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炎の画家と趣味

 

「胡十子様。三日月君が到着したようです」


 ずっと無言で佇んでいたスーツ姿の若い女性、西島智子が抑揚の無い言った。


  (三日月?なんで三日月が!)


 想定外だ。

 まさかと思い、胡十子に目を向けると、安心したかのように、顔をほころばせている。

 鈍器で頭を殴られたような衝撃が走った。実際に殴られたわけでもないのに頭がくらくらする。

 学が茫然としていると西島が扉に向かって歩いて行く。

 西島が扉を開けると、そこには詰襟の学生服を着た爽やかな少年、三日月旭の姿があった。


  「遅くなって、すみません」


 いつもの爽やかな笑顔を浮かべ、部屋へと入る。

 西島が扉をきっちり閉めると、オープンキッチンへと向かった。


  「久しぶりだな。青崎。元気そうで良かったよ」


 学の元までやって来た旭が満面の笑みを浮かべた。

 ソファーに座っている為、学は旭を見上げる。なんだか見下されている気分だった。


  「ああ、ほぼ家に引きこもってるからな。ストレスフリーなんだよ。おかげさまで心身共に健康そのものだ」


 自嘲する学を旭は、やれやれ困った奴だと言わんばかりに苦笑し、肩をすくめた。


  「それなら良かったよ」


 そう言って、学の隣に腰を下ろそうとした。だが、それに気づいた学が素早い動作で自分のリュックサックをそこに置いてそれを阻止する。


  「学!それ、良くないよ!ひどい!旭君、かわいそうじゃない!」


  胡十子が学を指差す。子どもを叱りつけるような口調で注意する彼女を怪訝そうな顔で見た。


  「指、今度から気をつけるんじゃなかったのかよ」


  「それは!」


  無意識に人に指を指していたことに気づき、慌てて引っ込める。自分の失敗を恥じているのか、ちょっぴり顔が赤い。


  「次! 次の次から気をつけるからいいの!」


 胡十子は腕を組むと拗ねたらしくそっぽを向く。だが、すぐに学の方に向き直った。

 吸い込まれそうなくらい真っ直ぐな瞳。

 純粋な視線が痛い。

 学はしばらく耐えていたが、とうとう根負けしてしまい、目をそらす。そして「分かったよ!ごめん!悪かった!」と、ぶっきらぼうに言った。

 そして旭の方を向き「悪かったな」と、ふてくされながらも謝った。


  「いいよ。許すよ。いつもの事だからね。全然、気にしてないよ」


  にっこりと笑う。


  (全然、許してねーじゃねーか! )


 確かに笑っているが、目が笑ってない。三日月旭は普段から笑顔を絶やさない愛想の良い少年だというのを学は知っている。

 旭が小学五年生頃、転校して来た時からそうだった。あっという間にクラスに馴染み、いつの間にか人気者になっていた。

 自分とは違う存在なのだと、一目で分かった。まず纏っている空気が違う。

 爽やかで明るいのだ。

 とはいえ、学は三日月旭みたいになりたいかと問われれば、答えは『いいえ』だった。

 人気者でいるのは大変だというのは、ろくに友だちのいない自分でも分かる。

 人気者には人気者ゆえの苦労があるのだろうと。自分が耐えられるとは到底思えない。


 学はなんだかんだ言ってもこんな自分が嫌いじゃない。

 ぼっちというのは時々、不便だが気楽だ。自由に好きな事が出来る。

 一人ぼっちだからこそ、好きな絵をひたすら描いていられる。


  ――絵が描ければそれでいい。


 自分はそれだけでいいのだ。

 絵が好きだから自分も嫌いにならずにいられるのだから。学は幼い頃から絵を描いていた。

 小さい頃からずっと絵画教室にも通っている。

 ジャンルにこだわらず、色々な絵を描く。油絵はもちろん、墨絵やアニメ風のイラスト、鉛筆画、漫画絵……。

 とにかく、なんでも描いた。

 そして描いた絵を人に見せて喜ばれるのが、とても好きだった。

 たとえ、そんなに上手くないにしてもだ。学はチラリと胡十子に目をやる。

 喜んでくれる人がいるからこそ、モチベーションがあがる。

 パチリと目が合い、胡十子が嬉しそうに微笑んだ。

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