第二話
「お姉ちゃん」
その声に驚いて振り返る。
夕暮れの影が落ちるひんやりとした石畳の上に、あの時のワンピース姿のまま、妹が、マナカがそこに立っていた。
「マナちゃん……?」
「やっぱりお姉ちゃんだ!よかった、私の声聞こえるんだね!」
「えっ?」
理解が追いつかない。
妹は、愛佳は、何で姿が変わってないのか。
何故平然とそこに立っているのか。
声が聞こえるんだねってどういうこと?
混乱するユキにかまわず、マナカそっくりの少女は口を開いた。
「お姉ちゃん、こっちでは何年経ってるの?」
少女がこちらに近付きながら問いかける。
「それって、どういう……」
どういうこと、という前に少女は焦れたようにまた話し出す。
「だーかーらー、私がいなくなってから何年経ったかきいてるの!」
そう言って少女は頬を膨らませた。
短気は相変わらずらしい。
「私の妹がいなくなったのは十年前だけど……本当にマナちゃん……?」
ユキは目の前の現実が受け入れられなかった。
何か都合いい幻覚ではないのだろうか。
そんな姉の戸惑いを知ってか知らずか、少女はしょうがないなとでも言いたげな顔をする。
「マナちゃん以外の誰に見えるの?」
「いや、マナちゃんに見えるからびっくりしてるんだよ」
ユキは言葉を続ける。
「ねえ、もし本当にマナちゃんなら、教えて。今までどこにいたの。何で帰って来なかったの。どうしてあの時の姿のままなの」
ユキの質問攻めに、妹を名乗る少女は見た目の年齢に似合わない口調で一つ一つ答えた。
あの日、この神社に空間の亀裂が入ったこと。
その亀裂は異世界へと通じていたこと。
行った先の世界は、かつてマナカとして生まれる前の自分が暮らしていた世界であったこと。
そこで前世の記憶を取り戻したこと。
その世界でマナカとしての肉体を失い、こちらの世界に戻れなかったこと。
そのため、消失しないよう世界と世界の狭間、異次元に留まっていたこと。
ユキは元々、不思議現象や心霊話を信じやすい質であった。
というよりも、現代科学では説明がつかない現象や、パラレルワールドの存在を否定出来なかったといえよう。
だから妹の話をすんなりと受け入れられた。
そこまで聞いて、はてなと思うことがあった。
「じゃあ、どうして今になって現れたの?」
マナカはちょっと怒ったような声でこたえた。
「お姉ちゃんがこの場所に来てくれなかったからだよ」
「え?」
「一度亀裂が入ったこの場所はね、世界に修復されてもまた亀裂が入りやすくなってるの。だからここでお姉ちゃんが見つけに来てくれるのを待ってたんだよ。肉体のない私は異次元から離れすぎると消失しちゃうかもしれないし。離れてる間に亀裂が閉じたら確実に消えるし。私の魂はマナカとしての肉体に定着してたから、遺伝子情報の最も近いお姉ちゃが一番私の魂を見つけられる可能性が高かったの。事実、お母さんやお父さんの前に出ていっても、気付かれなかった」
そう言ったマナカは少し寂しそうな顔をしていた。
「そうだったんだ……ごめん……」
「いいよ、来てくれたし。許す!」
笑顔でそう言ったマナカに対して、ユキは一度重要なことを尋ねた。
「ありがとう。それでマナちゃん、マナちゃんはどうやったらこっちの世界に戻ってこられるの?」
ユキがそう言った瞬間、マナカの表情がすっとなくなった。
急に真剣な顔になった幼いままの妹に、恐る恐る声をかける。
「マナちゃん?どうしたの?」
ユキの問いかけに、マナカはゆっくりと口を開く。
「あのね、お姉ちゃん。お願いがあるの」
「何、突然あらたまって……」
「お姉ちゃんにね、私のもう半分の魂を探し出して欲しいの」