炎の画家と電車
「……っざき、青崎!」
自分の名を呼ばれ、青崎学は目を覚ました。一瞬、自分がどこにいるのか、分からず、周りを見回す。頭の中に靄がかかったように、ぼやけている。焦点が定まり、ようやく自分が電車に乗っていることを認識する。
「着いたな。降りよう」
爽やかな笑顔を学に向ける。女子なら一瞬で恋に落ちるだろうが、生憎、学は男子であり、そっち系の趣味も無い。ときめくどころか、むしろ、最悪の気分だった。よりによって……と、学は心の中で毒吐く。
学に声をかけた少年は電車の座席から立ち上がると、手に持っていた竹刀ケースを肩にかけ直す。
学に目を向け、寝ぼけていないか確認すると、『降りるぞ』目で合図を送り、電車を降りた。学は軽く頷き、抱えていたリュックサックを背負い、後へと続く。
学よりも少し長めの黒髪に形の整った切れ長の目、上品な口元に高い鼻、小顔でスラリと長い手足。シンプルな黒い詰襟の学生服が一層、彼の魅力を引き立てている。彼、三日月旭は誰もが見紛う美少年だった。
その証拠に彼がドア付近に立っていた二人組の女子高生の前を通り過ぎる際、「あの子、かっこいい」と、話す声を学はしっかりと聞いた。
間違ってもひょっとして自分の事?なんて勘違いなどしない。いくらなんでもそこまでおめでたい頭では無いと自負している。自分の容姿は自分が一番分かっているのだ。
ギョロリとした丸い目、太い眉に大きな鼻に、大きな口、髪の量が多い為、頭も顔も大きく見える。鏡に映る自分を見るたびに思う、なんて、くどい顔なのだと……。せめてもの救いは、身長体重が中学二年生の平均値である事だ。
しかしそれもいつまで保てるか分からない。身長も体重も変動する。身長は低すぎても高すぎても嫌だし、太りすぎているのもガリガリに痩せすぎているのも嫌だった。
学は目立つことを嫌った。出来るだけ目立たないように、目立たないようにと、日々を過ごしてきた。なのに……学は唇を噛む。それを目障りに思う者がいるということを学は身を持って知った。
あの日の出来事を思い出し、学は堪らず、パーカーのポケットに両手を突っ込み、拳を強く握りしめる。
俯き加減で歩いていると、着古したジーンズと汚れたスニーカーが目に入った。
少し目線を上げると、旭の制服が映る。
ついこの間まで着ていた制服。学は歩く速度を落とし、旭との距離をとった。
この時間であれば、中学生が私服を着ていても不自然ではない。そうと分かっていても、言いようのない後ろめたさを感じていた。学はもう半年ほど学校に行っていない。行かないより、行ったほうがいいに決まっている。たとえ、友達が一人もいなくとも。学はそう考えていた。
せめて、あんな思いさえしなければ……と、何度も思ったが、過ぎてしまった出来事はどうすることも出来ない。あの件に関しては、旭はもう何も言わなくなっていた。
それが学にとって有り難く、同時に情けなくもあった。