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破片がそこに転がっている

 晴れた空の下、白い霊が緩やかに死を謳歌する墓地で、俺たちはロードたちとひたすらに駄弁っていた。


「オルゲスの拳の強度の秘密は一体なんなのかしら……恥ずかしいけれど、拳で戦うのも悪くないのかもしれないと思い始めてるのよ、私」


「ハッハッハ!それは鍛練に鍛練を重ねた結果である!三百六十五日、毎日血で血を洗う闘技場に身を埋め、拳で毎日岩に正拳突きを繰り返す。拳が砕け、皮膚はめちゃくちゃになるが、それが最も早いだろう」


 もし柔らかい人の拳で岩に殴りつけたら、オルゲスの言っていた通り拳はぐちゃぐちゃになるだろう。痛みも尋常ではない……とてもではないが正気の人間の考えることではない。しかし、オルゲスは毎日コロシアムで武器を持った敵と殺し合いを続けていた。自分が殺されないために、ひたすらに力を付ける必要があったのだろう。


『何度聞いても気が狂っているよ……』


「我ら戦士が横溢していた時代にも、素手で世界を取ろうなどと気の触れた考えを持つ者は居なかった。それを本当にやってのける辺りが、オルゲスの強さなのだろう」


「我は剣や槍を扱う才能には恵まれなかったからな。下手に日和り、鎧を着こんで槍など振るっていては良いカモだ。その点、レオニダスの剛槍は凄まじい」


「遠くから見ていても、体が震えるくらい怖かったです……」


「一回死んでいてあの強さということが全く信じられないわ……」


「首に突き立てられた槍の跡、まだ残ってるぞ」


 そっと墓守の鎧の首元に触れると、一ヶ所大きくへこんでいる箇所がある。油断して食らった『テルモピュライ』の傷跡だ。鎧の上から受けても首の骨がへし折られそうな一撃だった。

 それを見るとレオニダスは微妙な顔で謝罪を口にした。今さら気にすることでも無いので、笑って流す。


「凄いよね、コスタ。ずっと前に最低の場所だと思ってた墓地が、世界で一番綺麗な場所に見える」


「本当に、全然違うよ……」


「この墓地を解放したロード様は勿論、ライチ……えーと」


「『さん』は要らないぞ、メルトリアス。あ、メルトリアスって呼んで平気か?」


「大丈夫だ、ライチ。……えーと、つまり、ライチやカルナの頑張りが大きいって事を言おうとしたんだが……なんか変な感じになったな」


 自己紹介というか、ファーストコンタクトを間に挟んだせいでなんだか微妙な感じになった。取り敢えずメルトリアスに会釈すると、メルトリアスも会釈を返してくれた。取り敢えず理由もなく毛嫌いされるとかは無いみたいだ。

 言葉を交わしあう俺達を見ていたメラルテンバルが青い瞳を瞬かせて声を発した。


『そういえば、妙に人里が騒がしい用な気がするけど……もしかして君達の影響?』


「墓地に居ても人里の様子が分かるんだな……」


「メラルテンバルさんは白竜ですから、そういうのがすぐ分かるんですよ」


 そういうものなのか……。思っていたより遥かに高性能な白竜という種族のスペックに驚いていると、メラルテンバルの疑問にカルナが答えてくれた。


「間違いなく私達のせいね……というか主犯よ、私達」


「うぇ!?主犯ですか?」


『成る程、ライチに呼ばれた場所はどう見ても魔力の流れが異常だったからね。ダンジョンの中ということなら納得できるよ』


「魔力が見えるのか……オルゲスもそういうのが見えてたりするのか?」


「いや、我にはさっぱりだ!」


 メラルテンバル曰く、ダンジョンの奥に魔力が吸い込まれて行き、逆にダンジョンの奥からも魔力が流れ出す大循環が起きてきたらしい。流石のメラルテンバルもダンジョンの中に入ったことが無いので驚いたようだ。

 ……俺達が人間に堂々と喧嘩を売ったということを知ったロードがあわあわと慌てている。


「まあ、なんというか……不可抗力というやつでな……」


「不可抗力ですか。……それなら仕方無いですね」


「あれ、許された」


「意外に甘い!?」


「ライチの事となると一瞬で甘くなるわね、ロードは」 


 実際に不可抗力な訳だが、大義名分を得たロードは速攻で俺を許してくれた。確実に裁判官とかになっちゃいけないタイプの人間だな。間違いなく情に絆されそうだ。なんだかんだその片棒を担うことになったメラルテンバルやオルゲスも、まあいいんじゃない?という顔をしている。


『この話題について話続けても結局机上の空論にしかならないからね。実際に世界がどう動くかを待ってみよう』


「うむ。……おや、カルナ殿の得物が復活しているな」


「……俺はあの武器にあまりいい思い出は無いな……」


 少々気まずい話題を切り替えるように、レオニダスがカルナの武器を指摘した。一瞬で顔を綻ばせるカルナと、おそらくその体を幾度も撃ち抜いたであろうスレッジハンマーを微妙な顔で見つめるメルトリアス。


「あの武器を振り回すカルナがそれはそれは怖くて……」


「鍛えれば怖くなくなるぞ!」


『君は取り敢えず誰かを鍛えたいのね……』


「共に体を鍛え、汗を流す……これに勝る交遊は殆ど無い!」


 朗らかな笑いと共にオルゲスが放った言葉に、全員苦笑いしている。しかし、オルゲスが近くに居たメルトリアスと俺、耳のいいカルナはそのあとに小さく続く言葉を聞き逃さなかった。


 ――それに、もう友を失うのは勘弁だからな。


 驚いてオルゲスの顔を見つめると、彼は何でもないように清々しく笑った。彼も彼で、考えているのだな、と思った。それについて触れることは、また話題を暗いものに切り替える悪手だ。俺は柔らかく笑って、それを聞き逃すことにした。

 隣に佇んでいたロードは、どうやらオルゲスの呟きが聞こえなかったようで、うーん、と何かを考え込んでいた。


「どうした?ロード」


「……えーと、僕達も二人で汗を流してみますか?」


「え……あ、あぁ……いや、俺は大丈夫だ」


 一瞬でもいやらしいことを考えた自分を心の中でなじりつつ、首を横に振っておく。文脈を見れば邪な考えなど一ミリも入っていない。それなのに変なことを考えてしまった……。罪悪感でロードから目を逸らす。

 逸らした視界の外から、ロードの慌てた声が聞こえた。


「え、えーと……その、気に障りましたか?」


「いや、そういう訳じゃなくてな……これは単純に俺が悪いだけだ」 


「ライチさんが悪い……?」


 戻した視線の先には首を傾げるロードと、お前ら何やってんだ、といった意味を含んでいるであろう視線をこちらに向けるカルナの姿があった。

 カルナが何かを呟いて、ロードがそれに顔を赤くしていた。今度は俺が首を傾げる番か……。


 俺達の様子をシエラがキラキラした目で見つめ、コスタはレオニダスと何やら話し込んでいる。同じく槍を扱う者同士でシンパシーを感じたのかもしれない。メルトリアスの筋トレメニューを考えて彼を絶望させるオルゲスと、それを微笑ましい目で見つめていたら巻き込まれたメラルテンバルがぎゃあぎゃあとうるさい。

 そんなこんなで、話し込んでいるだけでもかなりの時間になってしまった。


「……うぉ、もうこんな時間か」


「じゅ、十一時……明日起きるの辛いよぉ」


「休むのは無しだよ、シエラ」


「楽しい時間が過ぎ去るのは一瞬ね。全くもって不公平だと思うわ」


「確かにな。すまない、ロード。一回帰るな」


「わかりました……」


「そんな顔するなって。明日も来るからさ」


 名残惜しそうな顔をする彼らに別れを告げて、俺はログアウトした。


【ログアウトします】


【……お疲れ様でした】


 ヘッドギアを片付けて外を見れば真っ暗で、月と星明かりだけが地上を照らしていた。

 明日は待望の休日だ。このゲームを始めて一週間……色々な事が起きたな。というか起こりすぎだ。人生の内で一番濃厚な7日間だったぞ。それだけに何もなく、何をするでもなく過ごせた今日が非常に珍しいというか、貴重だ。


「明日はどんな1日になるかな……」


 期待感に小さく微笑んで、俺は視線を外から中に戻した。



 ――――――



 次の日、朝食をしっかりと取った後にヘッドギアを装着し、早速ゲームにログインした。


【Variant rhetoricにログインします】


 瞳を開ければ晴れた空。今日は若干雲が多いかもしれない。それでも燦々と照るお日様は、暖かな光を墓地に送っていた。寝転んだ体勢を起こすと、周りを見渡した。近くに脱け殻となったカルナやシエラ、コスタのアバターがある。……シエラのアバターは顔が下になってるな。

 無理もない、あのアバターはどっちが顔か区別がつきづらい。


「取り敢えず全員起きていない、と。まあ、俺が普通じゃないだけか」


 時刻は午前8時。我が家の規則正しい生活ゆえに、俺は休日だろうとだれた生活は送らない。そこだけはちょっとした自慢なのだ。立ち上がり、改めて周りを見渡すと、遠くの方にフードを被ったロードの姿が見えた。地面に寝かされた盾を両手で拾って、ロードの元に歩き出す。幸い彼女は林檎の木の様子を一本一本確認しているようなので、追い付けないという情けない事態だけは避けられそうだ。


 視線の先のロードは林檎の木の幹に触り、葉っぱを一枚取ってその裏を見ていた。そして、何やらこくんと一人で頷くと杖を構える。ロードが何かを唱えた。それと同時に、長い銀杖の先から水が放出される。……水やり?

 墓地の維持が仕事ってことは知ってたが、こんな感じなのか。まあ、戦うのは戦士達に任せれば殆ど大丈夫だろうから、基本的には掃除や草花の手入れが仕事になるのだろう。


 ロードは林檎の木の水やりが終わると、もう一度長い杖を構えて小声で何かを唱えた。途端に杖の形状が変化して、鎌の姿をとった。彼女は地面の雑草に向けて申し訳なさそうに一礼すると、伸びすぎた物を慣れた手つきで刈っていく。

 ……なんというか、ここだけ抜き出してみれば完全に庭師だ。自分の周りの雑草を刈っていたロードが、漸く俺の姿に気がついたようだ。鎌を振りかぶった姿勢のまま固まっている。


「お仕事ご苦労様だ」


 固まったロードに向けて柔らかくそう言うと、ロードは恥ずかしそうに被っていたフードを片手で引っ張り、顔を隠した。仕事をするロードの姿は様になっていたし、何も恥じるところなど無いと俺は思うが、ロード的にはアウトだったようだ。


「仕事をしているところを見られていたと思うと……なんだか恥ずかしいです」


「かなりそれっぽくなってた気がするんだがなぁ……」


「あ、ありがとうございます……」


 被ったフードの下から、弧を描くロードの口元と影になった瞳が見えた。ここはもっと褒めて自信をつけさせてあげよう、と口を開きかけた時、遠くから戦士の霊がロードを呼ぶ声が聞こえた。


「ロード様ー!」


「はい、今すぐそちらに行きます」


「俺も着いていくぞ」


 戦士の顔的に、何か問題が起きたようだ。俺が同行を志願すると、ロードは嬉しそうによろしくお願いします、と言った。

 戦士の元に赴くと、やはり何か問題が起きたらしく、困った表情をしていた。でも、これは……何やら複雑そうな問題を抱えているようだ。木が倒れたとか、モンスターが侵入した、程度では無さそうだ。困惑した様子の戦士が、言葉を紡ぐ。


「北門に怪我をした獣人が一人倒れているのです」


 北から?ここから北はロード達曰く死の砂漠。そこからの来訪者だって?かなりイベントやクエストの匂いがする。顎に手を当てたロードが少し考え込み、言った。


「取り敢えず僕とライチさんでその人を見てみましょう。危ない相手か分からないので、慎重に接しますね」


 ロードの言葉に頷いて、恐らく北門とおぼしきロードの見つめる門を見つめた。北からの来訪者は、一体何をもたらすのだろうか。



ライチの聞こえなかった一幕


「この二人、半世紀あってもゴールイン出来るのかしら」


「ゴゴゴ、ゴールイン……!?そんな、えーと……」


「……本当に大丈夫かしら」

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