炎の画家とセンス
「実に陳腐な台詞だ。センスのかけらも無い。仮にも君は芸術家だろう。恥ずかしくないのかい?」
桐谷龍二が呆れたようにため息をつく。
「ふ、ふざけるなよ! だ、第一、俺は芸術家っていうガラじゃないし、そ、それに絵とは関係ない話しだろうが!つっーか、そんな変な格好してる奴にセンスがどうこう言われなく無いんだよ!」
学は顔を真っ赤にして桐谷龍二に食って掛かった。そんな学を桐谷龍二は左手を顎に軽く押し当て、考えているような仕草をしながら興味深げに眺めていた。
「なるほど。君が言いたい事は分かった。要はどちらがセンスがあるかという話しだろう?」
「全ッ然、違うわ!」
「確かに君の能力は、なかなか愉快ではあるが色彩センスが悪いからな。まぁ、僕の素晴らしい色彩感覚を理解出来ないのであろう。可哀想に」 そう言って大げさに嘆いて見せた。
「アンタにセンスどうこう言われたくないわ!」
桐谷龍二がクックックと喉を鳴らして笑う。
「ちなみに僕が一番好きな色は黄色だ。覚えててくれたまえ」
「どうでもいいわ!」
学が喚く。そんな学を見兼ねたのか桐谷龍二は肩をすくめ「分かっていないな。君は」と呟いた。そう言い、腕組みをすると宙を見上げ、考え込んでいるような素振りをみせた。が、すぐに、なにか思いついたらしく顔を輝かせる。
「ならばどちらが優れているか、はっきりさせようじゃないか」
桐谷龍二が素晴らしい遊びを思いついた子どものように弾んだ声で言った。
「はぁ?」学が間抜けな声をあげる。
「安心したまえ。君が不利にならないよう今回は色彩センスとは関係ないゲームだ」
「ふざけんなよ!」
もったいぶる桐谷龍二に学は苛立ち、つい口調が荒くなる。
「そう!君の能力を生かした楽しいゲームさ!」
「人の話を聞けよ!」
桐谷龍二は学を無視して得意げに言い放つと、床に置かれたある物を拾い上げ、投げて寄こす。学の膝の上にドサッと落ちる。それは散々、見慣れた愛着ある品、学の黒いリュックサックだ。訳が分からず戸惑う学を無視して桐谷龍二は話しを続ける。
「ここは僕の研究所兼、隠れ家の一つでね。長年、使っていたのもあって気に入っていたのだが、君達に見つかってしまったからには、放棄しなくてはならなくなってしまった。実に残念だ」
桐谷龍二は思い出に浸っているのか、遠い目をしながら、実に名残惜しそうに話している。
「まさか見つかるとは思っていなかったよ。灯台下暗しというか、生家の地下に潜んでいるなんて誰も思わないだろう。出入り口にも仕掛けをしたからね。絶対にバレないと思っていたのだが……。君に見つかるなんてね。恐れいったよ」
桐谷龍二は目を伏せ困ったよ、といった様子で首を横に振る。
「このまま、君が彼らの所に戻らなければ怪しまれるだろうし、彼女も怒るだろうしね。僕は完全に詰みの状態だよ。だが万が一に備えて普段から脱出の用意は万全にしていたからからね。そのへんは心配しなくていいよ。大変、不服ではあるがね。――そう腹いせに君を殺してしまいたいくらいに」
刃物のように鋭い憎悪が学を突き刺した。学は硬直する。それを見た桐谷龍二は頰を緩め、目を細めた。
「――しかし、困った事に僕は君に同じ芸術家としてシンパシーを感じているし、なにより君の絵のファンだ。そこでだ。さっき僕が言ったゲームの話しという訳さ。ルールはシンプル。僕と君と、どちらが先にここを脱出、出来るかという勝負さ。幸福なことに僕も君も戦闘向きの能力ではない。お互い力で相手をねじ伏せるのは不可能だろうし、ましては君は子どもだ。力では一応、大人である僕には敵わないだろう。しかし君にはお仲間がいる。彼らに泣いて縋れば、僕を捕らえる努力はしてくれると思うよ。捕まえられるかは別だがね。どうする?やるかい?」
不敵に笑う桐谷龍二を見上げながら、学は大きく頷く。
「――やるに決まってる。必ずお前を捕まえてやる!」
声は震えなかった。学の決断に桐谷龍二が満足気に笑みを浮かべる。




