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04

「この世界の私たちが今いるこの国には、名数令(アリア)と呼ばれる身分制度があります。それは、古くから伝わる由緒のある制度であり、この国で暮らしていくのならば避けて通ることのできないもの。この国に住む全ての人間やエルフ、その他の種族たちの間に厳格に適用されてきた、絶対的なルールです。

 その制度においては、身分が下の者は、決して自分よりも身分が上の者に逆らうことはできない。それがどんなに無茶なことであろうとも、身分が上の者の言うことには従わなくてはならないのです」


「は、はあ……?」

 トモは、メイが突然何の話を始めたのか分からなくて、気の抜けた相槌を打った。メイは、気にせずにそのまま続ける。


「その制度では、それぞれの者がもつ名前が重要な意味を持ちます。名数令(アリア)は私たち一人一人の名前に深く結び付いていて、私たちの名前に、『あるルール』を()いているのです。

 そのルールとは……個人の身分を、『その者の名前を構成する部分の数』で表現するということです」

「名前を構成する、部分の数?」

「ええ。例えば、アレサお嬢様のお名前、『アレサ・サウスレッド』は、『アレサ』と『サウスレッド』の二つの部分から構成されている。だからあのかたは名数令(アリア)において、弐数名(ツヴァイナリ)という身分になります。

 これは、王族やその側近の一部の家系にのみ与えられる非常に高貴な身分で、これより上の身分は、この国の最高権力者である国王ギリアムの壱数名(エルナリ)のみです。

 まあ一部の宗教では……自分たちが信じる女神は名前を持たない無名神、つまり零数名(ヌル)であるから、国王よりも偉いのだ、なんて説いている者たちもいるようですが……。

 一般的には、アレサ様はこの国で二番目の身分だということです」

「つまり、名前を構成する部分が少なければ少ないほど、身分が高くて偉い……つーことなンすね?」

「はい」

 メイドは小さくうなづく。

「その中でも、先程言った壱数名(エルナリ)弐数名(ツヴァイナリ)は、いわゆる上流階級と呼ばれる『選ばれた者』たちです。一般市民階級……すなわち、名前が三つの部分から構成される参数名(ドゥライナリ)たちとは一線を画しています。

 この学園でも……いいえ、おそらくこの地域一帯を見てみても、弐数名(ツヴァイナリ)という身分についているのはアレサお嬢様とそのお母様だけでしょう。そう言った意味で、アレサお嬢様がどれだけ高貴な方なのかということは、分かっていただけるかと思います」

 ゆっくりと、間をとって話すメイ。

 彼女はまた、魔法管を口にくわえて中の魔法石に向かって長くゆっくりと息を吐いた。先程と同じように、魔法管の先端が美しく輝きだす。


「一方の私は……」

 それから彼女は、その管を指揮棒のように、ゆっくりと前後左右に振り始めた。すると、その管の青く発光している部分が動きに合わせて残像のような光の軌跡を残し、まるで紙にサインでも書くように、何もない空中に文字のようなものが現れた。


「私の名前は、メイ・メイ・エミリア・スティワート。四つの部分からなる、雑名称(フィアレット)です」

 空中に浮かび上がった英語の筆記体のような文字は、メイの言葉と同じように四つの部分に分かれていた。彼女は、トモに自分の名前を書いて見せたのだ。

雑名称(フィアレット)とは、他の三つの身分とは違って、ある種の蔑称……あるいは、差別用語のようなものです。市井(いちい)の民である参数名(ドゥライナリ)たちより更に下に位置し、他の全ての身分の者から嘲笑と(さげす)みの対象となることでのみ、存在を許される……そんな、呪われた名前です。

 通常は、重い犯罪を犯した者などに与えられるもので、一度与えられたら死ぬまで変えることは出来ません」

「そ、そんな……」

 ショックで言葉を失うトモ。そんな彼の様子に、メイはまた静かにほほえんだ。

「お気になさらないでください。私がそんな呪われた存在なのは、別に不当なことではなく、この国にとって、いたって当たり前のことなのです。だってここだけの話……私は、参数名(ドゥライナリ)としての名を与えられる前に親に捨てられた、孤児なのですから……」

「え……」

参数名(ドゥライナリ)としての名を持たない者は、この国では人間として扱われません。自動的に雑名称(フィアレット)としての呪われた名前を与えられ、社会の仕組みから外されて居場所をなくすのが、この国のルールです。

 物心ついたときには私は、ならず者たちがたむろする貧民街で盗みや詐欺などの犯罪に手を染めていました。雑名称(フィアレット)であるというだけで、まともな仕事につくのはほぼ不可能になりますので、その日の食料を得ることも容易ではありません。もちろん、友だちや恋人など、夢見ることさえも許されない。

 雑名称(フィアレット)になった時点で、私の未来は失われたのです。そして私自身もそれに絶望し、絶望しきってしまい、もはや全てを諦めてしまっていた……。皮肉なことに、勝手に与えられた呪われた名前をなぞるように、私はみずから呪われた卑しい人生を送っていたのです」

「で、でも……だったらどうして、今は……」

「ええ、それは当然の疑問ですよね。ここだけの話……私が今、お嬢様のメイドをやれているのは、もとはといえば、私がサウスレッド家の家財を盗みに入ったのがきっかけでした。

 教養もプライドもなく、人としての生き方を見失っていた私は、愚かにもお嬢様の屋敷に忍び込み、そこであっさりと警備に捕らえられてしまいました。そして彼らによって、強制的にどこかに連行されようとしていた。

 そこで……初めてアレサお嬢様とお会いしたのです」


 内容的にはとても重い、彼女の言葉。しかしそこには、悲壮感のようなものは少しも感じられない。まるで、歴史上の出来事を話しているかのように淡々としていた。

 だからこそ逆に、トモは彼女の言葉を疑うことができなかった。彼女が辛い過去を聞かせて同情を誘っているわけではなく、感情を排除してただ自分の身に起きた事実を話しているだけだと分かったから、口を挟むことができなかった。


「本来ならば私は、あのとき警備員の独断で私刑にされてしまってもおかしくなかった。あるいは、人身売買でもされて、どこかの参名称(ドゥライナリ)に奴隷として売り飛ばされるとかね。

 それがこの国の、この世界の、雑名称(フィアレット)としての正しい在り方だったはずなのです」

「そ、そんなの、おかしいだろっ!」

 しかしトモは、そこでとうとう我慢できなくなり、大声を出してしまった。


 シーンと静まり返った夜の景色に、彼の声が響いていく。

 今が深夜であることを思い出したトモは、慌てて口をつぐむ。

 幸いにして、部屋の中の二人が飛び起きてくるほどではなかったようだ。


 メイは、変わらず静かに答える。

「ええ、そうですね……。それと同じ言葉を、当時六歳だったアレサお嬢様も、おっしゃっていましたよ。『そんなのおかしいじゃない!』、『この子とわたくしの、何が違うっていうのよ!』とね……」

「え? あの、おじょー様が?」

「はい……」

 メイは優しくほほえみながら、うなづく。

「お嬢様は、私を縛り上げようとしていた警備員を叱りつけ、彼らに、それがどれだけ間違っているかを熱心に説きました。そして、とうとう最後には……お嬢様付きのメイドとして、私をサウスレッドのお屋敷で雇いたいとまで言い出したのです。

 もちろん、弐数名(ツヴァイナリ)の奥様を親に持つアレサお嬢様もまた弐数名(ツヴァイナリ)ですから、その場の誰もお嬢様に逆らうことはできませんでした。しかし、その裏では、相当の衝撃があったようです。

 当然でしょう。

 ただでさえ、弐数名(ツヴァイナリ)雑名称(フィアレット)なんて、天と地ほども違う身分なのです。普通の弐数名(ツヴァイナリ)ならば、下僕や奴隷としてだって、雑名称(フィアレット)と関わったりしない。ともすれば、一生視界に入れず過ごすことだって珍しくない。

 なのにそのときのお嬢様は、雑名称(フィアレット)の私を『雇いたい』と言った。一方的な奴隷としてではなく、お互いが対等な立場として『雇用契約』を結びたいと言ったのです。何人(なんぴと)も破ることの許されない絶対的なルールを、そのときの幼い子供のお嬢様は、簡単に破ってしまったのです。

 ……いや、それが破ることの許されない絶対的なルールであると知りながら、あの方はあえて反発したのでしょう。雑名称(フィアレット)の私でも、弐名称(ツヴァイナリ)のお嬢様と対等な存在であると宣言し、名数令(アリア)なんて身分制度は間違いであると、この国に宣戦布告したのです。

 あのときの私が、お嬢様のその行動に、どれだけ救われたことか……」

「マ、マジかよ……」

 そこで初めて、トモはメイの言葉を疑ってしまった。

(だってあの人は、残念おじょー様のはずだろ……?)


 しかし同時にトモの頭の中では、アレサが普段しゃべっているときの『人の名前の呼び方』が思い出されていた。

 彼女はいつも自分の名前を言うとき、「アレサ・サウス・レッド」のように、名前を三つに区切っていた。本来の「アレサ・サウスレッド」という二つではなく、あえて自分の名前に余分な区切りをつくっていた。

 その上彼女は、目の前の「メイ・メイ・エミリア・スティワート」というメイドの少女のことを、「メイメイ」と呼んでいた。他の人間は「メイちゃん」とか、ただ単に「メイ」とだけ呼んでいたのに。まるで、彼女の名前が「メイメイ・エミリア・スティワート」であるかのように振る舞っていた。

 自分の名前の区切りを増やし、メイの名前の区切りを一つ減らしていたのだ。

 今思えばあれは、アレサが弐名称(ツヴァイナリ)の自分と雑名称(フィアレット)のメイドのことを、同じ参名称(ドゥライナリ)として扱っていたためだったのだろう。

 本来は高貴な身分のはずの自分をおとしめ、同時に、孤児のメイドのことは尊重して扱い、自分たちの間に身分差などないことを表現していたのだ。

 それに気付いてしまった以上、彼も、メイが語っていることが真実であると信じざるをえなくなった。



 メイは続ける。

「お嬢様があのとき見せてくださった優しさや気高さは、今も変わっていません。あの方は身分の違いや人種、種族の違いなど気にせず、誰もが等しく尊重すべき存在であると信じ続け、実際にそれを実践されている。

 例えばそれは、私たちが今いるこのサウスレッド学園でも、アレサお嬢様の功績を見ることが出来ます」

「え、ここでも?」

「ここだけの話……かつてこの学園は、王族やそれに関連する上流階級の人間のみを受け入れていた、国内随一のエリート進学校でした。しかし、それもここ数年で大きく様変わりしました。以前よりも入学費を大幅に少なくし、家柄や身分に関係なく、幅広い生徒が入れるようになった。更には、人間以外の種族についても門戸を開くようになり、各種族の体や性質に合わせて各施設をバリアフリー化して、積極的に他種族の受け入れを進めました。

 そのお陰で、今ではエルフやホビット、ドワーフといったメジャーな種族はもちろん、それ以外の多種多様な種族が、この学園に通っています。この学園を中心として、世界規模でも少しずつ種族間の融和の重要性が理解されはじめ、排他的だった種族同士で交流が始まっているそうです。

 それはすべて、アレサお嬢様がきっかけです。お嬢様が、理事長の奥様に根気強く説得されたからです。

 『世界にはたくさんの種族がいるのに、選ばれた人間だけを集めることに何の意味があるんですの?』、『世界の真理を解き明かすのが学問だとするならば、世界に存在するたくさんの生き物の視点を借りるのは、当然のことでしょう?』……なんて言ってね。

 ……確かにそのせいで、学園としてのまとまりはなくなり、学園生徒の平均学力は大きく落ち込みました。種族差や経済格差からくる衝突もたびたび起こるようになり、学園に権威やステータスを求めていた上流階級家庭の子供たちは、この学園に見切りをつけ、次々に転校してしまいました。この学園の品格は、もはや完全に失われてしまった、なんて言う人もいます。ただ、そんなものは、その代わりに手に入れたものに比べれば非常に微々たるものです。

 お嬢様が引き起こした変革によってこの学園は、この国は、この世界は、変わり始めています。お嬢様の行動は、確実にこの世界にとって良い影響を与えているのです」

「な、なんだよ、あのおじょー様……。すげえやつだったんだな……」

 メイの言葉が一区切りついたところで、しみじみとこぼすトモ。

 そんな彼に、メイは誇らしげにうなづく。

「ええ」

「そんなの、俺、全然知らなかった……。今まであの人のことバカにしちまってたの、ちゃんと謝んないと……」


 しかしそこでメイは、あまりにもアレサを誉めすぎたことのバランスをとるかのように、

「まあもちろん、それを台無しにするレベルの残念お嬢様でもあるんですけどね……ここだけの話」

 なんて言って、おどけて見せた。

 メイの遠慮のない本音のセリフに、思わず目を丸くしてしまうトモ。

「え……?」


 それから二人は目を合わせて、

「ぷっ!」

「……ふふ」

 やがて、我慢できずに吹き出してしまった。

 夜のベランダで、二人は静かに笑いあったのだった。




 やがて、

「それで……私があなたとお話ししたかったことというのは……」

 笑いを抑えたメイは、やっと本題を切り出した。

「どうか明日の勝負……お嬢様に勝利を譲っていただけませんでしょうか?」

「え? 勝負?」

「アレサお嬢様は、とても優しいお方です。孤児の私や他の人間だけでなく、この世界に暮らす全ての種族を等しく尊重し、全ての生物が幸福な生活を送ることを願っている、究極の博愛主義者です。

 そんなお嬢様が、ただ一人贔屓にしている人間……全ての生き物に向けている愛情を、注ぎたいと願っている人間が……」

「ウィリア、ってわけか……」

「ええ」


 メイはふと視線を外す。

 一瞬、二人の間に沈黙が訪れる。


 それから、彼女はハッキリとした口調で言った。


「お嬢様は、私の恩人です。だから私は、あのかたに誰よりも幸福になってもらいたい。あのかたの願いを、叶えて差し上げたい。

 あのかたがウィリアのことが好きなのならば、その二人を結びつけてあげたいのです」

「…………」

 彼女の言葉に、少し考えるようなポーズをとるトモ。

 しかし、彼はすぐに、

「いいっすよ」

 と答えた。


「なんか俺、難しいことはよくわかんないンすけど……。あのおじょー様がいい人なんだってことは、すごくよくわかりました。

 だから、あの人がウィリアが好きだっつうなら、全然手伝いますよ。明日の勝負は、俺、おじょー様に負けるようにしますよ!」

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げるメイ。

 顔を上げたときには、彼女は少し気まずそうな表情になっていた。


「……なんだか、申し訳ありませんでしたね?

 せっかくウィリアとテスト勉強までしていたのに、勝負に水を差すようなことをしてしまって」

「いやいや、そんなの全然気にしないでくださいよ!」

「しかし……」

 食い下がるメイに、トモは照れ臭そうに言う。

「だって俺、こういうのすげー嬉しいンすから!」

「え? 嬉しい?」

「ほら。俺って、もといた世界で死んじゃって、気付いたらこの世界に転生させられてきたじゃないっすか?

 実はそのときから、ずっと考えてたんすよ。一度は死んだはずの俺が、もう一回生き返れた理由……チート能力なんて便利な物までもらえて、この世界に来た理由……それってなんなんだろう?……って。

 で、思ったンすけど……それって女神様が俺に、『この世界の人たちを幸せにしろ』って言ってるんじゃないかな? 誰も持ってない俺の能力で、この世界の困ってる人たちを助けてやれってことなんじゃないかな、って。

 だから俺……今、すごく嬉しいんすよ。

 あの、ただの変な人だと思ってたおじょー様が、俺と同じような考えをしてるって知れて。俺以外にも、この世界をよくするために頑張ってる人がいるんだ、って知れてさ。

 だから、あのおじょー様のためなら、なんだって協力しますよ!


 ま……もともと俺って勉強とか苦手だし、多分、ほっといても負けるだろうけどね!」

 そう言って、屈託なく笑うトモ。

 その爽やかな笑顔に、メイもつられて笑う。

「……ふむ。話を出来てよかったです。やはりあなたは、私が思った通りのお優しいお方でしたね」

「いやいや。そんなことないっすよ。最初に言ったっしょ? こんなの、ただの下心だって。あんた……いや、メイメイさんみたいな綺麗な人の頼みは断れないってさ」

「ふふ……」

「あ、俺も今度からあんたのこと、メイメイさんって呼びますね? なんか、そっちのほうがかわいいしさ」

「ええ、ありがとうございます……」

 もう一度礼をするメイ。

 それから彼女は、またトモから目を反らして魔法管を口にした。 

 気付けば、空はうっすらと明るみ始めていた。

 その後、少しだけ他愛のない会話をかわしたあと、二人は別々に自分の寝床へと戻っていった。



 二人は気がついていなかったが、実はそのとき寝室のアレサは、寝た振りをしながらベランダの会話に聞き耳をたてていたのだった。

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