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不定形な呪術騎士は『VR』を探し求める  作者: 平谷 望
第一章 丘に響くは墓守の鎮魂歌
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丘に響くは墓守の鎮魂歌

 ロードの魔法が、もう何度目かわからないほど生み出された分身をなぎ払い、本体のメルエスが下からの切り上げで俺ごとロードを切り捨てようとする。

 数えるのも面倒になってきたこの繰り返し。俺が防いで、ロードの魔法をメルエスが避けて、もう一度。


 そんなやり取りに、俺が変化をつけた。下からの一撃を、わざと受け止め損なう。角度、タイミング、その他全ての要素に気を遣い、最後まで自然に生み出されたその失敗で、俺の盾は盛大に丘の向こうまで吹っ飛ばされ、芯のブレた俺は滑稽にも体勢を崩す。


「ッ! 嘘だろ!?」


「ライチさ――」


 降って湧いたこの好機を見逃すメルエスではなく、残った二本の鎌が、正確に墓守の鎧を貫いた。さらにトドメとばかりに、三番目の鎌が俺の兜を縦にかち割る――その一連の行為の一瞬前、俺は全力で体を捻り、(よじ)り……ほんの少しだけ、墓守達に申し訳ないと思いつつ、最高速で鎧の隙間から音もなく抜け出した。


 左肩から右の腰、右肩から左の腰、頭にさえ鎌と、四方八方から深々と貫かれた空っぽの鎧が、力なくぶらりと弛緩する。ロードの声が、虚しく空振った。が、俺の思惑に気づいてか、流れるように杖を構える。


「――ロード」


「……はい」


 ぬるりとロードの後ろに立つと、構えた杖を酷く震わせていたその肩を柔らかく掴み、耳元で囁いた。

 ロードは振り返らない。噛みしめるような、絞り出すような声だけを出して、杖を握った。

 それと同時に鎧を切った感触からか、違和感と俺の思惑に気づいたメルエスの二色の炎が、恨みがましくこちらを睨んだ。


「眠れ、『墓守の歌(エピテレート・レイ)』……さようなら、お母さん」


 三つの鎌はどれもしっかりと鎧に食い込んでいる。瞬間移動は使えない。影に逃げ込もうと、もう既に魔法は放たれている。ロードの魔法は、そう易々と隙を晒した後に避けれるものでは無い。


 閃光が瞬く間にメルエスを包み、その体力バーを全損させた。声も上げずに、亡霊が消えていく。魔法が消え去った後は、かけらほどの物も残っていない。

 そんな空白を、ロードはじっと見つめていた。たとえ最期がどうであろうと、メルエスはロードの母親だったのだ。


 母に最後に伝えた一言が、母を殺す呪文と一緒というのは……酷く精神にくるものだろう。

 緑色の空には、誰もいない。周りの墓場には白い墓と黒い墓が入り混じり、捻れた枯れ木は余波でへし折れて、そこらに転がっていた。


 祭りの後のようだった。閑散としていた。けれど、元からこんな静けさだったと思えば、何も変わっていないのか、とも思う。


「ライチさん……」


「……なんだ」


 くるり、とロードがこちらを振り返る。神々しい金のオーラは、ぱたりと消えていた。千切れたローブの袖が微かに揺れる。


 ロードは、泣いていた。


 見惚れるほどに美しい金色の瞳から、大粒の涙が止めど無く溢れている。俺にはその涙が嬉しさから流れているのか、悲しさから流れているのかを判断出来なかった。


「僕……」


「何も、言わなくていい。何も。今は黙っていても、良いんだ」


「……はい」


 ロードの乱れた銀髪が、潤んだ目にかかっていた。歯を食いしばり、鼻をすすりながら、ロードは俺の黒い体に抱きつく。ほとんど実体の無い体では受け止めるのも困難だが、それでも必死に受け止めた。ロードがメルエスを倒した、その重みをせめて一緒に受け止めてやろうと。


 啜り泣くロードの背中をあやしながら、丘の真ん中を見る。大木は見る影もなく切り株を晒し、黒い墓はそこに凛然と残っていた。

 その瞬間、強烈な違和感を覚えた。視界の上の方には、『墓守のメルエス:堕落』の表記と、空っぽの体力バー。


 俺はメルエスに隙を晒し、その瞬間に鎧の隙間から抜け出して、ロードはたしかにその隙を穿った。……筈だ。

 戦闘は終わった。クエストは、墓参りまでが最後だとすればわかる。が、戦闘の終了が通知されないのは、どうにも変だ。


 その違和感を体現するかのように、墓石の影がゆらりと滲む。ぞっとするような既視感に全身を(まさぐ)られたような気分になった。嘘だろ……? 避けたのか?あれを……?


「ロード」


「……え?」


 鋭く口から出た俺の言葉に、後ろを振り返ったロードは、酷く間の抜けた声を漏らした。再度見たメルエスの体力バーの、左端。じっと目を凝らして見つめたその先に、僅かにだが赤いそれが……メルエスの命が残っているのを見つけた。一ミリも無い。ドットで表現するのが正しいと言えるほど、小さな体力。俺が最初に打ったダークピラーのダメージにさえ近しい。


 ゆらりと、影が揺れる。

 僅かに残った体力であろうと、刈り取れるかは怪しい。満身創痍のロードと、防具の無い俺。それでも必死に身構えて、ロードを守るように前に出る。


 が、しかし。影は予想外の形をとった。


「白い……?」


 歪な音も、笑い声も鳴き声も響かせず、蜃気楼のように墓石から立ち上がった影は、酷く小さい。黒い三枚羽も、燃え盛る炎も、無機物的な黒い鎌も、死を詰め込んだような魔法陣も、何もない。

 そこには人並みの大きさの、深くフードを被った、白いローブのメルエスが居た。袖から覗く腕や襟から覗く首筋は、しっかりとした肌色で、その腕にはどこか中途半端な長さの銀色の杖があった。


 あまりの事に、どう動いたものか全く分からない。敵対すべきか? それとも――。

 固まる俺を置いて、ロードはゆっくりと一歩、メルエスに向かって歩いた。その横顔は八割の驚きと、一割の懐かしさ。そして、喜びや期待に染まっていた。


 ゆっくり、一歩ずつ。ロードはメルエスに歩み寄っていた。メルエスに動きはない。微動だにせず、ただこちらを見ているようだ。

 この場でロードに注意を促すだとか、先を見越してメルエスに鑑定を飛ばすということは、どうしてかとても無粋なことのように感じた。論理的な理由ではなく感情的な勘で、今は静観すべきだと体が止まる。


 ロードが、メルエスの目の前に立った。ロードより背の高いメルエスを、ロードがゆっくりと見上げる。その後ろ姿はボロボロで、頼もしい。二人の立ち姿は一枚の絵画のようで、神聖さすら感じた。


「おかあ、さん……」


 涙声で、ロードがメルエスを呼ぶ。フードの下の顔を見たのかもしれない。直後、堪え切れない感情のままに、ロードはメルエスに抱きついた。


 ゆっくりと、そして確かに、メルエスの両腕がロードの背中に回される。子供のように泣きじゃくるロードの声が、丘全体に響いた。


「お母さん! お母さん! うぅ……ぁあぁあ!! お母さん、大好きです! 大好き、大好き、大好きっ! うぐ……うぅ……もう、会えない、会えない、って思って……ぁ、うぅ!」


「……」


 もう二度と会えないと、言えないと思っていた言葉が、濁流のようにロードの喉から溢れていた。メルエスはただ、ロードをぎゅっと抱き締めて、さらさらとした銀髪を、優しく手櫛で梳いていた。


 メルエスの細い指先が泣きじゃくるロードの前髪を撫でる。そしてその顔がロードの顔に近付くと、そっと額にキスを落とした。

 瞬間、視界の体力バーに変化が訪れる。真っ赤だったそれは、緑色に変化し、名前が『墓守のメルエス』に戻っていた。


 メルエスは未だ嗚咽の止まらないロードを抱きしめながら、その耳元にフードから覗く口元を寄せた。 


「おかあ、さん……!僕――」


『―――』


「……え?」


 メルエスの口元に微かな笑みが浮かんでいた。遠くに居る俺には聞こえないが、メルエスはロードに何かを言ったらしい。ボロボロのローブの袖で、必死に涙を拭って、暴れる吐息を押さえつけて、ロードはメルエスの顔をしっかりと見た。


「ぼ、僕は……お母さんを超える墓守に、なれたんですか?」


『―――』


「……おかあ、さん……」


『……』


「――愛しています」


『―――』


 メルエスは微かに見える口元に穏やかな笑みを浮かべると、ロードの顔の涙を拭って、自分の持つ杖をロードの杖とを繋ぎ合わせた。もともと一つだったかのように……いや、きっと元から一つだったその杖は、キラリと煌めいた。ロードの身長と殆ど同じ長さの銀杖の先には、渡し守の灯りのように、死者を導く光を灯していた。


「……お母さん」


 優しく目を細めたメルエスは、軽くロードの髪を撫でて、ロードから一歩距離をとった。


「……あの歌を、歌うんですね。僕が眠れない夜に、お母さんが聞かせてくれた子守唄……墓守の歌」


 メルエスは何も言わず、ただ微笑むだけだった。ロードは一瞬の逡巡の後、静かに、されど力強く、歌を歌い始めた。


「黒い月に、白い空。巡る朝日に、命は踊る」


 黒い丘に、歌声が響く。燦然とした声が響く。ロードの歌が、メルエスへの鎮魂歌が。


 異変は、地面からだった。ゆっくりと、数え切れないほどの光の粒子が、空に立ち上っていく。その度に、その地面はシミを落とすように白く変わっていく。蛍の光のようなそれらは、まるで魂の輝きのようで、奏でられるロードの歌と合わさって幻想的とも言える光景が広がった。


「青い空に、浮かぶ魂。数多輝きて、廻りて眠れ」


 浮き上がった光たちが、空に吸い込まれていく。緑色の嵐に吸い込まれていくそれらは、蠢く魂たちを一つ一つ鎮めていった。


「我ら墓守、門に立ち、この世の流転を眺め征く」


 黒の大地が白んでいく。緑の空の隙間から、吸い込まれるような蒼穹が姿をのぞかせた。雲ひとつない青に、光が吸い込まれていく。不意に地上に目を下ろせば、数え切れない程の墓守が、整然と自らの墓の前で白い手を組み合わせ、祈っていた。誰に祈っているのかなど、誰に言われずとも分かった。


「我ら墓守、門を守り、この世の流転で笑い行け」


 立ち昇る光、祈る墓守たちの群れ。透き通った歌声が、雲ひとつない群青に伸びていく。


「我ら墓守、廻れや輪廻。我ら墓守はここにあり」


 メルエスの姿がぼやけていく。霞んでいく。空に溶けていく。ロードは目を閉じ、周囲の墓守と同じく杖を抱いて祈るように手を組む。


「我ら墓守は……ここに在る」


 最後の祝詞が紡がれた。光の粒子が行き場を失ったように停滞し、甘く揺らめく。青い空に、メルエスが消えていく――その寸前に、思い出したようにメルエスが俺の方を見た。

 ちらりとロードを一瞥した後、彼女が目を閉じているのを確認したのか、そろりそろりと俺の方へ歩み寄ってくる。


 え、このタイミングで俺? と困惑している間に、メルエスが俺の目前に立った。そしてじーっと俺の姿を見つめた後に、ロードと同じく俺の耳元に口を寄せる。


「……」


『――娘を、よろしくお願いします』


「――っ!? …………はい」


 色んな感情を、言葉を飲み込んで、ただ二文字を返す。ほとんど反射に近い俺の言葉に、くす、と笑う声が聞こえた。そしてそっと、メルエスが俺の耳元から顔を離す。 

 息が触れそうな程の至近距離で、ようやく俺はフードの下のメルエスの顔を見た。


 ロードと同じ銀髪に、空の色を思い出させるような快い青色の瞳で、浮かべる表情は少しだけイタズラっぽい笑顔だ。えへへ、とでも口に出しそうな笑みに、俺も笑う。

 歴代最高の墓守、メルエス・トラヴィスタナ。……ああ、ロードにそっくりな笑い方だな、と声に出ない思いがあった。そんな俺に、メルエスはまた口を開く。


 ――ありがとう、不思議な騎士さん。


 そして、俺の眼の前でメルエスの姿がぼやけて……白い粒子となって空に消えていった。メルエスが消えた先、先程まで目を閉じて祈っていたはずのロードが目を丸くしてこちらを見ている。

 そりゃそうだよな。さっきまで目の前にいたはずのメルエスが気づいたら俺の前に居るんだ。驚きもするだろう。


「あ、え……ら、ライチさん? お母さんは……えっと、一体何を……?」


 涙と鼻水でぐしょぐしょの顔を拭いながら、ロードは不安そうな顔でこちらを見ている。俺はそっくりそのまま口に出そうとして……口を閉じた。代わりに、メルエスに(なら)ってイタズラっぽく笑ってみる。


「……秘密。ただ、『はい』とは答えたな」


「ひ、秘密ですか……!?なんで、そんな……確かに『はい』とは聞こえましたけど……」


 ロードは困惑の極みのような表情をして、メルエスを探すように後ろを振り返った。しかしそこにあるのは青い空と墓の立ち並ぶ丘だけだ。

 ロードは無言でそれらを見つめ、しばらく黙っていた。時折地面に雫が落ちている。きっと感情の整理がうまくつかないのだろう。ただ静かな時間が流れて……ロードは俺に振り返らずこう聞いた。


「……ライチさん。お母さんは満足して、天国に行けたと思いますか?」


「大好きな娘の歌で天国に行ったんだ。……きっと、最高の気分だよ」


 無言で、ロードは涙を拭った。そして、俺に向き直る。その顔は涙と鼻水でぐずぐずになっていた。けれどもその顔に浮かべられた笑顔には、確かにメルエスの面影がある。


「ライチさん」


「ああ」


「……ありがとうございました」


「……どう、いたしましてで良いのかな」


 どうしても、その笑顔が美しすぎて、見たら無条件に惚れてしまいそうで、照れ臭い返事をした。

 顔が無くて良かった、と心から思う。こんな時、どういう顔をしていいか全く分からないから。

 照れ臭くて外した視線の先、負けず劣らずに美しい空があった。


「……綺麗、だな」


「……はい。綺麗です」



 二人して見上げた空が綺麗なのは……きっとロードの歌声と、メルエスの笑顔が混じっているからに違いない。


【先代墓守のメルエスは柔らかな笑顔を浮かべ、晴れやかな空に消えていった】


【当代墓守のロードは晴れやかな笑顔で、柔らかな空をじっと見つめた】


【戦闘の終了を確認しました】


【ユニーククエスト:丘に響くは墓守の鎮魂歌をクリアしました】


【隠しダンジョン:墓守の眠る場所を攻略しました】


【堕落の破片が浄化された】


【  】


【世界は一つの区切りを迎える】


【クリア、おめでとうございます】

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