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炎の画家と太陽の花

 建物から出た学と旭は細い路地を抜け、大通りに出る。路上には多くの人々が行き交い、車道には多くの車が走る日常的な光景があった。

 近くに超能力や超能力者を取り締まる組織の住処がある事も、そこに不思議な力を持つ巫女がいる事も、ここに超能力者が二人、立っている事も、多くの人は知らないのだと目の前を通り過ぎる人々を目で追いながら学は思っていた。


  「俺は駅に向かうけど、青崎はどうする?」


 旭が言った。その爽やかな表情には一片の疲れさえ見えない。

 運動部だからか、それとも三日月旭という人間が特別だからこそ、こんな平然としてられるのだろうか。と、学はしばし考え、きっと後者だからだろうと結論づけた。


  「俺は近くの本屋に寄ってから帰るから、先に帰ってくれ」


 これ以上、三日月と一緒いて惨めな思いをしたくは無いんだと、学は思っていた。


「そうか。なら仕方ないな。それじゃあ、また」


 旭が手を振り、名残惜しそうに別れを告げる。学は大きく頷く。


「ああ、またな」


 学の言葉を聞いた旭は頷くと、背中を向けて颯爽と駅に向かって歩き出した。

 学はその背中を見送りながら思う。


(前はヒーローになりたいと思っていた。三日月旭みたいな明るく爽やかな中二男子ではなく、根暗で卑屈、絵を描くことが好きな引きこもりぎみの中二男子のまま、ヒーローになりたかった。こんな自分でもいいのだというわずかな希望を抱いていた。もういいのだ。もう散々、思い知った。俺は少年マンガみたいなカッコいい主人公にはなれない。所詮、脇役だ。ならば思いっきり脇役を楽しもうじゃないか。俯いて、卑屈になっても幸せにはなれないだろうしな。――それに少年マンガの主人公は世界を救うのに忙し過ぎて、絵を描く時間すら無いだろうしな)


 だったら、今のままで充分だ。と、学は思った。もう旭の姿は人に紛れて見えない。

 さて、今日は金曜日だ。美術館の閉館時間が遅い曜日の筈。学は念の為、スマートフォンで調べる。

 表示された美術館のホームページ画面を見て思わず笑みがこぼれる。

 今から行けば間に合うだろう。学は駅へと向かう。

 ふと空を見上げると美しい上弦の月が浮かんでいた。

 今宵の月はいつもより一層、黄色く見えるのは気のせいだろう。

 学は足を速める。


 そういえば、『ひまわり』は英語『Sunflower【サンフラワー】』太陽の花だ。

 己を燃やす太陽……、フィンセント・ファン・ゴッホは『炎の人』と呼ばれているらしい。

 生前、たった一枚しか絵が売れなかったのにもかかわらず、それでも描き続けた画家。

 ――描かずにはいられなかったのだろうと、学は思った。

 巨匠のゴッホと自分を同じ計りに乗せるなんて、おこがまし過ぎると思うが、絵描きの端くれ……いや、どんな人間にでも、なにかを表現する衝動に駆られる時があるのではないかと。

 桐谷龍二もそんな人間の一人なのだろうと、学は思った。桐谷龍二は嫌いだが、あの凄まじい執念と情熱は正直、凄いと感心していた。

 憎んですらいる相手だ。


 そんなことは人に言えない。

 例え口が裂けても本人には絶対に言えないし、死んでも言わないがな。

 学がそんなことを考えながら歩いていると、もう駅は目の前であった。

 人の波を縫って改札口を通り、電車に乗り込む。座席は埋まっているが車内は、ちらほら立っている人がいるくらいで、さほど混んではいなかった。


 電車の扉が閉まり、動き出す。学は扉にもたれ、窓の外をぼんやり眺める。

 色鮮やかな街の明かりが次々と流れてゆく。

『ちなみに僕が一番好きな色は黄色だ。覚えててくれたまえ』ふと桐谷龍二の言葉が過ぎる。

 そういえばゴッホの一番好きな色も黄色だったは

 ず。


(――俺の一番好きな色ってなんだ?)


 考えもしなかったが、しいて言えば、全部好きだ。

 嫌いな色など無い。

 全部必要な色で使う色だ。

 それでは駄目なのだろうか?

 あえて選ぶとすれば何色なのだろうと学は考えるが、中々、思い浮かばない。

『君は色彩センスが悪い』桐谷龍二の言葉が頭を擦る。

 黒い靄のようなものが胸に渦巻いてゆく。


 ――一つだけなんて選べない。


 第一、選ぶ必要なんてあるのだろうかと……すると、不意にある光景が学の目に飛び込んで来た。

 電車が踏切りを通過する際の事、遮断器の向こう側に親子の姿。

 母親に抱かれた小さな男児が電車を指差し、はしゃいでいた。


(電車、好きなんだな……。好きなものは好きでいいじゃないか。それでいい)


 そう思うと、黒い靄が晴れてゆくような気がした。

 人にセンスが悪いと言われようが、気にする必要など無い。

 全部好きなのだから好き。

 限定も選別もする必要ない。


 それでいいんだ。


 学は窓に映る自分の姿を見ながらそう思った。あと少しで美術館の最寄り駅だ。

 学は逸る気持ちを抑え降りる準備をする。

 ほどなくして、美術館の最寄り駅を告げるアナウンスが流れる。


(さあ、行こう)


 学は扉が開くと同時に外に出る。

 そして目的地へと向かう。

 黄色の花の絵を観たいという衝動に突き動かされて。

  了

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