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01

 次の日。


 トモの最強魔法によってアレサが倒されたというニュースは、瞬く間に学園中に広がっていた。


 残念お嬢様としてその名がとどろいていたアレサだが、実はそれと同じくらいに、武術の腕についても有名だった。

 確かに、彼女自身の性格やキャラクターにはいろいろと問題はあるのだが……それを補うほどに、代々受け継がれてきた剣術、及びそれを発展させた杖術は文句のつけようのない本物だ。だから、少しでも腕に覚えのある者ならば、サウスレッド家のアレサお嬢様が受け流し(パリィ)技術の達人であるということは常識だったのだ。


 そのアレサに、武力勝負で勝った転校生がいる。しかもなんとその男は、異世界からやって来た転生者で、女神から最強の武器の技術と魔法を与えられているらしい……。

 そんな噂を聞き付けて、朝からずっとひっきりなしで、学園中の生徒や教師がトモのもとへと集まってきていたのだった。



 ざわざわ……わーわー……。ざわざわ……わーわー……。

 きゃーきゃー……。きゃーきゃー……。がやがや……。


「ちょっ、ちょっとみんな、待ってくれよっ⁉ そんなに一気に詰めかけられても、困るっつーの!」

 しかしトモ本人は、そんなふうに一流芸能人のごとく自分を好意的に思う人々に囲まれている状態に、まだ慣れていないようだ。

「い、いや、昨日俺が勝てたのは、たまたまだって! あのおじょー様だって、すげー強かったンだゼっ⁉

 え? ……だから、謙遜じゃねーって! 本当に、俺なんか別に大したことねーから……」

 困り顔半分、嬉しさ半分のような表情で、自分を取り囲む彼ら、彼女らに対応していた。



「ったく……一回わたくしに勝ったぐらいで、いい気になってんじゃないわよ!」

 そんな彼を、アレサが少し離れたところから悔しそうな顔で見ている。

 隕石によるダメージは、トモの回復魔法のお陰で完全になくなっている。ただ、圧倒的な大差でトモに負けてしまったという事実は、彼女の心に少しの変化をもたらしていた。

「い、今に見てなさいよね! 二度とあんなふざけたことができないように、思い知らせてやるわっ!」


 ウィリアに関わらない限りはトモのことなど相手にする気がなかったはずの彼女が、今は彼を意識してきていた。明らかに、彼のことをライバル視していたのだ。


『もぉう! なにやってるんですかぁ、アレサさぁん!』

 いつものようにどこからともなく現れたヌル子が、アレサにしか聞こえない声で叫ぶ。

『トモくんを、こんなに活躍させてみんなの人気者にしちゃったら、ダメじゃないですかぁ!

 トモくんが人気者の有名人になっちゃったら、たちまち彼のチート能力が世界中の人に知られちゃいます! そうしたら、世界中の女の子が彼のことを知って、彼に夢中になっちゃうんですよぉ⁉

 彼のせいで世界がなくなっちゃったら、怒られるのは私なんですからねぇー⁉』

 自分も昨日はトモに夢中になっていたくせに、ちゃっかりそれを棚にあげているヌル子。

 アレサは、苛立たしそうにこたえる。

「うっるさいわね……そんなの、わたくしだって分かってますわよ」

『だ、だったら、もっとしっかりしてくださいよぉー! 昨日も言いましたけど、アレサさんは、現時点でトモくんの魅了(チャーム)がきかない唯一の女性なんですよぉー⁉ だから、トモくんのことをなんとかできるのは、アレサさんだけなわけでぇ……』

「というか……よくよく考えたんだけど、それ……別にわたくしじゃなくったってよくないかしら?」

『えぇ?』

「別に、わざわざ女のわたくしがあいつに戦わなくったって、誰か他の男とかがやればいいんじゃない? 男ならあいつの魅了(チャーム)はきかないわけだし、わたくしのときみたいにちゃんと事情を話せば、貴女に強力してくれる人だって……」

『ええぇー……でもぉ……』

 体をくねらせてる女神ヌル子。

「な、何よ? 何が、えぇ……でもぉ……、なのよ?」

『アレサさん以外の人に昨日みたいなお願いをするってことは、その人にも、今みたいにいろいろとお手伝いしてあげなくちゃでしょうしぃ……。そうしたら私は、なるべくその人のそばにもいてあげないといけなくなるわけじゃないですかぁ……? でもでもぉ……』

「だから……それがなんなのよ?」

 「そもそも貴女、今わたくしの手伝いなんかしてないでしょ!」という当然のツッコミを飲み込んで、ヌル子をにらむアレサ。ヌル子は顔を赤らめて言いよどんでいたが、ようやく、

『そうしたら私、トモくん以外の男の子と二人っきりになることもあるわけで……それってちょっと、浮気みたいじゃないですかぁ? 私、こう見えても結構純情乙女なんでぇ……そういうことは自分のポリシーに反するって言うかぁ……。トモくんに悪いって言うかぁ……』

 などと口走った。


「は、はぁぁぁーっ⁉ あ、貴女ね! いい加減、自分であいつに与えた魅了(チャーム)に惑わされてんじゃないわよ!」

 周囲が驚くほどの大声をあげるアレサ。

『うふふ……でも、ハマると結構快感なんですよ? 恋って、いいものですよね……』

「うがぁぁ、もぉぉうっ! こ、こんの……ダ女神がぁーーーっ!」

 ヌル子のボンクラ具合にあてられて、頭がクラクラしてきたアレサ。

 自分も世間からは相当「残念」と言われているが、この女神に比べればかわいいものだ。

 もはや怒りを通り越して、この女神を信じて毎日祈りを捧げている信者たちが憐れに思えてくるほどだった。


「……と、ともかく!」

 とりあえず、話をもとに戻すアレサ。

「あいつを、ナバタメ・トモ・ヒトをこれ以上調子づかせない必要があるのは、確かですわ! それじゃあ具体的に、わたくしはどうすればいいのよ⁉」

『……はい?』

「だぁかぁらぁ……あいつに、自分の立場を思い知らせて、人気者や有名人にさせないためにはどうすればいいの、って聞いてるのよっ! 貴女、うっとおしい小言を言うためだけにわたくしの前に現れたわけじゃないのでしょう⁉

 何か、あいつをギャフンと言わせるような方法があるのでしょう⁉」

『ええと、そうですねえ……』

 アレサの質問に、ヌル子は少しだけ考える『振り』をする。そして、

『ねえ、どうしたらいいんでしょうねぇ?』

 と、笑顔で返した。


「は、は、ははは……」

 もはや怒るのもバカらしく、呆れきってしまったアレサ。

「あ、アホらし……ですわ……」

 彼女に何かを期待するのはやめにして、自分で考えることにした。


(それにしても……。

 ナバタメ・トモ・ヒトに、自分の立場思い知らせる方法……。あの、最強のチート異世界転生者に、わたくしが勝つ方法……そんなものが、本当に何かあるのかしら……?)

 大勢の男女に囲まれてチヤホヤされている本人を横目に見ながら、彼女は考えを巡らせる。

 それは、さっきまでバカみたいに騒いでいたにしてはとても冷静で、そして、とても「公平」な思考だった。

(昨日と同じようなことをしたって、多分結果は変わらない。わたくしは、あっさりと倒されてしまうのでしょうね。

 まあ一応、わたくしを倒したあの魔法さえ使われなければ、武力勝負でもまだ勝機がないわけでもないのだけど……。昨日あんなに謝っていたあいつなら、また威力のコントロールができない強力な魔法を使うことに躊躇していそうですし……。

 でもそもそも、強力な武力を持つあいつをそれよりも強い力でねじ伏せるなんて方法自体、根本的に間違っていた気がしますわ。なにより、このわたくしらしくありません。昨日はウィリアがあいつにラブレターなんて渡そうとするものだから、ついつい頭に血が上ってしまっただけですわ。わたくしはわたくしらしく、武力以外の、なにか別の方法で……)


 と、そこで。

 教室の中心で大量の取り巻きに囲まれているトモのこんな言葉が、アレサの耳に飛び込んできた。


「あー、お前ら! いーかげん、俺を解放してくれよ!

 俺、これから今日の授業の復習してーんだよっ! この世界にきたばっかで分かんないことだらけで、全然授業についてけてねーんだからさっ!」

「……ん?」

 ピクリ、と聞き耳をたてるアレサ。

「えー? ふくしゅうー? そんなのやる必要ないなのー。 あたちだって、授業なんて全然意味分かってないなのー」

「そっか、授業分かんないんだ? だったらあたしが、手取り足取り教えてあげようか? この世界の、イ・ケ・ナ・イ・保健体育について♥♥♥♥」

「もう、世話が焼けるわねっ! どこが分からないのよっ⁉ 委員長の仕事の合間でよければ、この私が……」

 次々とフォローをいれるクラスメイトたちの声に紛れて、トモは開き直るように言う。


「いや、確かに俺、元の世界でもあんま勉強できる方じゃなかったけどさ! それにしたってこのガッコーの授業、ムズすぎじゃね⁉ 言語系の授業が『古代ルーン語』とか『エルフ語』とかまでならまだしも、『竜言語』に『ゴブリン語』、『スライム語』なんて科目まであるじゃん⁉ その上、歴史系の科目だって、『世界史』と『大陸東部史』と『大陸西部史』と『大陸南部史』と、『大陸北西部史』と『大陸北東部史』って……。

 何だよそれ、意味わかんねーよ! 絶対そんなに要らねーだろ⁉」

「ほ……ほ……ほ……」

「しかも運がわりーことに、ちょうど明日が中間テストやるとか言ってるし! せっかく理事長さんにこの学校紹介してもらったのに、このままじゃ俺、全教科赤点で留年になっちまうよっ!

 だから、早く勉強して、おいつかねーと……」

「おーほっほっほ! おーっほっほーっ!」


 そこでアレサは、あまりにもお嬢様然とした大きな高笑いをした。

 それまで取り巻きから離れて大人しくしていたアレサが突然大声を出したことで、トモを含めた他の者たちは驚いてアレサの方を注視した。


「あら? あらあらあら? あらあらあらあー?」

「な、何だよ……おじょー様?」

 彼女は、イヤミったらしい表情でゆっくりとトモに近づいてくる。

「ア、アレサさん! この転校生と話したいなら、順番を守りなさいよね⁉ 彼と話したい人はたくさんいるんだから、委員長の私が今、整理券を配っていて……」

「おどきなさい!」

 アレサの行く手を遮ろうとしたエルフの少女をどかして、アレサはトモの前までやってきた。

 そして、笑いをこらえるように口元に手を置きながら言った。


「あらあらあらぁ? あららららぁぁぁ?

 あ、あなたってもしかして……もしかして……もしかしまして……お、お、お、お勉強が、できないんですのぉー⁉ この学園の授業程度の内容が、理解できないんですのおー?」

「え? いや、それは……」

「ア、アレサちゃん。トモくんは昨日この世界に来たばっかなんだよ⁉ そんなこと、言わないであげてよ!」

 取り巻きの中からウィリアが声をあげるが、アレサは止まらない。

「あーいやですわ! もう、いやんなっちゃいますわ! お勉強ができないなんて、ちゃんちゃらおかしいですわー!」

 彼女は、自分の『ライバル』を倒す絶好のチャンスを見つけて、それどころではなかったのだ。

「結局ぅ……男の価値ってぇ、最後は頭の良さで決まるんですのよねぇー?

 どれだけ武術に優れていてもぉ、どれだけ剣や魔法がお得意だとしてもぉ……お勉強がカラッキシなんじゃあ、ぜぇーんぶ、台無しですわよねぇー⁉

 低能のお馬鹿さんなんて、ウィリアには釣り合いませんわよねぇー?」

「いや……だから俺も、復習してちっとは追い付こうと思ってるわけで……ん? ていうか、何で今の話にウィリアが出てくんだよ?」

「だまらっしゃい!」

 そこで、アレサは自分で勝手にしていた話を自分で勝手に打ち切って、堂々とした仁王立ちの姿勢で宣言した。


「ナバタメ・トモ・ヒト! あなたに、再度勝負を申し込みますわ!

 テーマは学力! 明日の中間テストで、どちらがより高い総合点をとれるか! どちらが頭脳が優れているか! それで、文字通り雌雄を決めようじゃありませんの!

 この勝負に負けたものが、今度こそウィリアから手を引くんですわ!

 より頭が賢くて、ウィリアに相応しいのはどちらなのか、ハッキリクッキリ答えを出そうじゃありませんのっ!」

「……はあ?」

「言っときますけどわたくし、言語系と歴史系の科目については、入学してからずっと学年一位をキープしておりますのよ⁉ 低能なお猿さんのあなたに、こんなわたくしが倒せますかしら⁉

 いーえ、無理ですわ! 無理に決まってますわっ! おーほっほっほ! おーほっほっほーっ!」


「えー……」


 言いたいことを言い切って、満足しているアレサ。

 あきれて声が出ないトモに背中を向け、一方的に立ち去ってしまう。


 そんなわけで、残念お嬢様伝説の第二幕が始まったのだった。

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