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炎の画家とアーモンドの木

 お目当ての桜らしき木に近づき、真下から見上げる。濃い緑色の葉には太い葉脈が全体に広がっており、生き生きとしているのが目に見えて分かる。


  (庭はこんなに荒れてるっていうのに、元気に育つもんだな。んっ? あれは……)


 学は近くの枝を引き寄せる。

 よく見ると、細かな産毛に覆われた小さな緑色の実が生っている。

 桜なら小さな赤い実が生るはずだ。

 梅の実にしては細っそりしているし。


 そうか! これはアーモンドだ!


 学はスマートホンの画面を確認する。

 やはりよく似ていると思った。

 専門家では無いのではっきりと断言できないが、『花咲くアーモンドの花の木の枝』の複製画が桐谷龍二の部屋にあったのを考えればそうであろうと、学は確信していた。

 そう、これはアーモンドの花だ。

 なぜなら昔、植物図鑑で見たからだ。

 すっかり忘れていたが母方の祖父母から小学校の入学祝いにと子ども用の図鑑を貰ったのだ。

 カラー写真がふんだんに載った図鑑に学は夢中になった。

 学は暇さえあれば、図鑑を眺め、草花や乗り物やら虫やらの絵を描いてた。

 植物図鑑から順番に全てのページの写真を模写し、次は昆虫だと、ページをめくった。

 黒い顔の半分ぐらいある二つの目、ちょこんと生えた黒い触角、尖った黒い顎。

 拡大したアリの写真が学の目に飛び込んできたのだ。

 バタリッという大きな音が響く。

 反射的に図鑑を閉じたのだ。心臓が大きく波打つ。気持ち悪い。心からそう思った。

 そこらへんにいるあんな小さな生き物がこんな怪物みたいな顔をしているのかと。

 幼い学は身ぶるいした。

 もうこんな気持ちの悪い図鑑を見るのは止めよう。


 祖父母には悪いが、クローゼットの奥にしまってしまおうと、自分の手元に目を落とす。

 指と指の隙間から黄色と黒の縞模様が見えた。

 恐る恐る手をのけると、そこにはスズメバチのイラストが載っていた。


 スズメバチだけではない。トノサマバッタ、カブトムシ、クワガタ、アゲハチョウ、カマキリ、ミミズ、アリ、オケラ。


 まるで写真と見紛うほどのリアルなイラストが描かれていた。

 背筋を氷で撫でられたかと思うほどの悪寒が走る。


 気持ち悪い。気持ち悪い。


 実際は触ってはいないが、それに近い感覚に陥り手を離す。

 フローリングの床に音を立て落下した。

 表紙を出来るだけ見ないようにしながら、背表紙を掴み、素早くクローゼットの奥に押し込んだ。念のため、小さくなったジャンバーを被せた。

 一昨日のゴミの日に捨てずに良かったと、心から思ったのを学は今でも覚えている。

 それ以来、学は虫が苦手になった。

 本物の虫になにかされた訳ではないが、あの不快な感覚は今でも鮮明に覚えてる。

 思い出すだけでもトリハダものだった。

 プルプルと頭を左右に振り、脳裏に浮かんだおぞましいイメージを振り払う。

 過去のトラウマに耽っている場合ではない。

 きちんと調べなくては! そう思い、アーモンドの実をしげしげと観察する。


 ぷっくりとした実は見るからに硬そうだ。学は指で摘んでみる。

 実は柔らかかったらしく、簡単に潰れてしまった。

 中から青いゲル状のモノが飛び散り、学の顔にかかる。ココナッツに似た甘い匂いが鼻腔を刺激する。


 ドロリッとしたゲル状の液体が頰をつたう。

 目に入る寸前のところで目を閉じた為、幸いな事に目には入らなかった。痛みも無い。毒ではないらしい。


  (なんだこれ! 気持ち悪! )


 袖口で顔を擦り、ゲル状の液体を拭き落とす。

 最悪の日だと学は思った。

 西島智子には説教されたうえに、三日月旭と組まされた挙げ句に田口明雅も一緒に桐谷龍二の生家散策なんて、ふざけてる。

 これだけでも最悪だというのに。

 これでトドメだ!と言わんばかりの仕打ちだ。


(最悪だ! 最悪! クソ! これ以上、嫌な事が起こる前に、とっとと桐谷龍二に関係するものを見つけて帰るぞ! )


 そう決心し、桐谷龍二の部屋に戻ろうとした時だった。

 突如、背後から縄のような物で首を絞められる。


 息が苦しい!外そうと手を伸ばす。


 だが、首を締めつけている物に触れる寸前で、強い衝撃が学を襲う。

 脳みそが大きく揺さぶられいるような感覚。

 目の前の風景が二重、三十に重なって見える。


 あれ、地面って、こんなに近かったっけ……。


 一瞬、不思議に思ったが、徐々に掠れてゆく。瞼が重い。

 どうしても開けていられない。

 目の前が真っ暗になり、学は意識を失った。


 学の足首に巻きついた太い蔓がズルズルと体を引っ張って行く。

 首に巻きついていたのも同じ品種の蔓のようだ。首に巻きついていた蔓はスルリと首から抜けると、もう片方の足首を掴み、引っ張って行く。


 そして学と共に茂みへと消えた。


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