炎の画家と幽霊屋敷
駅の改札を通り、外へ出ると、旭が横断歩道の前で立ち止まった。信号機は赤だ。
「どうした?疲れたのか?」
追いついた学に旭がたずねる。
「ただ眠いだけだ。ひきこもりってのは昼夜逆転してるからな。丁度、この時間は夜の活動に向けて寝てるんだよ」
たっぷりの皮肉を込めて、憎らしげに答える学に対し、旭は面白そうに笑う。
「なんだよ、それ。随分といいご身分だな。羨ましいよ」
「嫌味かよ」
「まさか。余裕があって凄いなって、感心してるんだよ。俺も見習うべきだな。うん」
やたら納得している旭を学は怪訝な視線を向ける。そして――。
「やっぱり、嫌味じゃねーか」と、呟く。
旭はしょうがないなといった感じで肩をすくめる。
「違うって、ホント。分からない奴だな」
「つまり僕がバカだって言いたい訳なんだな。よぉ〜く分かったよ」
「君は本当に面倒くさい奴だよな。つくづく思うよ」
「お前って本当にイヤな奴だよな。改めて実感したわ」
信号が青へと変わる。二人は横一列に並んで横断歩道を渡り目的地へと向かう。
その間、二人は一言も言葉を交わすことは無かった。
「――ここだな」
旭がポケットからスマートフォンを取り出し、再度、画像を確認する。
和洋折衷の大正ロマンを感じさせる古い屋敷。平屋造りの日本家屋に西洋風の塔のような建物が寄り添うように建っている。
建設当初は随分と洒落た建造物であったのであろう。しかしそれも今は見る影もない。
屋根や壁は蔦に覆われ、庭は荒れ果ている。蔦の絡んでいない壁は黒く汚れ、長く人の手が入っていないのが分かる。石造りの塀からは大きな松が枝葉を伸ばし、空を覆っている。
周囲は薄暗くどことなく不気味だった。
幽霊屋敷と呼ばれるのも納得の雰囲気だ。二人はびっしりと苔の生えた石段を登り朽ちかけた門の前に立った。旭が事前に渡された鍵で門の扉を開けようと鍵穴に挿す。だが……。
「開かないな」
旭は何度も鍵を回すが、カチャカチャと音を立てて空回りするばかりで一向に開く気配が無い。
「田口さんが来た時は開いたんだろ。やり方が悪いんじゃないか?」
鍵を回すたびに門の扉を押したり、引いたりしている旭に向って学が言った。旭は手を止め、軽く肩をすくめる。
「それなら君がやればいいじゃないか」
学は旭が手をかけている扉をじっと見る。細かな彫刻が施された木製の扉の表面は黒く変色し、所々、酷く抉れ、小さな穴がいくつも空いている。
(きったねー、よく触れるよな。絶対、虫、いるぞ)
学は材木の中でうごめく白い長虫の幼虫を想像し身震いした。
「いえ、遠慮します。自分、不器用ですから。ボクにはとても出来ない」
「俺だって手先、そんなに器量じゃないよ。青崎はもっと自分に自信を持つべきだ」
機械音声のような一本口調で語る学に旭が真面目な顔で答えた。
(っつーか、器用とかそういう意味じゃねーよ)
なんと返事をしてよいのか分からず、おし黙っていると、ニヤリと笑い、「別に君が汚いから扉に触りたくないとかいう理由で俺に押し付けているのを責めている訳じゃないよ」と、言った。
からかわれていると分かり、学は腹をたてる。それに旭の『そんなに器量じゃない』という言葉も癪に触った。
(やっぱスゲー、イヤな奴だ。仲良くなんて、ぜってー、出来ねー!)