レンズをのぞけば
ライチ社の新しいVRコンタクト”i con”は素晴らしい新商品として世界中で大ヒットした。
ここ藍紺高校2年A組でも。
「ホントだ、これやばいね! 皆イケメン!」
彼女は今、世界中の男性がイケメンに見えている。ガリガリでガリ勉の委員長は福士蒼汰似のイケメンに、ゴリゴリでゴリラみたいなキン肉マンはダルビッシュ似のイケメンに、汗っかきのデブは顔だけブラピ似に。世界中が華やかなイケメン一色に見えている。
そう、この”i con”は、脳波をAIが読み取って自分の理想の世界を作り出し、AR技術を応用して現実世界にリンクさせ、あたかも裸眼で見ているようなリアルな世界を見られるVRコンタクトなのである。
「でも……声や言動はさすがに変わらないから、なんだか違和感あるっていうか、私は別にいらないかも」
そういって彼女は友達にコンタクトを返した。
一方、福士蒼汰とは似ても似つかない本物の委員長も、ライチ社のライバル会社であるYoogle社の”ヨーグル・グラス”というメガネ型のVR機器を装着し、世の中の女性をすべてとある女性の姿に変えていた。
「デュフフフ。これは良き! 尊い!」
今、クラスではコンタクト型の”i con”派か、メガネ型の”ヨーグル・グラス”派で大きく分かれており、仲良しグループでもそれを統一することによって仲間意識を高めていた。
あの女の子、桜子は、いつもコンタクトをしていたが、グループ内がみんな”i con”に変わったので普通のコンタクトを”i con”に変えようとしていた。しかし先程のとおり、コンタクトをあえて”i con”に変えようとはしなかった。そのせいでグループ内の雰囲気はビミョーになり、桜子は次の日からグループ内の同調圧力によってそこを追い出される形となった。そう、明確な違いを出すために、メガネを掛けるようになったのである。
その日、桜子の姿にクラス中の女子が固唾をのんだ。なんと、メガネを掛けたほうが可愛かったのである。これはヨーグル・グラス派の女子グループには大きな衝撃だった。”i con”派のグループから抜け出してしまった桜子はもう引っ張りだこ。しかし男子からの評価はそう簡単には変わらない。何せ、みんな理想の姿として見えているから。
委員長もその中のひとりだった。委員長に見えている女子は、みんなとある人物。何も変わらない。
と、思いきや。
委員長は沸騰しそうだった。
何を隠そう、とある人物とは桜子のことだったからだ。
桜子がメガネ派に転身した。デュフフ。しかも可愛い。ウオー!
委員長は心の中で、そういってガッツポーズをした。
しかも委員長、今日は自慢の最新型のヨーグル・グラスを壊してしまい、長年使っていなかったコンタクトレンズをつけていた。しかし女子たちに何の興味も示されなかった。委員長が眼鏡でもそうでなくても、クラス中の女子は興味が無いのである。恋愛において委員長は蚊帳の外。全く相手にされていなかった。
桜子からしても、委員長は論外。でも、そのときは突然やってきた。
「つつつつつつつつつつきあってください!」
委員長は放課後に桜子を体育館裏に呼び出し、告白してしまったのだ。
「ぼぼぼぼぼぼぼおおぼぼぼく、実はずっとヨーグル・グラスを使っていたんです、で、世界中の女性の顔を桜子さんの顔にしていたんです」
桜子はわかりやすく引きつった顔をした。
「でも僕、今日はこの通り、使ってないんです。普通のコンタクトなんです。すると、世界中の女性の顔が桜子さんじゃなくなったんです。美女は美女、普通は普通、ブスはブスに見えるんです。もちろん、桜子さんは特別な美少女です。メガネを掛けている様子はまさしく絶世の美女なんです! もう抑えられなくなったんです! 僕はこれからもこのコンタクトをつけて、生活していこうと思います! なぜなら、桜子さんの美しさが相対的に一番映えるからです! つまり、レンズを覗いていた時の桜子さんと、レンズを除いた桜子さんは、まったく別次元の美しさだったという発見があったのです!!」
「あ、ありがとう……」
桜子はどう反応すれば良いのか分からなかった。褒められているのは分かるが、気持ち悪さが勝ってしまう。仕方ない、奥の手を使うしかない。そう思った桜子は、右手を眼鏡の横に持ってきて、スイッチを入れた。
そう、桜子の眼鏡は普通の眼鏡ではなく、ヨーグル・グラスだったのである。
スイッチを入れた途端、桜子の目には委員長が新田真剣佑と山崎賢人を足して2で割ったような、スーパーイケメンに見えはじめた。
「やばい……どうしよう」
桜子は考えた。考えて考えて、たどり着いた答えがこれだった。
「もう一回、今度は低い声で、そう、福山雅治のものまねしながらもう一度告白して?」
「桜子ちゅわん、ぶぉくは、あなたのことが、好きだ。実に好きだ。桜子ちゅわんは、世界で、一番、大好きぜよ!」
「うん、ものまね……うん、まぁ、うん、そうか」
「ぶぉくは、これからも、この声で生きていくから、さぁ、はじめよう! もう俺の想いは止まらないんだ!」
「うーん……」
桜子の目の前にはスーパーイケメンがいる。声質もまぁまぁ良い。声質は。ただ……コレジャナイ感がすごい。
「ごめんね。アップデートしたら、考えてあげるね。じゃね!」
桜子はそう言って逃げ出した。
嘘は言っていない。
本当に、論外ではなく、考えようと思った。
声と体つきと、喋り方と発言内容が自動で変わってくれるアップデートが来たら。だけど。