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不定形な呪術騎士は『VR』を探し求める  作者: 平谷 望
第三章 汝らは螺旋の果てに何を見る
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進み揺蕩え、道の先で

 ロードがゆっくりと銀の杖を掲げた。その後ろ姿はとても様になっており、あっという間に空間に荘厳な空気が満ちる。


「ここに在りしは我、彼岸に在るのは汝。神の御名の元、世界は理に目を瞑る――」


 ロードの前の空間が蜃気楼のように歪み、淡く青い光を放つ。それらは水面のように波立ち、さざめきのような音を立てていた。


「道の果てをここに……『エンフロント・ポータル』」


 歪んだ空間が一瞬消失し、次の瞬間青い鏡のようなものが現れた。高さは大体四メートルくらいか? 横幅もそこそこある。鏡の表面は穏やかに波打ち、良く目を凝らせば鏡の表面から青い粒子の様なものが小さくこぼれだしているのが見える。


「割とサクッとポータル開いたな……」


「ポータルを開けるようになるまでが大変ですからね……」


「フィールドが解放されたって通知は、ポータルが使えるようになったって事なのかもしれないわね」


 カルナの言葉に成る程と頷いていると、通知が電子音を立てて現れた。


【ロード・トラヴィスタナが『遍く死者の憩う園』にポータルを開きました】


【全プレイヤーに通知します】


 王都やエルフの里には元々ポータルがあるのだろう。そこから新たに移動できるようになるポータルが生まれたのだから、当然世界中のプレイヤーに通知されても可笑しくはない。……ないのだが、やはり実際にやられると頭を抱えたくなる。


「これはポータル目当てでこっちの攻略進めるやつらが本格的に集まってくるんじゃないか……?」


「南は特になにも無いけれど、こっちにはポータルがあるものね」


 人は明確な利益を求める生き物だ。何があるのかわからない南と散々色々な事が起きた北では、確実に北の方を優先するに違いない。……イベント前とは言わずとも、イベント後には確実にエリアボスが倒されているだろう。

 だが、それもオープンワールドの性というものだ。口惜しいがどうしようない。


「考えるのは後にして、今はポータル触れておくか」


「そうね」


 柔らかい草を踏みしめて、ポータルの前に立つ。途端に青い鏡に傷まみれの鎧を装備した俺の姿が写し出された。よくもまあ貰ってから数日でこんな歴戦の戦士っぽくなってしまうものだ。

 凄まじい月紅の戦いを脳裏にちらつかせながら、ゆっくりとポータルに触れた。


【ポータルにアクセスしました】


【『遍く死者の憩う園』にファストトラベルできます】


「よし、取り敢えず移動できるようになった」


「私もよ」


 隣で同じく鏡に触れていたカルナの言葉を聞いて、ポータルから体を離そうとした――その時だった。


「――っ!? ちょ、誰!?」


 特に理由もなく動かした視線の先のポータル。その青い鏡面に、一人の少女が居た。低身長でツインテールの髪をちょこんと揺らしながら俺を見つめる少女。彼女は俺が声をあげると慌てたように表情を動かし、青い鏡の奥底に消えていった。


「どうしたのかしら?」


「いや、女の子が……ツインテールでこのぐらいの身長の……」


「……なんの事だかさっぱり分からないわね。少なくとも私は見ていないわ」


 怪訝な表情を浮かべながらこちらを見つめるカルナ。その視線にいたたまれなくなってロードに助けを求めるが、ロードは困ったような顔をしながら小さく首を横に振った。

 嘘だろ……? 誰も見てないのか? あんまりにも急な出来事過ぎて、自分の記憶に確信を持つことも出来ない。もしかしたら気のせいだったのかも……しれない。


 首を傾げながらロードの方に向き直った。最後に一悶着あったが、これで一応報酬の方は全部受け取ったことになる。


「これで全部報酬は受け取った。……良い依頼だったよ」


 ちょいと冗談めかして言ってみると、ロードはクスリと笑った。こちらを見るロードの金の瞳の中に、俺の鎧姿が浮かんでいる。こうして見てみると金の鎧を着けてるみたいだな、と場違いなことを思った。ロードの桃色の唇が柔らかく動いた。


「ライチさん、カルナさん、本当にありがとうございました。……この恩は一生忘れません」


「そんなに気にするもんじゃないぜ。これから少しずつ返してきゃ良いんだからさ」


「……えへへ、そうですよね。『貸し一つ』も、これから返していけばいいですよね」


 ロードの純粋な笑みにどぎまぎしていると、カルナが呆れたようにため息を吐いて、俺の肩を叩いてきた。


「あなたたちは本当に放っておくと永遠にいちゃつくわね。これから何時だって会えるんだから、ささっと済ませなさいよ」


「……別にいちゃついてなんかない筈なんだが」


「い、いちゃ……イチャイチャ……」


 全力でカルナの言葉を否定したいが、このままだとずるずるとロードと会話を続けそうだったのも事実だ。もう少し話したい欲求を抑えて、ロードに質問をする。


「ロード、南は無しとして、旅に出るとしたらどの方角が良いと思う?」


「……えーと、取り敢えず北に行くことは絶対に避けてください」


 先ほどまで顔を赤くしていたロードが急に真面目な言葉を吐いた。その瞳は真剣そのもので、どこか恐怖すら滲んでいる様に感じられた。理由を聞こうとする俺に、メラルテンバルが先んじて訳を語る。


『北には白い砂漠があって、その先には『破滅』が住んでいるんだよ』


「破滅……?」


「くくりで言えば、『堕落』と同じだ。だが、『破滅』の不興を買えば、我らが束になろうと毛ほども歯が立たないであろう。最悪ライチやカルナの存在自体が消滅させられるぞ」


「とんでもないわね……」


 北の『白い砂漠』。踏み入ったものは確実に消息を絶つということから、白いという景色以外何も分かっていない場所らしい。そんなものと隣り合っているこの墓地は大丈夫なのか?

 兜の奥で顔を青くした俺に向けて、レオニダスが言った。


「あそこに踏み入るだけで並大抵の存在は死ぬ。勿論我もライチ殿も同じだろう」


「……進むなら西を推すな。王都の地下には『アイツ』が眠っている」


「僕も西が良いと思います。他は危険が多すぎてですね……」


 割とこの世界は洒落にならんほど危ないらしい。西というとエルフの里がある地点だろう。プレイヤーが居るかもしれない……いや、確実に居るだろうが、第一線の連中は王都に向かうだろう。ブームは完全に王都の方にあるから、多少の人の目はあれど許容範囲内のはずだ。

 ずっとここに籠っている訳にもいかないし、北と東はもうロードたちの反応で地雷の臭いしかしない。……プレイヤーが散々集まってから王都が消滅したりとかしないよな。それはそれで面白そうだけど。


「西ならシエラとコスタのレベル上げるのに苦労はしない……かな? 人間のプレイヤーでもレベルを上げられてる訳だし」


「いざとなれば私達が居るものね」


「んじゃ、そういうことで。まずは二人を探してポータルに触れさせないとな」


 また墓地歩くのかぁ、と若干嫌な気分になったが、カルナはにっこり笑って俺の後ろを指差した。


「その手間は省けたってことで良いんじゃないかしら?」


 何を言ってるんだ、と思いながら指差された方向に振り返ると、そこにあるのは林檎の木……ん? 何だか違和感が……? 暫く木を凝視していると、がさごそと枝葉が揺れてコスタが申し訳なさそうに降りてきた。その背後にはシエラも居る。


「……いつからバレてましたか?」


「お金を貰った時かしらね。音がすると思って木の方を見たら、あなたの片足が葉っぱの隙間から見えていたから」


「うぅ、思ったより早い……」


『気付いてたけど……無害そうだったから気にしてなかったね。いざとなればブレスで木ごと消し飛ばせば良かったし』


 あっけらかんとメラルテンバルがとんでもないことを言った。まあ、竜からすればそんなに可笑しいことじゃないのか?オルゲスは全く気がついて居なかったようで、参ったな! と大きく笑っており、レオニダスとメルトリアスはメラルテンバルの言葉に小さく頷いていた。


「シエラがやっぱりドラゴンが見たいって言い出してですね……シエラは言ったら止まらないので、仕方無くついてきたら……」


「良い感じの雰囲気で出るにも出れなかった、と」


「ごめんなさい……」


「まあ、ちょうど良いか」


 本当にちょうど良かったのでロード達に自己紹介をさせてポータルに触れさせる。ポータルに関しては木の上で話を聞いていたらしいのでほとんど説明もなく進めたが、自己紹介でシエラがロードを見て、その可愛さにロードをひたすら誉めちぎって話が進まないというイレギュラーが起きた。

 まあ、それを除けば特に何も起きずに話は進み、俺たちはロードに少しの別れを告げて墓地の西口から外へと出た。


 ゲーム開始から今の今までずっと居た墓地を離れるのは、半身を失ったような気分になる。だが、ずっとあそこに居るというわけにもいかないのだ。あの墓地はもう、街と同じだ。絶景と魅力的な彼らが居て、敵は出てこない。


 イベントが終わってからならばずっとあそこに入り浸ってもいいが、流石にイベントまで今日をいれて残り三日なのだ。怠けてはいられないだろう。それでも一瞬郷愁にも似た感情に突き動かされ、墓地へ振り返ると、そこには高い塀で四方を囲まれた墓地と、晴れやかな空があった。

 僅かに、ほんの僅かに竜の咆哮と、それに連なって何か言葉が聞こえた気がした。少しだけ、心が暖かくなった気がする。


「……なんで私ってこんなに耳がいいのかしら」


「良くわからんが耳が悪いよりいいだろ?」


「時と場合によるわ。……あぁ、砂糖を吐きそうね」


「大丈夫? カルナ」


 シエラが心配そうにカルナを見つめると、カルナは小さくため息を吐いて、大丈夫よ、と言った。その言葉を信じて視線を進行方向に戻すと、そこには鬱蒼と茂る樹海があった。

 ちらりと覗いたスレ情報によれば……ここは『緑天の大淵林』。出てくるモンスターの平均レベルは10から15程度。エルフの里を内包した非常に巨大な樹海で、植物系モンスターや虫系統のモンスター、鳥や猿などの動物系のモンスターで溢れているらしい。


 主なギミックというか、攻略の難点は森の中という暗さと敵の量、種類らしい。初めて俺とカルナ、そしてシエラとコスタは墓地から出る。そこがどんな場所なのか、何が待ち受けているのか、さっぱり分からない。分からないが、どこか体の奥……恐らく心が好奇心で踊っていた。


「さぁ、冒険の始まりだってところか?」


「腕が鳴るわね。……本当は武器を鳴らしたいところだけれど」


「コープスパーティーの初遠征だーい!」


「俺、まず武器が無いんですが……えーと、素手?」


 騒がしい仲間を連れて、大口を開けるように茂る樹海に盾を構えて乗り込んだ。

ちなみにロードは面と向かってでなければ、変に緊張しないので自分の気持ちを素直に伝えられます。ただ、根本的にヘタレで恥ずかしがり屋なので、ライチが絶対聞こえない場所に離れてから声を出しました。

なんと言ったかについては……メラルテンバルが割と真面目に取り乱し、カルナが前屈みになって砂糖を吐く言葉とだけ言っておきます。

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