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9:奴隷商

 

 朝早い時間に目が覚めた。

 窓から外を眺めると、それでも町には人々が行きかっていた。


 裕太が起きてから食堂に下り、朝食を食べる。

 少し肉の入った野菜スープと黒パンにチーズ、マギのミルク。

 食べ終わった俺達は町を見ながら必要な買い物をする事にした。



 まずは服屋に行って、適当に着替えと下着を2~3枚ずつ買う。

 綿よりごわごわした着心地だが、さすがに体操服ジャージばかりを着ているわけにもいかない。


 ちなみに、体操服ジャージの下に着ていた白い半袖の体操シャツと黒のハーフパンツにもそれぞれ『DF+200 防御力UP』の異能ギフトが付いていた。


 とりあえず、大きな街でちゃんとした装備が買えるまではうまく組み合わせて守備力が下がらないように使っていきたいものだ。



 次に本屋を探した。魔法関係の蔵書が欲しかったからだ。

 大きな街ではないので品数は少なかったが、生活魔法と初級魔法の入門書数冊の魔導書を手に入れる事が出来た。

 初級魔法は『雷魔法』『水魔法』『風魔法』。

 生活魔法はなんと『洗浄クリーン』を手に入れる事が出来た。


 『洗浄クリーン』は文字通り綺麗にする事が出来る魔法だ。全身に魔法を展開すれば風呂と洗濯を同時に済ます事が出来る。

 実際浴槽の風呂がこの近辺には存在していないので風呂には入れず体をお湯で拭く事しか出来ない。洗濯も洗濯機がないので手洗いをするが脱水が不十分なので乾きにくい。生活魔法で『乾燥ドライ』という魔法を使えば短時間で乾かせるようになるらしいが、『洗浄クリーン』を使えば一発で風呂と洗濯の問題を解決する事が出来る。

 宿に帰ったら早速試してみたい魔法だ。


 『雷魔法』『水魔法』『風魔法』は一度町の外に出て、どんな魔法か検証してみる必要があるだろう。

 生活魔法と違い魔導書から魔法を習得するには訓練が必要だし、魔法属性との相性もあるらしい。自分と相性のいい属性の魔法は習得し易いし、相性の悪い属性の魔法は習得するのに時間が掛かる。自分の努力次第だが、センスがないと魔法自体覚えられない人もいる。

 その点、迷宮ダンジョンから稀に排出される魔法玉を使えばその魔法玉に込められた魔法限定ではあるが必ず習得する事が出来るので非常に高値で取引されるらしい。

 


 あとは、雑貨屋で、タオルや皿・コップなど生活に必要な小物を買い込む。リュックの収納(中)もトランクルーム程の容量があるので買ったものをポンポンと放り込んでいく。


 ちなみにこの収納箱アイテムボックス、取り出す時は手を入れると頭の中に中身のリストが浮かび、取り出したい物をイメージするとリストが絞り込まれ、脳内で選択するだけで欲しい物を取り出す事ができる。



「あ!なんか肉の串焼きみたいな物が売ってるぞ!!」

「これはフルーツの盛り合わせかな?うわっ、高いなぁ!!」



 屋台からの食べ物のいい匂いに釣られ、裕太はあっちへフラフラこっちへフラフラしている。


 土地が痩せている為、他の街から運び込まれるフルーツ類は魔物の肉なんかよりずっと割高だ。

 それでも、金貨1枚もあれば屋台の食べ物ならいくらでも買い食い出来る。

 腕は2本しかないのに、5~6種類ほどの食べ物を確保して裕太は歩いている。口もさっきからモグモグとずっと動き続けている。


「あまり食べ過ぎて腹を壊すなよ。」


「だいじょ~ぶ。だいじょ~ぶ。」


 目では次の食べ物をロックオンしながら、生返事を返してくる。


 その後も屋台や薬屋などで食料や回復薬などを購入した。

 食材だけでなく、調理済みの料理も食器代込みで売ってもらい収納箱アイテムボックスに入れていく。

 多少の調理経験はあるが、環境によっては調理する場所がない場合も出てくる。出来合いの食べ物があると便利だろう。

 地球とは違う食べ物や、品物に裕太のテンションは上がりまくりだ。



 買い物をしていると、他とは少し雰囲気の違う店の前を通りかかった。


 その店の前には物ではなく、鎖に繋がれた人が座らされていた。

 ゴザの上に座っている者、木や鉄の檻の中に居る者。全員の首と足首に枷が取り付けられており、服装や体や髪は薄汚れて本来の色がわからない。


「奴隷?」

「この世界には奴隷が居るんだな......。」


 見た目は人間ヒューマンも居れば、獣や蜥蜴の獣人、肌の黒いダークエルフもいる。

 顔や体には鞭で打たれた痣がたくさんある。それだけではなく、戦いで傷ついた者、四肢の欠けた者も居る。


「うわぁ。酷いな。」


 奥の方には蜥蜴族の戦士のような五体満足で体格のいい奴隷や、妖艶な色気を漂わせた美女達のように高額そうな奴隷達が控えているが、店の前にいる奴隷達は安価なのか髪や体も汚れていて傷を負った奴隷たちが多く並んでいた。

 傷ついた老兵から、小さな子供まで居る。


 俺達が居た日本には、もちろん奴隷制度はない。だから、あんな風に鎖で繋がれ、鞭打たれ、檻に入れられた姿を見てあまりいい気はしない。

 しかし、これがこの世界での当たり前の制度なら、無闇に否定はしない。

 俺達は偽善者ではないからだ。



 俺達はその店の前を通り過ぎようと歩みを進めていたが、一番奥にある鉄製の檻に目が止まった。



 そこには、泥や灰に汚れた長めの髪に痩せた細い身体の奴隷が横たわっていた。顔の表情は見えない。

 体中に酷い鞭の後や、それだけではない深い傷。魔物に噛み付かれ部分的に肉が食いちぎられた醜い傷跡。適切な治療をしていないのか、傷口は化膿し酷い状態だ。顔や体も泥やこびりついた血の跡で汚れている。

 かなり痩せているので正確ではないが、年齢は12歳前後か。性別もわからない。

 しかし、頭の上に少し尖った耳と汚れて破れた服の裾から尻尾のようなものが見えていた。

 その店に居るどの奴隷よりも弱っていて、虫の息だ。放っておけば永くはないだろう。


「ヒビキ?」


 急に立ち止まった俺に、裕太が振り返り声を掛けて来た。


「あ、ああ。」


 その声に我に返りもう一度歩き出そうとするが、最後にもう一度振り返る。


 その時、漸く横たわったままの汚れた顔の表情が見えた。




 --------死んでしまいたい。いっそ殺してほしい。




 暗い絶望の闇を落とした瞳。


 俺の視線を感じたのか、僅かに顔を動かし俺と視線が合う。



 [コ.....ロ.....シ.....テ......]



 声は聞こえなかった。いや、出ていなかったのかもしれないし、口も動かせていないのかもしれない。

 でも、俺にはそう聞こえた。その瞳が顔が体が、全身でその子は死を望んでいるようだった。


「ヒビキ?どうした?」


 再び裕太に声を掛けられたが、俺には聞こえていなかった。


 足がゆっくりその子が入れられた檻に向かう。

 俺に気付いた奴隷商が揉み手をしていそうな営業スマイルで近寄ってきたが目に入っていなかった。


「いらっしゃい、旦那。奴隷をお探しで?」


「え?いや...あの。ヒビキ?」


 奴隷商と、彼の存在が目に入っていない俺とを見比べ裕太は焦る。



「お前、名前は?」



 俺はその子に話しかけてみるが、口元が微かに動くだけで声は出ていない。

 奴隷商は裕太に熱心に商品である奴隷たちの売り込みをしている。



「お前、死にたいのか?」



 俺の問いかけに、その子は小さく頷く。



「どうして?」



 もう一度問うと、その子は体中の痛々しい傷が俺に見えるように少し体を動かし両手を前に出した。

 鞭の傷だけではない。きっと魔物との戦いで、囮か盾役にでもされたんだろう。

 魔物の爪で切り裂かれたような深い傷に、牙で噛み千切られたような肉のえぐれた傷。

 売られる前も、売られてからも酷い扱いを受けていたのだろう。

 魔物に襲われる恐怖と痛み、奴隷商による激しい鞭での責め、小さいこの子が絶望して死を望むには十分な理由なんだろう。



「俺と一緒に来るか?」



 なぜそんな風に思ったのか......。



「俺はお前を傷つけたりしない。魔物からも守ってやる。お前が笑って暮らせるように、俺がお前の味方になってやる。」



 俺は決して偽善者ではないだろう。

 他にも汚れた服を着て瘦せ細った奴隷はいる。傷ついた者も、四肢を失った者もいる。

 その人達の前を通り過ぎようとしたはずだ。


 でも、行けなかった。


 この幼い子供が、他の誰よりも汚れ傷つき、あんな暗い絶望に満ちた目をしているなんて。

 俺には耐えられなかった。

 偽善か、自己満足か。


 それでもいい------。


 俺はこの子に手を差し伸べたい。そう思った。


 俺の突然の提案に驚いたのか、それとも伝わらなかったのか、困惑した様子だ。


「ユウタ。」


 俺が小声で裕太を呼ぶと、まだ延々と続く売り込みを聞いていた裕太が俺に気付く。


「どうしたヒビキ?」


「俺はこの子を連れて行きたいと思う。勝手で悪いが決定事項だ。速やかに店の主人と交渉をしてくれ。」


「え?ええ!?」


 突然の俺の言葉に裕太はひどく驚いた顔をした。

 それはそうだろう。奴隷なんて全く縁のない日本人である俺達が、奴隷を買うのだ。

 特に何かをさせる為に買うわけでもない。ただ『連れて行く』から『交渉』をしろと言われた。

 驚かないはずはない。


 だが、そこは付き合いの長い親友だ。俺の性格もよく知っている。

 軽々しく物事を決める性格でもないし、決めたからには譲れない何かがある。そして、一度決めた事は達成するまで突き進む。しかし、極度の人見知りである為、交渉事は不得意だ。


「--------わかった。」


 裕太はひとつため息をついてから、交渉をするべく店主である奴隷商に向き合った。

 奴隷商はもっと見た目もよく小奇麗で値の張る商品を薦めてきたが全て断る。

 とても残念そうな表情を見せていたが、漸く奴隷商は金貨5枚の売値を提示してきたのでそれを承諾した。

 金貨1枚で月灯亭に二人が1泊できる。宿代5日分の値段だ。

 人の命の値段だと思うと安すぎる値段だ。

 もちろん、裕太が奴隷商の売り込みに付き合って聞かされた情報によれば、状態のいい能力の高い奴隷であれば金貨500~1000枚はするらしいので、如何に捨て値同然の扱いかがわかる。



 奴隷契約の準備と、少し身綺麗にする為30分程時間がかかると言うので、俺と裕太は一度店を出て服屋に戻りあの子の着替え用の服と下着をを買う事にする。奴隷商に性別を確認すると、「そんな事も知らずに買ったのか。」という顔をされたが、「女です。」と答えた。


 服屋の主人に女物の着替えを2~3着用意してもらう。

 体のサイズを聞かれたので12歳ぐらいの子供だが随分痩せていたと答えた。

 座っていたので、身長がよくわからなかったのでワンピース風の服を用意してもらった。スカートなら多少融通が利くだろう。


 雑貨屋にも再び寄り、増員分の小物を買っておく。

 一通り買い物が終わったので奴隷商の店に戻る事にした。



「それにしても、急に奴隷を買うなんてびっくりしたよ。」


 裕太が歩きながらそう話題を振ってきた。


「俺も驚いているよ。奴隷を買う気なんて全くなかったんだから。でも、どうしても、あのままあそこを通り過ぎる事が出来なかったんだ。」


「......そうか。まあヒビキがそうしたいならいいと思うよ。でも怪我が酷かったなぁ。俺達回復魔法とか使えないけど、どうするんだ?」


「それはひとつ考えがあるんだけど。」



 話をしているうちに、奴隷商の店の前に着いてしまった。


「お待ちしていました。準備は出来ています、どうぞ奥へ。」



 奴隷商に連れられ店の奥に入って行くと、先程よりは多少顔や髪の汚れを落とし、破れてはいないが質の悪そうなワンピースを着た少女が待たされていた。

 衰弱しているので自力で立つ事が出来ないようで敷物の上に座らされている。

 多少汚れを落とした髪は金髪のようにも見える。絶望に染まっていた瞳の色は赤茶色か。

 酷く痩せているが顔立ちは悪くないようだ。



 奴隷商に売られる前は、多少戦闘が出来たのでランクCの冒険者パーティに連れられていたらしい。魔物の神経毒で左足に麻痺が残ってしまい、動きが悪くなってしまったところに強敵に遭遇し大怪我を負ってしまった。治療するにも金が掛かる為、冒険者パーティは手放したそうだ。



 奴隷商が呪文を唱えると、少女の手の甲の小さな奴隷紋が赤く光始めた。


「ぐ...っ。ううっ。」


 痛みがあるのか少女は呻き声をあげる。


「ここに貴方の血を一滴垂らして下さい。」


 渡されたナイフで指先に傷をつけると一滴血を奴隷紋に垂らした。


「うぅ...。」


 先程より奴隷紋は強く光り、やがて光は消えた。


「これで契約完了です。」











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