炎の画家と子ども部屋
――泣きそうな顔で見送る故十子の姿を頭の中から振り払い、ドアノブを回しす。
埃っぽい空気が学を迎え入れてくれた。
自宅のリビングよりも広い桐谷龍二の部屋に格差を実感しながら部屋の奥へと進む。
さまざまな種類の本がびっしりと詰まった大きな本棚。
壁には立派な木の額縁に入った複製画が飾られている。
フィンセント・ファン・ゴッホの作品だ。
コバルトブルーと淡い灰色を混ぜたような色を塗ったシンプルな背景に枝分かれした木の枝に白い花が描かれた『花咲くアーモンドの木の枝』の複製画だ。
つまりコピー。
なぜ複製画だと分かるのかというと本物はアムステルダムのゴッホ美術館にあるからだ。
桐谷龍二の趣味だろうか……。
学は絵画に近づき、まじまじとと見つめて驚いた。
(そういえば、芸術がどうこう言ってたな……)
学は桐谷龍二の薄気味悪い笑顔を思い出す。
腹の底に冷たい鉛球が沈んでゆくような嫌な感覚に襲われ、学はこれではいけないと、かぶりを振り、臆病風に吹かれた自分を奮い立たせる。
再び部屋の中を見回す。
電気スタンドが備えつけられた勉強机にグリーンの掛け布団が敷かれたベッドに掛け布団とお揃いの枕、大きな窓の前には、植木鉢が床の上に四つ横一列に並べて置いてある。
色褪せ、埃が積もった部屋。
(胡十子が『桜の花』がどうこう言ってたが、まさかこの鉢植えに桜が植えてあったとか?)
学が乾ききった土だけが残る鉢植えを覗き込む。
どっからどう見ても、ただの乾燥した土とよくある素焼きの植木鉢だ。
リビングにあった鉢と比べると、やけに地味だな……。
学はそう思いながらしゃがみ、土を指で摘む。
擦り合わせたり、臭いを嗅いだりしたが異変は感じなかった。パラパラと塩を振りかけるように戻し入れる。やはりただの土だ。
立ち上がって部屋の中を見回す。
(他にあやしところ……って、いってもそんなものはとっくに田口さん達が調べているだろうしなぁ)
とりあえず本棚の前に立つ。
本の背表紙に書かれたタイトルを眺めた。
やはり植物に関する本が多いが画集や建築物の写真集もあった。
その中から西洋絵画の画集を取り出し、ページをめくる。
突如、視線を感じ、反射的に窓を見る。
ーーしかし誰もいない。
(――桐谷龍二の生家だからって、神経質になりすぎだろう。気にしすぎだ)
両手で挟むように勢いよく本を閉じる。
バンッという乾いた音が部屋に響いた。
学は目を閉じ、ゆっくりと呼吸を整える。
(落ち着け。ここに桐谷龍二がいるわけじゃない。胡十子も言ってたじゃないか、たいした事は起こらないって……)
そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと目を開ける。さっきと変わらない部屋。
当たり前じゃないかと思わず失笑する。
必要以上に怯えている自分が馬鹿馬鹿しい。
美術書の表紙をしばらく見つめてからゆっくりとした動作で本棚に戻す。
そしてもう一度、部屋の中を見回した。
窓、植木鉢、机、イス、本棚、フィンセント・ファン・ゴッホの複製画……。
壁に飾られた絵画を見る。




