」
「そうだ」
この世界のことを何も知らないユキは、牙狼という単語に首を傾げる。
「牙狼?」
少年がこたえる。
「牙狼は夜行性のすごく大きな魔物だよ。群れで行動するし、魔法も使えるから厄介なんだ。火が苦手だから、焚き火や松明で近寄って来ないようにするんだ」
「少年の言う通り、火には近寄らない。しかし、今我々が火を使うとどうなる?確実に見つかるぞ。それに、遠くまで距離を稼ぎたいなら途中で火を起こしている時間も惜しい。火属性の魔法を使えるやつがいるなら話は別だが……」
男の言葉に全員が押し黙る。
(魔物……そんなやつがいるんだ……私が不良少女なら、ライターくらい持ってたかもしれないのにな)
ユキは現実逃避のようにたらればを考える。
すると少年と男の話を聞いた少女が、ぽろぽろと静かに涙をこぼしはじめた。
(あ……)
「……ごめん、私が無駄に希望を与えちゃったね」
ユキの言葉に少女はただ首を横に振るだけだった。
_人人人人人人人人_
> 突然の大妖精 <
 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄
半分こにされる魂、捕えられる姉……
果たしてユキは無事に助かることができるのか!?
そして半分にされた妹の運命はいかに!
「全てを取り戻したいならインフ○ニテ○ストーンを集めなさい……」
次回、『犯人はサ○ス』
お楽しみに!!