02
「アレサちゃん! なんでこんなことするの⁉ これ以上、トモくんをいじめないでよ!」
トモをかばうように、両手を広げて立つウィリア。
アレサはあまりの驚きで、それまで厳しく作っていた表情を少しだけ崩してしまう。ウィリアがここに現れるのは、アレサにとっては全くの予想外の出来事だった。
数時間前、アレサからの呼び出し状を受け取ったトモがこっそりと宿を抜け出したとき。実はその近くには、彼に会うためにやってきていたウィリアがいた。彼女はトモが森へと向かうのに気付き、ここまでつけてきてしまったのだ。
彼女が自分たちの決闘のことを知れば確実に邪魔をするだろうということは、アレサも分かっていた。だから、なるべく彼女には知られないように計画をたてたつもりだったのだが、その思惑は外れてしまったわけだ。
「……ウィリア、そこをどきなさい」
しかし、もはや決闘をやめることはできない。再び真剣な表情に戻ったアレサが、命令をするように冷酷に言った。
トモも、
「ウィリア、あぶねーから、ちっと下がってろよ。この場は、俺がなんとかおさめるからよ」
と彼女に言い聞かせる。
しかし、ウィリアはブンブンと首を振って、それらを拒絶した。
「ダメだよ! 私が止めないと、アレサちゃんは、またトモくんをいじめるもん! そんなの私、もう見たくないんだよ!」
駄々をこねるようにウィリアは叫ぶ。
「そこを、どきなさいと言っているのよ!」
「やだっ! 絶対にやだよ!」
「全く、聞き分けのない子ね!」
「アレサちゃんこそ、わからず屋だよ!
私がこんなに嫌がってるのに、どうしていつもトモくんにちょっかい出すの⁉ どうして私たちを、放っておいてくれないの⁉
どうせアレサちゃんは、私がトモくんのことが好きなのが、気に入らないんでしょ! そんなの、ただの嫉妬だよっ! そんなことするアレサちゃんなんて、大っ嫌いだよ!」
「おい、ウィリア……」
ウィリアは、激しい感情をあらわにしてアレサを睨み付ける。アレサは、そんな彼女を見たのは初めてだった。
「……っ」
自分の想い人に目の前でここまで明確な嫌悪感を向けられるというのは、どんな攻撃よりも心に響くことだ。
しかし、それでもアレサは折れなかった。
彼女のウィリアへの愛情は、相変わらず度が過ぎるくらいに強い。しかし今の彼女は、それ以上にもっと強い力に動かされていた。「自分だけの感情」よりも大切なものに、思考と行動を支配されていた。
だから、ウィリアに何を言われても、アレサは怯むはずがなかったのだ。
「ウィリア、早くどきなさい! さもないと……」
「やだよ! どうしてもトモくんをいじめたいって言うなら……先に私を倒してからにしてよ! そんなこと出来ないでしょ⁉ だってアレサちゃんは、私のことが好きなんだから!」
アレサの自分への想いを知っているウィリアは、まさか彼女が自分のことを攻撃するはずがないと思っていた。トモも、ウィリアにこう言われればアレサは攻撃をやめるしかないと思っていた。
だから、対応が遅れてしまった。
「……なら、そうするわ」
そうつぶやくと、アレサは何の迷いもなく、金属杖を思いっきり横に凪ぎはらう。その杖は、トモの前に立ちはだかっていたウィリアの無防備な横腹に、クリーンヒットした。
「きゃあっ!」
杖の攻撃をまともに食らったウィリアは、体が浮くほどのすさまじい勢いで、二人から離れた距離まで飛ばされてしまった。
「お、おいっ⁉」
信じられない、という表情で目を見開くトモ。
国王ギリアムのそばにいた紫のローブの一人が、慌てて吹き飛ばされたウィリアを介抱しに向かう。飛ばされた先で木にぶつかって顔や腕から出血していたが、命には別状はなさそうだった。
「な、なんで……?」
驚きよりも、恐怖を感じてしまっているウィリア。寒さで凍えるように、ブルブルと震えている。
アレサはそんな彼女をチラリと一瞥だけすると、すぐに興味を失って、視線をトモに戻す。そして、再び杖を構えて臨戦態勢をとった。
「これで、邪魔者はいなくなったわね」
「あんた、マジかよ……」
そのときのアレサの右目には、罪悪感や焦りなどは、みじんもなかった。ただ、強い決意を込めた氷のように鋭い眼差しがあるだけだ。
そんなアレサの態度に、とうとうトモも覚悟を決めた。
「……どうやらあんた、マジでおかしくなっちまったんだな。
本当は女の子にこんなことしたくねーんだけど……仕方ねーよな。ちっと、痛い目みてもらうぜ?」
そう言って、アレサに対して剣を構えた。
そのとたん、彼の周囲を青白いオーラのようなものが取り囲んだ。
「……うっ!」
それは、一般人が武術の達人を前にしたときに感じる、気迫や覇気。あるいは、圧倒的なまでの実力差が見せる、エネルギーの蜃気楼現象のようなものだ。
チートによって強化されていたトモは、文字通りこの世界で最強の存在だ。そんな彼が本気を出せば、ただの気迫でさえ光を屈折させ、存在しない像を視界に見せるのだ。さすがのアレサも、人間離れしたそんなトモの本気には少しひるんでしまった。
「なるべく、一撃で決めてやるよ……」
しかしそんな実力差がありながらも、トモは油断したりしない。彼は気迫でアレサを圧倒しながら、同時に彼女を入念に『観察』していた。
(……これ以上、このおじょー様になに言っても意味ねーな。この場をおさめるためには、国王さんのいう通り、どっちかがどちらかを倒す以外にはなさそーだゼ。でも、だからって俺に、おじょー様を殺すことなんてできるわけがねーし。だったら……)
彼は今、どこを攻めればアレサをなるべく傷つけずに戦闘不能にすることが出来るかを、調べていたのだ。『ステータス確認』の能力のおかげで、トモにはアレサの状態や弱味が手に取るように分かっていたのだから。
(このおじょー様、さっきからずっと、自分の体の右側を中心にして動いてるな……。全部の攻撃で右肩を前にしてるし、今だって、俺に対して少し体を右側に傾けてる。それって多分、眼帯のせいで左目が見えなくなってるからだ。意識的か無意識的かわかんねーけど、見えない左側を守ろうとして体を斜めにしちまってるんだ。
その証拠に、今のおじょー様の物理回避率の基準値は、右側からの攻撃に対しては80%もあるのに、左側からの攻撃は40%しかねー。俺の物理命中率の基準値と合わせると、右からだと半々くらいの確率で回避されるけど、逆に左からなら80%以上でヒットする。
それに加えて、もしも正面じゃなく背後から攻めることができれば、命中率はほとんど100%だ……)
そんなふうに。
ほとんど一瞬のうちに、彼は現在のアレサの弱点をついた戦略プランをたててしまった。
「そんじゃ……いくぜ!」
そして、すぐさま長剣を振りかぶり、アレサのもとへと斬りかかってきた。
アレサはそれに対抗するために、以前武力勝負のときにやったように、タイミングよく金属杖を蹴って彼の手元からブロードソードを弾き飛ばそうとする。
「くっ!」
しかし、今回は彼もそれを予測していたらしく、素早く剣から片手を離して、アレサの杖を空振りさせてしまう。杖を蹴りあげたことで出来たアレサの一瞬の隙に、トモは素早く剣を振り下ろす。
しかし、アレサはヒラリと体を翻して、その攻撃を紙一重のところでかわす。さらにその動きを利用して蹴りあげた杖を手元に引き寄せ、そのままトモを斜めに切りつけた。
「おっととっ!」
そのアレサの攻撃を、トモは剣のツカで受け止めて防ぐ。
「ちっ!」
アレサは、そこから更に息つく暇もなく、上下左右からの縦横無尽な連撃を繰り出す。しかし、トモはそれらに圧倒されることなく、全ての攻撃を防いだ。
どちらも絶え間なく攻めながら、同時に相手の攻撃を確実に防いでいる。
どちらかがミスをしたときが、すなわち決着のときとなるだろうが、今のところはそうそうお互いに油断したりはしない。ともするとそれは、互角の戦いにも見える。
しかしその実、戦局は完全にトモが握っていた。
実は彼は、一見アレサと互角の攻防を繰り返しているように見せながら、二人の体勢や位置関係が自分の狙い通りの状態になるように誘導していたのだ。
もちろんアレサも、確実に自分よりも格上の力をもつトモが、何も考えていないとは思ってはいなかった。だが今の彼女には、それに対策するほどの余裕がなかったのだ。彼女は、トモの攻撃を防ぐことで――更には、彼に決定的な攻撃をさせないために、防がれると分かっていながらも自分も攻撃し続けることで――、精一杯だった。
だから、相手が何かをたくらんでいると分かっていても、その思惑に対抗する余裕がなかったのだ。
そして、トモが狙っていたその瞬間は、すぐにやって来た。
「たぁぁーっ!」
中距離から、トモがアレサに切りかかる。これまでにも何度かあったような流れだ。アレサのその攻撃への対応も、すでに何度もやって決まってきている。
相手の太刀筋を読んで、それを紙一重でかわしてからの反撃だ。
きっとトモは、その反撃を容易に防いでしまって、次の攻撃を繰り出してくるだろう。あるいは、わざと振り下ろしたあとの隙を見せて、アレサの攻撃を誘ってくるかもしれないが……。どちらにしろ、これまで何度もやったことには変わりはない。
そうなれば結局また、絶え間ない攻防が続くだけだ。
あるいは、アレサはトモの攻撃をかわすのではなく、得意とする受け流しでその勢いを利用して体制を崩すこともできるかもしれない。これなら、うまくいけばその直後に確実に反撃を決めることが出来るだろう。
しかし。
いかんせん彼女は、トモに自分の戦闘スタイルを知られ過ぎている。以前に学園で戦ったときに、調子にのってパリィのパターンをあらかた見せてしまっていたので、彼にはとっくに見切られているだろう。相手が剣の達人である以上、相当意表をつきでもしない限り、もうアレサのパリィは成功しそうもない。
ならば、選ぶべき選択肢は、おのずとそれら以外のものになる。それは……。
そしてアレサは、自分に切りかかってくるトモに向かって「自分も攻撃を仕掛けた」。
それが、第三の選択肢。
すなわち、相撃ち覚悟のカウンターだ。
失敗すれば自分だけが致命傷を受け、その場で敗北が決定する。ある意味では賭けのような選択肢。それも、勝率のそんなに高くない危険な賭けだ。
それでも、相手に自分の手の内をほとんど知られてしまっている以上、アレサはそれを選ぶしかなかった。今までの自分のスタイルにない攻撃をすることで、トモの意表をつけると思ったのだ。
そしてアレサは、その危険な賭けに…………負けた。
「えっ⁉」
切りかかったアレサの目の前から、突然トモが消えた。ターゲットを見失ってどうしていいか分からなくなり、アレサは一瞬動きを止めてしまう。
次の瞬間、背後にものすごいエネルギーの高まりを感じたのに気付いたときには……既に、十分に力を貯めたトモの攻撃が繰り出されたあとだった。
あえてアレサを追い詰め、普段自分がしないような攻撃に誘導すること。
それこそが、トモのたてた作戦だったのだ。
普段しないということは、そこで予想外の事態が起きたときのとっさの対応が、十分に練られていないということだ。
つまり、その瞬間に必ず隙が出来る。
その読み通り、トモが「切りかかると見せかけて直前でジャンプしてアレサの背後に回った」とき、アレサは隙を見せてしまった。トモの改心の攻撃を繰り出す時間を与えてしまったのだ。
「悪いな! これで終わりだ!」
アレサの左後方から、思いっきり切りつけるトモ。
『ステータス確認』による観察通り、左目の眼帯のせいで、彼女からはその方向は完全に死角になっている。つまり、この方向からの攻撃を回避することなど、不可能だ。
そのすさまじいエネルギーの攻撃は、直撃すればまず間違いなく致命傷となるだろうし、たとえ防いだとしても、肋骨や内臓などの体の中がボロボロになるだろう。その瞬間に、完全にアレサの敗北が確定する。
もちろん、それが決まったあとにトモはすぐに回復魔法をかけるつもりだったので、アレサの命まではとるつもりはなかった。だがどちらにしろ、それだけ大きなダメージを受けてしまえば、気を失うなどして戦闘不能状態になるのは避けられない。
彼の言葉通り、これでこの勝負は終わりになる…………はずだったのだ。
しかし次の瞬間、トモの予想だにしないことが起きた。
「……それを、待ってたのよね」
そのときのトモは、完全にアレサの死角に位置していた。だから、トモの姿はもちろん、彼が持っている長剣の剣先すら、アレサからは見ることはできなかった。
にもかかわらず。アレサは、トモの攻撃の軌道上に寸分たがわず金属杖を突きだしていた。
まるで、「彼の攻撃がどの角度からくるか予知していた」かのように、トモに背中を向けたまま金属杖でトモの攻撃を受ける。そして、水が滑るような動きでそれを移動させ、その攻撃を『受け流し』てしまったのだ。
そう。彼女には、トモがその方向から攻撃してくることが、分かっていた。
剣の達人であり、『ステータス確認』の能力を持つトモならば、確実に、自分の一番の弱味をついてくる。アレサが無駄に傷つかなくて済むように、眼帯で見えない死角をつくことで、勝負を最短で決着させようとする。
そのことを、確信していたのだ。
だから彼女は、この決闘が始まってから今までずっと、その攻撃に備えてきた。メイに負わされた左目の弱点をつくために、トモが左後方から攻撃してくることを、ずっと待っていたのだ。
トモは、確かにチート能力によってこの世界で最強の剣の使い手になっていた。だがしかし、それには劣るとはいえ、アレサも今までずっと鍛練に鍛練を重ね、金属杖を使った「受け流し」の技術を磨いてきた達人には違いない。
達人対達人の戦いでは、勝敗はほんの些細なことで決する。
ほんの一瞬でも、相手よりも有利な立場に立つことが出来れば、それで十分だ。
そして、「相手が攻撃してくる方向が事前に分かっている」という状況は、今のアレサにとっては、チートにさえ勝るほどのアドバンテージだったのだ。
アレサはすさまじいエネルギーを込めたトモの攻撃の勢いを殺さず、むしろそのままその勢いを利用して、体を翻す。
まさか受け流されるとは思っていなかったトモは、それに対応できない。
そして彼女は、攻撃を受け流したパリィの勢いをそのまま活かして、トモの脳天めがけて金属杖を叩き込んだ。




