03
「うあぁぁぁぁーっ!」
あまりの苦痛に、頭を押さえてのたうち回るトモ。もはや剣もどこかに放ってしまっている。
今度こそ、正真正銘この決闘は決着したようだ。
「トモくんっ!」
ウィリアが、ほとんど悲鳴のような声をあげる。
「バ、バカなっ⁉ トモが……魔王を倒した者が、こんな女ごときに負けるはずがっ⁉」
ギリアムも、信じられないという表情で、思わず本音をこぼす。
「ああぁぁぁぁーっ!」
しかし、トモの絶叫はそんな外野たちの声など書き消してしまうほどに騒がしく、すさまじいものだった。
「い、いっでぇぇぇーっ! うあああぁぁぁーっ!」
「……っ」
アレサはそんな痛々しいトモの姿に、思わず眉間にシワを寄せて、苦悶の表情を浮かべてしまう。だが、自分にはまだやるべきことがあると思い出したのか、再び冷酷に彼を睨み付けた。
そして、いまだ激痛でのたうち回っている彼のそばまでやって来ると……、
「……ぅぐぅっ!」
蹴りつけるように乱暴に、彼の口に自分の右足を突っ込んだ。
「あがっ! うごがっ!」
頭の激痛と、口を封じられたことによる息苦しさで、更に暴れまわるトモ。しかしアレサは足で踏みつける力を強めて、そんな彼の動きを押さえつけてしまった。
この世界では、魔法を使うには「口に出して呪文を唱える」必要がある。だからアレサは今、トモの口をふさいで彼に回復魔法を使わせないようにしたのだった。
「ア、アレサちゃん! もう、やめてよっ! それ以上やったら、トモくんが……トモくんが、本当に……」
「も、もう勝負は終わりだ、アレサ・サウスレッドよ! 今すぐトモを解放するんだ! 吾輩は……いや、この国は、ここでそいつを失うことわけにはいかんのだっ! 早くやめろっ! さ、さもないと、家族もろとも貴様を、この国から追放してやるぞっ⁉」
怒りに任せて乱暴に叫ぶギリアム。
そんな彼を、周囲のローブの男たちがなだめる。
「し、しかし国王様……これは、国の法律にのっとって遂行されている、正式な決闘裁判です! その裁判の原告であるアレサ殿には、被告のナバタメ・トモを殺害することのできる正当な権利があります! ま、ましてや今の貴方は、今回の裁判の見届け人ですから、裁判をやめさせるなど、できるはずが……」
「ああ、うるさいっ! そんなことは、吾輩だって百も分かっておる! だが、ここでトモを失うことがこの国にとってどれだけの損失となるか、お前には分からんのかっ⁉
トモは、あの魔王さえ倒すことのできるような最強の軍事力だぞ⁉ やつを保有している限り、この国は無敵だ! 誰にも恐れることはないんだ! これから、トモに次々と他国を落とさせ、この世界をわが国が支配するはずだったのだぞ⁉
そんな最強の兵器であるトモを、こんな世間知らずの愚か者に、殺させてたまるかっ!」
「で、ですが……!」
ちらりとアレサのほうを見る側近の男。
トモの返り血で真っ赤に染まったアレサの姿は、彼の目にはどんなモンスターよりも恐ろしく映った。
「い、今のアレサ殿は……自分の邪魔をする者はどんなものでも躊躇なく手にかける可能性があります。国王の貴方ですら、その例外ではないかと……」
「……くそっ! なんてことだっ!」
もはや手の打ちようがないと気付いた国王ギリアムは、いらだだしそうに森の木を蹴った。
それから、
「き、貴様! こんなことをして、ただですむと思うなよ⁉ この償いは、必ず受けてもらうからなっ⁉」
という捨てゼリフを残し、広場の外に向かって行ってしまった。あわてて、二人のローブの男たちもそのあとを追ってその場を去っていく。
その場には、アレサとトモ、そして、ウィリアだけが残された。
「ナバタメ・トモ……これで終わりよ。貴方は、ここで死ぬのよ」
トモの顔を踏みつけながら、冷酷に金属杖を突き付けるアレサ。
「……! ……!」
トモは、何かを訴えるように懸命に表情を動かす。
しかし、アレサの足はしっかりと彼を拘束していて、彼の意志は誰にも届かない。
ウィリアが、泣き言のように話しかける。
「ア、アレサちゃん……何でトモくんに、こんなヒドイことするの……? ヒドイよ……。こんなの、いくらトモくんが嫌いだからって、ヒドすぎるよ……」
「いい加減、目を覚ましなさい」
そこでようやくアレサは、ウィリアに応えた。
「こんな男の魅了能力なんかに、いつまでも惑わされてるんじゃないわよ」
「……え? 魅了……能力……って……?」
「この男は、剣の腕や魔法の技術と同じように、女神から女性を魅了する能力も与えられているのよ。だから、貴女たちがこの男のことを好きだという気持ちは、その能力が引き起こす幻……ニセモノってことよ」
「えっ⁉」「……!」
言葉を失うウィリア。口をふさがれているトモも、「そんなはずがない」と主張するように激しく首を振る。
二人とも、その魅了能力のことは知らなかったので、その反応は無理もないものだった。
「貴女たちだって、不思議に思っていたんじゃない? 理由もないのに、突然目の前に現れた男のことを自分が好きになっていることを……。それは、彼のその魅了能力があったからこそなのよ」
「う、嘘だよっ!」
激しく動揺しながら、ウィリアは叫ぶ。
「ア、アレサちゃんはトモくんが嫌いなんでしょ⁉ あたしがアレサちゃんじゃなくトモくんを好きなことが、気に入らないんでしょっ⁉ だ、だから、そんなこと言うんだよっ! そんな、ありえない嘘を……!」
「いいえ、これは嘘じゃあないわ」
「あ、あたしは、トモくんのことがほんとに好きなんだもん! この気持ちは、ニセモノなんかじゃないもんっ!
だ、だって彼は、すごく優しくて、カッコよくて……ア、アレサちゃんだって知ってるでしょ⁉ 彼が、あたしたちをドラゴンから助けてくれたことを! あのときからあたしは、彼のことが……!」
「ウィリア、そもそもそれが違うのよ。……あれは、そんな単純な話じゃないのよ」
「ち、違うって、何が……」
ゆっくりと首を振り、アレサはウィリアを黙らせる。
それから、静かに語り始めた。
「確かに……。
わたくしたちが彼に初めて会った日……彼は暴走して街に危害をくわえようとしたドラゴンを、あっという間に倒してくれたわ。
そのこと自体は、嘘ではない。そういう意味では、彼はわたくしたちを助けてくれたということになるのかもしれない……でもね。
そもそもあのときの状況自体が、おかしかったのよ。
ドラゴンなんていう賢い種族が、突然自分たちのナワバリを抜け出して、わたくしたち人間の前に現れたこと。しかもその上、わたくしたちに向かって問答無用で襲いかかってきたこと。街の被害を顧みずに、魔法を使おうとしたこと。
そんなこと、本来ならありないことなのよ。
彼らには、ちゃんと自分たちと自分たち以外の種族のことを考えるだけの、良識がある。だから、滅多なことでは他種族の領地や命を脅かしたりはしないし、あんな乱暴な真似もするはずがないの。
そりゃあ……かつてはこの世界でも、無理解から彼らを魔物なんて呼んで忌み嫌っていたこともあった。人間とは相容れない存在として、わたくしたちと対立していた時代もあったわ。
だけど、研究者やドラゴン保護団体のたゆまぬ努力と啓蒙活動によって、そんな悲しい誤解も少しずつとけてきている。
今ではわたくしたち若い世代を中心に、彼らドラゴンたちにも自分たちと同じように権利を認めて、歩み寄ろうとする動きも出始めていた。お母様にお願いして、今年から学園のカリキュラムに『竜言語』を取り入れるようにしてもらったのも、そのためよ。わたくしたちは、少しずつ分かり合えてきていたはずだったのよ。……それなのに。
あのときの『彼』は、それをすっかり忘れてしまっているみたいだった。その辺の野生動物と同じように、わたくしたちに野蛮に襲い掛かってきていた……まるで、凶暴化か混乱の魔法でもかけられていたみたいに」
「⁉」
その瞬間、トモが大きく目を見開いた。
すでに全てを理解していたアレサは、静かに先を続けた。
「あの日、ウィリアを家に帰してナバタメ・トモ・ヒトの宿を手配したあと、わたくしは公園に戻ってあのドラゴンの手当てをしたわ。そのときに、試しに『彼』と、なんとかコンタクトをとってみようとしたの。
もちろん、わたくしはまだまだ竜言語については未熟だから、彼の言いたいことはほとんど意味は分からなかったけど……でも、これだけははっきりと分かった。あのドラゴンは、わたくしにこう訴えていたの。
『突然目の前にあの人間の男が現れた』。『彼にいきなり何かの魔法をかけられて、そのあと頭が混乱して、わけがわからなくなった』……とね。
……おおかた、この世界に転生してきてすぐで、自分のチート能力を試してみたかったんでしょう? そんなときに目の前にドラゴンが現れたから、腕試しにちょうどいいと思ったのね。
つまり……あのドラゴンがあんなに混乱していたのも、わたくしたちや街が危険ない目にあったのも、もとはといえば彼が、ドラゴンに魔法をかけたせいだったのよ」
「そ、そんな……トモくんが……?」
「……」
トモはもう、首を振ろうとはしない。なぜなら、そのときアレサが言っていることは、すべて真実だったからだ。
アレサは、軽蔑するような冷たい瞳でトモを見下しながら、更に続ける。
「彼の野蛮で軽率な行動は、わたくしたちの命を脅かした。しかもそれと同時に、あのドラゴンの尊厳をも深く傷つけてしまったわ。『彼』は、自分が混乱させられていたということに対して、とても怒っているみたいだったわ。わたくしがどれだけフォローをしても足りないくらい、人間全体に敵対心を持ってしまっていた。
ナバタメ・トモ・ヒトはあの日、わたくしたちが積み重ねてきた人間とドラゴンの友好関係に、取り返しのつかないヒビをいれたのよ……」
体を震わせ、ショックを隠せないトモ。もしも彼が今、喋ることができたなら、「すまない……。俺は、そんなつもりじゃなかったんだ……」と謝罪していたことだろう。しかし、口を塞がれている今の彼には、それすらもできないのだった。
もちろん。
あのときのトモに、人間とドラゴンの関係を壊す意図なんて、あるわけはなかった。
ただ、自分が突然ゲームのような世界に放り込まれ、そこに、ゲームでは敵モンスターとして有名なドラゴンがいた。だから、特に深く考えることもなく、敵に攻撃されるまえに混乱の魔法で先制攻撃を仕掛けただけなのだ。
まさか、この世界でドラゴンと人間が友好関係を結ぼうとしていたなんて、知らなかった。自分の行動が悪い結果になるなんて、思いもしなかった。むしろ、「敵」がいたのだから倒した方がこの世界のためになると思っただけだった。
なまじ正義感の強いトモだったからこそ、彼はその行動になんの疑いも持たなかった。しかし、よかれと思ってしたことがこの世界にとってはとんでもなくひどいことであったと知らされ、トモは激しいショックに襲われていた。
「それに……彼の野蛮さは、それだけじゃないわ」
しかしアレサは、そんなトモに対してさらに容赦なく追い討ちをかける。
「彼はそのあと、あの国王にそそのかされて、魔王を倒してしまったわよね? ……最初にそのことを聞かされた時、わたくしはあまりのショックで言葉が出なくなってしまいましたわ。
……確かに、これまでの魔王軍の、わたくしたちに対する暴力や略奪は、目に余るものだった。彼らがいることで、これまでずっと辛い思いをしてきた人たちもたくさんいることでしょう。けれどね……その解決策としてこちらも暴力を用いていたのだとしたら、それは相手と同じことよ?
暴力を振りかざす相手を、より強力な暴力で押さえつけてしまえば……そこにはわだかまりが残る。力で押さえつけられたほうには、消えない記憶として怒りや悲しみや憎しみが残ってしまう。そうなれば、いつかはそのわだかまりが爆発して、激しく衝突して……最後に待っているのは、戦争よ。
もちろん、このナバタメ・トモ・ヒトなら、戦争になっても何も怖いことなんてないんでしょうけど……。それは彼が、世界最強のチートを持っているからだわ。実際に戦争が始まれば、彼以外の多くの『弱い者たち』が死に、今よりも多くの悲劇が生まれることは目に見えている。
だからわたくしたちは暴力に暴力で対抗するのではなく、あくまでも平和的に、話し合いで解決を目指すべきだったのよ。
これは、ナバタメ・トモ・ヒトはもちろん、ウィリアでも知らなかったことでしょうけれど……。実は、そんなわたくしの考えに賛同してくれた何人かの協力者が、これまで水面下で魔王軍への説得を続けていたのよ。モンスター差別主義者の国王が過激な行動をとらないように牽制をしたり、魔王軍の中にもぐりこんで、モンスターと人間たちとの間に架け橋をつくってくれている人たちがいたの。
彼らの命をかけた努力によって、最近になってようやく、わたくしたちの代表者と魔王軍の幹部が会合の機会を持つことができるくらいまで、話し合いが進んでいたところだったのに……彼はそれも台無しにしてしまったわ」
「や、やめてよ……もう……」
いつの間にかウィリアの声が、絶叫から嘆きの声に変わっていた。
トモは、もはやショックを通り越して、感情が死んでしまったかのように、深い絶望の中にいた。
「それから……魔王軍を滅ぼした見返りとして名数令をなくしてしまったことも、それと同じことよ」
しかし、アレサは更に続ける。
「確かに、あの身分制度は笑ってしまうくらいに馬鹿げたものよ。別の世界からやって来た彼なら、その馬鹿馬鹿しさがすぐに分かったでしょうね? わたくしだって、そんなことはとっくに分かっていたし、常日頃からなくなればいいって思っていたわ。……でもね。
それがどれだけ馬鹿げた制度でも、確かに今までずっとこの国で続いてきていたということの意味は、考えなくてはいけないわ。
つまりこの国には、あの制度を賛同している者や……賛同しないまでも、とくに否定せずに受け入れていた者たちが、国民の過半数を占める参数名たちの中に大勢いたってことなのよ。だとしたら、まず変えるべきは制度ではなく、そんな国民たちの考え方のほうじゃないかしら? 国民たちがいつまでも、『自分さえよければ、どこかで奴隷のような暮らしをしている人がいるとしても気にしない』というような利己的な考え方をしている限り、ただ制度だけなくしたって意味はない。一時的には救われる人もいるでしょうけど、そのあとで、より多くの犠牲を生むことになるのは避けられない。
……現に、元参数名や、名数令のときには迫害されてきた元雑名称たちを中心に、魔王軍の残党を差別する動きが始まっているらしいわ。名数令がなくなっても、また新しい差別の芽は、生まれ始めているのよ……」
「で、でも……だってトモくんは……私のために……。私たちのためを思って……」
声の出せないトモの代わりに、何か反論しようとするウィリア。しかし、適切な言葉は何も出てこない。
そんな彼女に、アレサは小さくうなづいて、答えた。
「そうね……それは、わたくしにも分かるわ、ウィリア。
このナバタメ・トモ・ヒトは、何も初めから、この世界をめちゃくちゃにしようとしていた訳じゃない。むしろ、わたくしやウィリアや、この世界のことを思って行動してくれたのよね? その気持ちには、わたくしだって分かっているわ。感謝したい気持ちもある……でもね。
だったら、この世界のことをもっとよく知らなくてはダメよ。この世界の歴史を、文化を、人々の考え方をもっと勉強して、理解しなくてはダメなのよ。それも、人種や種族にとらわれない、多面的な視点からね。
彼がこれまでやってきたように、自分の世界の常識で勝手に判断して、力でそれを押し付けるのではなく……もっと他人と対話して、分かり合わなくていけないの。そうすることでしか、わたくしたちの本当の幸せは手に入らない。この世界をよくすることなんて、出来ないのよ……」
「だ、だったら……」
ウィリアが、涙まじりの表情でつぶやく。
「だ、だったら……これから少しずつでも、そうやっていけば……。トモくんがこの世界のことを知れるまで、待てばいいじゃない……。こんな、こんなひどいこと、しなくても……」
「ええ、そうね……」
アレサは、そこでやっと冷酷な表情を崩し、苦味を我慢するような苦しそうな顔になった。
「最初はわたくしも、そう思っていたのよ……。まだ何も知らない彼に、これから少しずつでもこの世界のことを知ってもらって、自分の犯した罪を償ってもらえればいいって……。彼は無知で浅慮なだけで、けして悪い人ではないのだから、わたくしがそれを支えてあげればいいんだって……。
彼とウィリアのことだって、一度は応援しようと思った……でも」
しかし彼女はすぐに厳しい表情を取り戻し、またトモを睨み付けた。
「でも、メイメイが屋敷から飛び降りたことで、そんなのは不可能だって気付いたのよ! メイメイが、わたくしに教えてくれたの!」
「メイちゃんが……」
「彼の能力は、強力すぎる。
ドラゴンも、魔王も、誰かが誰かに抱く小さな片思いも……等しく全てを無力にしてしまう、本当に、文字通り敵なしの最強のチート能力だわ。
でもね……わたくしたちは、誰も彼のように強くなんてないのよ。
いつも自分の考えが他人に受け入れてもらえるとは限らない。むしろ、自分の思い通りにいくことのほうが少ない。でも……それでもそんな思い通りにいかない世界を、誰もが必死に生きているのよ。
彼の能力は、そんなわたくしたちを否定してしまう。頼りなくて弱々しいわたくしたちの想いを踏みにじって、自分の考えを押し付けてしまう。話し合いを否定し、譲り合いを否定し、考えが違う者同士が分かり合うことを否定する。自分の考えを、自分の存在を、自分の全ての行動を、唯一無二の正義として無理矢理他人に認めさせてしまう。そうせざるを得ない。そんな、邪悪で呪われた力なのよ!
そんな力を、わたくしは許すわけにはいかない。この世界に野放しにするわけにはいかない。
彼の能力は……いいえ、そんな能力を持った彼自身は、この世界にいてはいけない存在だったのよ!
……だから、わたくしは彼を排除することにした。この手で、彼を殺すことで……!」
金属杖をトモの心臓の上に移動し、振りかぶるアレサ。
口を足で押さえつけられているトモは、逃げ出すことが出来ない。
「ア、アレサちゃん……や、やめて……。そんなこと、しないで……」
いや……そのときのトモにはもう、すでに逃げ出すという意識すらなかったのかもしれない。
もはや全てを諦め、これから起こることを、ただ受け入れるだけ。ウィリアの最後の懇願も、今の彼には全く届いていなかった。
殺意を込めた右目でトモを睨みながら、アレサがつぶやく。
「自分の罪が、やっと分かったかしら? 自分がどれだけ呪われた存在か、理解したかしら? ……そんな自分に、絶望したかしら?」
「……」
もはや輝きを失ったトモの灰色の瞳からは、ボロボロと滝のように涙が溢れ続けていた。
自分の行動が、自分の能力が、自分の存在自体が、どれだけこの世界に悪影響を与えていたのかを思い知らされたのだ。彼は、落ちるところまで徹底的に落ち込んでいた。アレサのいう通り、絶望しきっていたのだ。
確かに、彼は昔から調子に乗りやすく、考えなしに動いてしまうところがあった。最初のドラゴンに対する行動は、その現れだろう。
だが、それは彼の歳の若者ならば、普通のことだ。本来なら、そこまで断罪されるようなことではない。彼はどこにでもいるような……いや、むしろそこらの若者よりもよっぽど正義感に溢れた、ただの好青年だった。その持ち前の正義感で、少しでも誰かに喜んでもらえればと思って、行動していただけだったはずなのだ。
その彼の考えを否定することは、誰にも出来ない。
事情が違えば……あるいは、転生される世界が違っていれば、彼だってそこで十分に活躍できただろう。何かの英雄譚の主人公として、好意的に語り継がれる存在にもなれただろう。それだけの素質と性質を、彼はちゃんと持ち合わせていたのだから。
……しかし。
そんな彼が、今はアレサに殺されようとしている。
呪われた力を持った罪人として、処刑されようとしている。
そのときのトモの絶望の深さは、はかりしれないものだったろう。
しかしもう今では誰にも、この状況を止めることは出来なかった。
アレサは振りかぶっている杖を持つ手に、力を込める。その手は、かすかに震えている。
トモは自分の死を覚悟し、目を閉じる。
そしてアレサは、
「できることなら……チートを持たない貴方と出会いたかったわ……」
とつぶやき、その杖を振り下ろした。




