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有末の話。

今日は学会に書く原稿が遅れていたので寮でガリガリと筆を進めていたのだが、そんなときにガチャリと無遠慮に小生の私室のドアーを開ける音が聞こえ、そのままどすどすと床を踏み鳴らし部屋に進みながら「よおーきたぜ?ピザポテト食う?」と言いながら近づいてくる者が有った。声だけで誰が来たかはわかるので振り向く必要はないのだが一応は客だ。呼んでないと言っても客は客なので筆を置いてから座っている回転椅子を半分回し、胡乱な目つきで相手を睨みながら、「有末か。今原稿をやっているんだ、相手にすんのめんどくせえから帰れ」と歓迎した。

「ピザポテトは?」

と有末は開封済みのポテトチップスの袋に手を突っ込み数枚を取り出してから頬張った。そして袋をこちらに差し出しながらそう言った。ポテトチップスの袋には「ドリトス」と書いてある。

「いらん。ポテトチップスはおいしいだけで脳の回転には有害だ。そして原稿の発表は明日だ。すでに24時間を切っている。貴様、小生に単位を落とせというのか?」

有末はもごもごとポテトチップを口内で噛み砕きながら、

「おいしいよ?」

「おいしいのは知っている。だが有害だ。今言っただろう」

有末は頬張ったポテトチップスを嚥下して、

「有害じゃないと思うよ。ポテトは栄養が豊富だし油分も塩分も適度以上だけど摂取できる。とりすぎると良くないってだけだよ。ていうかこれが有害だって考えってお前の私見じゃん。他で聞いたことないよ。」

「私見なのは認める。だが私見だからこそ小生には有害なのだ。たとえ他の者には有益だったとしてもだ。」

「プラシーボって知ってる?」

「知ってるともさ、医者が風邪の患者に、」

と言ったところでドアーの方から「にゃあ」と聞こえた。

「貴様、ひとの部屋に入ってくるならドアーぐらい閉めろ。」

「ん?ああそっかごめんごめん。でもいいじゃん猫ぐらい。かわいいじゃん。」

「かわいいのは知っている。猫なら大歓迎だ。単位と引き換えにしてもいい。だから問題は猫じゃない。臭いだ。」

小生の隣はトイレであり、ドアを閉めずにいると結果的に嫌な気分になる。そしてその嫌な気分の元凶が小生の部屋に気配を現した。

「ほら見ろ。トイレの臭いが漂ってきたではないか。さっさとドアーを閉めて帰れ。」

「ち、仕方がないな。」

そう言って有末はどすどすと床を踏み鳴らしながらドアーの方に行き、そしてドアーを閉めて戻ってきた。

「帰れと言わなかったか?」

「言ったけどさ、いいじゃん。せっかく来た客人を追い返すのってどうよ?」

「ふん、まあいい。今日は何の用だ?まさかドリトスを分けに来たのではあるまい。」

有末は手に持ったポテトチップの袋を一瞬眺め、

「これ?ドリトスじゃないよ。ピザポテト。言ったじゃん。」

「何を言っている?袋にドリトスと書いてあるだろう?」

「書いてあるだけだよ。中身は別。

「なぜ?」

「再利用したに決まってんじゃん」

「何を言っている?」

ポテトチップの袋を再利用って一体なんだ。

「いや半分づつ余ったからさ、それをひとつに」

「いい。説明はいらん。それより要件を述べろ。」

「所田、て居るじゃん。

「居たな。マッチョ部の奴だろ?

「そんな部は無いけどね。あいつがさ、

「ごめん超興味無いわ。原稿進めたいんだよ。

と椅子を半回転させかけると有末は、

「待ってよ。どうしても話したいんだよ誰かに。それにさ、その原稿て何?

仕方が無いから回転させかけた椅子を有末の方に戻し、

「空間力場における重力制御の試論。明日発表なんだよ。

「よくわかんないけどそういうのの原稿て普通はもう上がってるもんなんじゃないの?

「無論だ。締め切りはきっかり一週間前。

「だめじゃん。

「だめじゃない。明日の発表までに完成させれば問題ない。

「いいのそれ?よく教授そんなの許したね。

「阿呆か貴様、許すわけがないだろう。教授には、玉稿は既に完成していますが本番に驚かせたいのでそれまでなにも聞かないで下さい、と言ってある。

「大丈夫なの?それ。

「なかなかギリギリだ。

「どれくらい?

「発表の持ち時間は30分。必要な枚数として10枚は欲しい。

「いま何枚目?

「2枚目だ。

「だめじゃん。

「だめじゃない。嘘も方便だ。

「嘘も方便てことわざの意味、知ってんの?

「うるせえな。話は聞いてやるからさっさと言え。

有末はやれやれと肩をすくめ、

「所田がさ、『わたしの肉があーーー!!』て言っててさ。」

「何それ、ハート様の名台詞だよね?北斗の拳だよね?武論尊だよね?

「そうそう。」

「太っている人専用の北斗神拳の技を食らったときのハート様のリアクションだよね?」

「それそれ。あの技、あのあと一回も出てこないんだけどね。

「それを所田が言ってたって?」

「うん。」

「あいつ太ってたっけ?」

「太ってるわけないじゃん。マッチョ部だよ?

「マッチョ部なんて無かったのではなかったのか?

「正式な名前忘れた。いいじゃんマッチョ部で。

「言ったのは小生だがな。で、なんで?マッチョ部なら肉なんてほぼないだろう。

「勿論無いよ。でもそれがさ、」

そういって有末は語り始めた。有末の話は無駄に長かったので全貌は端折るが大体の成り行きは次のようになる。



昨日のことだが有末がキャンパスを歩いていると右側の建物の中、窓ガラス越しに人影が見えた。キャンパスに人影があるのは普通だし注意を向けるほどではない。その時は何の気なしにそちらの方に首を回した。すると実験室に一人、妙にマッチョな生物がフライパンを持っていた。

その時は夕方前あたりだったが、教室を使う場合は昼間でも普通は電気をつける。なのにそのマッチョは電気をつけず、微妙に薄暗い部屋でフライパンを持ち、エタノールで火をつけるやつ(名前なんだっけ?)の上でフライパンを炙っている。しかも素肌に白衣を着ている。

明かりをつけない教室で一人、素肌に白衣を身につけフライパンを持つマッチョ。完全に不審人物だ。あんなマッチョな不審人物は所田以外ではあり得ない。それを見ておもわず足を止めた。はたして所田だった。そしてとりあえず観察することにした。

見るとフライパンの上にはバターが乗っている。慣れた手つきでバターをフライパン全体に回らせ、湯気が出るくらいまで熱する。バターが泡立ち始めると所田はもう片方の手で厚切りの肉を取り出し、フライパンに乗せた。肉はすぐに焼ける音を発しながら加熱されていく。それを所田はフライパンを操り、チャーハンを作るのが上手い人がやるように肉を宙に放り、裏返して再びフライパンに着地させる。そしてフライパンを揺すり、また肉を浮かせて裏返す。それを2、3度繰り返し、4度目で、あろうことが肉はフライパンには着地せずあらぬ方向に舞った。所田が、あああっ、といったのが聞こえた気がした。窓は閉まっていたので聞こえないと思うが所田の様子からそう言っているように見えた。そして肉はふわふわと回転しながら放物線を描き、床に、べちゃり、と着地した。それを呆然と眺めた所田は、わ、と言って一瞬間を置いてこう言った。

「わたしの肉がああーーー!!!」



「あいつバカなの?」

話終わった有末に対して小生はまずこう言った。

「どうかな。一応あいつ単位を落としたことがなくて、評価も大体が優で

「そういうことじゃなくて、

「うん。」

「あいつバカなの?」

「むしろその質問が答えるまでもないやつかも。」

「だよな。突っ込みどころわかんないもんな、多すぎて。突っ込みは全部端折るけどさ。だからそれを一言で表すと

「『あいつバカなの?』になる?

「そうそう。すごいなあいつ。どんだけ伝説つくる気だよ。

「まだまだ止まる勢い無いよね。チャリで事故ったやつおぼえてる?

「当然だ。顔から行ったやつだろ?忘れるわけがない。

「そうそう。ペンキの缶が積んである所に顔面から突っ込んだやつ。流血してたよね。ペンキと血が混ざっててさ、周りで笑ってるうちらに対して『お前らの血は何色だーー!!』とか言ってたもんな。お前の血が何色だ、ていう。」

「あれは笑ったよな。あんなに見事に事故るやつは初めて見たわ。

「ね。

そして有末は時計を見ると、

「おっとやばい。そろそろ戻んなきゃ。実はこっちもレポートがあるんだ。締め切りは6時間後。

「小生以上にやばいではないか。

「そうなんだよ。だから戻んなきゃな。それじゃ、邪魔したな。

そういうと有末はまたどすどすと床を鳴らしながらドアーに向かい、出て行った。今度はちゃんと閉めて行った。トイレの臭いはもう残っていない。

小生は有末が去った後に回転椅子を回して机に向き直ると筆をとった。しかし原稿の続きをやる前にどうもなんどか首をひねり、どうしても言わずにはいられない独り言を呟いた。

「あいつ、何しに来たんだ?」



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