勇気が出るまで待っていて
「よければ、俺と……付き合ってください!」
今日。俺は憧れの先輩に告白した。
中学の頃はバスケ部のマネージャーで、気がつけばずっと目で追っていた。
大人っぽくて、それでいて可愛くて、誰にでも気さくな彼女に、いつしか心を奪われていた。
卒業式のとき、俺は勇気を出せずに見送った。あのときの後悔は、今でも強く胸に残っている。
その想いが届いたのか、偶然にも彼女と同じ高校に進学したのだ。
生徒玄関で彼女の背中を見つけたとき、得も言われぬ喜びに叫びそうになってしまった。その場で声をかけたとき、彼女は懐かしそうに、また楽しそうに応えてくれた。
だから、今度こそ告白しようと誓った。
結果はどんな結末になったとしても、伝えなければならなかった。
振り絞った声に対して、彼女はいつも通り、平坦で澄んだ口調で答えた。
「拓也君はさ、私のお願い、聞いてくれる?」
「も、もちろんです! 何でもします!」
「へぇ。じゃあさっそくだけど……今夜は空いてる?」
今夜? えっ、そんなまさか?
さすがに早すぎませんか? 付き合って一日で、そんなこと。いや、むしろそれが高校生の普通なのか?
でも、いくら何でもそれは――?!
「一緒に、してほしいことがあるの」
♡
『そうそう。拓也君センスあるね。やったことないってホント?』
「……ええ、まあ。これ自体、あんまり触ったことないんで」
『へぇ~。あ、それ拾っておいて。あとで役立つから』
彼女が求めてきたこと、それは――――ネトゲだった。
いわく、いつも周回しているパーティの1人が辞めてしまったらしく、人数合わせに入ってくれとのことだった。
俺は今までにゲームなんてほとんどしたことなかったし、ましてやPCゲームなど触ったことすらなかった。
そんなことより、期待しまくっていた自分が恥ずかしくなる。確かに、そんなことは一言も口にしていなかった。いなかったのだが……この仕打ちもどうなのだろうか。
先輩に貸してもらったノートPCで、自室で1人向かい合っているこの絵面を、誰が想像しただろうか。
ボイスチャットで話せているのが、唯一の救いだといえるだろう。
しかし、彼女が隠れゲームオタクだというのはまったく知らなかった。
普段からゲームをしているそぶりは見えなかったし、そんな話をしているのも聞いたことがなかった。
はっきり言って、俺はオタクという生き物を軽蔑していた。何がと言われたら難しいが、住む世界の違う彼らは、俺にとって宇宙人のような存在だった。
まさか身近に、しかも好きな人が宇宙人だったとは――
「先輩は、いつからゲームを?」
『うーん。ゲームはもともと好きだったけど、ネトゲは中学に入ってからかな。理由は忘れちゃったな』
「そうなんですか。全然知りませんでした」
『だって言ってないもの。私がオタクだって知っているのは、たぶん君だけだよ』
君だけ、という台詞に心臓が高鳴る。こんなフレーズを聞けたのなら、今のすべてを投げ捨てても構わない。そう思えるほどに嬉しい言葉だった。
彼女は続けた。
『さっき君のツイッター見たんだけど、君はオタクが嫌い?』
高鳴った心臓は、次の瞬間一気に締め付けられた。声色もどこか寂し気に聞こえる。
俺は慌てて弁明する。
「いや、嫌いっていうか、わからないだけで……その、先入観だけで決めるのはよくないというか。つまり、えっと……」
『フフッ』
何故か、彼女は笑っていた。その行動に呆気にとられ、俺は黙ってしまう。
『ありがとう。君みたいな人がいてくれると、私も居心地がいいよ』
「そう、ですか。よかったです」
そう返すと、彼女はまた、淑やかに笑ってみせた。
ボイスチャット越しではあるが、彼女の嬉しそうな笑顔が頭に浮かぶ。それにつられて俺も笑えてきてしまった。
時間が0時を過ぎたころ、俺はいよいよ眠気に支配され始め、意識がぼうっとしてきた。
だから、何度もしていたであろう彼女の呼びかけにも、直前まで気がつけなかった。
『拓也君?』
「は、はい?!」
『だいぶお疲れだね。今日は終わりにしようか』
「あ、はい。お疲れさまでした。ああ先輩、今週のお休み、どこか行きませんか?」
『どうして?』
「どうしてって、その、デートとか、したいですし……」
『……どうして、私たちがデートするの?』
その言葉に唖然とする。何故かと問われても、正確な回答ができない。そういうものだから、なんて曖昧な答えもできないし、どう返せばいいものか。
「えっと、俺たちって付き合ってますよね?」
『え、付き合ってないよ?』
「高校生の付き合いって、休みの日にデー……今なんて?」
『付き合ってないよ。あのとき、私はイエスだなんて言ってないと思うんだけど?』
嘘だ。あのとき確かに……言ってない。
言ってない?!
「じゃあ何でこんなことを?!」
『人が足りなかったからだよ。勘違いさせちゃってゴメンネ』
「そ、そんなぁ……」
『というわけで、明日もよろしくね。それと、これからもお願い聞いてくれたら……ん、やっぱいいや。おやすみ』
何か言い含めて、先輩はログアウトした。
それよりも、俺は現実を受け入れられずにいた。振り絞った俺の勇気は、あと一歩届かなかった。
そのことが、何よりも衝撃で、凄惨で――その日は、外が明るくなるまで眠れなかった。
♡
PCの電源を落とし、ベッドに身を投げる。PC用の黒縁メガネを外し、天井を見上げる。
私は臆病だ。気になる後輩の返事すらまともに返せずに、彼の好意につけこんで自分の趣味に巻き込んでしまった。
我ながら嫌な女だと思う。嫌われてしまっただろうか。だとしたら、私はとても悲しい。
昔読んだライトノベルのキャラは、こうして主人公の気を惹いていた。
私はこのやり方しか知らない。どうしようもなく不器用な人間だ。
でも、彼がまだ好きでいてくれるなら……嬉しいな。この関係が続けられるのなら、私は
「フフ。私の勇気が出るまでは、付き合ってあーげない」
枕に顔を埋め、足をパタパタさせる。
その日は、外が明るくなるまで眠れなかった。