炎の画家と訪問者
「――やっぱり、開かないな」
旭の声でハッと我に返る。耳触りの良い爽やかな声に若干、疲労が混じっている。
イカン、任務中だというのに、つい思い出にふけってしまった。悪い癖だ。
学は己れを叱咤する。鍵穴をじっと見つめ、考え込む旭をが少しだけ気の毒に思った。
真面目な奴だと。そんな真面目君に楽々、簡単、お手軽な方法を提案しようと思い立つ。
今の今まで、何もせず、ぼけっと突っ立っていたという後ろめたさもあった。
学は右手でガッツポーズを作り、ゆっくりと息を吐いては吸ってを繰り返した。
「三日月君の素晴らしい能力で扉を破壊しよう。そして僕のショボい能力でそれを隠そう」
演説しているかのような口調で語る学に冷ややかな視線を送る。そして――。
「なかなか魅力的な提案だけど、却下だな」
視線に負けないくらい冷淡な声が返ってきた。一瞬にして腹の底が冷えるのを学は感じた。
大人しい人間ほどキレると怖いというのは、よく聞く話しだが、品行方正の人間の方がキレると怖いと、学、個人は思っていた。
なぜなら、それを身をもってそれを体感したからだ。優しい奴ほど怖ろしい。人の心を一瞬で凍らせる絶対零度の微笑み――。
「何度も言ってるじゃないか、君の能力は君が思っている以上に凄いと。そろそろ、それ言うの止めてくるかな。いい加減、面倒なんだ。暗に自慢しているようにしか聞こえない」
雪像のようにピクリとも動かない学。旭がしまったという顔をした。そしてバツの悪そうに顔を歪ませる。
「まぁ、要は、その、自信を欲しいと思って……」
しどろもどろになりながら旭が言った。固まっていた学の顔が引きつっている。
気まずい空気が二人の間に流れ、沈黙があたりを包む。
その時だった。遠くの方から車のエンジン音が聞こえて来た。こちらへと近づいて来る。
車は屋敷の前で止まり、黒いスーツの男が運転席から降りて来た。
清潔感のある短髪に優しげな目が特徴的な整った顔立ちの若い男だ。スラリとして姿勢の良く、いかにも二枚目といった感じの男前だった。
「お困りかな。お二人さん」
「田口さん!」
旭が驚きの声をあげる。と、同時にこの不穏な空気に終止符が打たれた事に安堵しているようだった。一方、学の方は暗雲たる気持ちに立ち込められていた。