涙片
テラロッサが鋭い瞳でリエゾンを射抜く。当事者でない俺達ですら震え上がるような威圧感と怒気を散らすテラロッサ。しかし、彼女の怒りなど全くどうでもいいとばかりに、リエゾンは無表情を一切崩さなかった。それは強がっているとか必死に気を張っているとかではなく、ひたすらに弛緩した――悪く言えば『どうなったっていい』という消極的なもののように見える。
暫くにらみ合いを続けていた二人の間に慌ててメラルテンバルが割って入ろうとするが、それより前にテラロッサがため息を吐いて視線を逸らした。
「つまらないわね、あなた」
「……好きに言えよ。面白さなんて端から求めてねえんだ」
あくまで後先を省みない態度で、リエゾンはテラロッサにそう言った。対する彼女は目を瞑り、小さく首を振っている。少しの間を置いて、テラロッサが瑞々しい唇を震わせた。
「『破滅』……その名前は、レグル・レトリック。あたしの双子の妹よ」
「なっ……!」
唐突なカミングアウトに思わず声が漏れてしまった。彼女が白い砂漠を広げ、世界を呪い、果てには月にすら呪詛を込めた破滅の姉だと?つまり彼女はこの世界が始まったときから、自分の妹と永遠の昼と夜を奪い合って来たのか?
困惑に頭を抱える俺を見て、テラロッサは呟くように言った。
「あたしは世界を永遠に回し続ける。ひたすらに昼と夜を繰り返す。けれど、あの子は違うわ。たった一日ですべてを終わらせるつもりなのよ。日が登り、沈んで、夜が来て、世界が終わる。二度と朝日なんて登らせない気よ」
前へ、前へと進み続けるテラロッサの目の前に立ち塞がり、世界を終わらせようと不敵に笑う破滅の姿が見えたような気がした。真っ白な空間で、二つの影がにらみ合い、世界を進ませようと前に進んではここで終わらせると両手を広げる。低い笑い声をあげながら、テラロッサは言う。
「世界は廻るわ。あたしがいる限り、ね。この世界樹も少しすれば日光を浴びるし、月は必ず沈む。それでもあたしたちは騒ぐの、歌うの。そしたら昼と夜の繋ぎ目がいつかなくなって、世界は繋がりあって一つになる」
そしたら、きっと本当に世界は不滅になると思うのよ、とテラロッサは言った。真っ暗な世界の中で、昼も夜もなく宴に狂う者達を見つめたテラロッサは、さて、と前置きをしてリエゾンに向き直った。
「あたしの話はこれくらいにして、あなたの話の相手をしてあげるわ。あの子の砂漠に入る手段が欲しいんでしょ?」
「ああ、そうだ。……その言い方だと、あるみたいだな」
「あるにはあるわ。あたしは『不滅』よ?砂粒程度防げて当然よ」
けれどね、とテラロッサは言葉を切った。その灰色の瞳に試すような色が宿る。二つの灰色に見つめられたリエゾンはそんなことなど気にもせずに、ただただその手段を求めて目で急かしている。
艶やかな黒髪に細い指先を絡めて弄ぶテラロッサが、ニヤリと笑った。
「けれど、勿論タダでは教えられないわ」
「……チッ、何が欲しいんだ」
「口は悪いしつまらないけど、理解は早いのね」
テラロッサは笑みを深めながらリエゾンを見つめる。彼女ほどの立場にある者が求める対価……?金や富や名声など、そんなに単純な物では無いだろう。世界の始まりからここにいるという彼女が求める対価。突拍子の無いものだろうか?それともあまりにも俺達にとって当たり前だったりするものだろうか?
俺の中で重なる疑問に、テラロッサが終止符を打った。
「あたし、見ればわかる通り退屈してるの」
「……だからなんだ?」
「だから……ええ、面白い話を聞かせてくれないかしら?……あなたがあの子の庭に入ろうとする理由と、あなたについて。……そしたら、あたしがその願いを叶えてあげるわ」
「……悪趣味な女だ」
「よく言われるわね」
リエゾンは吐き捨てるようにテラロッサに言うが、彼女は暖簾に腕押しで全く靡かない。怒る様子を見せず、嫌がる様子も見せず、ただひたすらに彼女はリエゾンに意味深な期待を込めた微笑を送っていた。彼女の気が狂うほどの退屈をまぎらわせるような話を語る事を任されたリエゾンは大きく舌打ちをして跳ねた黒髪を掻き上げた。
赤い瞳は嫌悪感に満ち、手足は強張っている。彼の顔全体が彼の過去を語ること、ひいては過去を思い出すことを拒絶するようにきつく歪んだ。暫くリエゾンは歯を噛み締めながら地面を睨み続けた。そして覚悟を決めたように震えるため息を吐くと、青い顔でテラロッサを睨み付けた。
彼にとっての過去とは、彼にとってどうやら毒の様なものらしい。触れるだけで、近寄るだけで命を脅かす猛毒。それを閉じ込めた箱を開くことは、彼の過去にあった出来事を掘り返すこと……即ち人に己のトラウマを晒すということだ。
「語りたくもない。思い出したくもない。……けど、リアンの為なら……はぁ……黙って聞いてろよ」
「言われなくとも。あたしは劇の途中で騒ぐような品のない人間ではないのよ」
例えるなら、楽しみにしていた映画の始まりを喜び拍手するかのように、期待と喜びに満ちた様子のテラロッサが苦々しい顔のリエゾンに笑いかけた。彼はそれを見なかったふりをして、赤い瞳を閉じた。ゆっくりと、震える唇から絞り出すような声が漏れだした。
「それは……オレがまだ理性も何もない下級の魔物だった時の話だ……」
ゆっくりと、彼の過去が明かされようとしていた。




