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不定形な呪術騎士は『VR』を探し求める  作者: 平谷 望
第三章 汝らは螺旋の果てに何を見る
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さあ、世界よ廻れ

 期待を込めつつ、ゆっくりと進化ルートを開く。


「……え、おぉぉぉ……?」


エーテルホロウ(元素の亡霊)


スターゲイザー(星を視る者)


ルーン・ライヴズ(円環の主)』《ユニーク種族》


 ユニーク種族からの進化ということもあって、進化先がどれもロマンに溢れている。エーテルホロウはすべての属性に相対する元素の影……つまり闇属性を操る精神体のようだ。説明を読むと、すべての属性魔法に対する大きな耐性を得る代わりにHPが異常なほど低く、相対する光属性だと初期魔法がかすっただけで即死するオワタ式と化す……めっちゃ魅力的だけどエグいな。


 影に飛び移る、闇魔法で相殺するなどすれば何とか一人でも戦えるようだが、タンクが物理攻撃や魔法の一発で死んだら良くないだろう。……その代わり闇魔法が爆発的に強化され、DPSの権化となるロマン砲を搭載しているが、選択肢には入り得ない。せっかく上げたVITが下がってしまうしな。


「スターゲイザーは……嘘だろ? 視覚消滅ってなんだそりゃ」


 続くスターゲイザーは、圧倒的な魔法の射程距離と威力、そして近づくだけで盲目が付与されるという化け物のような種族だが、代わりに自身が常に盲目状態である、というデメリットを背負っている。


「これあれか……種族スキルに『浮遊』があるから、敵の攻撃が届かない空高くに浮上して流星のごとく超威力の魔法をばらまきまくるってスタンスだな」


 字面に直すとかなり鬼畜だ。攻撃圏外からひたすら魔法を降らせ続けるだけで敵が死ぬ。言うなれば目を瞑って両手に構えたマシンガンを目の前の敵にひたすら撃ちまくるようなプレイスタイルだ。……かなり人間に嫌われそうだな。町の上とかで定期的にそれをやらかしたら指名手配待ったなしだわ。

 屋外でソロプレイならともかく、パーティーのタンクをしている俺からすれば味方を撃ち抜く案山子かかしになるなんて選択は無理だ。


 だが、非常に惜しい。もし俺がタンクをやっていなければ確実に選んでいただろう。それほどまでに合理的で隙のないスタンスだ。


 さて、お次はお待ちかね……ユニーク種族ルーン・ライヴズだ。ユニークからの進化なのにユニークが出ないとかだったら本格的に頭を抱えていたが、どうやら何らかの条件は満たせたようだ。

 ホクホク顔で種族の詳細を開く。


 ユニーク種族『ルーン・ライヴズ』

 命の形と輪廻の円環を理解し、生命の根源に至った精神体の成れの果て。

 本来は存在しえない特異個体(ユニーク)

 それは膨大な生命であり、無限の死である。生と死の境界線を越えて、相反する矛盾さえ飲み干して、輪廻の輪を嘲笑う不遜な道化。


 けれども、道化が冠を戴く日は、そう遠くない。


 警告:この種族は死亡する度に全ステータスが減少します。


 おぉぉ……多分強い。……いや、何かとんでもないことが書かれてるんだが。


 相変わらず非常に壮大なフレーバーテキストに苦笑いしつつ、スターゲイザーと同様に現れていた警告表記に目を丸くした。全ステータス減少とかマジか……魂が削れる的な判定なのだろうか。どれくらい減るのかにもよるが、かなり厳しい種族だと言わざるを得ない。最悪悪循環に入ればステータスがシェイプオブライフより低くなる可能性だってあるのだ。


 だがしかし、説明に登場する「膨大な生命」が非常に気になる。命の輪郭を冠するシェイプオブライフですら進化後はとてつもなくステータス変動していたのだ。それが更にどう変化するか……見たところ魔法や呪術関連にデメリットや制約が発生するとは思えない。

 要は死にさえしなければ良いのだ。……これから先死ぬことが全くないとは全く保障できないが。どちらにせよこの種族以外はあまり選んでもしょうがない物だし、覚悟を決めるとしよう。


「ふー……はー……カルナ」


「何かしら?」


「お先に行くぜ」


「あら、そう」


 恐らく大量に余ったSPをどう処理しようか悩んでいたカルナに進化を伝えると、淡白な返事と共に小さく手を振られた。それを目に納めてから、ゆっくりと進化先をルーン・ライヴズに設定すると、俺の意識は急速に闇に落ちた。



 ―――――



 瞼を上げれば、白と黒だけが無限に広がる世界だった。左を見れば一面の白。右を見れば一面の黒。そんな世界で、俺は二つの色の境界線上に立っていた。

 前を見据えれば、遠く遠く、永遠と境界線が続いている。一体ここは、と考える前に、体が勝手に動き出した。ゆっくりゆっくり、境界線の上を歩く。黒には寄らず、白にも寄らず、左右に視線を向けては呆れたように首を横に振る。


 歩いて、歩いて、歩いて。はぁ、と大きなため息が聞こえた。


『どちらに立つかを、常に考えていた』


 脳裏に、声が響く。声は非常に聞き取りづらく、老若男女多くの人間の声を同時に流したようだった。ぐしゃぐしゃの声は、一様に悲しいような呆れたような、そんな声音をしている。


『黒く染まり、死に立とうか。白く流れて、生に立とうか。両方の境界線を歩きながら、常に考えていた』 


 だが、と声は言う。失望の滲んだ、嘲りの声だった。


『進めば進むほど、嫌なものが見えてくる。つまらぬものばかりを知っていく。生には平等さが足りない。死には、寛容さが足りない。より平等で、かつ柔軟に終わりを選べる何かが必要だ』


 だが、歩けば歩くほど無駄を知っていく。生命の円環には、そんな理想郷は存在し得ないのだ。我々は必ずどちらかに立ち、どちらかに流れていく。永遠と、一つの輪に縛られる。


『――いや』

『それはつまらんな』

『単一的すぎる』

『より高度な、複雑な機構が必要だ』

『この円環は、あまりに生命に適さない』

『変革を志すものが居ないが故の悲劇だ』

『生命が正しく両方を知り得ないが故の悪手だ』


 であれば、と声は言った。喜悦に富んだ、愉快そうな声だった。


『すべてを知る我が、立とう』

『このつまらぬ円の、境界線の上に立とう』

『ここが、今から第三の点となる。全生命の到達点となる』


 立ち止まった足元の白と黒が、じわりと滲んだ。それはまるで、白い紙にインクを垂らしていくように、コーヒーにミルクを注ぐように入り混じり、溶け合っていく。けれども、それらは一つにならない。溶けて混ざって、それだけだ。白は白であり、黒は黒として残っている。

 歪んで狂った境界線、その上に立つ誰かは笑いながら、こう吠えた。


『今は所詮、世界の歪みの一つ。円に穿たれたただひとつの点。だが、いつしかここに線は成り、国となる。

 それまでは誇大な道化師として、精々踊ってみせるとも』


 言葉の終わりに何十人もの笑い声が響き渡って、それを境に俺の意識は掻き消えた。


 ―――――



「……現実に戻ってきたのか?」


 真っ黒な世界が二つに割れたと思ったら、普通に俺がまぶたを開けただけだった。辺りに墓守の装備が落ちている。視線をあげると、心配そうな表情を浮かべていた。


「進化って他から見るとこんな感じなのね……」


「カルナの場合はすごい早さで体がビルドアップされてたぞ」


「言い方に悪意を感じるわ。……今さらだけれど、貴方の本体を私は初めて見たわ」


 物珍しそうな瞳で俺の本体をジロジロ見つめるカルナ。確かに俺とカルナが遭遇してから、今の今までずっと戦い続けていたから、装備を外した本体などカルナは見たこともないだろう。

 俺自身はあまり体をみられる事に抵抗はないが、ムキムキの女軍人のゾンビみたいなカルナにジロジロ見られているのはかなり怖い。手持ちぶさたになって自分の頬を掻いた時、自分の本体が目に映った。


「おぉ……? 体色が白よりの灰色になった?」


「まるで漂白されたカビね」


「すこし前は真っ黒だったから完全にカビだったぞ」


「ふふふ……進化で浄化されてるわね」


 口許に手を当てながら笑うカルナの見た目と行動のギャップに変な顔をしつつも、自分の手足をしっかりと確認する。少しからだの体積が増えた……? 俺の体はいつも通り地面から生えた枯れ木みたいだが、その色が濁った灰色から澄んだ灰色に変わった。空の雲みたいな真っ白さじゃなくて、表現のしにくい灰色だ。地味だな。


「さて、ステータスを確認……あ」


「どうかしたのかしら?」


「俺、ヤバイかもしれない」


 忘れていた。忘れていたよ。あれほど気を付けていたのに。恐れていたのに……完全に禁忌サイドの進化をしてしまった。

 ステータスへの期待三割、恐怖と緊張七割にステータスを開く。と、同時に、俺は深くため息を吐いた。


 ーーーーーーーーー

 ライチ 男 【死神の寵愛】

 ルーン・ライヴズ 種族Lv26 中級呪術騎士(転職可能)職業Lv28

 HP 855/855 MP 1025/1025


 STR 1

 VIT 450

 AGI 1

 DEX 10

 MAG 420

 MAGD 400


 ステータスポイント


【スキル】 SP1


「中級盾術7」「中級呪術6」「心眼3」「持久11」「詠唱加速5」「詠唱保持-」「不動2」「鑑定4」「呪術理解8」「状態異常効果上昇:大」『生存本能』「瞑想2」「魔術理解3」「耐久強化4」「魔力強化5」


【固有スキル】【種族特性】


「物理半無効」「魔法耐性脆弱:大」「詠唱成功率最高」「魔法威力上昇:中」「MP回復速度上昇:大」「HP自動回復:極大」「中級闇魔法7」「変形」「精神体」「禁忌魔法5」「硬化」「吸収の一手」「円環の主」


【装備】

 左手

 右手

 頭

 胴

 腕

 指 白磁の指輪

 腰

 足

 ーーーーーーーーー


 ステータスの成長は凄まじい。HPはほぼ二倍になったし、MPはなんと四桁に乗ってしまった。VIT等のステータスの伸びも悪くない。一番のニュースは固有スキルの欄から『浄化耐性脆弱:致命』が消えたのと、『魔法耐性脆弱:致命』がランクダウンして大になってくれたことだ。これで少しは即死の危険が薄まる。


 命の形にとって代わる新スキルとして「円環の主」スキルが手に入った。効果が楽しみだ。


 ……あぁ。


【ルーン・ライヴズは命を踏みつけ、死を蔑ろにし、世界を嘲笑あざわい続ける傲慢な道化師】


【故に貴方は、禁忌の沼に身を浸からせた】


「やべぇよ……あとちょいで、ってか多分次下手なことしたら俺のキャラがとんでもないことになっちまう……神から雷落とされそう」


「大丈夫よ。いざとなれば私の鎚……拳が神を殴り飛ばすわ」


「雷速に反応できるとかカルナ強すぎだろ」


「ふふ、下方修正(ナーフ)必須ね」


 馬鹿げたことを言って気を紛らわしてくれているカルナに内心感謝しつつ、禁忌のことについて伝えると、彼女は思案顔でしばらくなにかを考えてから、こう言った。


「諦めましょう。どうしようもないわ。流れに身を任せたほうがゲームは面白いわよ?」


 バッサリと切り捨てられて突っ込みそうになったが、よく考えれば全くもってその通りなのだ。俺が禁忌に対して取れる対策はほぼない。ロードに聞いても多分意味はないだろう。対策法があるなら、最初の時にどうにかしてくれてただろうしな。

 俺はゲームを楽しむと誓ったばかりなのだ。ゲームにのまれて本質を見失ってはいけない。


「確かに、どうしようもないか」


 ぼそりと呟くと、カルナは大きく頷いて口を開いた。その表情は期待と喜色が滲んでいる。


「さて、私もそろそろ進化するわ」


「わかった。見てるよ」


「……くれぐれも変なことはしないようにね」


「しないよ」


 即答した。流石に今のカルナに欲情できたらすごいと思う。もしそんな奴が居たら、生殖本能の化身のような奴だなと、素直に侮蔑ぶべつと尊敬を送る。

 俺の回答にカルナは少し機嫌を悪くしていたが、まあいいわ、と水に流してくれた。


 さて、カルナはこれから進化する。俺はスキルを確認した後に転職をしよう。恐らく上級呪術騎士になるだろう。上級の呪術と盾術が楽しみだ。そのあとはカルナの転職を待ってロードの所に行き、クエスト達成報酬を受け取りにいこう。

 確か纏まった金と、蘇生ポーションのレシピ、ポータルの解放? と絆の輝石とやらを貰える筈だ。


 それからどうするかは着の身着のままでいこう。ダンジョンとか探してみたり、更に北に行ってみたり……王都に偵察に行ってもいいかもしれない。

 これからの予定を立てつつ、二人揃って動き始めた――そのときだった。


「うわぁ! 凄い! 綺麗な景色になってる!」


「姉ちゃん、この場所()()()()時と全然違うよな」


 …………え?


「なんか沢山人が歩いてるよ。ドラゴンも居るし、本当に全部変わってるな」 


「嘘!? どこどこどこ!?」


 待てよ……え、マジで? 今、このタイミングで?



 ――知らないプレイヤー二人がフィールドにポップした。



 カルナが驚きで目を見開いている。俺も装備を回収しようとしていた体の動きが完全に止まった。こういう時、俺の頭の回転は非常にスムーズだ。体の動きや呼吸、瞬きに割いていたリソースがすべて思考に向かうのかわからないが、思考が最高にクリアになる。


 人数は二人。片方は騎士鎧を着てて、もう片方はゴーストかレイス。姉と呼んでいるから血縁関係があるようだ。前に来たことがあるということはカルナと同じく復帰勢だろう。

 騎士の装備は多少傷ついているが間違いなく初期装備だ。加えて剣を持っているということは盾士系列ではなく剣士が混じっている。順当に考えれば騎士か暗黒騎士、聖騎士とかだろうか。

 もう片方は素手で防具は勿論なし。魔法使い系統だろうか?そうだとすれば使う魔法は不死者だから光属性以外……レイスとゴーストが初期に扱えるのは俺と同じ中級闇魔法。


 落ち着け……取り敢えず二人の内一人が人外なのは確定だし、戦闘にはならない筈だ。相手の戦力を分析してどうする。視線の先の二人は回りの景色に見とれてこちらに気づいていない。

 急いで騎士装備の中に憑依して装備する。俺の動きを見たカルナがハッとした様子で武器を構えた。いや、違うわ。なんで戦う感じになってんだ。お前が武器振りかぶると普通に威圧感あるから止めろ。

 慌ててカルナの肩を叩こうとしたら、腕がうまく曲がらない。……ん? いや、これ――


「やべえ、右手と左手の籠手逆に着けてた……」


 逆間接みたいになってしまっている。まずは籠手を外してからもう一度つけ直し――


「姉ちゃん! 後ろ! 誰か居るよ!」


「え? ……うわぁぁぁ!! ぞ、ゾンビだぁ!」


「姉ちゃん、それ前にも言ってたじゃん。そろそろ慣れてよ」


「見て! あの人の鎧逆だよ!?」


 最高に最悪なエンカウントだ。俺の呟き声でバレちまったか……取り敢えず二人に向き直って話をしよう。ゆっくりと体を前に向けて口を開こうとしたが、どうにも違和感がある。

 なんかシャツを前後逆に来たときみたいな……あ、胴体の鎧も前後逆だったぁぁ……。


 やばすぎるだろ。胴体の前後逆で籠手も反対とか素人の作ったロボットか間接を外された幼児用の人形みたいになってる。

 カルナが云々言う前にまず俺のほうが百倍ヤバイ格好してるじゃねえか。俺の様子に気づいたカルナが片手で口もとを抑えて肩を振るわせ始めた。めっちゃいい笑顔をしている。この女……。


 叫ぶゴーストの姉と、冷静に突っ込む弟。向かい合うは大笑いしながら片手でスレッジハンマー構えたムキムキの女ゾンビと前後左右逆のアシンメトリー鎧ファッションをした呪術騎士。


 余りにもカオスな状況で、俺が発せた言葉はただ一つ。


「俺は……怪しい者じゃ無い」


「え、そうなんですか?」


「絶対嘘ですよね!?」


「うふふ……あははは」


 カルナが笑いながら崩れ落ちた。あとで絶対魔法を撃ち込んでやると心に誓いつつ、警戒を解いた姉と、そんな姉に大声で突っ込む弟の二人をどう処理するかを考え始めた。

ルーン・ライヴスの進化条件(シェイプオブライフからの進化ではなく、普通の精神体系列からの進化の場合)


1 属性魔法の内、上位光魔法、上位闇魔法のみを習得している。


2 HPが0の状態で死亡しない。

  HPが減っていない状態で死亡する。

  MPが0の状態で魔法を放つ。

  MPが減っていない状態で魔法の発動に失敗する。

  上記の内二つ以上を経験している。

 

3 アイテム、魔法、イベント問わず、一度も蘇生されたことがない。また、一度も他MOBを蘇生したことが無い。


4 世界の禁忌に触れている


5 『破滅』と『不滅』、両方のワールドボスの関心を惹いており、かつどちらにも属していない。


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