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04

 さまざまな計器や魔導具が並ぶ、病院の病室。床に魔法陣が書かれたその部屋の中央のベッドに、頭に包帯をまいたトモが横になっている。

 そのそばには、たくさんの医療魔術師と、目を赤くしたウィリアがいた。


「へへ……ちっと、油断しすぎちまったな……」

「トモくん……本当に、無事で良かった……。あたし、トモくんに何かあったらって思ったら、いてもたってもいられなくて……」

「ばーか……こんなの、かすり傷だゼ……。

 それより、国王さんは……俺との約束、守ってくれたかな……? あの、バカみたいな身分制度は、やめてくれたかな……?」

「それなら大丈夫だよ! さっき国王様があたしたちのところに来て、名数令(アリア)は廃止にしたって言ってたから!」

「そっか……良かった……。

 じゃあこれで、ウィリアはおじょー様と、もっと仲良く……できるンだな……」

「そんな……そんなこと、どうでもいいよ!

 私はただ、トモくんが無事でいてくれれば……それだけで……」

「ははは……そんなこととか、言うなよ……。あのおじょー様に、怒られる……ゼ……?

 ……ああ、悪りい。まだ疲れが残ってるみたいだ……。もう少し、眠らせてもらうわ……」

「トモくん……ありがとう……。大好きだよ……」




   ※




 一方そのころ。

 アレサは屋敷への帰り道を、とぼとぼと帰っていた。


 伝説の花を集めるのに予想よりも時間がかかってしまい、ウィリアの誕生日パーティーに間に合わせるためには、服を着替える暇さえもなかった。そのせいで、彼女はいつものドレスのような格好ではなく、薄汚れたボロボロのローブにボサボサのツインテールだ。

 それが、今の彼女の惨めさを更に強調しているようだった。


『えと、あのー……』

 いつものようにいつのまにか、彼女の隣には女神のヌル子がやってきていた。

『それで……さっきの勝負は、どうなったんです? どちらがウィリアさんに喜ばれるプレゼントを贈れるか対決の、結果は……?』

 空気の読めないところも、相変わらずいつも通りだ。

『あ、あれですよね?

 トモくんはウィリアさんにプレゼントをあげるどころか、パーティー会場にもこなかったわけですから……今回は、アレサさんの不戦勝ってことですよね⁉

 わー! やったー! アレサさん、おめでとうござ……』

「……いいえ」

『え?』

「完敗よ。わたくしのね……」

 力なく呟くアレサ。

 そこでようやくヌル子は、彼女が落ち込んでいるということに気付いた。

「わたくしが『結びの花』を……『物』をプレゼントして満足している間に、彼は、もっと大きなことを考えていた……。

 名数令(アリア)というシステムを無くして、それがあるせいで困っていたこの国の人間たちを全員幸福にしようとした。『全員が平等で幸福な国』を、ウィリアにプレゼントしようとしたのよ……。そんなの、わたくしのプレゼントに比べて、スケールが全然違いすぎる……」


 自分が、ウィリアと自分のことのみを考えて行動していたときに、トモはもっと大きなことを考えていた。自分との勝負などハナから放棄し、この国をより良くするために何ができるかを考えていた。

 今まで、本当の意味での『全員が平等で幸福な世界』を作ることに尽力していたアレサだったからこそ。そんなトモの考えを評価せざるを得なかった。自分の敗北を認めざるを得なかったのだ。


「まあ、そのやり方がベストだったとは、お世辞にも言えないけれど…………いいえ、今さら何を言っても、ただの負け惜しみね。彼の行動はあまりにもぶしつけで野蛮だったけれど、確実に、多くの人にとっての幸福に繋がったことは事実だわ。

 どちらが素晴らしいプレゼントだったかなんて……どちらがよりウィリアを喜ばせることができたかなんて……本人に聞くまでもない。わたくしは、負けたのよ。勝負でも、それ以外でもね」

 そのときの彼女は、これまで誰にも見せたことのないほどに暗く、生気がなく、切ないほほえみを浮かべていた。

 いつも、うっとおしいくらいに明るくて元気いっぱいだったアレサのそんな顔は、あまりにも痛々しい。ヌル子は、できることならば彼女のために何かしてあげたいと思った。


 だが、もちろん。この世界を統べる女神であり、全ての生き物を等しく加護しなければいけないヌル子には、どんなに情がわいてもアレサ一人を贔屓することはできない。まして、彼女は一度トモのことで失敗してしまっている。どうしても、これ以上不用意に下界に干渉するわけにはいかない。

 結局今のヌル子には、無意味な励ましの言葉をかけることくらいしかできないのだった。


『つ、次はきっと、うまく行きますよ! アレサさんだって、今までずっと、この世界のことを考えて行動してくれてたじゃないですか⁉ スケールなら、アレサさんだって負けてませんよ!

 そ、それに、ウィリアさんを想う気持ちなら、アレサさんは誰にも負けないんですよね⁉ だったら次こそは、トモくんにも勝てますよ! 次の勝負こそトモくんに圧勝して、アレサさんの本気の気持ちを、ウィリアさんに知ってもらいましょうよ!』


 しかし、そんな中身のない励ましに、アレサはやる気なく答える。

「次なんて、ないわ」

『え……』

「もう、分かったのよ。どちらがウィリアに相応しいのか。どちらが本当に、ウィリアを幸せにできるのか……」

『ア、アレサさん?』

「たとえ彼が異世界からの転生者で、女性に好かれるチートの持ち主だとしても……チートだってなんだって、今現在ウィリアに好かれてるのは紛れもない事実だわ。

 ウィリアは確かに彼を……トモのことを愛している。そしてその彼も、少なくとも悪い人間ではない。だったら、ウィリアにとっては彼と一緒になることこそが一番の幸せなのよ。

 さっき、彼がいる病院に駆けていくときの、ウィリアを見たでしょう? わたくしは今まで、ウィリアのあんな必死な顔を見たことはなかった……。ウィリアは一度も、わたくしのためにあんな顔をしてくれたことはなかったわ……。あれが、全ての答えよ。

 わたくしでは、どうしたってトモには勝てない……。だからもうわたくしは、ウィリアを諦めますわ」



 それは、アレサの本心だった。

 勝負に負けて卑屈になったわけでも、ヤケクソになったわけでもない。そのときの彼女は、不思議なほど冷静な感情で、そう思っていたのだ。

 それはあまりにも悲しく、それでいて決定的な敗北宣言だった。




「……さて」

 それからしばらくして、突然アレサはいつも通りの明るい表情に戻った。

「いつまでも、ウジウジ落ち込んでもいられませんわよね?

 わたくしはもう、ウィリアを諦めました。ウィリアのことは、あのトモに譲ることにしましたわ。でも、だからといってわたくしのウィリアへの愛が、消えたわけではありませんわよ! わたくしはこれからもウィリアのことを考え、ウィリアのために自分ができることをしていくだけですわ!

 とりあえず……まずは、奥手で遠慮深いあの子がトモとくっつけるように、手助けしてあげなくてはね! だってあの子ったら、いざってところで押しが弱いんですもの! このままじゃ、いつまでたってもトモと結ばれることなんてできませんわよ!

 でも、喜びなさいウィリア! このわたくしが味方についたからには、もはや貴女の幸せは保証されたも同然! すぐさま貴女をトモとくっつけてあげますからね! オーホッホッホ! オーホッホッホー!」

 いつものように、大声で残念な高笑いをきめるアレサ。落ち込んだ気持ちはなくなり、もうすっかり元気を取り戻した……ようにも見える。

 しかし、よくよく聞いてみればその笑い声はどこか不自然で、無理をしているようにも思えた。

『アレサさん……』

「まあ、そうなると当然、他の女どもがトモとくっつかないようにする必要も出てきますわね! まさか、あの完全無欠で完璧美少女のウィリアを、チートに釣られてる他の女どもと同じハーレム要員の一人になんて、させられませんもの!

 ああ、こうしちゃいられませんわ! さっきトモの病院に向かっていったクラスメイトたちは、追い返さなくては!

 せっかく、寝ているトモをウィリアが献身的に看病することで、彼があの子の魅力に気付くチャンスだっていうのに。邪魔者がいては、台無しですわ!

 トモに近づいていいのは、この世界でウィリアだけなのよ! あの子の幸せのために、邪魔をするやつは全員、このわたくしが実力行使で排除してやりますわ! オーホッホッホー!」

『…………』

 大声でそんな独り言を言って、アレサはウィリアたちが向かった病院へと走り出す。ヌル子はもう何も言うことができず、立ち去る彼女の背中を複雑な表情で見送っていた。




 やはりそのときのアレサは、どこかで無理をしていたのだろう。「本当の気持ち」を押し殺して、空元気で無理矢理笑っていたのだ。だから注意力が散漫になってしまっていて、しばらく走ってからついついいつものクセで、「隣」に向かって話しかけてしまった。

「もちろん、ウィリアの邪魔者という言葉には貴女だって入ってるんですのよ、メイメイ! 残念ですけれど、貴女がどれだけあのトモに恋心を抱いていても、その気持ちは決して…………ん?」

 しかし、その言葉に返事を返す者はいない。そこにはメイドの姿はなかったのだから。

「そ、そういえば……あの子とは、四日前に山で別れたっきりだったわね。いつもそばにいてくれていたから、てっきり……」

 思い返すと、さきほどの誕生日会のパーティーでも、アレサは彼女の姿を見かけることはなかった。

 お嬢様付きのメイドであるメイは、基本的につねにアレサに付き添うことになっている。だから、こんなにも長い期間アレサから離れることは、とても珍しいことだった。アレサにとって彼女は、「いて当然」の存在になっていたのだ。

「もう……こんなときにあの子、いったいどこで何をやってるのかしら?」

 アレサが、そんな当然の疑問に、首を傾げていたとき。


 通りの向こうから、ものすごい勢いで馬車がやってくるのが見えた。その馬車は、地面の砂を巻き上げながら近づいてきて、アレサの目の前で急ブレーキでとまる。

 馬車のホロや馬の飾りには、サウスレッド家の家紋の盾のマークが入っている。どうやらそれは、アレサの家の馬車だったようだ。その証拠に、中から彼女の家のメイド長が飛び出して来た。


「ア、ア、アレサお嬢様! 大変です! た、た、た、大変なのでございますー!」

「な、何よっ?」

「と、とにかく、大変なんです! だから、早く馬車にお乗りください! 本当に、事態は一刻を争う大変な状況で……」

「だから、何が大変なのよ⁉」

「で、で、で、ですから、もうとにかく大変で大変でっ! 今はもう、それしか言えないくらいにすごくすごく大変なんですってばっ!」

 メイド長の肩を抑え、揺さぶりながらアレサは言う。

「だから、意味が分からないっていってるのよ!

 いいから、落ち着いて説明しなさい!」

 それで、そのメイド長はようやく少し正気を取り戻したようだ。

「と、取り乱して、すいませんでした」

 と頭を下げる。

 それから、こう続けた。

「ですが……本当に早くしないと、あの子が……メイが……」

「え⁉ メイメイが⁉」

 そして今度は、アレサが大いに取り乱すことになった。


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